拒絶する言葉、然れど見捨てられない心

「――え」


鈴瀬はこんなにもハッキリと俺が拒絶するとは思わなかったのだろう。

今まで見た中で一番驚いた様子をみせる。


「せ、先輩らしくないですねぇ。そ、そんなハッキリと」


焦っているのか、言葉もしどろもどろになっている。


「そう、かもな」


実際少し前の俺であったなら、ただ言われるがまま、されるがまま受け入れていた自信がある。


でも、もう変わるべきだと理解したあの時から、俺は俺自身の気持ちに正直になるって決めた。


「……言うべきだと思ったからな」

「言うべき?ど、どういう意味ですか?」



、俺は――」



今一番伝えるべき言葉はなんだろう。


今回のデートやお家訪問などを自分勝手に決めて、俺を巻き込んだことに対する不満や怒り?

それとも鈴瀬のお父さんの行動に少なからず理解できる部分があるからと諭すことか?


どれも正しいようで違う気がする。


俺は一体鈴瀬に何を伝えたいのだろうか?




「――君のことが好きじゃないから」




考えた末に出た言葉は、彼女への好意を否定するものだった。



「――ぇ」



俺の言葉を聞いた鈴瀬は瞬きもせずに目を向けている。


「正直に言うよ。俺は君のことを苦手にさえ感じてる」

「――」


鈴瀬の希望には添えないのを理解してもらうためには、彼女に対して抱く胸の内を伝えることが正しい。

そう思い、まるで時が停まったかのように固まる鈴瀬へ、言葉を続ける。


「君が普段、俺に対してだけ向けるあの言葉遣いや人を小馬鹿にする態度にもうんざりしてた」

「っ」


最初からあんな態度であったのなら、俺もここまで悩みはしなかった。

そういう人だって理解して、それ相応の対応をしていたと思う。


でも、最初会った頃の鈴瀬は今とは違った。


礼儀正しかったし、俺にも敬意のようなものがみえていた。何処か浮世離れした雰囲気はあったけど、関わって苦手意識を抱くような子ではなかったんだ。


「……正直さ、あんな態度取られて最初は鈴瀬に嫌われたのかと思ったし、俺が何かやってしまったのかとも考えたんだ」

「ちがっ」

「うん……直ぐに違うって気付いた」


もしも嫌われているなら、俺が何かしたのなら、あんな風にウザ絡みをしては来ないだろう。

だから、その線は早い段階で消えた。


「でも、さ。違うって気付いたからこそ、次第に不快感を覚えるようになったんだ」

「ぇ、ぁ」

「当たり前だろ……訳もわからず、あんな態度を取られ続けたら」


俺に非があったのなら、あの態度も理解できる。

もしくは、何かちゃんとした理由があれば受け入れることも出来たかもしれない。


……だけどそういったものは、鈴瀬との付き合いの中で、何もみえてこなかった。



「ただ……それでもだとは思ってる」



バイトでそれなりの期間一緒に働いているし、最初の頃は教育係のような立場でいろいろ傍で教えたり、彼女が馴染めるよう頻繁に会話もしていた。


先輩後輩の関係に愛着があるわけじゃないけど、簡単には見捨てられない程度にはあの日々を大切に想っている。




「だから今まで付き合ってきたけど――これ以上は付き合いきれない」




これが俺の答え。


「鈴瀬には酷だとは思うけど、家族の問題は家族で何とかするべきだ」

「で、でもっ」


縋るようにこちらを見てくる鈴瀬。

だけど、俺は首を横に振る。


「ハッキリ言うよ。これ以上無関係の俺を巻き込まないで欲しい」

「――ぁ」

「俺は家族の問題に首を突っ込むほど、鈴瀬に深入りするつもりはないよ」


それは明確な拒絶の意思。


好きでもない相手のためにそこまでする優しさは俺にはない。

なにより、お父さんの気持ちを少なからず理解できてしまう俺に何が言える?


娘さんが危険な目に遭わないようにサポートしますから、娘さんの意思を尊重してあげて欲しいです……とでも言うのか?


