作った借りはあまりにも大きかった

朝の修羅場から時間が経ち、気付けば昼休み。


俺は昼を何処で食べるか悩む中、チラッと教室内を見渡す。



「……はぁ」



朝の修羅場の影響が残っているのか、それとも俺の行動が尾を引いているのかはわからないが、いつもは昼休みで騒がしくなるはずのクラスメイト達が今日はやけに静かだ。


朝の修羅場を作った一人である榎本さんは、昼休みになると足早に何処かへ向かったが、雛守さんの方は未だ教室内に残っており、ご飯を食べるでも、友人達と会話をするでもなく、椅子に座ったまま目を閉じて何かを考えている様子。


周りの生徒達はそんな彼女の様子を窺うような空気が出来上がっていて、昼休みなのにテンションを上げきれていないようにみえる。



一方俺はというと、正直クラスの居心地が非常に悪い。



幸いと言っていいのか、あの後教室に戻った際には不思議と絡まれたり悪意を持って対応されるようなことはなかった。

いつもは一人や二人はそういう手合いがいるのに珍しいと変に感心していたのだが、ふとした瞬間に何人かのクラスメイトからは不愉快な視線を向けられることがあった。


その行動から、どうやら俺に対して何も思っていないわけではないということが理解できた。


ただ、なら何故、直接俺に何かを言ってこないのか?


何かあるなら直接言ってくれた方が俺としては正面から反論できるのに、何もせずにただ視線だけは向けてくることに変な気疲れをずっと感じていた。


そんな中でのこの空気だ。


「(ほんと、参る)」


もう何処でもいいから、今はこのクラスから離れよう。


そう思った時、この空気の一因でもある彼女が目を開き、ゆっくりと席を立ち上がった。


静かだった空間に響いた椅子を引く大きな音に、俺も思わず雛守さんの方へと視線を向ける。


周りの生徒は雛守さんの行動の一挙手一投足を注目して――って、何だかこっちに近付いて来てないか?




