思いがけない彼女との再会

「さて……思いの外まだ時間が残ってるけど、どうするかなぁ」


俺は時間を潰す方法を考えながら、再び廊下を歩いていた。


歩きながら脳裏に浮かぶのは先程の光景。



「それにしても」



さっきは本当に驚いた。


偶然出会った女子が実は黎の友達だったなんて、一体どれぐらいの確率だ?

しかも、間接的ではあるけど黎の姿も久々に見た。


「あの日話して以来だったから、約二日近く顔を見てなかったのか」


そう言えばそんなに会わなかったことなんて、水無月家に引き取られてから初めてな気がする。


何だかんだいつも黎は俺に話し掛け……絡んできてたからな。



「……元気そうだった」



新田と後は知らない子だったけど、二人に囲まれている黎の姿は、ここ数年俺が見ることのなかった楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「あの三人の中に萌花も加わるんだよな」


何というかあの四人でワチャワチャしている姿が簡単に想像できてしまう。


「俺と話している時はいつもムスっとしていて、怒ったような顔だったから」


あんな表情を見ると、何だか懐かしい気持ちになる。


遠い日の――まだ兄と妹になる前、ただの春人と黎だった頃。俺に懐いて、一緒に夕方まで遊んでいた黎の姿をつい思い出してしまう。




「……あの時」




俺は言いたいことは全て黎へと伝えた。

不満も、怒りも、あの日々で抱いてきた気持ちの全てを……その結果、兄としての関係も捨てたつもりだった。




「……けど」




あんな感情任せに終わらせて良かったのか?という気持ちが少なからずあり、そのことがしこりのように残っていた。


なにより、ここ数日黎と関わりのある彼女達と出会い、話しをして、俺が知らない水無月黎を知った。


そして今日、黎の変化を近くで見た俺は思わずにはいられない。




――黎もまた、榎本さんと同じように変わろうとしている、と。




俺がキッカケなのか、それともあの優しい友人達が影響しているのかはわからない。

だが、今の黎はこれまでとは違う一歩を踏み出した。



「黎は」



どうしたいんだろうか?

何を望んで変わろうとしているんだ?


「……」


いくら考えても答えは出ない。



――それは、答えを出せるほどのことを知らないからだ。



「……全く」


関わらないためにわからせたはずなのに、わからせた相手のことを気にしてどうする。こんなの本末転倒だろう。


「だけど」


そう簡単に割り切れる相手であったなら、そもそもあんなにも関係が拗れたりはしないか。


簡単には捨てられない存在だったからこそ、かつての俺はあれほどまでに悩んで、溜め込んで、最後にはあんな言葉を口にしたんだ。


「でも、今なら……を出せる気がする」


は――どうするべきなのだろうか?






