伝えるべき言葉と変えられる未来

「私の考えが気にくわないだって?今、君はそう言ったのか?」


大智さんは声に怒気を含ませながら俺を睨み付けてくる。


「ええ、そうです」


俺にそれに負けじと睨み返す。


そんな俺の様子を大智さんは鼻で笑う。


「君みたいな子供がなにを」


まるで自分よりも下の存在を見るかのような態度。

俺はそれを見て、改めて確信する。


「そう、それですよ。大智さん、あなたは子供を自分よりも下の、ただの守るべき存在だと思ってる」


告げた言葉に、大智さんは怪訝な顔をして眉を顰めた。


「実際その通りだろ?子供は大人に守られている存在だ。そして、大人は子供を守る義務があるんだ……もう二度とあんなことが起きないようにね」


きっと何度も後悔し、何度も懺悔してきたのだろう。

そう思えるほどに、大智さんの顔には苦悶が刻まれている。


大智さんと同じ経験をした訳じゃないから、その気持ちが全部わかるとは俺には言えない。

だけど、似た経験があるからこそ、大智さんが今抱えている想いには理解できる。

そしてその結果、今のような行動を取っていることも想像できた。


でも、それは。




「子供はいつまでも子供じゃない。子供だって成長するんです」




子供から成長を奪う行為だと俺には思えた。


籠の鳥のように誰かに安全なところで管理されて生きていくことは凄く簡単だ。一見すると最高の幸せのようにも思える。



でもそれは、果たして生きていると言えるのだろうか?そこには自分の意思はあるのか?



人は生きていく中でいろいろな経験を積む。

その中にはいいこともあれば悪いこともあり、間違ったことをする人も中にはいる。

だけど、その経験の中で人は学んで次に活かしていくんだ。

もちろん全く学ばず、学ぼうともせず、ただ自分の欲望を満たすためだけに犯罪行為に走る輩もいるが、大部分は失敗も成功も自分の糧にして未来へと生きていく。


なのに、そこから逃げてなんになる?

例え今逃げても次は?次は大丈夫でもそのまた次は?


永遠に逃げ続けることなんてできはしない。

いずれ、限界がくる。

結局人生とは、それがどんなに理不尽なものであっても死ぬまで続いていく。




――誰かがそんな有様を「生きることは戦い」と表していたが、俺もその通りだと思う。




人は生きている限り、自分はもちろん、周りの環境や人間関係、社会などいろいろなものと戦い続けて生きていかなければならない。


俺も母の死に一度は折れかけて……それでもと足掻いた結果、堪えきれずに負けそうになった。


でも、あの日美玖さんと出会ったことで勇気をもらって、今はもう一度立ち上がって前を向けている。



そしてそれは、今の鈴瀬にも言えることだ。

きっと、鈴瀬は今、その帰路に立っていると俺は思っている。



ここで仮に鈴瀬が大智さんの言いなりになったとしても、もしかしたら大きく何かが変わることはないのかもしれない。

場合によっては、今の幸せがずっと続くとも考えられる。


だけど、確実に【ミラノワール】でみせていた鈴瀬梨香は死んでしまうだろう。




――例え親であっても、子供の未来や可能性を奪う資格はありはしない。




「なにより、辞めたいと鈴瀬自身が言ったんですか?辞めることを本当に望んでいると思っているんですか?」

「それは……」


やはりそうだ。


鈴瀬自身から辞めないで済むように協力してほしいと言われたが、本音の部分では鈴瀬も辞めたいと思っていたのなら、俺には打つ手はなかっただろう。


だけど、今の大智さんの反応でわかった。

これは大智さんの独断で進めている。


なら、俺の目的はそれを辞めさせる、ないし考え直すように説得することだ。


「鈴瀬は確かに子供なのでしょう。まだ未成年で自分では責任を取れないですし、何より身長も小さい。そんな彼女を子供のように見るのも仕方な……ん?」


今なにか、一瞬向こう側から音がしたような気が……気のせいか?


「でも、あいつはあいつでバイトを必死に頑張っています。そりゃあ、最初は世間知らずでミスばかりしてました。だけど、ミスをすれば素直に謝ってくれますし、同じミスを繰り返さないようにメモを取ったり、質問したり、自分なりの工夫もちゃんとできる奴です。後はお客様が困っている時に声を掛けたり、体が不自由な方にはさりげなく手を貸すなどの気遣いもできますね……俺に対してだけするウザ絡みだけは玉に瑕ですが、本当に嫌なことはしない距離感はちゃんと理解してくれています」


次々と告げる俺の言葉に大智さんは驚いた様子をみせる。


「き、君は梨香のことが苦手なんじゃ……」

「そうですよ、苦手です。でもね、苦手な俺でもこれだけあいつの頑張りがわかるし、その努力が伝わってくるんです。大智さん、あなたは鈴瀬が前に進むために頑張ろうとしている姿をちゃんと見ているんですか?」

