一夜明け、後輩の元へ――と!?
「ふぁぁ……朝、か」
いろいろなことがあった翌朝。
俺はいつもよりも少し遅めの時間に目を覚ましていた。
寝る直前に桜さんから『明日の朝食は私が作るから、春くんはゆっくり寝てて』と言われていたからだ。
その言葉に甘えて、ゆっくり眠ったお陰か寝起きもいい。
それに黎のこと、榎本さんのことが自分の中で決着がついたのも大きな要因の1つだと思う。
「……まぁ、今日はまた違った要因と関わることになるんだけどな」
俺はスマホを開き、昨日鈴瀬から送られてきたメッセージを見る。
助けを求める文面の後、『明日、ここへ十時に来てください』と簡潔なメッセージと共に地図が送られてきていた。
正直最初はイタズラだと思った。
しかし、あの後いくら連絡しても繋がらず、何よりこんな手の込んだことをする理由が思い当たらず……『これはガチなのでは?』と思い始めた。
鈴瀬のことは苦手ではあるが、一応後輩だ。もしかしたら本当に助けを求めるような事態に巻き込まれているのかもしれない。
尚且つ、そんな中で俺に連絡したのなら――流石に見捨ててはおけない。
「……まだ時間はあるし、腹ごしらえでもするか」
久々に桜さんが作ってくれた朝食を食べることにした。
願わくば黎と会うことがなければいいが。
◆◆◆
「……あれ?」
リビングに降りた俺は、流しの横に黎の食器が洗って置いてあることに気付いた。
「黎がこんな時間にもう食事を?」
珍しい。
休みの日はいつもは昼過ぎに朝食を食べるのに……そう言えば、あいつ休日はいつも家にいることが多かったな。
俺も休日はバイトの休みを入れてたし、約束がない日は基本家の中で過ごしていた。
それでよく黎に絡まれていた覚えがある。
「……まぁ、俺としては好都合だけど」
昨日あんなことがあったんだ。
俺もそうだが、黎自身も会いたくはないだろう。
出来ることなら距離を取りたいと思ってるのかもしれない。
「そういう意味では、榎本さんは例外か」
あそこまで言われてもまだ関わろうとする……正直あんな人は他に知らな――いや、一人心当たりはあるか。
「……あいつ元気にしてるかな」
もしかすると向こうでただ一人の味方でもあった、少し変わった友人?……にしては特殊な関係だったけど、そんな彼女に思いを馳せる。
「絶対怒ってるだろうな」
彼女の性格上、書き置きだけでいなくなった俺を絶対に許しはしないと思う。
でも、引き取られるのが決まったのは急だったし、まともに話す時間はなかった。
「何事もなければいいけど……って、あれ?」
今後に小さな不安を抱いていると、テーブルに可愛らしい紙が置いてあることに気付いた。
見ると女性らしい丸みを感じさせる文体で『春くん!私、休日出勤することになったよー!でも、これからのために必要な最後の休日出勤だから頑張るねっ!!ご飯は冷蔵庫の中に入ってるから、春くんもご飯食べて頑張ってねっ!』と書かれている。
「桜さん……」
俺は感謝しながら、桜さんが用意してくれた朝食を温めることにした。
◆◆◆
「靴もないってことは、黎は出掛けてるのか……まぁ、いいか」
――行ってきます。
いつもより遅めの朝食を終えた俺は、約束の時間に間に合うよう少し早めに家を出た。
「えっと、あの場所へは……」
普段利用している近辺であるため、ある程度移動時間がわかるのは有り難い。
「今日は早めに着いておきたいし、バスに乗るか」
身近なバス亭に行こうとすると、ちょうどいいタイミングで目的地行きのバスが来ていた。
「あっ!すみません、乗ります乗りますっ!!」
声でバスを引き留めながら、夏場であることも忘れて本気で走る。
……。
…………。
………………。
「ふぅ……間に合ってよかった。席は――」
無事バスに乗れた俺は、汗で湿った肌を冷房で冷やしながら空いてる席を確認する。
「あ」
しかし運悪くと言うべきか、空いている席の隣には俺と同い年ぐらいの女子が座っていた。
「(……うん。そこまで遠いわけじゃないし、立っておこう)」
時間にしておよそ一秒。
女難の俺が数分でも女子の隣に座るのはリスクが高いと判断したため、安全策として立ったままでいることにした……したのだが。
「……ん?」
どうも、件の席の女子から見られている気がする。
「(いやいや、どんだけ自意識過剰なんだよ)」
俺は頭を軽く振りながら、向けられている視線のことを忘れるように外を眺めた。
……。
…………。
………………。
「あ、降りますっ!」
目的地への到着を知らせる音と共に、俺は慌てて降り口へ向かう。
「ふぅ、無事に着いた。時間は……」
念のためにスマホで時間を確認する。
「大丈夫そうだな。まだ約束まで時間はあるし、どうし――」
この後の時間潰しを考えていると、服を引っ張られる感覚を覚える。
見ると、先程バス内で俺のことを見ていたと思われる女子が立っていた。
この子も俺と同じ目的地だったのか。
「えっ、と……なに?」
同じ場所で降りたことにも驚いたけど、それ以上に服を引っ張られている理由がわからない。
目の前の子に対して、訝しむような視線を向けた。
「あ、あのっ、誤解しないでください!」
そんな俺の視線に気付いたのか、女の子は慌てた様子で手をフリフリと動かし否定する。
しかし、そんなに勢いよく否定されると逆に怪しく思えてしまうのが人情というもの。
俺はより険しい表情で目の前の子を見る。
「あ、あれっ!なんか、更に怪しまれてる!?ち、違うんです!話しを聞いて下さいっ!!」
必死な形相で俺に向かって――というか、動き速っ!