「――あ、あの!」






思考の沼にハマりかけた時、不意に俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ん?」


聞こえてきた声に、いつの間にか下を向いていた視線を上げる。


するとそこには、荷物を抱えた女子が立って――って。




「あれ、君は?」




その姿には見覚えがあった。



「あ、やっぱり!あなたはあの時の!」



それはどうやら女子の方もらしい。


目の前に立っているのは、土曜日に遭遇した絡まれ女子だった。


「まさか同じ学校だったとは思いませんでした!」


驚いた様子で大きい目を更に見開く。


「そう、だな」


俺も驚いていた。


もう会うことはないと思っていただけに、こんなところで再会するなんて。

しかも同じ学校だったとは……


全校生徒が集まる機会は少なからずあるはずなのに、今の今まで気付かなかったなんて、それだけ少し前の俺は周りを気にする余裕さえなかったということなんだろうな。




「――あ、良ければ持とうか?」




ここで俺は、彼女の両手に大量の荷物が抱えられていることに気付き、提案する。


「え、でも」

「何か頼まれてる途中なんだろ?なら、立ち話をするのも悪いし、歩きながら聞くよ」


俺の言葉に少し考える仕草をみせると、目の前の子はゆっくりと頭を下げてきた。


「それでは、その……よろしくお願いします」


あまりにも礼儀正しい様子に少し驚きつつも、俺は彼女から荷物の一部を受け取る。


「よっと……それじゃあ、行こうか」

「あ、はい!」


そう返事をした彼女は、ゆっくりとした歩調で廊下を歩いて行く。

俺もその隣に立ってついていく。



「その、改めて――土曜日はありがとうございました」



一緒に歩きながら、隣の彼女は何度目かわからない感謝の言葉を伝えてくる。


「いや、そんな気にしなくていいよ」


俺があのまま見捨てるのは嫌だったから間に入っただけで、彼女のためというよりも結局は自分のためだ。


「でも……あ、そ、その!名前!名前を伝え忘れていました」

「あー、そうだな」


そう言えば自己紹介もまだだった。


「えっと、私の名前は天音あまね花鈴かりんと言います。一年生です!」

「天音だな。俺は二年の水無月春人」

「二年ってことは先輩でしたか。それに水無月……春人?」

「ん?どうしたんだ」


どうも何かを考えている様子。

そこまで珍しい名前っていうわけでもないと思うけど。


「い、いえ!そのっ、響きのいいお名前だなぁ~と思いまして」

「そうかな?そんなこと始めて言われたよ」

「そうなんですね。えっと、ホームルーム開始まで時間も残り僅かですし、このままお付き合いいただけますか?」

「ああ、もちろん。構わないよ」


天音は微妙に何かを隠している気がするけど、まぁ、大した内容じゃないだろう。

それにほぼ初対面の、大して仲良くもない男に根掘り葉掘り事情を聞かれるのは怖いだろうし、ここはスルーしておくか。


「それでこれはどこへ?」

「えっと私のクラスまでお願いしたいのですが」

「わかった」

「あ、ありがとうございます!」


ちょくちょく他愛もない会話を挟みながら、互いに廊下を歩いて行く。



「……(チラ、チラチラ)」



その間も、天音はチラチラとこちらへ視線を向けてきている。


「どうしたんだ?」

「い、いえ、その……助けていただいた時から気になっていたんですが」


そう切り出して、天音の視線は服と髪へ。


「夏なのに前髪とか服、暑くはないんですか?」


天音の言葉に、窓へ映る自分の姿を見てみる。


真夏日に長いシャツを着て、髪も目元まで伸びている――明らかな季節感無視の格好をした男、それが今の俺だ。

そんな男が隣を歩いていたら、そりゃあ気になるよなぁ。


とはいえ、全部の事情を話すわけにもいかないし、少し誤魔化すか。


「実はあまり肌が強くなくてさ、夏の強い日差しを直で浴びてると荒れるんだ。だからこうやって、長袖で肌を出来る限り隠して――」

「そ、そうだったんですね!それは大変申し訳ありません……失礼なことを聞いてしまってっ!」

「あ、いや」


嘘をついたのはこちらの方なのに、そんな恐縮されるとこっちの方が申し訳ない気持ちになる。


「今はだいぶ良くなってるし!それに前髪は肌を守るためっていうよりも、を隠すためだからっ」



――だから、つい言わなくていいことまでも口にしてしまう。



「え、傷ですか?」

「あー……まぁ、その、あまり人に見せるものでもないからさ」

「……」


俺の言葉に、天音の動きが止まる。

その表情は不思議とただ驚いているだけにはみえない。


とはいえ、それを追求する気にもならず、俺は一先ずこの会話を終わらせたかった。


「あー、別にそんな顔をする必要はないぞ?傷があるっていっても薄っすらとだから」

