デートの理由と梨香の事情
あの後機嫌が直らなかった鈴瀬は、その鬱憤を晴らすように俺をいろいろな場所に連れ回した。
それはもう、容赦なくだ。
「せ~んぱい?ぷぷ、何をそんなに疲れた顔してるんですかぁー」
「何をって」
お前がこんな時間まで休みなく連れ回したからだろ。
気付けば外の景色も夕暮れ時になってるじゃないか。
「まぁ、言いたいことはわかりますけどぉ……だからこうして、カフェに入ることにしたんじゃないですかぁ~」
「そうだけど……はぁ」
「ため息ばかりついてると幸せが逃げちゃいますよぉ~」
既に俺の幸せは、お前の行動によって裸足で逃げ出してるよ。
「ほらほら、注文しましょうよぉ~。すみませぇーん」
鈴瀬は手を上げて近くの店員さんに声を掛ける。
『はーい!ただいまお伺いいたします!』
元気な声と共に、店員さんがテーブルへとやってきた。
「お待たせいたしました。お客様、ご注文はお決まり――げ」
げ?
「店員さ~ん?なんでせんぱいをぉ~、見てるんですかぁ?」
え、俺を見てる?
「……げ」
俺も思わず店員さんと同じ声が出てしまった。
「な、なんであんたがここに居るのよっ」
それはつい最近見た白ギャルの姿――まさかこんなところで、久遠と遭遇するなんて……最悪だ。
「せ~んぱぁ~い?もしかしてぇ、この店員さんとお知り合いですかぁ~?」
「あ、あー、まぁ、そんなところ……かな?」
「……そうね」
あんなことがあったためか、お互いに微妙な空気が流れる。
「ふーん?そんなことよりぃ~、店員さん?先ずはお仕事したらどうですかぁー」
「あ、は、はい!申し訳ございません。ご注文は」
「えっとぉ、私は――」
鈴瀬は久遠に注文していき、久遠の方も俺の方にはチラチラと視線を向けるものの、先ずは仕事を優先するように注文をとっていく。
「……そちらのお客様は」
「俺は、えっと……これで」
「かしこまりました……それでは、お飲み物をご用意いたしますので、少々お待ちください」
そう言うと、久遠はキッチンの方へと向かった。
俺はその後ろ姿を見ながら、ため息が漏れてしまう。
「せ~んぱい」
「っ、なんだ梨香」
「あの人って、本当にただの知り合いですかぁ~?」
まぁ、あんなあからさまに変な対応をしていたら疑問に思うか。
「少しあってな……と言っても、彼女――久遠っていうよりも、その友達となんだけど」
「なるほどぉ~、だからあんなぎこちない感じなんですねぇ~。でもぉ~、あんなわかりやすく何かあったって雰囲気出されるとぉ~……彼女としては怒っちゃいますよぉ?」
反論は許さない、そんな圧を鈴瀬からは感じる。
と言うか、そのハイライトが消えた目でジッと見てくるのはやめてくれ。普通に怖いから。
「あ、ああ……悪かった。今は梨香とのことに集中するよ」
「ふふふーん!わかればぁ、いいんですよぉー、もう♥」
俺の返答はどうやら鈴瀬にとって正解だったのか、圧は消え、その顔には笑みが浮かんでいる。
「お待たせいたしました――って、あんた何か疲れてない?」
と、ここでちょうど飲み物もやってきた。
「気のせいだから……それより、飲み物もらえる?」
「ふーん……と、ではこちらがご注文いただいたお飲み物になります。先ずは――」
久遠は手慣れた様子で俺達が注文した飲み物を渡してくれる。
俺と鈴瀬が飲み物を受け取ると、久遠はまだ何か言いたそうな表情をしていたが、鈴瀬が「店員さん?もう用はありませんよ?」と明らかに拒絶する言葉を告げることで、渋々と俺達の席から離れていった。
久遠が何を考えているのかはわからないが、今は集中するべき事柄が他にある。
注文した飲み物を飲みながら一息。
「ふぅ……で?」
「はい?何がで?なんですかぁ~?」
惚けようとする鈴瀬。
しかし、俺はカフェに入ったときから――いや、入る前から鈴瀬の様子が少し違ったことに気付いていた。
「休憩だけが目的じゃないだろ?」
「――」
「カフェに入る前から時折何かを考えるような仕草をしてたし、カフェに入ってからも周りの人を必要以上に気にしてる様子だった。だから、何かあるんじゃないかなって」
俺の言葉に鈴瀬は目を丸くする。
「……驚きました。ざこざこせんぱいの癖にぃー、ちゃんと見てるんですからぁ~……はぁ。敵いませんね」
俺が知る普段の鈴瀬と、俺が知らない鈴瀬の口調。
それらが混ざった様子に俺が少なからず戸惑っていると、鈴瀬は小さく「あー、あー」と言いながらまるでチューニングするように声を出す。
「梨香?」
突然の行動に疑問を抱いていると、鈴瀬は先程までの様子から一転、あのとき五道さん相手に見せていた雰囲気に変わった。
