春人、梨香の両親に会う
「ただいま帰りました」
――あの後、迎えに来た五道さんは俺と鈴瀬に何かあったことを察した様子だったが、敢えて何も聞かず、俺達を車に乗せて走り出す。
それから車に揺られて数十分。俺達は閑静な住宅街の一角にある屋敷へと足を踏み入れていた。
「あら、梨香!……お帰りなさい♪」
出迎えた二人の内、先ず反応したのは鈴瀬と同じ銀髪をした女性だ。
物語の中から現れたような日本人離れした容姿と、見る者を魅了するその美しさは、鈴瀬を今よりも成長させた姿に見える。
「ただいま、お母さん」
「ふふ、そちらが彼氏くんなのね」
彼女はどうやら鈴瀬のお母さんらしく、俺の方を見ながらニヤニヤと笑い、何を考えているのかわからない視線を向けてくる。
その視線に居心地の悪さを感じていると、隣にいた男性が話し掛けてきた。
「……梨香、お帰り。彼がそうなのか?」
見るからに外国の血が流れているお母さんとは違い、声を掛けてきた男性は黒い髪とブラウン色の瞳をした日本人を思わせる容姿をしている。
眉間に皺を寄せながら俺のことを睨んできているこの男性は、恐らく鈴瀬のお父さんだろう。
「お父さん、ただいま。はい、こちらが私の彼氏の春人さんです」
鈴瀬に背中を押される。
俺は気合いを入れて二人の前に立つと、先ずは頭を下げた。
「初めまして、梨香のお父さん、お母さん。私は、梨香さんとお付き合いさせていただいている、水無月春人です」
「あらあらまぁまぁ!!」
俺の挨拶に目をキラキラさせるお母さん。
「チッ」
対してお父さんの方は明らかに機嫌が悪い。
と言うか、子供の、仮ではあるけど彼氏に向かって舌打ちする父親とか初めてみた。
「――お父さん?」
鈴瀬はそんな父親の態度に、恐ろしい笑みを浮かべて圧をかける。
「ぐっ、よ、ようこそお越し下さいました。私は、梨香の父である鈴瀬大智だ」
「あなたったら、もう~……私は鈴瀬・アリシア・フェディエールと言います。梨香の母です♪梨香がいつもお世話になってるみたいで、ありがとうございます♪」
お父さん――大智さんは、嫌々といった様子、お母さん――アリシアさんは興味津々といった表情で俺に挨拶する。
「えっと、大智さん、アリシアさんとお呼びしてもいいですか?」
流石にお父さん、お母さんと呼ぶのは失礼だろうし抵抗感もある。
「……良いですけど、別に」
鈴瀬は滅茶苦茶不満そうだけど、納得して欲しい。
「ああ……お父さんなんて呼ばれるよりマシだ」
「私の方はお母さんって呼んでくれても良かったのに」
「あ、はは……そ、それより!」
イマイチ締まらない空気を変えたいと思った俺は、早速本題を切り出すことにした。
「今日は大智さんからお呼ばれされたのですが、私と梨香にどういったご用件でしょうか?」
「せ、先輩っ」
鈴瀬は心配するように俺の服を掴む。
対して大智さんは、先程の不機嫌そうな顔から一転、真面目な表情でこちらを見てきた。
「それは」
大智さんが何かを告げようとしたその瞬間――
「はい、ストォーップ!」
アリシアさんの声によって中断された。
「お、おい、アリシア」
「春人くんはウチに来たばかりなんですから、来て早々そんな真面目な話しをしなくてもいいでしょ!まだおもてなしもしてないんだからっ」
「お、お母さん?」
「――梨香!」
アリシアさんは突然大きな声で鈴瀬の名前を呼ぶ。
「は、はい!」
「先ずは春人くんにウチの中をご案内してあげて。お父さんも大切なお話はその後でも大丈夫でしょ?」
「う、うむ」
「わ、わかりました」
つい今し方まであった真面目な雰囲気は、アリシアさんの鶴の一声によって霧散する。
「そ、それじゃあ先輩!行きましょうか!」
「えっ?お、おいっ!」
鈴瀬は俺の手を引いて家の中に進んで行く。
「な、なぁ?わかったから、もう手は離していいだろ」
「……嫌、です」
歩いていた足を止めて、鈴瀬はそう言った。
「鈴瀬」
「い、今は梨香です……先輩が良い気分ではないことはわかりますが、もう少しだけこうさせてください……ダメですか?」
そんな縋るような視線を向けて来なくても……はぁ。
「わかった。ならこのままで良いから」
