春人、連行される

「え、はい……そう、ですが」


なんで、この人は俺の名前を知っているんだ?


「ふむ……咄嗟に、傍にいた女性を助ける……なるほど。これは、がおっしゃっていた通りのお方のようですね」


何故か一人で納得している様子の運転手さん。

掛けられている眼鏡がキラリと光り、レンズの奥にある鋭い眼光が俺を値踏みしているようにも感じられる。


「って、そんなことよりも!」


そうだ。

目の前の人物が何者であるのか、何故俺の名前を知っているのかは気になるところだが、今やるべきことはそれらを問うことじゃない。


「あなたがどうしてあんな運転をしていたかはわかりませんが、あなたの危険な運転で俺達が危険な目に遭ったんです。謝罪ぐらいしたらどうですか?」


俺は目の前に立つ運転手さんの鋭い眼光に負けじと睨み付ける。


その時間が数秒続いた後、運転手さんは鋭かった表情を崩した。


「あなたのおっしゃる通りでございます」


そのまま、俺達の方へと頭を下げる。


「申し訳ございませんでした」


あまりにも綺麗な姿勢での謝罪。

その姿を見ていると、こちらの方が恐縮してしまう。


「あ、頭を上げてください」

「いえ……私自身もこういった行動は嫌悪するべきものだと思っていたのにしてしまったのです。簡単に上げるわけには。必要であればそれ相応の慰謝料もお支払いいたしますので」

「いや、ほんと!そこまでしなくても――なぁ、新田!」


ここまで反省した様子をみせられると、流石に居心地が悪い。

俺はさっきから無言でいる新田にキラーパスを送る。


「ふぇ!?え、えっと……は、はい!だ、大丈夫です!幸い怪我もありませんでしたし」

「……よろしいので?」


そう言って、運転手さんは頭を上げてこちらの様子を伺う。


俺と新田は頭を縦に振りながら大丈夫との意思を伝える。


「……感謝いたします」


運転手さんは安堵したように大きな息を吐く。

そんな姿を見ていると、さっき浮かんだ疑問がつい口から漏れた。


「……そこまで気が進まないことだったのに、なんであんなことを?」


今の様子を見ていると、どうしてもあの行動が腑に落ちない。

明らかにこの人の考え方とは違った行動だった。

それだけの何かがあるとは思うけど、生憎と俺の方にはそんな理由に心当たりはない。


「そうですね、どうしても確かめたいと思いまして」

「確かめたい?」

「ええ――あなたがお嬢様にお方かどうかを」


お嬢様に相応しいって……この人はさっきから何言ってるんだ?

と言うか、お嬢様って誰だよ。

俺にそんな知り合い一人もいないんだけど。




「あ、あのっ、お兄さんっ」




「ん?新田、どうしたんだ?」

「い、いい加減離してくださいっ」


見ると、新田は俺の腕の中で顔を真っ赤にしながらこちらを睨み付けていた。


「あ、ご、ごめん!」


さっきから腕に抱えたままだった。

慌てて新田を腕から降ろす。


「私を助けるためだったようですし……別にいいですけど……むー」


なら、なんでそんな不機嫌そうなんだよ。


「……黎ちゃんが言ってた通り、あんな無自覚に助けようとするなんて、心配するのもわかるなぁ(ぼそぼそ)」


なんか一人でぼそぼそ言ってるし、この子もこの子で変わってるなぁ


「続き、よろしいですか?」

「あ、はい」


そうだった。この運転手さんと会話中だった。

意識を新田から、運転手さんの方へと向ける。


「私はあなたがお嬢様に相応しいと考えます。そこで、あなたにはこれからある場所へと向かってもらいたいのです」

「……ある場所ですか」


前半の内容はありがた迷惑――と言うか意味不明だが、後半の言葉は俺の警戒心を高めるには十分だった。


「……鈴瀬は無事なんですか?」


最悪の可能性が頭をよぎり尋ねる。


「は?」


俺の言葉に運転手さんは目を丸くして驚いた表情を浮かべる。


……なんか、思ってた反応と違う気はするけど、今はいいか。


「俺と約束した鈴瀬がここに来てないってことは……最悪」



――頭に浮かぶのは母が迎えた末路。



もしも、知り合い――それも苦手にしている女子がそうなってしまったら、俺は悲しむのだろうか?それとも……


「ふふ、ご安心ください」


運転手さんにそう言うと、車のドアをノックする。


「――ですよね、お嬢様?」


その言葉に、閉ざされていたドアが開く。




「――はぁぁあ……ねぇ、五道ごどう。ネタばらしが早すぎですよ?」




「は?」


車から現れたのは、俺がよく知る後輩――と言うか、俺がここに来た元凶でもある鈴瀬梨香だ。

ただ、その口調は俺が知る普段の彼女とはかけ離れており、服装は刺繍が施されたワンピースと麦わら帽子という、まるでどこかの絵画から出てきたと思わせる格好をしている。


「あ、おはようございます、せ~んぱい♪」


鈴瀬は俺の方に近付くと、運転手さん――五道さん?に声を掛けた時とはまるで違う、俺が知っている普段の彼女の口調で話し掛けてきた。


「え、は?」


俺はと言うと、情報量が多すぎて何が何だかわからず頭の中にハテナが出来上がる。


あんなメッセージを送ってきたのになんでリムジンから!?こんなリムジンに乗れるほどのお嬢様ってなに?それに全く聞いた覚えのないあの口調は?そもそも、そんなにお金あるならなんでバイトなんて!?……等々。

