デートから垣間見える後輩の素顔とアイドルの影

「ほらほら!せ~んぱいっ!行きますよぉー!」


車から降りた鈴瀬は、俺の手を引いて歩いて行く。


「お、おい!」


結局俺はあの後、押し切られる形で鈴瀬がいうデート?に付き合うこととなった。


何故こんなことをするのか、どうして相手は俺なのか等いろいろとわからないことは多いが、その疑問は一旦置いておくことにした。

相手に話す気がないなら、無理に聞いたところで答えは返ってこないし、一先ずは鈴瀬の指示に従うべきだと考えたからだ。


「もー、せんぱい?まともに歩けないなんて、ぷぷぷ。ほーんと、ざこ♥ですね♪」


鈴瀬の表情は心なしかいつもよりも明るく、その口調にも楽しげな音色が混ざっている気がした。


……そう言えば、こうして鈴瀬と一緒に何処かへ出掛けるなんてこと初めてか。

そういう意味では、俺が普段知らない鈴瀬を知る良い機会なのかもしれない。


「はいはい、俺はざこですよ……で、鈴瀬さん」

「違いますよぉ?梨香です、り・か♥せんぱいはぁ~、彼女相手にさん付けするダメダメさんなんですかぁ?」


口調はいつもと同じなのに、その雰囲気は有無を言わせぬ何かを感じる。




「あ、あぁ……梨香?」




「っ!!!」


鈴瀬は、俺の言葉に聞いた瞬間両手で顔を覆うと、突然しゃがみ込んだ。


「え、え?お、おい、す、梨香?急にどうしたんだ?」

「ヤバいヤバいヤバいですよこれっ!先輩に梨香って呼び捨てにされるのがこんなに嬉しいなんて予想外過ぎませんか!?こんなにチョロいなんてざこは私の方ではないですか!!(ぼそぼそ)」


更に顔を覆いながら小声でブツブツ何かを言っている。


この状態、一体どうすればいいんだ?


突然の行動に何が何だかわからずどうするべきか考え始めた頃、俺の視線に気付いたのか、鈴瀬は誤魔化すように大きく咳払いをした。



「ご、ごほんっ!ざ、ざこざこせんぱいにしてはやりますねぇ!」



いや、俺何かやっただろうか?

普通に名前を呼んだだけなんだけど……


とは言えない雰囲気に、出かかった言葉を呑み込む。


「それで、これから何処に行くんだ?」


俺は改めて鈴瀬に尋ねた。


「そうですねぇ~……じー」


鈴瀬は俺のことをジッと見詰めてくる。


「な、なんだ急に」


その行動に戸惑っていると、梨香はジト目をしたままビシッと指を指してきた。


「せんぱいぃ~、その服いつ買ったものですかぁ?」

「え、この服?えっと、確か……一年くらい前だけど」

「……」


おい、無言はやめろ!

もしかして俺のコーデおかしいところでもあったのか?


鈴瀬の言葉に、自分の服装を念のために確認する。

白のTシャツに黒いジーパンといった比較的ベーシックなコーデだ。


「確かにぃ、パッと見は変じゃないですけどぉ」


そう言いながら、ゆっくりと全身に視線を向けてくる。


「せんぱいって無駄にスタイルいいですしぃ、身長もあるから上のTシャツはオーバーサイズにしてぇ、下はスキニーパンツとかでスラッと見せた方が私としてはもっとおしゃれに見えると思うんですよねぇ」


と、ガチアドバイスを貰う。


「後ぉ、そのせんぱいの服微妙にあってないっていうかぁ、Tシャツはピッタリなのに、ジーパンは大きめとか……バランス悪くてぇ、ざこざこレベルが上がって見えますよぉ!」