「(そんな無責任なこと、出来るわけがない)」


行動には責任が伴う。

俺には鈴瀬のために、その責任を負う覚悟は――ない。




「ぁ、ぁあっ!」




俺の言葉を聞いた鈴瀬は、机をバンと叩いて立ち上がる。


その音に久遠を始め、周りにいるお客さんが何事かとこちらに視線を向けてきた。


「お、おい、鈴瀬っ」


鈴瀬は俺の言葉など聞こえていないのか、顔を伏して震え出す。


「そん、な……嘘。先輩は私のこと……勘違いだった?……は、はは。私、何してるんだろう……っ、こんなことなら」


そのまま小声で何かをブツブツ言いながら、激しく動揺した様子をみせている。


「なぁ、大丈夫か」


流石に様子がおかしいと感じた俺は鈴瀬の肩に手を乗せ――って。



「え、泣いて」



「っ!先輩っ、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした!!」

「あ、おい!」


鈴瀬は俺に謝罪すると目元を押さえるようにしてカフェから出て行った。


「な、なんなんだ」


確かに鈴瀬に対する好意は否定したし、冷たい言葉も口にした。

だけど、あんな『自分は見捨てられた』みたいな目をされるなんて思わなかった。


「っ」



――あの目は、母を亡くした直後の自分を思い出す。



「ちょっとあんたっ!」

「え、あ、く、久遠」


動揺する俺に久遠の怒気を帯びた声が投げ掛けられる。


「早く追いかけなさいって!」

「いや、でも」

「でもじゃない!あんた達の間に何があったのかは知らないけど、あんたを慕ってる女にあんな泣き顔させておいて自分は無関係ですって態度取るつもりっ!!」

「っ!?」


俺を慕ってる?


久遠の言葉に俺の脳裏にはさっきの涙を流していた鈴瀬の姿が浮かぶ。


「お、俺は」


黎や榎本さんの時は少なからず気持ちが晴れた部分もあったが、今はただただ気分が悪い。




――俺はもしかして間違えたのか?




不意にそんな不安が浮かぶ。


嫌ならもっと違う断り方があったはずだ。

もう少し話しを聞いて何かしらの提案をすることもできた……それなのに、俺は相手の言葉に耳を傾けず、知ろうともせず理解しようとも思わず……ただ嫌だからと拒絶した。




――拒絶するにしても、せめて相手を知る努力はするべきだったんじゃないのか?




相手のことを考えず身勝手に他者を傷付ける自己中心的な行為は、俺が嫌っていた彼女達と同じだ。


それを受け容れられなかったからこそ否定したのに、俺が同じようなことをしてどうする!


……それで誰かを不幸にしたら、俺はきっと自分自身を許せなくなる。


「(なら、俺は)」


自分の身勝手さで傷付けてしまった鈴瀬に対して、今の俺に出来ることはなんだ?






「ああ、もうっ!焦れったい!!」






そう言って、立ち尽くす俺の背中を押す久遠。


「お、おい!急にっ!まだ会計もっ」

「私が立て替えておいてあげるからっ!気になるならさっさと行って、その情けない面どうにかしなさいっ!!」


窓に映る俺の顔は、酷く顔色が悪く、何かを誤魔化すような――そんな卑怯者の目をしていた。


「っ!ありがとう、久遠!」

「貸しだからねっ!ちゃんと覚えておきなさいよ?」

「ああ、わかった!」


俺は久遠に背中を押される形で、出て行った鈴瀬を追うために駆け出した。


――先ずは、鈴瀬がどう想っているのかを聞いてみよう。






――――――SIDE:鈴瀬梨香――――――


「はぁ、はっ、っん、ぁあ!」


私は分け目も振り返らずに走って行く。

思い出すのはさっきの先輩の言葉。



『――君のことが好きじゃないから』



「ひくっ、んっ、そんなっ!」


思い出す度に涙が溢れる。


「私はそんなつもりはなかったのにっ」




◆◆◆




先輩と始めて会った時の印象は、正直悪かったです。

目元まで伸びた前髪に、何を考えているのかわからない眼差し、それに暗い雰囲気――いい部分なんて一つもありませんでした。


だけど、世間知らずな私を直ぐに助けてくれたり、気を遣ってよく話し掛けてくれたりもしてくれて、直ぐにこの人は相手のことを思い遣れる優しい人だって気付きました。


先輩にとってそれは仕事の内だったのかもしれませんが、はじめてお父さん以外の男性に優しくされて、陰キャに見えるけど本当は凄く格好良くもあって――好きになるのに時間は掛かりませんでした。


