第4話 実は〇〇の野望、らしいけれど……

15 予想外の展開へ

 あれこれ作業したので、時間もそこそこ経っただろう。


『10時52分です』


 ならちょうどいい頃合いだ。

 私は服装や髪型の汚れや乱れが『ない』と意識。これで先程の土木工事での汚れその他は気にしなくていい筈。


 豪華天ぷらセットも、うどんも、準備は出来ている。

 欲を言えばおやつ系統が欲しかったけれど、まだ砂糖など甘いものが無い。


 それに香川うどん県の間食は、うどんが基本。

 だから今日のところは、これだけでいい、多分。


 私は頭の中に、地図を思い浮かべる。

 海側の、一番西側に、確かに小さな岬があった。キンビーラが指定したのは、此処だろう。

 岩場だけれど、陸側は確かに平らになっている。というか不自然なまでに平らだ。


 誰かがそう加工したのだろう。神か人かはわからないけれど。ただキンビーラがここを指定したのなら、きっと問題はない筈だ。

 それに今のところ、人の気配は近くから感じられない。


 なら移動していいだろう。そう意識した瞬間、周囲の景色が先程脳内で見ていたものへと変化した。

 大分この移動方法には慣れたけれど、やっぱり便利だしチートだと感じる。


「早いな、コトーミ」

 

 現れたのは、毎度おなじみキンビーラだ。

 いつもと同じ浅黄色の直垂っぽい服に、烏帽子っぽい帽子をかぶっている。

 足元は藁製っぽい分厚い草履だ。


「作業をしていたら、ちょうどこの時間でしたので。もう少しゆっくり来た方がいいでしょうか」


「いや、神には特に時間は関係ない。アルツァーヤもすぐ来るだろう……来たか」


 キンビーラの斜め後ろ、陸地に近い側に、何かが居るという感覚が強く感じられる。


 これが気配というものだろうか。そう思ったところで、人の姿が出現した。いや、人ではなく神か。

 服装は十二単の簡略版、五衣と呼ばれているものに似ている。服の裾がずりずりしまくって汚れたり減ったりしそうだけれど、神だから気にしなくていいのだろう。

 

 なお神本体は、色素薄い系。いわゆる白人美女の頭小さい系で、髪型がタマネギっぽいベリーショート。

 つまり服装と全然あっていないのだが、それでも何故か似合っている。美人は得という奴である。


 うう……私もキャラクタメイキングで、もう少し頭を小さくして八頭身にしておこうか、あと色白に、というのはともかくとして……


 やっぱりキンビーラの近くには、美女がいたか。ちょっとがっかりだ。

 でもまあ、世間なんてこんなもの。それに推しは付き合うものではない。壁となって見守るか、祀り上げて崇めるもの。

 だから問題はない。


「はじめまして。つい先日、ケカハの土地神に就任しました、コトーミと申します」


 知らない相手には先手必勝で自己紹介。とりあえず社会人的鉄則をかましておく。


「ありがとうございます。セキテツの土地神で、アルツァーヤと申します。今、テーブルと椅子を出しますので、おかけになって下さいな」


 彼女の言葉と同時に、岩場の平らな部分にテーブルと椅子が出現した。服装が和装っぽいから、畳と座卓っぽいものかと思ったけれど、違うようだ。

 

