抱いた気持ちは大きくなるばかり SIDE:鈴瀬梨香

――――――SIDE:鈴瀬梨香――――――


「鈴瀬?」


先輩の驚いたような声が聞こえてきます。

ですが、それよりも先に私はお父さんに伝えるべきことがありました。


「お父さんがいてくれたから、私はこうやって元気にこれまでやってこれたんです!だから、そんなこと言わないでっ!!」



――それは紛れもない本心。



子供を大切にしない親もいる。

子供を必要以上に甘やかせる親もいる。

子供を傷付ける親もいる。



――じゃあ、私のお父さんは?



「梨香……しかし、私は」

「た、確かにお父さんは少し――というかかなり心配性で、私のことにいろいろ口出ししてきて、それで嫌な気分になったこともあります」


正直に言えば、なんでそんなに干渉してくるのかと不満に思ったことも何度となくあります。

何より、私の友達やバイトに関しても口うるさく干渉してくる姿は、面倒に感じることも多かったです。


「ぐぅう、そ、そうか」

「でも……私のことをちゃんと想って言ってくれているのは伝わってました」


そうだ。

確かにお父さんのことを理不尽に感じることはあったけど、間違ったことをしたらちゃんと叱ってくれた。テストで良い点数を取ったり、良いことをしたらちゃんと褒めてもくれた。


厳しい時は厳しくて、優しいときは優しくて、甘いときは精一杯甘やかしてくれる。




それが私の――大切なお父さんだ。




「だから――ありがとうお父さん」

「――ぁ」

「私はもう、大丈夫だから……そんなに一人で思い悩まないで」

「り、か?」


私はゆっくりとお父さんの傍へと近付いていきます。


「これからは、私だってお父さんを支えられるように成長するから。だから――どうか、自分を許してあげて」

「ぁ、ぁあ、っぁ!り、かぁ!!」


私の言葉を聞いたお父さんは大粒の涙を流し、膝をつく。

そんな姿を見たことがなかった私はどうすればいいのか分からず、思わずお母さんの方を見ました。


「あなたの負けね……子供は私達が想像しているよりもずっと、早く成長しているみたいですよ」

「っぁ、ああっ、そう、だな……そうだ……梨香も大人になるためにちゃんと成長しているんだ……私はっ、っぁあ」


長年溜め込んでいた何かを吐き出すように、嗚咽を出しながら泣いているお父さん。そんなお父さんを優しく抱き締めて慰めるお母さん。


その行為はとても尊いものに思えて、私はしばらくの間何も言えず二人の傍でこの光景を見守りました。



……。

…………。

………………。



「……アリシア、もう大丈夫だ」

「あら、いいの?こんな機会滅多にないんですもの、甘えたいならもっと甘えてもいいわよ?」

「い、いや!だ、大丈夫だっ!それよりも彼は?」

「え」


お父さんの言葉に辺りを見渡す。

そこにはさっきまであった先輩の姿が見当たらない。




「あ、あれ?せ、先輩は!?」




戸惑う私の声に、お母さんは口元に手を当てて、可笑しそうに笑い始めます。



「彼なら梨香とあなたが話している最中に『俺の役目はもう終わりました。ここから先は家族だけの時間です。余所者がいたらその空気を壊しますし、何より鈴瀬も自分の父親を傷付けるような人間とは一緒にいたくないと思うので』って、私が止める間もなく帰っていったわよ」



「な――っ!」


先輩がそんなことを!?


「そ、そんな!」


先輩が言ってることは全部的外れです!


役目が終わったってなんですか!それに余所者だから空気を壊すって!それに何より、先輩がお父さんにあんなことを言ったのは私のためですよね!?


それなのに、黙って帰るなんて酷いですっ!私が先輩と一緒にいたくないなんてそんなこと有り得ないのに!!


「(むしろ、前よりも一緒にいたい――傍に居て欲しいって、そう思ったのに……なんでっ)」


「ふふ、梨香ったら、凄く不満そうね。そんなに春人くんのことが恋しいのかしら?」

「え、そ、そんなこと」


動揺する私にお父さんは確証を持っているような声色で尋ねてきます。




「……梨香は彼のことが好きなのか?」




「ふぇ!?」


そんなド直球に聞いてきますか!?