だけど、私は今まで異性を好きになった経験がなく……どうすればいいのかわからずに失敗ばかり。

たくさん喋りたくても緊張して上手く言葉が出ず、気持ちもまともに伝えられない。


――そんな時です。

学園の友達からあるアニメを教えてもらったのは。


そのアニメには私と同じような悩みを抱える女の子がいました。

主人公の後輩だけどそれ以外に接点がなく、自分に自信がないため会話も続かず想いも伝えられない。

そんな彼女は、あるキッカケからメスガキ?のような言葉遣いと態度を取って主人公にアタックしていきます。

最初はウザがる主人公ですが、時折みせる素直な一面やどんな時でも自分の傍に居てくれる彼女の姿にやがて惹かれて……というストーリーでした。


それを見た私は衝撃を受けました。

こんな女の子がヒロインであるということにもですが、レビュー等を見るとそれが概ね受け入れられて――いえ、むしろ応援されていたのです。



『私もこの子のように変わることが出来れば、先輩との距離を少しでも詰めることが出来るのでしょうか?』



先輩に少しでも意識してもらいたいと思った私は、そのアニメを参考に先輩の前ではメスガキ的な態度を取るようになります。


もちろん先輩が不快に感じているようなら直ぐに辞めるつもりでしたが、先輩はそんな私にも変わらぬ態度で接してくれて――だから、私もこれでいいって思ってしまい、この態度を続けていきました。




◆◆◆




「だけど、違ったっ!」


先輩は傷付いていて、優しいからそれを黙ってくれていただけ。

それに気付かずに、私は先輩に好かれていると調子に乗って酷い態度を繰り返した。


どれだけ馬鹿なのだろうか。どれだけ愚かなのだろうか。


好きな人に嫌われるのがこんなに辛いなんて知らなかった。

自分の無知さが、これほどまでに酷いものだったなんて思いもしなかった。



「いっそ心配なんてしないでくれたらっ!」



こんなに苦しまずに済んだ。


嫌いなら、なんで最初から拒絶してくれなかったんですか?なんで、私のことを心配して来てくれたんですか?


そんなことされたら勘違いするに決まってるじゃないですか!


「私はただ、貴方にっ」


好かれたかっただけなのに!




「――あっ!」




その言葉を口にする前に、足を躓いて倒れてしまいます。


「ぅ」


幸いにも膝を擦りむいただけで済みましたが、不思議とそれだけではない痛みが体を襲っていました。


「ひっ、んっ……う、ぅう」


痛い。痛くてたまらなくて、涙が溢れてしまいます。


擦りむいた膝が痛いのか、それとも先輩を傷付けてしまったことを悔やんでいるのか、もしくは先輩から好かれることがないと知って心が痛いのか……どれが正解なのかはわかりません。


ただ、一つ言えることは――このまま消え去ってしまいたい。

そんな風に思っていたのに――




「ああ、いた!って、怪我したのか?ちょっと、みせてみろ」




「なんで……」


私のことが苦手で距離を取りたいと思ってるはずなのに、なんで先輩はそうやって私のことを助けようとしてくれるんですか?


「鈴瀬?」

「なんで来たんですか……私なんかのところに」


そんなに汗だくになってまで。


「それは……」


先輩は何かを考えるような仕草をしながら、傷口を確認していきます。


「っぅ」

「我慢しろ……うん、擦っただけで打撲とか折れてはいないな」


優しく幹部を撫でる行為に、こんな時なのにゾクゾクって感覚を覚えてしまいます。


「私のことなんて、放っておけばいいのに」

「そうだな」

「っ」


やっぱり、先輩は。


「だけど、あんな顔見たらそのまま放っておくことは出来ないだろ」

「でももう巻き込まないで欲しいって!」


私の言葉に先輩はゆっくりと頭を下げました。


「……ごめん。俺は俺が嫌うことを鈴瀬にしてしまった」

「せん、ぱい?」

「なぁ、鈴瀬。バイト、辞めたくないんだよな?」


先輩の言葉に私はゆっくりと首を縦に振ります。


「……はい。辞めたくないです。あの時間が私は好き、ですから」

「そっか……」

「でも、なんでそんなこと」


疑問に思う私の言葉は先輩の言葉によって打ち消されます。


「なら、これから言うことは、お前を傷付けた償いとこの服の借りを返すためだから」


先輩はそう言うと、軽く頭を掻きながら、私の顔を真っ直ぐに見詰めて告げてきます。




「鈴瀬の――の彼氏役として、お前のお父さんに会うよ。そして、お前が辞めなくていいように助ける」




――私が求めていた言葉を。






――――――――――

明日は07:08に投稿いたしますのでご注意ください。

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