 この服装と中の人が和洋折衷的なのは、何か理由があるのだろうか。それともこれが、この世界の標準なのだから、気にしたら負けなのだろうか。


 まあその辺はともかく、とりあえずそこまで警戒を要する相手ではないだろうと判断。

 キンビーラの動きを見ながら、同じようにテーブルに着こうとして、気づいた。

 そう言えばこれは、食事会だったなと。


「まだこの世界に来て3日目なので、大したものは出来ませんが、もしよろしければどうぞ」


 そう一言入れた後、冷たいぶっかけうどん、天ぷら、骨付鳥のセットを出す。


「昨日より点数が多いな」


「キンビーラから海の幸を何種類もいただきましたから。あとは私の領内で捕れるものを使って、ある程度私が以前いた場所の食事を再現してみました」


「御自分でおつくりになったという事でしょうか?」


 当然だろう、そう思いかけて気が付く。部下がいる場合、作らせるという事はあるだろうと。


「ええ。まだケカハの平野部は、人間が住める環境ではありませんから」


「そうですよね。でなければ、アナートもあの地を去る事は無かったのですから。それでは、いただきましょう」


 箸の使い方とか、大丈夫だろうか。

 そう思ったのだけれどアルツァーヤ、箸を上手に使って、うどんをすすっている。


『全知を使えば、その食べ物がどういう方法で食するものか、理解するのは容易いです。また神ですから、知識さえあれば、箸を使うくらいは問題なく可能です』


 なるほど。そういえばキンビーラも最初から普通にうどんを食べていたなと思い出す。


「一段と豪華になったし、この食べ物も美味しいな。あとこの鳥を焼いたものも、なかなかいい。海神をやっていると、陸上の食べ物とは縁遠くなるから」


「この鳥はシラプですね。セキテツでも水が少ない草原にいる鳥です。確かに美味しいです。食べやすいように所々に切れ目が入っていることで、しっかり噛みしめて食べやすくなっています」


 骨付鳥、好評の模様だ。

 香川うどん県と言っても丸亀の名物だけれど、現在のケカハで造れる肉料理が他に無いから仕方ない。


「あと、この麺類、美味しいですね。食べ応えがあって、それでいてつるりと喉を通っていく、この感じが美味しいですわ。この魚を材料にした汁も、よく合っています。あとこの草や海の生き物を揚げたものも、美味しいです」


「ああ。マルスペナを揚げたものがこんなに美味しいとは思わなかった。それとこの揚げ物もいいな。魚が材料とはわかっているが、食べた事がない味だ」


 うんうん、全体的に好評で何よりだ。材料、特に調味料や薬味が足りない中で、よく出来たと自画自賛してしまう。


「どれもはじめての料理ですけれど、美味しいです。コトーミさんが以前土地神をしていらしたのは、どのような場所だったのでしょうか?」


 予想外の質問が出てきた。でもちょっと待って欲しい。

 私の前世は神じゃない。人間の、しがない限界公務員だ。

 そう思ったのだけれど、これを言ってもいいのだろうか。


 迷った一瞬に、私ではなくキンビーラが口を開いた。


「コトーミは、この世界カトレゾンの出身ではない。この世界カトレゾンの神が足りなくなったことから、シナリスが別の世界から喚んだ存在だ。だから全知である程度の事は理解しているが、この世界的な常識はあまり無い。だから以前いた場所について聞いても、おそらくこの世界カトレゾンと違いすぎて、参考にしにくいと思う」


 キンビーラ、何故それを知っているんだ。

 そう思ったけれど、よく考えたらキンビーラには、21世紀日本の安スーツ姿を見られていたのだった。あの姿で、神としての名が無いところまで知っていれば、そこまで想像出来て当然だ。


「コトーミの今の服装の、足元と履き物を見てみればいい。異なる世界のものであろうと、動植物を原料にして作られたものならば、全知でこの世界カトレゾンに対応する動植物の種類がわかる筈だ」


 私の足周りは、ショートパンツとスポーツタイツ、ウォーキングシューズ。

 当然天然素材では無く、速乾で保温性があってサポート性にも優れた、高機能な合成素材だ。

 確かにそんなもの、この世界には無いだろう。


 なら……。念の為、キンビーラに聞いてみる。


「まずかったですか。この世界にない衣服を着ている事は」


「問題無い。それにコトーミが神としての姿を決める以前の姿を見ていなければ、私とて気づかなかった。でもだからこそ、私はコトーミが心配だし、逆に期待もしている訳だ」


 何やら、私の予想外の話になってきた。

 心配はともかくとして、期待とは何だろう。香川うどん県出身の限界アラサー公務員に期待されても、うどんくらいしか出ないと思うのだだけれど。


「まずはこれを食べてから、話を進めようと思う。この食べ物、時間が経つと美味しくなくなるらしい」


 元香川うどん県人としては、全くもって同意だ。

 しかしこの後、どう話が進むのだろう。

 微妙に不安だ。

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