「おっしゃる通りです。ここまで付き合っていただいた先輩には、ちゃんとお話することにしましょうか」
「――」
口調までがこれまでとは明らかに違う。
だけど、不思議としっくりくる感じもある。
あの時は深く考えなかったけど、今の鈴瀬は口調と雰囲気に容姿も相まって、まるで深窓の令嬢のようにも思える。
普段俺のことを小馬鹿にする後輩のあまりの変化に、まるで別人を相手にしているような気分だ。
「……もしかして普段のあれって演技なのか?」
思わず口から漏れた言葉。
「あれですか?ふふ、どうでしょうか……演技なのかと聞かれると全てが全てそうだとは言えませんが……あれも私の一部であることは確かですね」
はぐらかされた、のか?
釈然としない気分を味わいながらも、俺は続きを促すことにした。
「そっか……それで」
「あ、そうでしたね。私が先輩とデートしていた理由は――親からバイトを辞めるように言われているからです」
「え、そうなのか?」
「はい」
思っていたのとは随分と異なる理由だった。
と言うか、バイトを辞めさせられるからって何故俺とのデートに繋がるんだ?
「実のところ私の両親――特にお父さんは凄く過保護なんですよ」
そう告げると、鈴瀬は自分の父親が如何に親馬鹿なのかを話し始める。
「例えば学校は男が関わらないようにお嬢様学校ですし、寮での生活だと不測の事態が起こったときに不安ということで自宅から通うことになりました。誕生日なんて、一日中一緒に居ようとしてきますし……友達関係に関しても結構気にしていますね」
それは、また、結構重症のように思えた。
娘の友人関係にまで口出すなんて、少しやり過ぎな気もするが……
「……大切にされてるからじゃないのか?」
「大切ですか……どうでしょう」
俺の言葉に、鈴瀬は自嘲気味に笑う。
「もちろん、嫌われているとか無関心だとは思いませんが……きっと、お父さんの行動の大部分は、昔の償う気持ちが込められているのだと思うのです」
「償う気持ち?」
それはまた、穏やかじゃないな。
父親が子供に対して償うべき気持ちを抱くなんて、俺には想像もつかない。
そんな俺の様子に、鈴瀬は「まぁ、先輩ならいいですかね」と、小さく呟く。
「実は私、一度誘拐にあったんです」
「え」
――誘拐。
その言葉を聞いた瞬間、腹部に残った傷痕がズキリと痛む。
もう塞がっているはずなのに『忘れるな。思い出せ』と消えてしまった記憶が訴えかけてくるように感じる。
「あ!心配しないでください。別に乱暴されたりとかはしなかったですし、犯人も直ぐに捕まって無事に解放されましたから……でも、誘拐はお父さんが罠にはめられて起こったらしく、凄く気にしていて……」
だからこその、過剰とも思える鈴瀬への態度なのだろう。
俺も同じ立場だったら……どうだろう。
その時は無事でも、次あったら。もしもその時、娘や大切な存在が傷を負わされ、場合によっては殺されるなんてことが起きたら――俺なら、きっと自分が許せなくなる。
――不意に俺を庇い傷付いた母の姿が浮かぶ。
「先輩?どうしたんですか?顔色が悪いですが」
鈴瀬の声に沈みかける気持ちをどうにか踏ん張る。
「い、いや、なんでも……」
ないと続けようとしたところで、ふと気になることができた。
「あれ?それならなんでバイトは許可してもらえたんだ?」
今までの話しを聞いていたら、バイトを許すとはとてもじゃないけど思えない。
「それはお母さんの口利きもあったからですね……『社会勉強をしたいって言うんだし、別にいいじゃない。年ごろの娘を雁字搦めに縛り付けていたら、今できる経験もできなくなるわ。少しは梨香を信じて、あの子に任せてみなさい』って」
へぇ、いいお母さんだな。
ちゃんと鈴瀬のことを考えて言っているのがよく伝わってくる。
心なしか鈴瀬の口調も父親のことを話すときよりも明るい気がする。
「親には社会勉強と言いましたが、実際は早く両親を安心させられる子供に成長したいという思いがあったんです。ですので、なるべく早く、尚且つ安心して働けるバイト先を探していました。そんな時」
「【ミラノワール】を見付けた、と」
「そうですね。で、マスターに事情を話すと、トントン拍子に話しが進んで今に至る感じです」
そう言えば、鈴瀬がウチに来た当初は、俺達が普段しているような当たり前のことを珍しがっていた。
今思えばあれは、これまでそういった当たり前のことをさせてもらえなかったからだったんだ。
「でもそれならなんで急にバイトを辞めろなんて」
一応はバイトの許可を貰ってるはずなのに、何故急にそんなことを言い始めたんだ?
