16 海の向こうで、戦争が始まっている

 うどんを食べ終わって、食器を片付けた後。

 どんな展開が待っているのだろう。そう思った私に、キンビーラがいつもの調子で頭を下げる。


「今日もありがとう。毎日、確実に美味しくなっている気がする」


「という事は、毎日召し上がっている訳ですか?」


 アルツァーヤが、キンビーラの言葉の意味に気づいたようだ。


「ああ。毎日1回、こうして食事をいただいている。陸の人が食べる様な物をいただける機会は貴重だ。代わりに海産物を、ある程度は注文に応じて提供するという条件だ」


「何も人が食べるような物を食べたければ、キンビーラなら領域内の島民に伝えれば、幾らでも献上してくれるでしょうに」


「それでは予想外の食べ物を味わえないだろう。それにコトーミが作るこの麺類、独特の食べ応えで癖になる。というのはともかくとしてだ。

 コトーミが此処へ来る前、ケカワの方でそこそこ神力が動いたのが感じられた。あれは何があったのだ? 問題無ければ教えて欲しい」


 それならば、別に秘密にするような事では無い。だから素直に返答する。


「川を掘って、作り直す工事です。神力に余裕が無いので、50日くらいかかる予定ですけれど」


「川を、作り直す……ですか?」


 アルツァーヤは理解出来なかったようだ。

 確かに説明無しでは、何をしようとしているのかわからないだろう。

 だから私は、もう少し説明を付け加える。


「ええ。現在ケカワの中心を流れている川の水は、平野部では地面の下を流れている状態です。その上洪水で流れて来た土砂などで、川のある場所が周囲より高くなっていて、上流で雨が降ると洪水が起こりやすい状態になっています。

 ですから川の平野の部分を深く、真っ直ぐに掘り直して、年中水が見えて、洪水が防げるようにしようと思っています」


「……川とは、水が流れるところに出来るものでは無いのでしょうか」


 今度もアルツァーヤに話が通じていない。説明が悪かったのだろうか。

 でもそれなら、どう説明したらいいのだろうか。何が通じていないのだろうか。


 そう思ったところで、キンビーラが口を開いた。


「神にとっては、土地や海、島、川といったものは『在る』ものだ。自分で作り替えようとは思わない」


 えっ!? 想定外だ。しかしそうだとすると……


「なら、川を掘るというのは、まずいのでしょうか?」

 

「いや、作り替える事を禁止されているわけではない。自分の領域ならば、どのように作り替えようとも自由だ。人間が森や草原を畑にしたり、浜を掘ったり木材で砂を止めたりして港をつくるのと同様に。ただ一般的な神の感覚として、そういう考え方が無かったというだけだ」


 自然を加工しようとは、思わなかったし思いつかなかった。

 そういう事らしい。

 でもそういった事をしないのなら、神の仕事とはいったい何なのだろう。


『仕事とかやるべき事というものは、普通の神にはありません。土地や海、空域があれば、そこを治める神は当然在るべきもので、それ以上ではないのです。

 領域内にいる者の要望を聞いてもいいですし、無視してもいい。それに限らず何かをしてもいいし、しなくてもいい。ただそこに在る。それが通常の神の在り方です。維持神等、他の役割を持つ神は例外ですし、ナハルのように自分の領域拡大を志す神もいますけれども』


 なるほど、神はただ在る存在なのか。

 そう理解した私の耳に、キンビーラの説明の続きが聞こえる。


「現在のケカワの地は、山間部近辺以外、人や大型動物が住める場所ではない。気候がすぐに変わらない以上、土地の方を住めるような場所に変化させるというのは、正しい方法だろう」


 そこでやっと、アルツァーヤが頷いた。私が話した事の意味を理解してくれたようだ。


「なるほど。キンビーラが言っていた、異世界から来た神という意味がわかります。私達が当たり前と思っていたことさえ、盲点が存在するわけですね。

 なら、私がアナートからお預かりしていた、ケカワの民1,000名程は、お返ししましょうか」

 

 予想外の方向に話が転んだ。いきなり1,000人が移住だなんて。


『全知でも、把握していませんでした。おそらくアナートとアルツァーヤの、個人的なやりとりだったと思われます。1,000人の住民が居れば、神力の維持は充分可能です』


 無理して開発しなくても良くなった訳か。

 しかし現時点では、移住は待った方がいい。


「ありがとうございます。ですがまだケカハの平野部は、人間が健康に生きていける状態にはなっておりません。せめて気候が一巡し、人が充分に住める状態になってからお願いしても宜しいでしょうか」