「で、でも!」

「そんなことよりも早く運ぼう。あまり時間ないだろ?」

「わ、わかりました……」


天音の方は未だ何かを言いたそうにしていたが、渋々頷いて共に歩き始めた。



……。

…………。

………………。



「ここです」

「うん」


俺は持っていた荷物を教壇に置く。


「その、春人先輩ありがとうございました」

「いや、大丈夫。俺の方もちょうど時間が潰れたから」

「?そう、ですか?」

「ああ」


教室の壁に掛けられた時計はもうすぐ予鈴の時刻を指そうとしている。


これぐらいの時間であれば教室に戻っても問題ないだろう。

……後、純粋に下級生の教室に上級生が来ているというシチュエーションはあまりよろしくない。

現に天音のクラスメイト――特に男子達からの視線が痛い。


まぁ、俺みたいな陰キャが天音みたいな可愛い女子と一緒にいるのを見たら、愉快な気持ちにはならないだろう。

俺は好きでもない相手が誰とくっつこうが何とも思わないけど、天音は人気そうだしな。競争率も高そうだ。


「春人先輩?」

「あ、いや。それじゃあ俺は行くよ――じゃあな」

「ぁ」


俺は周りの視線のこともあり、足早に天音のクラスを出て行った。






――――――SIDE:天音花鈴――――――


春人先輩が教室を出ていく姿を見送りながら、私は言葉では言い表せないに襲われていました。


――何か大切なものが離れていくような感覚。


春人先輩とは二回しか会って話したことがないのに、何故こんな気持ちになるのか不思議でなりません。




「あれ、花鈴?」




と、そんな風にドアの前でぼーっとしていると、入れ替わるように入ってきたのは水無月みなづきれいさん、佐々木ささき陽葵ひなたさん、新田にった愛琉めぐるさん、久里浜くりはま萌花もかさんの四人組です。


この四人は仲良しなだけでなく、それぞれ違った方向に容姿が整っていることもあってか、男女問わずクラスでは人気で、私も最近仲良くしてもらっています。


「水無月さん、おはようございます」

「うん、おはよう。ドアの前でぼーっとしてたけど、どうかしたの?」


水無月さんは私へ気遣うような視線を向けてきます。

それは後ろの三人も同じで、つい最近仲良くなったばかりだというのに、些細なことでも心配してくれて本当に嬉しい限りです。



「えっと、実は先輩に荷物を運ぶのを手伝ってもらいまして」



私が春人先輩に関して話しを始めると、佐々木さんは目を輝かせました。


「えー!もしかして花鈴、恋しちゃったとか!?」

「え、えっ!?い、いえ、違いますっ」


私は佐々木さんの言葉を慌てて否定します。


「でも、顔真っ赤ですけど」

「……うん、真っ赤」

「本当だ」


続いて新田さんと久里浜さん、それに水無月さんまでもが佐々木さんの意見に同意しました。


このままだと春人先輩にも迷惑がかかってしまう!



「え、っとそういうわけではなくて、ですね、その――あ、そうです。実は水無月さんと同じ名字の先輩――春人先輩に手伝ってもらって!」



この場を乗り切るために春人先輩の情報をより開示することにしました。


「あー」


しかし、それは悪手と言わんばかりの声を出す佐々木さん。




「――お兄ちゃんが?」




そう呟く水無月さんの雰囲気は、普段の彼女とは明らかに違っています。

具体的にはすごく……その……怖いです。


「お、お兄ちゃんというと……春人先輩と水無月さんは、もしかして兄妹なんですか?」


私の言葉にクラスの、特に男子が一斉に水無月さんへと視線を向けた。


当たり前だ、水無月さんに兄妹がいるなんて話し、私は聞いたことがない。

恐らくほとんどのクラスメイトも知らなかったと思います。




「そう、春人は黎のお兄さん……花鈴にはまだ春人の写真、見せてもらってなかったと思うから、知らないのも無理ない」




と、何故かここで答えたのは久里浜さんでした。


「は、春人?ね、ねぇ、萌花?どうしてあなたがお兄ちゃんの名前を呼び捨てに」

「あ」


と、久里浜さんはしまったと、慌てて口元を手で押さえます。


ですが、時既に遅し。



「ふ、ふふふ……これは二人にはしっかりと説明してもらわないといけないわね」



全然笑っていない目で微笑む水無月さん。


その姿に、彼女の身に一体何が起こったのかと慌てる私に、新田さんが肩に手を乗せて言いました。


「黎ちゃん、すっごいブラコンだから。特に先輩の話題を別の女から聞いた時とか根掘り葉掘り聞いてくるから注意した方がいいよ」


出来ることならそういうことは先に言って欲しかったと思いながら、水無月さんからの追求は授業が始まるまで続くのでした――

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