「っ!本当、ですか?」
「ああ。この方が本物の彼カノに見えるかもしれないしな」
「そ、そうですね……本物」
鈴瀬は小さく呟くと、さっきよりも強く、ギュッと手を握ってくる。
「……それで、先ずはどこに行くんだ?」
「そう、ですねぇ……まずは庭園なんてどうですか?今はあじさいだったり、ヒマワリなどの夏のお花が咲いているので」
庭園って、そんなものがあるのか。
いやぁ、家の大きさを考えれば当然か。
「まさか専用の使用人がいたり」
運転手の五道さんもいたことを考えれば、そういう存在が日常的にいてもおかしくない。
「流石にそこまではいませんよ?まぁ、家は広いのでハウスキーパーの方に定期的にお掃除してもらったりなんかはありますが」
一般家庭に暮らす俺からすれば、それでも十分凄いことなんだけど。
「と、ここが中庭です」
通された場所は微かに花の香りがする広々とした空間。
地面は芝生が敷かれており、周りの花壇には彩り華やかな花達が植えられている。
コントラストが非常に美しく、夏の暑ささえも忘れてしまいそうなほどの美しさを感じる。
「ここに植えてあるお花はお母さんが育ててるんです……毎回季節毎に違った花が咲いて綺麗なんですよ」
「だな」
普段季節感なんて服装と行事ぐらいでしか感じられないけど、この光景を見てるともう少し季節感を大切にしたいと思えてしまう。
「では、次行きましょうか!」
「もうか?」
もう少し余韻に浸ったりすればいいのに。
「あまりゆっくりしていると、暗くなってしまうので」
「確かに……」
気付けば夕日が出てきている。
「次はどこにいくんだ?」
「そうですね……書庫とかどうですか?結構古い本もありますから」
そう言って再び室内を歩いていく。
さっきはしっかり見ていなかったけど、改めて見ると廊下の所々に骨董品が飾られてある。
どれもこれも高そうだけど……って。
「あれ?」
その中に、明らかに目立つものがあった。
他は素出しなのに、これだけクリアケースに入れられている。
よくわからない何かと共に設置されている銀のプレートには『●●年●●幼稚園●●組/鈴瀬梨香』と書かれていた。
……どうやらこれは、幼い鈴瀬が作った創作物だったみたいだ。
「それをわざわざ飾るなんて」
中々しないだろう。
それこそ、よっぽど愛されていない限り。
「ん?先輩どうしたんですか、急に立ち止ま――って!あー!!」
鈴瀬は俺が見ているものに気付いたのか、繋いだ手を離し、大きな声を上げながらクリアケースと俺との間に割り込んできた。
「み、みみ、見ましたか?」
「あー、ごめん?」
「はぁぁぁあ……まぁ、これから先も所々に飾られてるので仕方ないことではありますが、正直凄く恥ずかしいので見ないでくださいっ」
顔を真っ赤にしながら、睨み付けてくる。
その顔は全く怖くないのだが、あまりにも必死な様子に思わず頷く。
「ど、努力するよ」
「……お願いしますね」
疲れた様子で先を歩き始めた鈴瀬。
その後ろ姿を見ながら、俺はもう一度クリアケースの方を見るのだった。
……。
…………。
………………。
「ここが書庫です」
開かれた扉の先は、出窓から入る光以外は本で埋め尽くされていた。
「ここにある本の殆どは収集家である父の祖父達が集めたものばかりで、お父さんも時たま利用するぐらいのようです。ちなみに私はもっぱらインターネットで見るので殆ど利用したことはないですね」
利用頻度が低い割に掃除がされているのは、恐らくハウスキーパーさんが定期的にここも掃除しているのだろう。
俺は取りあえず書庫の中に入り、手近な本を手に取ってみる。
「……よ、読めない」
外国語で書かれているのはわかるのだが、それが何語なのかまでは俺には判断できなかった。
本のすれ具合や色褪せ方からして結構古い本だとは思うけど……
そんなことを考えながらいくつもの本を手に取っていると、ある棚だけ雰囲気が全く違うことに気付いた。
「……『子育てのいろは』、『子供が嫌う親の躾け方』」
ここだけ明らかに子育てに関する内容ばかり。
しかも出版年が最近ってことは、これ大智さんやアリシアさんの私物かな?
