突然のエンカウント
「はぁぁあ……やってしまった」
教室内の空気を見かねて、つい余計なことをしてしまった。
確実に、悪い意味で目立ってしまっただろうな。
教室に戻った後、どうなってしまうのか考えたくもない。
「ギリギリまでどこかで時間を潰すしかないか」
幸いにもホームルームまでまだ時間はある。
この間にクラス内の空気も冷却して、俺のことなんて忘れてくれると有り難いが。
そんなことを思いながら、俺はこれからの時間を何処で過ごすか思案しつつ廊下を歩いて行く。
そうして、曲がり角に差し掛かったところで――
「「あっ」」
前をよく見ていなかったため、誰かにぶつかってしまう。
「す、すみません。考え事していて前を見ていなくて……大丈夫ですか?」
俺は慌ててぶつかった相手へと手を差し伸べる。
「ん……大丈夫。私もゲームに集中していてよく見てなかったから」
そう答えたのは、恐らく下級生の女子。
彼女の手にはスマホが握られており、今の発言から恐らくアプリゲームをしながら歩いていたところに俺がぶつかってしまったという感じなのだろう。
「それでもだ。スマホは大丈夫か?壊れてたり」
「……ん、大丈夫そう」
「そうか、それは良かった」
周りが見えなくなるほど集中できるものがあるのはいいことだが、とはいえ一言忠告はしておいた方がいいか。
「でも、歩きながらのゲームは危ないからやめた方がいい」
「……うん、私もそう思う。反省した」
「そうか。それじゃあ、俺は行くから」
短くそう告げると、俺は彼女に背を向ける。
そのまま歩き出そうとするが――
「――えっと、なに?」
何故か後ろの子にシャツを掴まれて歩き出せずにいた。
突然の行動に意味がわからず振り返る。
「……こんな時間にこんなところ歩いてる。どうして?」
目の前の女子は首を傾げながら、何を考えているのかわからない瞳で俺に尋ねてきた。
その言葉に周りを見て、直ぐに合点がいく。
俺はどうやら、第2部活棟がある方向へ進もうとしていたらしい。
ウチの学校は運動部系が第1部活棟、文化部系が第2部活棟に分けられており、第2の方に朝から来る生徒は滅多にいない。
というのも、基本部屋のドアは閉まっており、鍵の貸し出しも放課後のみだからだ。
唯一事前の申請があれば別だが、文化部の中にそれほど活動熱心な部活があるなんて話しは聞いたことがない。
そのため、そんな場所へと立ち寄ろうとする俺に対して彼女は疑問を投げかけたのだろう。
「あー、実は今教室に戻りづらいんだ」
誤魔化すこともできたが、先程ぶつかった申し訳なさもあって俺は素直に伝えることにした。
「ん?どうして?」
「実はウチのクラスでちょっとした修羅場?みたいのがあってさ、その空気に堪えられずに教室から出ようとした時につい、こう」
「……言わなくていいこと言った?」
「そんな感じだな。だから、今はちょっとな」
俺の話しを聞いた目の前の女子は何かを考える仕草をすると、次いで俺の袖を引っ張ってくる。
「ん、どうしたんだ?」
「……時間潰せるとこ、知ってる。こっち、来て」
「え、あ、ああ」
俺は目の前の女子に引っ張られるまま――って。
「そう言えば君の名前は?俺は二年の水無月春人って言うんだけど」
「ん。知ってる、黎のお兄さん」
俺は目の前の女子から発せられた名前に思わず足が止まる。
「え、黎?えっと、君はもしかして」
「ん、黎の友達……名前は
どうやら目の前の女子は久里浜萌花というらしく、黎の友達でもあるみたいだ。
「……ん?どうしたの?」
「あー、いや」
ついこの間まで全く会ったこともなかった黎の友達に、こうも続けざまに関わることになるなんてな。
運命ってものがあるなら、一言文句を言ってやりたい。
「俺が黎の兄だって気付いて、引き留めたのか?」
「ん、それもある」
やっぱり、そうなのか。
「でも、困ってたように見えたから……迷惑だった?」
久里浜は少し不安そうな様子でこちらを見る。
その姿は純粋に俺のことを心配してくれているようにみえるし、さっきも素直に自分の悪い部分を反省していた。
――この子、口数は少ないけど、悪い子ではなさそうだな。
俺はそう思い、首を横に振る。
「いや、正直助かったよ。でも、よく俺が黎の兄だってわかったな」
「ん、黎に写真見せてもらったから」
や、やっぱり俺の写真って黎の友達周辺に出回ってるのか!?
