間違えた彼女の身勝手な言い分

時間が経つのは早いもので、本日最後の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。

それと同時に先生は授業終了の号令を鳴らす。

先生が教室から出て行ったのを確認したクラスメイト達は一斉に騒がしくなり、これからの予定を各々口にしていく。

やれこれから部活だと愚痴る者もいれば、友達・彼女と楽しそうに予定を話し合う者、外せない用事があるからと足早に帰る者など様々だ。


そんなクラスメイト達の姿を横目で見ながら、俺は使用した教科書やノートを鞄の中に仕舞っていく。


昼での一件以降は比較的落ち着いて過ごせているが、それでも何が影響して面倒ごとに巻き込まれるかわかったものじゃない。

幸いにもこの後はバイトがあり、あまりゆっくりしているわけにもいかないため、いつものように一人で帰宅の準備を進める。




「(……また、見てる)」




それにここから一刻も早く立ち去りたい気持ちもあった。


というのも、授業中もずっと雛守さんからの視線を浴びていたからだ。

直接話し掛けてくることはなかったが、それでも何かを言いたげにこちらを見てくる視線には、いい加減うんざりしている部分もある。


これから毎日あの視線に晒されると考えると、今から憂鬱になってしまいそうだ。


「……はぁ」


今後のことを考えて思わずため息が漏れる。




「春っち、だ、大丈夫?」




すると、気を遣うようにして榎本さんが話し掛けてきた。


周りはその光景に驚いた様子で各々会話を止めてこちらへと視線を向ける。


俺自身、彼女と話すのは昼休み以降初めてであり、『今の彼女を見る』とは言ったけどまさかその日の内に――しかも教室内で話し掛けてくるとは思わず、つい目を丸くしてしまう。


「あ、うん。大丈夫……ちょっと、ね」


ただ、昼休みに彼女へ『否定はしない』と伝えたため、無視するわけにもいかず対応することにした。


「そ、そうなんだ。良かった……」


榎本さんはそんな俺の様子に何処かぎこちない表情を浮かべる。


彼女自身どのぐらいの距離感で俺に接していいのか、はかりかねているのだろう。

今の彼女の表情や態度がその内面を現しているように感じる。


「そ、その、ウチもう帰るから」

「え、うん」


えっと、それがどうしたんだ?