「――春人」




俺の嫌な予感は見事に的中した。

彼女はクラスメイトの視線を一身に浴びながら、何故か俺の席の前まで来ると、俺の名前を呼んだ。


「……何ですか、雛守さん?」


こうなっては対応しないわけにもいかず、俺は警戒しつつも彼女の名前を口にする。



「っ、その、一緒にご飯食べよ」



すると彼女は何を思ったのか、俺とご飯をしようなんて言ってきた。


「はぁ?」


あまりにも予想外の発言に、俺は思わず心の底からの「はぁ?」が漏れた。


そしてそれはどうやらクラスメイトも同じようで、雛守さんが突然俺を昼に誘ったことでざわつき始める。


「えっと、なんで俺と……その、ご飯なんて」

「それはだって、幼馴染みなんだし……ご飯くらいたまにはいいでしょ?」


言ってることは理解できる。

これがただの幼馴染みで、俺達になんの溝もわだかまりもない真っ白な関係性であったのなら、素直に受け入れることもできるだろう。


だけど、彼女は俺のことを自分から振った元カノだ。

しかも、これまで一度として一緒に昼食を食べたことはない。付き合う前はもちろん、付き合っている最中でさえ、俺は基本的に一人で食事を取っていた。


それなのに、何故今頃こんなことを言ってくるのか、正直理解に苦しむ。



「いえ、俺はいつも通り一人で食べるつもりなので」



やんわりと断ろうとする。


「いつも一人なら、私と一緒に食べるのぐらいいいでしょ?何なら、隣にいるだけでも構わないし」


だというのに、俺のことを逃さないとばかりに妥協案的な物言いで自分の意見を通そうとしてくる。


「いえ、俺は誤解されたくないので」

「ご、誤解って何をい――」

「雛守さんが好きな相手に誤解されるようなことは、幼馴染みだった自分としてはしたくありませんので」


俺は流れを変える一言を口にした。

俺の言葉に、今までざわついていたクラスメイト達は一斉に騒がしくなる。


「え、ちょ、雛守さんに好きな人!?」

「なにそれ!凄いビックニュースなんだけど!!」


当たり前だ。

彼女は今まで何度も男子からの告白を断っており、男子と遊ぶことさえしない、ある意味で高嶺の花のような存在。

そんな彼女に好きな相手がいるなんて知ったら、クラス内が騒がしくなるのは明白の理。


だが――




「そ、それはっ!」




雛守さんは酷く焦った表情で声を上げる。


何故好きな相手がいると言っただけでそんな表情をするのか、俺には皆目見当もつかない。



「ねぇ、春人。違うの、っ!」



クラスが騒がしくなる中、雛守さんが必死な形相で俺に何かを訴えようとしたとき、教室のドアが思いっきり開かれる。






「――ねぇ、ここに水無月春人っている?」






ドアを開けたのは久遠だった。


久遠は教室内を見渡しながら、俺と視線が合うとニヤっと笑う。



「あー、いたいた!」



そのままズケズケと教室内に入ってきて、俺と雛守さんの間に入ってくる。


「……なに、あなた」


そんな久遠に対して、雛守さんは鋭く目を細め睨み付ける。

その声には怒気が混じっていた。


「えっと、私は東雲しののめ久遠くおん。こいつ――春人に用があって来たんだけど……え、なにこの空気?もしかして私、邪魔した?」


久遠は雛守さんの空気やクラス内の雰囲気に気付いたのか、俺に尋ねてきた。


「あ、いや」


俺は久遠の言葉を否定しようとした。



「うん、そう。今私が春人と話してたところだったんだから、邪魔しないで」



だが、俺が答えるよりも先に、雛守さんは久遠へと批難めいた視線を向けながら、ハッキリ邪魔だと告げる。



「へぇ……」



久遠はその言葉に目を細め、俺と雛守さんを交互に見た。


「私にはあんたが春人に無理矢理絡んでるように見えるけど」


的確に事実をつく久遠。




「なっ!何も知らないくせにっ!!」




図星を突かれたのか、普段は声も荒げない彼女が突然怒気を露わにしたことで、クラス内は驚きに包まれる。


かく言う俺も、彼女がこんなにも怒りで声を荒げる姿は見たことがない。


しかし、そんなことは久遠には関係ないのか、先程よりも目を細めた。


「確かに何も知らないけど、あんた雛守明日香でしょ?ウチのクラスでも有名な」

「……だから、なに」

「そんなあんたに――っ」

「うおっっ!」


突然久遠に腕を掴まれて、引き寄せられる。


「お、おい」

「……なにしてるの」


戸惑う俺の声とは対照的に、怒気を孕んだ雛守さんの声。


その両方を聞きながらも、久遠は全く気にした様子はない。

むしろ、挑発するかのような雛守さんを睨み付ける。




「――話し掛けられたこの見るからにカースト最下位の陰キャが、素直に自分の言葉を伝えられると思う?こんな周りの目もある場所で」




おい、それはその通りなんだけど、なんで俺のほっぺをぐにぐにするんだ。


「でしょ?」


久遠は続けざまに、俺へと尋ねてきた。


些かキラーパス過ぎないかと思いつつも、実際困っていたところだったため、俺は素直に久遠からのパスを受け取ることにする。


「……ああ。さっきも言ったけど、俺は雛守さんと一緒にご飯を食べる気はないから」

「っ!」


久遠の発言に同意しながら、俺は改めて自分の意思を雛守さんへと伝えた。


「そんなっ、なんで……」


俺に二度も断られるとは思わなかったのか、雛守さんは驚いた様子で一歩また一歩と後ろへ下がっていく。



「じゃあ、そういうわけだから。あんたの要件は終わったよね?じゃあ、私の要件だけど――覚えてるわよね?」