「ふふ。あなたったら、そんなの見てればわかるでしょ?ゾッコンよゾッコン」

「ゾッコ!?そ、そうか……そこまで」


ちょっとお母さん!?なに私の気持ちを代弁してるんですか!しかも言うに事欠いてゾッコンだなんて、そんなっ、そんなこと……ぅ。


「あら?急に沈んだわね」

「もしや……彼に苦手と思われているからか?」


私はお父さんの言葉に小さく頷く。


「……うん」


今までの私は自分の間違えに気付かず、間違え続けていた。

それが積もりに積もって、今では先輩から苦手に思われています。


かろうじて嫌われてはいないものの、私とは仮でも恋人であることは嫌とまで断言されてしまいました。


そんな私に先輩との未来なんて……


「……ぅ、私、ひくっ、先輩と付き合えないのかな?」


両目からは涙が零れ、思わず漏れた言葉。


それが今の自分にとってどれだけ高望みであるのか、否が応でも理解せざるを得ません。


「梨香……」


お父さんの心配そうな声。

普段はそんな姿に大丈夫だと笑いながら答えることが出来ました。


でも今は、そんな言葉さえ出てきません。


胸の中にはただただ、これまでの後悔と先輩に対する届かない想いが渦巻いています。




「梨香――あなたはどうしたいの?」




そんな私に、お母さんは真っ直ぐと視線を合わせ問い掛けてきました。


私はその姿に、溢れる涙を拭いながら思わず声を荒げます。






「どうしたいのってそんなのっ!」






――ずっと、好きだった。そして今日の出来事でもっと好きになった。


最初は先輩に苦手と言われ好意さえも否定されて……正直、死にたいとさえ思ったけれど、先輩は私を見捨てず助けるために行動してくれた。


――それが嬉しくて、でも本心では嫌々付き合ってくれていると思えて心苦しかった。


私は嫌われていないだけで、先輩にとってはただの疫病神なのかもしれない。

そう思うと、心の中で何かが壊れていくような感覚を覚えました。


その感覚は料理中や料理後も続き、段々と自分がこんなことをしてもらう資格があるのか、また先輩に迷惑を掛けるのか、そんな自問自答が脳内で繰り返されて――そんな中、バルコニーで話す先輩とお父さんの姿を見付けたんです。




『あいつはあいつでバイトを必死に頑張っています』




その言葉を聞いた時、心臓が止まりそうなほど嬉しかった。何より、先輩がちゃんと私のことを見てくれていたと知って、涙が出そうにもなりました。


お父さん相手に怯むことなく言葉を続ける先輩の姿は格好良くて、でも私のことを子供みたいだと言ったことにはショックを受けたりもして……今後はもう少し牛乳を飲もうかなとか、場違いなことを思ったりもしました。


それから、先輩はご自身のお母さんのことを話し始め、先輩がそんな辛い想いをしていたと知った時は心が張り裂けそうなほど辛かった。なんで私はその時先輩の傍にいてあげられなかったのかと、思わずにはいられませんでした。




『昔の鈴瀬ではなく、今の鈴瀬のことを考えてあげてくれないですか?』




そんな私に対して、話しの終盤に先輩が告げたこの言葉。

それはまるで今の私が認められている気がして、そしてこれからの私を応援してくれているようにも感じられて――もうダメでした。


気付いたら嬉しいはずなのに涙が溢れて、先輩を好きって気持ちが止まってくれません。


先輩に直接苦手って言われて好意も否定された。助けてくれたのだって償いや借りを返すためだけの意味しかないってわかっているにも関わらず、それでも――






「これで終わりなんて嫌っ!私は先輩のことが好きでっ、こんなところで諦めたくないっ!!」






普段両親の前でしている口調も忘れ、思いの丈を宣言します。


その様子に驚くお父さんとは裏腹に、お母さんは楽しそうに笑い始めました。


「ふふ、それでこそ私の娘ね!私もお父さんを許嫁から奪った時は梨香みたいにギラギラした目をしてたわねぇ」


と、ここでお母さんの衝撃的な過去が語られます!


「え!お母さんって略奪愛だったの!?」

「お、おい!アリシア!!」


お父さんは慌てて止めに入るものの、時既に遅し。


「実はそうなのよぉ~。と言ってもお父さんは許嫁とは家のために無理矢理関係を結ばれただけで、全然望んでなかったのよ?それに相手の許嫁もお父さんを雑に扱ってたし……だから、奪っちゃった♥」


我が母ながら、それを楽しそうに語る姿には戦々恐々とします。


「梨香――恋ってね何度も出来るものじゃないの。それも身を焦がすような強い想いを抱く恋なんて一生に一度あるかないかよ」

「――」

「もしも梨香が絶対に彼を諦めたくないって思っているなら、彼を堕とすために行動なさい」

「で、でも、嫌われるかもしれないから」


もう既に苦手意識を持たれている。

それでもし嫌われでもしたら……私はきっと立ち直れない。


「失敗を恐れていたら恋なんてできないわよ?何よりなにもせずに他の女に彼を取られてもいいの?見たところ彼、とても鈍そうだけど肝心なところでは人のために動く子に見えるし、それにあの不器用な生き方。ふふ、ああいう子って周りが放っておかないわよ?」


先輩が私以外の女と付き合う?

抱き合って、キスをして、そして――




「――ダメ。そんなの受け入れられないっ!」




その姿を想像した瞬間、私の中で嫌われるかもって考えは消えていた。

嫌われてもいい。最後に好きになってもらえるなら、その途中でどんなに先輩から避けられても、嫌味を言われても構わない!


「覚悟、決まったみたいね」

「うん。私、もう迷わないよっ」

「ふふ!流石私の娘ね!彼を堕とすための計画、一緒に練りましょうか!」

「うん!お母さん、お願いしますっ!!」


私とお母さんはお互いに笑い――その目は獲物を狙う獰猛な肉食獣のような輝きを秘めていました。


「……春人くん、すまない……君が目覚めさせてしまったのは恐らく……こうなると、私にはどうすることも……」


後ろではお父さんが何かをブツブツ言っている気がします。


ですが、私はそのことを気にすることはなく、星の輝きが見え始めた夜空を見上げて……




「――先輩?これから絶対に私のこと好きにさせてみせますから、楽しみにしててくださいね♥」




私を照らす星々へと、今後の決意表明をするのでした。






――――――――――

いよいよ明日、第1章が最終話となります。

次回の視点は春人に戻り、第1章がどう最後を迎えるのかお楽しみに!

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