いろいろ考えてしまい、思考がまとまらない。


「お、お兄さん!あの綺麗な子、誰ですか?もしやお兄さんの彼女さんとか!?」


新田の見当違いな言葉に、一瞬で冷静さを取り戻した。


「いえ、違います」

「え、えー?」


真顔で否定する俺に、新田は納得できない様子。


おかしい、何故だ。

俺と鈴瀬が付き合うなんてあり得ないのに、なんでそんな顔を――




「え~。もうぉー、何言ってるんですかぁせんぱーい?せんぱいはぁ、私の彼氏さんですよねぇ?」




「は?」


こいつはこいつで、突然何を言ってるんだ!?


「おい、俺と君がいつ恋人にな――だっ!?」


なったんだと続けようとしたところで、近付いた鈴瀬に足を踏まれた。

しかも思いっきり。


「お、おまっ!なにをっ」

「せんぱ~い?私達は恋人同士。か・れ・しとか・の・じょ・ですよね?」


明らかに目が笑っていない。

これは絶対にそう言えと、目が訴えかけているように感じられた。


それでも躊躇していると、鈴瀬は首をくいくいと動かし五道さんを指した。


もしかしてあの人がなにかあるのか?


「あ、ぁあ……そう、だな?」


戸惑いつつも、渋々頷く。



「えー!やっぱりっ!!」



そして、そんな俺の様子に何故か目を輝かせて無駄にテンションを上げる新田。




「――ねぇ、あなた」




ハイテンションの新田に向けて、鈴瀬は俺に向けるような言葉遣いとは違った口調で話し掛ける。


「は、はい!な、なんですか?」

「私の彼氏と一緒にいましたが、もしかして泥棒猫ではありませんよね?」


まるで本気で怒ってるようにも見える、氷のような冷たい目線。

そんな鈴瀬の姿に、新田は凄い勢いで首を縦に振る。


「では、どういう関係でしょうか?返答次第では……」


言葉遣いは丁寧なのに、その威圧感は普段の比じゃない。

目の前にいないはずの俺にさえ、その恐ろしさが伝わってくるようだ。


「え、っと、そ、そそ、そのっ」


新田は可愛そうなほど震えている。


「わ、わわ、私はお兄さんの妹――黎ちゃんの友達でっ!偶然会っただけですっ!ですよね、お兄さん!?」


縋るように目を潤ませてこちらを見てくる。


いろいろ付き合わせたのは俺の方であるため、見捨てることは出来ずに首を縦に振った。


「……」


鈴瀬はハイライトのない瞳で、俺のことをジッと見詰める。


「……なるほど。それならいいのです」


しかし、何か納得できる部分があったのか、先程の恐ろしい雰囲気は何処かに消えた。

両目のハイライトも元に戻り、その顔にはにこやかな笑みを浮かんでいる。


「では、せ~んぱい♪いきましょっかぁー!」


そう言って、鈴瀬は俺の腕を掴んだ。


「なっ、ちょ!行くってどこに!というか、この状況は一体どういう!!」

「もー、せんぱいったら質問ばかりぃ~。今はぁ~、恋人との時間を大切にしましょうよぉ――五道、ドアを開けてくれますか?」

「かしこまりました、お嬢様」


五道さんとの連携で俺を車の中へ押し込もうとする鈴瀬。


抵抗しようにも腕が全然離れず、完全にロックオンされたと感じた俺は、逃げるのを諦め一先ず鈴瀬に付き合うことにした。



「そういうわけだから、新田!」



――ただ、一つだけ伝えたいことがあったため、車に入る間近、新田へ声を掛ける。



「な、なんですかお兄さん!」






「――黎のこと、これからもよろしくな」






本来赤の他人となった俺が言うべきことじゃないのかもしれない。


だけど、彼女の中では俺と黎は仲のいい兄妹ということになっているらしいし……いや、違うな。


俺以上に黎のことを知る新田に、俺の代わりに黎を見守って欲しいと、そう思ったんだ。

だから言う必要の無いこの言葉を伝えた。


俺の言葉を聞いた新田は、嬉しそうに笑いながら力強く頷くと。




「――はいっ!もちろんですっ!!」




そう言ってくれた。


その姿を最後に、俺は車の中に押し込められた。


「ねぇ、せんぱい?彼女が隣に居るのに浮気とかぁ~、どういう神経してるんですかぁ~?」


隣に座る鈴瀬は、俺に批難めいた眼差しを向けてくる。


「誰が彼女だ。そもそも俺と鈴瀬さんは付き合ってないだろ」

「まぁ、そうなんですけどぉー」


そう言いつつ、鈴瀬は自身の髪の毛先をクルクルとイジり始めた。


「それに俺はあんなメッセージが送られたから、ここまで来たんだ。なのにリムジンがきて、五道さんと話して、お嬢様は鈴瀬さんって――一体これはどういうことなんだ。そもそも、この車は一体どこに」


俺の矢継ぎ早の問い掛けに、鈴瀬はニコっと笑うと――




「ねぇ、先輩――私とこれからデートしましょうか♥」




予想もしていなかった言葉を告げるのだった。






――――――――――

次回は新田ちゃん視点です。

黎や黎の友達なんかも出てきて……

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