 せめて夏の間、緑黄色野菜を自給出来るようにならないと、健康的な生活は無理だろう。

 冬の間にまんばを塩漬けにしておけば、ある程度持たせる事が出来るとは思う。しかし今すぐは無理だ。


 更には燃料となる薪炭林だって必要だろう。家等の建造物は日干し煉瓦等で造れるとしても。


「なるほど。人の移住可能な環境について、ある程度目星は付いているという事か」


 いやキンビーラ、それは買いかぶりすぎだ。


「当初はある程度の年数をかけて、人が自然に戻る事が可能な環境をと考えていました。具体的には川の改修とため池の整備を行って、夏の間の水や野菜類の確保と、年間を通しての薪炭林の供給が出来てから、人を呼び込むつもりでした」


「しかしそれでは、かなりの期間がかかるのではないだろうか」


 それは承知の上だ。


「ええ。使えるような林が出来るまでには、順調に行っても30年程はかかります。ですが安定的に人に適した環境を作るには、それ位は必要でしょう」


「なるほど、確かに通常であれば、その位の期間は必要だろう。しかし環境さえ出来れば、土地を祝福する事で、植物を生長させる程度が出来ると思うが」


 また知らないキーワードが出てきた。

 祝福とは、何なのだろうか。


『祝福とは、全在の発現形式のひとつです。その場の環境にあった植物及び無脊椎動物、及び魚類までの脊椎動物を、成長させた状態で居着かせる事が出来ます。

 ただし現在のコトーミの神力で可能な祝福は、1日に1km²程度の範囲を、20年分程度成長加速させるまでです。また成長加速させる地点は、あらかじめそれらの生育に適した環境となっている必要があります。またその地にない樹木等を生やすには種や芋、地下茎等が必要ですし、生物の場合は、卵か雄雌のツガイが必要です』


 土の質は調べる必要があるだろう。でも全知があれば、そう難しい事はないと思う。

 そうなるとやはり、灌漑を何とかすれば、上手く出来そうだ。


「確かにそのようです。ただ、灌漑が上手く行くかは、せめて1年は様子を見たいと思っています」


「確かに加工した土地が全ての季節に対応出来るか、確認する必要はあるだろう。しかし本音を言えば、少し急ぎたい。海の向こうでは、神、人ともに勢力争いが激しくなっている。だからケカハに早急に力をつけて貰いたい」


 今ひとつ、私には状況がわからない。

 以前ミョウドーの土地神ナハルが、ケカハに攻めてきた事は聞いてはいる。そうなるとこの世界で『信長の野望』みたいな事をやっているのは、人ではなく、神なのだろうか。


『両方です。神は神相手、人は神以外を相手とします。人が他地域に勝って領域を広げれば、支持していた神の力がその分増します。また神が勝利して新たな領域を得た場合も同様です』


 なるほど、のんびり内政チートな世界かと思っていたけれど、実は『信長の野望』だった訳か。

 何というか……

 でもそれはそれで、気持ちを切り替えるしかない。


「わかりました。1年で何とかしましょう。それと、もしそちらに預かっていただいている人々の食事が必要であれば、麦や豆で良ければある程度は出す事が出来ますけれど、いかがしましょうか」


「それは大丈夫ですわ。それに1年程度でケカハの地に戻れると聞けば、彼らも喜ぶでしょう。まだケカハの地を離れて、それほど経っていませんから。

 ですが無理はなさらないで下さい。元々ケカハは、フタナジマに存在する4領域の中で最も小さく、狭い領域です。更に乾燥した現在のケカハの地では、得られる真素マナは少ないでしょう。少しでも無理をすれば、神としての存在が危うくなります」


 確かにそれは、その通りだ。


『それほど経っていないとは、神の尺度でです。実際には、ケカハの平野部から人が去って、10周期10年程経っています』


 全知が補足説明をしてきた。

 確かに寿命が違うし、生命維持なんての難易度も全然違うから、年月感覚等が違うのは当然だろう。

 この事は今後も頭の中に意識しておこう。


「ありがとうございます。気をつけます」


「あと何か相談がありましたら、何時でも此処へいらして下さい。此処はかつて、アナートと話すために設けた場所です。この近くには他に女性体の神はおりませんし、いつでも歓迎させていただきますわ」


「ありがとうございます」


 世話になる事は多そうだ。そう思いつつ、私はもう一度、頭を下げた。

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