そのうちの一冊を手に取り、パラパラと中を確認する。
そこには至る所に書き込みがされており、二人が本当に心の底から鈴瀬のことを大切に想っているのが伝わってくる。
「……」
「先輩?どうしました??」
鈴瀬が大きな瞳をこちらへ向けながら問い掛ける。
その両目は先程から時間が経ったこともあって、赤みは引いているように見える。
だが――あの時の涙は嘘じゃない。
鈴瀬はあの時、確かに心の底から泣いていた。
「……いや、なんでも。次を案内してくれるか」
「あ、はい。では次は――」
……。
…………。
………………。
あれからもいろいろとまわり、気付けば夕暮れ時。
「ここがダイニングですね」
俺はダイニングへと連れてこられていた。
ダイニングには大きなテーブルが置かれているのみで、まさに食事をするところという印象を抱く。
「あら?ちょうど良いところに来たわね!もう少しでご飯が出来るから、そろそろ二人を探しに行こうとしてたのよ♪」
そう言ったアリシアさんの手元には、いくつかの買い物袋が握られている。
「お母さん、その袋」
「えへへ、春人くんもいることだし、お母さん張り切って追加で買って来ちゃった♪」
エプロンを着たアリシアさんは、楽しそうにウィンクしてきた。
その姿は可愛いと思うけど、買っている量は明らかに可愛くない。絶対一人分じゃないだろその量は。
「あ、そうだ!」
と、ここでアリシアさんは何か閃いたと言わんばかりに手をポンと叩く。
「梨香、料理手伝って」
「え、私がですか?でも……」
心配した様子でこちらを伺う。
「こちらは一人で大丈夫ですが」
「ほら、春人くんもそう言ってくれてるし!そ・れ・に、彼氏に手料理食べてもらって褒められたくない(ぼそ)」
「っ!そ、それはっ」
なんだ?急にぼそぼそと話し始めて?
「それに女の子なら男の胃袋は掴みたいじゃない?(ぼそぼそ)」
「た、確かにそうです……(ぼそぼそ)せ、先輩!」
「な、なんだ?」
「私お母さんの手伝いをするので、ここで待っていてください!」
「ああ、わかった――って、もう行ってる」
どうやらダイニングの隣がキッチンになっているらしい。
二人はいくつもの買い物袋を仲良く持って、隣の部屋へと消えていった。
「どうしようか」
待つとは言ったけど、待ってる間手持ち無沙汰だ。
「む、君は」
この後の行動を悩んでいたところで、大智さんがダイニングに入ってきた。
「料理はまだか」
大智さんの呟きに俺は頭を下げる。
「す、すみません。どうやらアリシアさんが私のために追加で食材を買ったらしくて」
「なるほど……あいつらしいな」
そう言いながらも優しく笑う姿に、つい驚いてしまう。
俺に対してはあんな態度だったけど、恐らくこれが大智さんの素なのだろう。
屋敷内を散策する中で、鈴瀬の両親が鈴瀬のことをどう思っているのかはおおよそ分かった気がする。
――そして、鈴瀬の希望も俺は知っている。
なら、そろそろ話すべきだ。
「……タイミングがいいな」
そう思ったのは、どうやら大智さんも同じらしい。
「君に話しがある。さっきは中断されたが、今度は最後まで話したいと思っている。ついてきてくれないか」
大智さんの言葉に、俺は頷く。
「実は私も話しがありました。お付き合いします」
「そうか……では、こちらへ」
前を歩く大智さんの跡を追う。
「……」
「……」
無言のまま進んでいき、到着したのは屋敷の二階にあるバルコニーだった。
手すりに背中を預けながら俺へと視線を向ける大智さんの顔は、酷く苦悩に満ちているようにも見える。
「――単刀直入に言おう。春人君、娘と別れて欲しい」
大智さんから告げられた言葉は、俺が想像していた通りのものだった。
――――――――――
この度、本作の主人公【水無月 春人】のキャラデザが出来上がりました!
これも応援していただける皆様のお陰ですっ!!
https://kakuyomu.jp/users/Blossom-mizuharu/news/16818093083320007229
今後も随時キャラデザを制作・公開していきますので、次回もお楽しみに!!
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