「っ」

「あいつ言ってましたよ。両親を安心させられる子供に成長したいって。そのためにバイトを探してたって」

「……梨香が」


どうやらこのことは知らなかったらしいな。

俺の言葉を聞いた大智さんはショックを受けたように視線を下に向ける。




――その姿に俺は安堵した。




今までの話しを聞いて何とも思わない相手であれば、もう少し強引な手段を取る必要があったけど、大智さんは少なくとも俺の言葉に心を動かしてくれている。


「そんなあいつの気持ちをあなたは無下にするんですか?」

「だ、だが!また何かあれば私はっ」


きっと根底にあるのは、過去の後悔なのだろう。

それが解消されることがないのは俺が一番よく知っている。

どれだけ良いことがあろうと、どんなに幸せな未来を歩んでいこうが起きてしまった過去は変えられない。

どんなに望んでも、過去をやり直すことは出来ないんだ。




――母が死んだ後、俺は何度も何度も何度も何度も何度も心が擦りきれるほど後悔した。

あの時、あの瞬間に戻ってやり直したい。もっと違う行動をしていれば未来を変えられた……そんなことを何度も考えた。

次第に事故を起こした人間を殺したいとさえ思ったし、そうしようともした。




……でも、出来なかった。


仮に母が死んだときと同じようにその人を殺したとして、母は帰ってくるのか?

同じような痛みを味あわせて俺は救われるのか?


スッキリはすると思う。もしかしたら未来へ進むキッカケにもなるかもしれない。

だけど、その先には――何もない。

人を殺したという罪だけが重くのしかかり、亡き母が救ってくれた命を冒涜したことへの背徳しか残らないだろう。


だから過去の俺は、辛くても進むことを選んだ。




未来だけは変えられるから。




「――あなたの後悔をあいつに押しつけるのはやめてください」

「なっ!」


大智さんは俺の言葉に、まるで図星を突かれたと思わせる反応を示す。



後悔とは誰かに背負わせるものでも、誰かと分かち合うものでもない。

未来永劫自分自身が背負っていく業なんだ。



「俺には……あなたの気持ちがわかります」

「君になにがっ」

「わかりますよ!何故なら俺は……自分のせいで大切な母を亡くしたからっ」

「っ!君が……」


俺の過去を知り、驚愕したように息を呑む。


「そうです……俺はこれまでずっと後悔に苛まれながら、壊れそうになる心を何とか保って母の言葉を守り、生きてきた……つもりでした」

「つもり?」

「……ええ」


脳裏には最後に微笑んだ母の姿が浮かぶ。


「……俺はいつしか、母を言い訳にして逃げていただけなんです。辛いことや変わることから……逃げていれば楽だったから」

「――」

「でもある人に逃げた先には何もないって、辛いと思うなら勇気を出して変わるべきだって教えてもらいました」


美玖さんとの出会いと交わした言葉を思い出す。


「っ!」

「大智さん。俺は別に大智さんの考え方全てを否定するつもりはないですし、きっと赤の他人である俺に否定する資格はない。だけど――」




俺はこれまで鈴瀬と過ごしてきた日々を思い返していく。

いつも笑っていて、時々機嫌が悪そうに頬を膨らませる、ウザ絡みする後輩の姿を。




「……少しで良いんです。昔の鈴瀬ではなく、今の鈴瀬のことを考えてあげてくれないですか?」

「今の、梨香……」

「そうです。あいつだっていつまでも何も出来ない子供のままじゃない。体は……小さいですけど、心は成長しています。考え方だって子供の頃よりも成熟しているはずです。なにより、出来ることも増えていると思います」


俺の言葉に、大智さんはゆっくりと頷く。


「なら、昔と同じように接していい訳がない。ちゃんと、今の彼女にあった接し方と距離感で関わってあげて欲しいんです。今のままだと、ただ理不尽に自分を束縛する嫌な父親だと思われてしまいますよ?現にあいつも、少し面倒くさがっていましたから」

「ぐっ、そ、そうか梨香が……わ、私のことを……」


今までの俺の言葉の中で一番ショックを受けた様子の大智さん。


「……はぁぁああ」


だがそれも僅かな時間。

平静を取り戻した大智さんは、薄暗くなった空を見上げて大きなため息を吐いた。


「この歳になって、子供に教えられるとは思わなかったよ」


呆れたような、だけどどこかスッキリした様子で呟く。


「……まぁ、そういう機会はないですもんね」


大人が子供に教えられるシチュエーションなんて中々みない。

それにこんなこと子供の方からしてもご免だ。


「だが、君と話して、私が自分の気持ちを梨香に押しつけていたのだと気付かされたよ。私は梨香のためと言いながら、いつしか自分の罪悪感を和らげるために、梨香を利用していたのかもしれないな」

「……大智さん」

「なにより、君が話す梨香は私が知る梨香とは違って、凄く楽しそうに思えた」


そう、なのだろうか?

俺相手には遠慮がないとは思うけど。


「きっと、あの子は家の中ではちゃんとした子供であろうとこれまでいろいろと我慢してきたんだろうな……そんなことにさえ気付かないとは、私は父親失格だよ」

「いえ!そんなこと」


ないと続けようとした。






「――そんなことないよ!」






でも、俺が続けるよりも先に、物陰からアリシアさんと共に現れた鈴瀬が、大智さんの発言を否定した。






――――――――――

次回は梨香視点です。

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