なんで、わざわざそんなことを。




「あ、あの。ま、また明日ねっ!」




ああ、そうか。

挨拶をしようと思って……今の彼女にはそれだけでも勇気がいることなんだ。






「――ああ、また明日」






そのことに気付いた俺は、素直に挨拶を返す。


「っ!うんっ!!」


俺の返答に榎本さんは満面の笑みを浮かべると、羽が生えたような軽やかな足取りで教室から出て行った。


それを見送った俺はというと……絶賛、クラスメイト達からの鋭い視線を向けられる。


言いたことがあれば俺に直接言いにくればいいのに、ブツブツと聞こえないボリュームで俺のことを話す姿は本当に感じが悪い。


「……ただ挨拶返しただけだろ(ぼそっ)」


なんでその程度のことでこんなに注目を集めないといけないのやら。


そんな不満と、陰キャという立ち位置の低さを実感しながら俺は荷物を入れた鞄を持って立ち上がる。


そのまま、榎本さんの後に続くように足早に教室を出て行った。




◆◆◆




「それにしても……さっきは驚いたな」


廊下を歩きながら俺は先程のことを思い出す。


「まさか教室で話し掛けてくるなんて」


彼女が人気者になって以降、お願い事以外で話し掛けられるのなんてもしかしたら初めてかもしれない。


もう少し自分の立ち位置やクラス内でのカーストが低い俺のことも考えて欲しいとは少し思うけど、あの行動は今までの彼女にはないものだった。


何より、自分を許さないと言った相手へ声を掛ける――そのために必要な勇気は俺が想像する以上のものだろう。


そんな彼女の想いに比べたら、俺のクラス内での評価や評判が更に下がることぐらいなんでもないことか。




「……ほんと俺は馬鹿だな」




思わず漏れた言葉。

だけど、不思議とそれが嫌じゃない。


「榎本さんとは話したし、今度は――」


俺は朝の友達に囲まれながら料理を作っていた黎の姿を思い出す。


「……次は黎と話さないといけないよな」


今の黎は榎本さんや鈴瀬とは違って、俺にとっての妹であり家族だ。

そもそもの距離が違う。

例えそれが戸籍上のもので将来的には家を出るとしても、どんなに黎との関係を否定しようと思ってもその事実だけは覆らない。


なにより、今同じ家で暮らしているのにずっと顔を合わせずにいるなんてこと、出来るわけがないんだ。


無視するのか、拒絶するのか、それとも……どれを選ぶにせよ、黎との関わり方もちゃんと決めておかなければならない。



「……あの時はもう関わらないようにって思ってたのにな」



それが今では、黎ともう一度話しをしないといけない――なんて、思ってる。


これはきっと、鈴瀬家の人達と関わり合う中で起こった変化だ。


あんなにも互いを大切に考えている家族であっても、何処か少しでもボタンの掛け違いが起こると、上手くいかず、心の距離が離れてしまうと知った。


何より、黎の友達の話しや昨日のご飯、朝の光景などを見て、俺の中で今まで抱いていた水無月黎という存在の輪郭が曖昧になっている。

そして、その曖昧な部分に新しい水無月黎という存在が形作られていくのがわかる。


あの行動にはどんな意味が込められているのかはわからないが、わからないからこそ俺は今の黎の気持ちを知らなくてはならない。


――






「――春人」






そして、それは彼女に対してもそうだろう。


「……雛守さん」


呼び止められた声に振り返る。


そこには今日一日ずっと視線を向けてきた相手――雛守明日香が立っていた。


雛守さんは俺のことをジッと見詰めた後、意を決したような表情で告げる。




「話しが、あるの」




俺は雛守さんの言葉へどう返答するべきか少しだけ考える。


今更話すべきことなんてないという言葉や他に好きな人が出来たと簡単に別れを告げた彼女の姿などが脳裏に浮かぶ。

同時に、曖昧にしたままでいつまでも逃げ続けるわけにはいかないとの思いもあった


だから――



「……わかりました」



了承の意味も込めてゆっくりと頭を縦に振る。


「っ!じゃあ、その、こっちに来て」


俺は雛守さんに連れられる形で、さっきまでとは違う方向へと歩みを進めた。




◆◆◆




俺は雛守さんに連れられて、あの日と同じように屋上へと来ていた。


「……なんだか、あの時みたいだね」


どうやら雛守さんも同じ事を思ったのか、俺が抱いた感想と同じ思いを呟く。



「それで、話しってなんですか?」



ただ、俺は彼女と雑談をするつもりでついてきたわけじゃない。

彼女が何を思って俺をここまで連れてきたのか、そして今の彼女は何を考えているのか知るために来た。


だから話しの先を促す。






「っ、春人、その――ごめんなさいっ!」






そう言って彼女は頭を下げてきた。


突然の行動に戸惑う俺は、その謝罪の意味が今ひとつわからず問い掛ける。


「……それは何に対する謝罪ですか?」


何故彼女が今謝っているのか、本当にわからない。


確かにあの時の態度は酷いものだったが、それだって俺のことを好きじゃないと考えれば理解できるものだった。

……納得できるかは別だが。


「それは……私があの時、嘘をついたから」

「嘘?」


どういうことだ?


「私、あんなっ、春人以外に好きな人が出来たって言ったけど……本当は違うのっ!私は今も昔も春人が好きでっ!!だから――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