久遠の言葉に俺は直ぐにピンときた。


「……鈴瀬の時のこと、だよな」

「鈴瀬?ああ、あの子の……そうよ。もちろん、時間作ってくれるわよね?」


あの時久遠に背中を押してもらった(本人はそんな風に思っていないかもしれないけど)お陰で、俺はただ否定するだけじゃない考え方を受け入れることができるようになった。


それに今回も、結果的に雛守さんから助けてもらったし……俺の答えは決まっている。



「――ああ、付き合うよ」



俺の言葉に、雛守さんはビクッと肩を震わせると目を丸くしてこちらを見た。

そのまま俺の方へと近付こうとしたところで、久遠が俺の腕を引いて動き出す。


「てなわけだから!」

「え、おい、ちょ!引っ張っ」

「騒がしくしてごめんー!」


何か言いたそうな雛守さんを無視するように、久遠は俺を連れて教室を出て行く。


その様子に、クラスメイト達は何が何だかわからない様子で戸惑った声を上げている。




「――はる、と。どうして、私じゃなくて、そんな女を優先っ」




そんな中、最後まで視線を逸らさずにこちらを見ていた雛守さんの目が、妙に印象に残った。




◆◆◆




「それで、久遠。そろそろ離してくれないか」


俺は未だに腕を引っ張る久遠に声を掛ける。


「あ、そうだった。突然引っ張ってごめん」

「あ、いや」


そんな素直に謝られると、調子が狂うな。


俺の中で久遠は、友達思いで男子相手にもズバズバ言ってくる気の強い女子って印象だ。

だから、こうして素直に謝ってきたことに少し驚いてしまう。


「なに、その顔。私があんたに謝るのなんて意外?」

「まぁ、その……少し?」

「はぁぁあ」


俺の返答に久遠は呆れたようにため息を漏らす。


「私だって自分が悪いと思ったらちゃんと謝るわよ。見た目ギャルだから勘違いされがちだけど、私これでも常識人のつもりだから」

「……その割にさっきは結構強引だった気がするけど」


告げた言葉に久遠は少しばつが悪そうに頬をかく。


「あー、だってあれは仕方ないでしょ。あのまま放っておくと、あの時の美音みたいになってた気がするし、それに」

「それに?」

「……いいや、なんでもない。それより、あいつと何があったのかは知らないけど、もう少し相手は選んだ方がいいと思うけど?」


久遠から有り難いご忠告をいただいた。

俺もその通りだと思わずにはいられない。


「……気にしてるつもりではあるんだけどな」


なのに、気付くといろいろな厄介ごとに巻き込まれている気がする。


「ふーん?……まぁ、私には関係ないか(ぼそっ)」


小声で何かを呟くと、久遠は止めていた足を再び動かし始めた。

俺は慌ててその後を追う。


隣に立ちながら、俺は久遠に伝えるべきことがあったのを思い出す。


「あ、そうだ」

「なに?」

「久遠。さっきはありがとう、助かったよ」

「――」


何故か俺の言葉に久遠は再び足を止めた。


「久遠?」

「あ、いや……まぁ、あれもあんたへの貸しだからね」


そう言って、久遠はニヤッと笑う。


「って、流石に今のはじょ」

「だな」

「へ?」

「いや、だから――さっきのもちゃんと久遠への借りだと思ってる、って」


久遠は驚いた様子で、俺のことをジッと見る。



「あんたって――ううん。なんでもない。先急ぐよ」



何かを告げようとしたところで、久遠は頭を振るい歩き出す。


久遠が何を言おうとしたのか少し気にはなったが、俺は素直に従うことにした。


「そう言えば、一体どこに向かってるんだ」


廊下を歩きながら、隣を歩く久遠へと尋ねる。


「ん?が普段使ってる空き教室」

「空き教室?」


って、今私達って言ったか?


久遠の言葉に嫌な予感が脳裏を過る。




「――あ、あったあった」




久遠の視線の先にはドアが少し開いた教室があり、中からは聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「お、おい、久遠。お前、まさか――っ」


俺が尋ねるよりも先に、久遠は少し開いたドアを思いっきり開ける。






「二人とも、待たせてごめんー!ちょっと用事が長引いちゃって」






教室の中では、見覚えのある二人が並べた机の上にお昼を置いて、こちらへと視線を向けてきていた。


「遅いぞー、久遠。腹ペコだったんだぞー」

「大丈夫だよ、久遠。ウチらもそこまで待ってたわけじゃないか――え」


中にいた二人のウチの一人――榎本さんはどうやら久遠の傍にいる俺の姿に気付いたようだ。

続けようとした言葉は止まり、目を丸くして驚いている。


「んー、どうしたんだ美音?って――あー!あんたは!!」


続いて榎本さんの様子に違和感をもった茉莉がこちらへと視線を向けて、俺の存在を両目に捉えると大きな声を上げた。


俺はそんな二人を見ながら、壊れたブリキ人形のようにギギギという音が聞こえそうなほどぎこちなく首を久遠の方へと動かす。


「く、久遠、これは」


俺がどういうつもりだと聞こうとしたのを見計らってか、久遠は意地の悪い笑みを浮かべて――




「ちゃんと借りは返してくれるんでしょ?」




俺の逃げ道を塞ぐのだった。






――――――――――

次回、わからせ後初となる美音との会話です。

ここから数話わからせた子達へ今の春人の考えを伝えたり、へのわからせ展開が待っています。

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