「ち、ちなみにその写真ってどんなの?」
「……教えたらダメだって黎に言われた」
おい、黎。
お前本当にどんな写真を持ってるんだ。
というか、いつ撮った?
「でも安心していい。エッチなものはなかった」
「あったら俺が困るわっ!!」
柄にもなく、ついツッコんでしまった。
「ん。黎のお兄さん、いいツッコミ。ノリいい」
この子はこの子で新田とは違った意味で独特な雰囲気のある子だな。
「(でも、不快には感じない)」
それは、新田同様そこに悪意が込められていないからだろう。
場合によっては勘違いされそうではあるけど、俺としては変に意味のない言葉を重ねられるよりも、要点だけ伝えてくれる彼女の喋り方の方が好感が持てる。
「久里浜の方も、口数は多くないけどいい返しするし、話してて面白いぞ」
だからつい、そんなことを言った。
「――」
俺の言葉に、久里浜は驚いたように目を丸くする。
「どうした?」
「そんなこと言われたの初めて……私、面白い?」
「え、ああ……俺はそう思ったけど」
「そう……」
そう言うと久里浜は何故か顔を俯かせた。
「久里浜?」
「……萌花」
「え」
「萌花でいい……私も春人って呼ぶから」
え、いきなり呼び捨て?俺一応先輩なんだけど。
ま、まぁ、いいけど。
「わ、わかった。えっと、じゃあ……萌花」
「ん、春人。なに?」
「あー、それでどこに連れて行くんだ」
「あ、忘れてた」
おい!
「こっち」
萌花は再び俺の袖を掴んで歩き始める。
「い、いや、俺自分で歩けるけど」
「ダメ」
間髪を容れずハッキリとした口調で俺の言葉を拒否する萌花。
その様子に俺は何も言えなくなって、黙って付いて行くことにした。
◆◆◆
「……ここ」
萌花が連れてきたのは、家庭科室だった。
中からはガサゴソと何かをしている音と共に、複数人の声が聞こえてくる。
「えっと、なんでここに?」
「……中、見て」
そう言って家庭科室のドアを少し開ける。
俺は萌花の指示通り僅かな隙間から中を覗く。
家庭科室ではエプロンを着けた黎が何故か料理を作っており、見知らぬ女子はその隣に立っている。
そして二人の傍で椅子に座っている新田はというと、滅茶苦茶疲れた様子だ。
『ちょ、黎!?不器用すぎないっ!』
『だ、だって、目分量ってどれぐらいなのかわからなくて』
『だからってそんなにたくさん!あーもう!!』
見知らぬ女子は黎の傍であたふたしながらも、慣れた手つきで黎をサポートしている。
その様子に、黎は彼女に料理を教わっているのがわかった。
『うぷっ、ふ、二人とも朝からそんな食べられないんですけどっ』
対して新田はというと、お腹をおさえながら必死に二人へ訴えかけていた。
『ただでさえ愛琉は小さいんだから、ちゃんと食べないとダメでしょー』
『毎日ちゃんと食べてこれなんですっ!私の許容量はもういっぱいなんですよぉお!!二人も食べればいいじゃないですかっ!!』
『えっと、ごめん愛琉。私はほら、小食だから』
『私もあー、妹達が残したご飯とか食べてるからいいかなぁ~って』
『うぅうう!!』
俺は目の前で繰り広げられている光景に、そっとドアから顔を離す。
「……なぁ、あれ良いの?」
流石に新田がかわいそうというか、不憫に思えてならない。
「……大丈夫、愛琉の了承は得てる」
『萌花ちゃん早く来てくださいぃいい!!』
「……呼ばれてるけど?」
「……できれば、行きたくない」
いや、いけよ!