俺は感情が高ぶった様子の雛守さんを慌てて止めに入る。


「それってつまり、雛守さんは本当は俺のことが好きだったけど嘘を言って、俺を振ったってこと?」

「そ、れは……うん……そう、なの」

「なんでそんなことを」


好きあってもいろいろな事情から別れる人はいるため一概には言えないけど、普通は好きな相手を振ったりしないはずだ。それも嘘をついてまで。


「……春人が私のことを好きだって実感が欲しくて」


雛守さんはぽつりぽつりと事情を話し始める。


「春人はいつも自分以外を優先してた。もちろん、私のことを気にはしてくれてたけど、大勢の中の一人だって……一番だって思えなかったの」

「それは」


確かに当時の俺は余裕がなかった。

常に誰かの顔色をうかがい、誰かの為に行動してきた。


そのことを雛守さんが不満に思っていたというなら、素直に申し訳ないとは思うし、俺にも責任はある。


だけど――




「……君は俺のことを避けてたじゃないか」




俺は何度も彼女をデートに誘ったりしたが、自分のことを優先して断ってきたのは彼女の方だ。

あんな態度を取られ続け、尚且つ隣にもいない相手のことを一番に優先しろだなんて、そんなこと出来るわけがない。


彼女は自分が言っていることがあまりにも道理の通らない内容であることを理解しているのか?


「そ、それは……私が、春人のことを好きな気持ちに気恥ずかしさを覚えて……春人とどう接すればいいのかわからなくて……」


不意に彼女の態度が変わり始めた頃を思い出す。


「だからあんな態度を取って、嘘の相手をでっち上げて、俺を振ったのか」

「ちがっ!本当はあの時あんなことをするつもりじゃなかったの。少し、ビックリさせて直ぐに嘘だって伝えるつもりだった!でも春人が――」


俺が真に受けて彼女と別れたから計画が崩れた、そう言いたいのだろうか?




――それはあまりにも身勝手じゃないか?




恋人であったのに一緒に登校もせず、学校では話し掛けないという条件を律儀に守って、時折行うデートのときは彼女が満足できるよういろいろ頑張ってきた。

だけど、彼女は次第に俺と距離をとってきて……そんな中でも好きになろうと、好かれようと努力した。


その結果が、あの日の屋上での出来事だ。


今になってあれは嘘で、あんなことをした理由はもっと愛しているって実感が欲しかったから?






――そんなの、とてもじゃないけど受け入れられない。






「ね、ねぇ、春人。私、春人のことが好きだよ。ずっと、あの頃から……この気持ちは別れた後も変わらなかった」

「……」

「その……私の軽率な行動が春人を傷付けてしまったこと、凄く後悔したの。だから、もう二度とあんなことはしない。今度はもっと二人でいろいろな場所へ行って、たくさんの思い出を作りたい」


雛守さんはそう言うと、万人を魅了するような可愛らしい微笑みを浮かべる。




「――春人、私達やり直そう?」




復縁を告げた彼女にはこれから先の幸福とする未来が映っているのか、その瞳には一片の曇りもない。


「――」


そんな彼女の姿を見て、俺はただただ言葉が出なかった。


今まで自分勝手な相手と何度か対峙したことはあったが、ここまでぶっ飛んだ相手は初めてだ。


自分のことは棚に上げて、あまつさえやり直そう?


「(正直、榎本さんや黎のことが可愛く思えてくる無自覚な悪意だ)」


内心そんなことを思っているとは気付いていないのか、目の前で俺の言葉を待つ彼女は緊張したように頬を赤らめ、しかしその表情には期待が込められている。


俺はその姿を真っ直ぐに見詰めながら、雛守さんの方へと一歩また一歩と近付いていく。

そして、雛守さんの目の前に立つ。


「ぁ」


俺の行動が自分の言葉を了承したものと捉えたのか、雛守さんは嬉しそうな声を漏らし口角を上げるが――






「――俺は君と付き合うことはできない」






彼女が何かを口にする前に、俺は今までの話しを聞いて抱いた拒絶の意思をハッキリと告げるのだった。






――――――――――

近況ノートに「榎本美音」のキャラデザを公開いたしました!

差分でわからせ前とわからせ後を作ったため、その違いを視覚でもわかっていただけると思います。

あわせて、本作の一時的な更新頻度の変更に関するお知らせも記載しております。

詳しい内容に関しては近況ノートに書いてありますので、よろしければそちらもご確認ください。

https://kakuyomu.jp/users/Blossom-mizuharu/news/16818093084443052772

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