「それはぁ、そのぉー」
さっきまでは迷いなく続けていた言葉が、今は申し訳なさそうに詰まっている。
「バイトで帰りが遅いことをお父さんに問い正されたときに『バイト先の先輩に途中まで送ってもらってるので問題ありません』と言ったところ、お父さんはどうやら先輩のことを彼氏だと勘違いしたようで」
「……は?」
え、ちょっと待って。
俺が鈴瀬の彼氏?
「それで『何処の馬の骨ともわからない男に私の梨香は渡せないっ!私は梨香を嫁に出すためにバイトを許可したわけじゃないっ』って、バイトを辞めるように言ってきたわけです」
それ、俺全くの無関係なんじゃ?
むしろ被害者側の立場だと思うんだけど……
と、ここで俺は五道さんの微妙な反応を思い出した。
「もしかして五道さんのあんな発言をしてたのって」
「そうですね。我が家の中では先輩=私の彼氏という構図が既に出来上がっているので」
おいっ!なんだよそれっ!!
「で、でも!彼氏彼女の証拠なんてなにもないし」
そう言いながら、脳裏にはふと気になる事柄が浮かび上がる。
鈴瀬はこのデート中何度も写真を撮って、それを何処かに送っていた。
あの写真は一体何処の誰に届いた?
「お、おい!梨香、お前まさか」
最悪の可能性が脳裏に浮かぶ。
思わず、そのことを口にしようとしたところで、鈴瀬のスマホから通知音が鳴り響く。
「――あ」
その声は驚きを秘めつつも、何処か楽しげにも感じられた。
「見てくださいせ~んぱい♥」
そう言って見せてきたスマホの画面。
起動されたアプリには『後で迎えをよこすから、彼氏を連れてウチまで来なさい』と書かれたメッセージが届いていた。
「これはぁ~、ぷぷ。一緒に行くしかありませんねぇ♥」
いつものメスガキ口調で嬉しそうにこちらを見てくる。
その姿はとても可愛らしく、こんな後輩の仮ではあっても彼氏役ができるなら、大抵の男は喜んで食い付くだろう。
――だけど、俺はどうしても乗り気にはなれない。
鈴瀬のことが嫌いというわけではないし、何か大変なことがあれば今回のように助けようともする。
だけど、一度感じた苦手意識は簡単には覆せない。
それは鈴瀬の事情を聞いた今も変わらず残っていた。
雛守さんのような裏切りがあったわけでも、黎と榎本さんみたいな自分勝手な対応をされ続けたわけでもない。
でも、馬鹿にされた事実だけは今も残っている。
未だに何故彼女が俺にだけあんな態度をとってくるのかはわからないが、そんな相手の家に行きたいとは思わないし、仮に行ったところでこんな半端な気持ちじゃ何か出来るとも思えない。
――それに、俺にはお父さんの気持ちが少なからず理解できてしまう。
俺と母さん、あのとき立場が違っていたら苦しんでいたのは母さんだったかもしれない。
そう思ってしまうと、それほどまでに娘を考える相手に嘘をつくべきじゃないとの気持ちが浮かぶ。
だから俺は――
「――それはできない」
彼女の笑みを曇らせる言葉を口にした。
――――――――――
少し前にお話ししていたキャラデザの投稿を今週中に行います。
第一弾は主人公の水無月春人になりますので、公開まで今しばらくお待ちください。
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