「それはダメだろ。友達が助けを求めてるんだから、素直に行きなさい」
「ぅ……付いてくる?」
萌花は上目遣いで助けを求めるような視線を送ってくる。
「なんで俺まで行くことになるんだよ……」
俺、全く関係ないだろ。
「でも春人、黎と……その……」
突然口ごもる萌花。
「もしかして、知ってるのか?」
「……ごめん」
そうか、萌花は俺と黎との間にあったことを……黎本人か、それとも新田に聞いたのかはわからないけど、通りで俺のことを半ば無理矢理連れて来ようとしたわけだ。
俺はもう一度中を覗く。
そこには友達と楽しそうに笑い合いながら、慣れない手つきで料理をしている黎の姿がある。
「……いや、俺はいいよ」
俺の存在は今の光景を壊す気がして、萌花からの提案を断った。
「そ、う……」
沈んだ表情で肩を落とす萌花。
きっと友達である黎のためを想ってこんな行動を取ったのだろう。
――黎は本当に友達に恵まれてるな。
「ありがとう、気を遣ってくれて」
気付けば俺は、沈んだ表情をする萌花の頭を撫でていた。
「ぁ」
「あ、悪い。つい」
「……ん、大丈夫。むしろ」
ん、なんか萌花の顔が少し赤い?
「……な、なんでもない」
「そうか?それじゃあ、俺はもう行くよ」
「……ん」
「えっと、頑張ってな」
俺の言葉に萌花は小さく頷く。
俺はそれを見届けた後、その場を離れた。
――――――SIDE:久里浜萌花――――――
春人が去って行く後ろ姿を見送りながら、私は初めての感覚に襲われる。
「……熱い」
春人に撫でられた部分が熱を帯びているように熱く、窓に映る私の顔は赤くなっていた。
心なしか心も浮き立っており、不思議と春人が去った方向から目が離せない。
「……なんか変」
自分の状態に違和感を覚えて、試しにさっき春人に撫でられたように今度は自分手で頭を撫でてみる。
「ん……違う」
でも、春人に撫でられた時のようなドキドキする感覚はない。
どうして自分がこんな気持ちになるのか疑問に思っていると、不意にドアが開いた。
「もう、二人とも!流石にこれ以上は無理です無理!!私、萌花ちゃんを呼んできますからっ!!」
そう言って家庭科室から出てきた愛琉は、ドアの前に立つ私の姿に目を輝かせる。
「あれ、萌花ちゃん?来てくれたんですね!」
「ん」
「あれ、萌花?ちょうど良かった!もうさー、さっきから愛琉がワガママ言って大変だったんだよね。協力して♪」
「……ん、わかった」
「ええええ、萌花ちゃん!?」
愛琉のオーバーリアクションを見ながら、私の脳裏には今日始めて出会った不思議な雰囲気をもつ男子――春人の姿が浮かぶ。
「――あれ、萌花?何かあったの?」
春人のことを考えていた時、ちょうど奥からエプロン姿の黎がやってくる。
いつもは下げている黒髪を今は後ろで結ばれており、その姿に普段とは違う魅力を感じた。
「ううん……なんでもない」
別に春人のことは秘密にする必要はないのに、どうしてだかついそんなことを言ってしまう。
「そう?あ、そうだ!萌花もこれ味見してみて!自信作なのっ」
そう言って黎はできたての料理を私に差し出してくる。
「ん、わかった」
私はその料理を渡された箸で掴んで一口食べた。
「……美味しい」
「本当に?よ、よかったぁぁ!」
「愛琉の犠牲は無駄じゃなかったね」
「ちょっと陽葵ちゃん!今犠牲って言った!?」
口では言い合っているものの、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべる陽葵と愛琉。
「二人ったら、もう……」
そんな二人を微笑ましそうに見ていた黎は、不意に作った料理へと視線を向ける。
「――お兄ちゃんも喜んでくれるといいな」
そう口にした黎の姿は同性から見ても見惚れるほどの愛らしさで、その姿を見た私の心は何故か落ち着かない気持ちになった。
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