追い打ちをかけるようにボロクソに指摘された。


「というわけでぇ!せんぱ~い?先ずは一緒に服を買いに行きましょうー!!」

「……はい」


何も言い返せない指摘に、俺は素直に鈴瀬に従うことにした。




◆◆◆




「ぷぷ、馬子にも衣装とはこのことですねぇ~。さっきと比べてぇ、随分様になってますよぉー」

「あ、ありがとう……でもこれ、本当に買ってもらって良かったのか?」


先程までいた店から出た俺は、新しい服に身を包んでいた。

さっきの服とは違い、ズボンは足にフィットしており、シャツはオーバーサイズということもあってゆったりとした着心地だ。


「問題ないですよぉ?だってぇ、ざこざこなせんぱいにこんなお店で買えるお金なんてないですしぃ」

「うっ、確かに」


鈴瀬が入ったお店だが、どうやら高級ブランドだったらしくその値段は高かった。

この服だって、シャツとパンツあわせて三万円超えという、一般庶民の学生には中々手を出し辛い価格だ。

ただ、その分素材はいいものを使っているらしく、着心地の良さは今までに類をみないものだったし、シンプルながら所々の装飾やデザインなどには工夫が凝らされているのがわかる。


「せんぱいはぁ、私に付き合ってくれてるんですからぁ!ぷぷぷ、気にする必要なんてないですよぉ?強いて言うなら、その前髪もどうにかしてくれたら更に嬉しいんですけどぉ」

「あー、これは……」


俺はつい、毛先をイジりながら目元から髪をズラした。


「っ!ま、まぁ、せんぱいにもぉ、事情があるみたいなのでいいですけどぉ……それに」

「それに?」

「な、なんでもありません!とにかく、気にしないでさっさと髪を戻してくださいっ!!……言えるわけありませんよ。先輩の素顔を他の女に見られなくて良かったなんて(ぼそぼそ)」

「わ、わかったよ……」


そんなに怒って否定しなくてもいいと思うんだけど。


でも、そうはいっても後輩にこんな大きな額を奢られたままっていうのは……正直居心地が悪い。

なにか、俺に出来ることはないだろうか?


そう思い辺りを見渡す。

すると、あるお店が目に入った。


「なぁ、梨香。甘い物って平気か?」

「え?えぇ、平気ですけどぉ……なんですかぁ、突然?」

「わかった。ちょっと待っててくれ!」

「えっ!せんぱい!?」


俺は鈴瀬から背を向けて、目的のお店へと走った。



……。

…………。

………………。



「悪い待たせた」

「もうぉー、遅いですっ!彼女を放って別の場所に行く彼氏とかぁ、減点ですよ減点っ!ホントせんぱいはざこざこですねっ!」


俺が勝手にいなくなったことに憤慨した様子の鈴瀬。

その姿に申し訳なさを覚えつつ、買ってきたものを手渡した。


「?なんですか、これ?」

「クレープ。こんなんでさっきの分を返せたなんて思わないけど、これなら歩きながらでも食べられるし、デートっぽくもあると思って」

「――」


俺の言葉に鈴瀬は目を丸くして俺を見た。

そんなに驚かれる要素があったのかわからないけど、早く食べないとクリームが溶けてしまう。


「食べないなら、両方とも俺が食べるけど」

「た、食べますっ!食べてあげますよっ!!」


鈴瀬は俺の言葉に俊敏な動きで二個ある内の一方を手に取ると、大きな口を開けてクレープを頬張る。


「っん!このクレープ美味しいですねっ!!」

「あー、店先の看板にネット記事に紹介されたって書いてあったなぁ……あむ」


おお、控えめな甘さで夏の時期にも食べやすい。


「なるほどぉ……あ、そうです」


鈴瀬はスマホを取り出すとクレープを食べている様子を自撮りしていた。


「?また、自撮りしてるのか」

「そうですよぉ~。せんぱいは気にしないで下さ~い」


そうは言ってもさっきの服屋でも写真撮ってなかったか?


「それよりぃ~、せんぱい?次は何処にいきますかぁー」

「何処って言われてもなぁ」


元々こういうことをするために外へ出たわけじゃない。

いい加減どうしてこんなことをしているのか、聞いた方が良いかもしれない。


「なぁ、梨香。いい加減なんでこんなことを」


しているのかと聞こうとした。


「せんぱ~い?なんかぁ、あっち騒がしくないですかぁ?」

「え、あー……」


耳を澄ませると、確かに大勢の声が聞こえる。

声がする方向へ視線を向けると、開けた場所に大型トラックが停まっており、その周辺には人が集まっているのが見える。


集まっている人をよくよく見ると、皆似たデザインの服を着ている?


そんなことを思っていると、停まっていたたトラックのボディ部分が上に開いて――






『みんなぁー!Recallリコルだよぉ!!急な告知だったのに集まってくれてありがとう!!』






『うぉおおおおおおお!!』


「うわぁ、なんだこの熱気っ」


突然Recallと名乗る女性の声が聞こえてくると、辺り一面にいた似たデザインの服を着た人達が一斉に歓声を上げる。


『いい声援だね!皆のお陰でRecallも熱くなっちゃうよっ!!』

『Recallちゃぁぁああんっ』


「……なに、あれ」


ライブとかでよく聞く一体感?を感じられる光景ではあるものの、Recallを知らない俺からすると、急にテンション上げて騒ぐヤバい奴らという印象を抱いてしまう。


「Recallって確か」

「知ってるのか?」

「え――正気ですかせんぱい?正気なら心配になるレベルなんですが……」


え、なんで知ってるか聞いただけでそんな反応されないといけないんだ。


「Recallといえば、今やSNSからお茶の間、動画サイトでも有名な歌手ですよ?圧倒的なルックスと歌唱力で、現代に舞い降りた女神とか令和のトップアイドルなんて言われてるんですけど……せんぱい?もしかして知らなかったんですかぁ~?」

「……はい」

「ぷぷぷ!せんぱいってばぁ、ほんとざこざこですねぇ~」


そんなに有名人なら、確かにこの騒ぎも納得がいくな。


俺は物珍しさにそのRecallというアイドルに視線を向けた。


確かに声は綺麗だし、容姿もここからでもわかるほど華があって整って見える。


……でも、なんでだろう。


俺はあまり惹かれないというか……うーん。なんか今までに感じたことない妙な感覚を覚える。


『――』


「ん?」


なんだ?向こうも俺の方を見てる?


『Recallどうしたんだろう?』

『Recall動き止まってない?』

『Recall、大丈夫!?』


Recallがいきなり動きを止めたことに周囲がざわつき始める。


「ちょっとぉ、せんぱい?もしかして彼女がいる傍で浮気ですかぁ?」


隣にいる鈴瀬は、周辺のざわつきとは違う意味でざわついている。

というか、ハイライトのない瞳で俺のことをジッと見詰めていた。


「い、いや。なんでもない……」


……気のせいだな。

アイドルの知り合いなんていないし、俺の近くを見ていたとかそんなところだろう。


「それならいいですけどぉ……」

「え、っと、そう言いながらなんで腕を組んできてっ」

「だってぇ、せんぱいったら直ぐに別の女に意識向けますしぃ」


その言い方だと、俺が浮気癖のあるクソ男みたいじゃないか。


「と言うわけで、ここから離れますよぉ」

「わ、わかったからっ!ちょ、引っ張らなっ!!」


何故か機嫌を悪くした鈴瀬に引っ張られながらその場を離れた。






――――――SIDE:????――――――


「Recall大丈夫!?」


裏からマネージャーが慌てて駆け寄ってくる。


「――はい、大丈夫です」

「で、でも、あなた急に動き止まって」


夏だから熱中症とかで意識を失ってたとでも思ったのだろう。

そんな柔な鍛え方はしていないことをマネージャーも知ってるだろうに……まぁ、こういう優しい部分が気に入ってはいるんだけどね。


「少しふらっとしただけなので、それよりもマネージャーさんがそんなに慌てた様子だと、ファンの皆さんも何事かと心配してしまいますよ」

「そ、それは」




「ふふ――みんなぁぁあ!!心配させちゃってごめんねっ!!皆の熱気が凄くてついくらっとしちゃった!!これからの時間は皆に負けないように私も盛り上げていくからよろしくねぇ!!」




『うぉおおおお!!』


私の言葉にファンの皆は元気を取り戻したように大きな声を上げる。

その姿を見ながら、私はが見えた場所へと視線を向けた。



「(へぇー、いないんだぁ)」



そこには既に彼の姿はなく、彼の隣にいた女の子も消えていた。



「(もしかしてデートだったり?)」



そうは思ったものの、は続けてるようだし、今の彼にそんな存在ができるとは思わないけど……まぁ、でも。




「――やっと見付けた♥」




私はマイクに乗らないほどの小さな声で、彼が消えた場所を見ながら呟いた。






――――――――――

Recallの正体とは一体?

そして次回、ついに梨香の事情を聞くことになり――

※明日から一部投稿時間を08:08に変更することに致しました。詳細は近況ノートをご覧いただければと思います。

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