「ちょ、急になにっ!?」
「うっっ!私は怪しくないんですっ!ほんとなんですよっ!」
それと抱きつくのになんの因果関係があるんだ!
「なら離せっ!むしろ、男に抱きつく方がよっぽど怪しく思えるんだけどっ!」
「嫌ですっ!誤解を解かずに離すものですかっ!これは戦略的接触なんですっ!!」
戦略的接触ってなに!?そんな言葉初めて聞いたんだけど!
「(というか、力強っ!)」
一応は鍛えてるはずなのに、全然抵抗出来ない。
むしろ、さっきから体がめっちゃ締まってる!
「わ、わかった!話しをちゃんと聞くから!」
「……本当ですか?」
「本当だから!早く離してくれないかっ」
さっきから体が締められてるせいで、上手く呼吸が出来なくて苦しんだよ!
「嘘だったりしないですよね?」
無駄に疑い深いなっ!
「なんなら、念書とか書いてもいいから!」
「そこまで言うなら……」
渋々といった様子で俺のことを離してくれる女の子。
「はぁ、はぁ……はぁあ」
ようやくまともに呼吸が出来る。
息を普通に吸えることが、こんなにも素晴らしいことだったなんて初めて知った。
「あのぉ」
と、そうだった。
この子の話を聞かないといけなかった。
「……それで、君は?」
「あ、はい!私は
「え、黎?」
思いも寄らない名前を聞いた。
黎を知ってるってことは、この子、黎の友達だったのか。
それなら俺に話し掛けてきた理由も――
「いやいやいや!」
危うく流れで受け入れてしまいそうになった。
「黎の友達っていうのは信じるけど、なんで俺が黎の兄だってわかったんだ?」
黎は俺との関係を学校では秘密にしている。
よしんば友達だから兄がいることを話していたとしても、イコールで俺に結び付くことは絶対にないだろう。
見た目が美少女の黎とは違って、俺の風貌は陰キャ男子。義理であっても、とても兄妹とは思えないからだ。
「え?一目でわかりましたけど……だって、黎ちゃんが『前髪は長いけど、ちゃんと真っ直ぐにこっちを見てくれる』って言ってましたし、『陰キャに見えるけど陰気な雰囲気はないから』とも教えてくれていたので。後『他の人とは雰囲気が違うから』とも」
え、それだけで俺だってわかったのか?
「(……と言うか、黎は俺のことをちゃんと友達に話してたんだな)」
てっきり俺のことは誤魔化すか、都合の良い嘘を言うと思っていた。
だから、素直に俺の特徴を伝えていることに驚いた。
「まぁ、後は写真を見せてもらっていたので、ピンときましたっ!」
おい、それが全てじゃないか。
そもそも、あいつ、俺の写真なんて持ってたのか?
渡した記憶も、撮られた記憶もない。
「じー、でも」
そう言うと女の子――新田は俺の傍に近寄ってくる。
そして大きな目で俺のことをジロジロと見て頷いた。
「うん!黎ちゃんが言う通り、話しやすくて優しそうないいお兄さんですね!!」
「――」
その無邪気に語る姿に、黎の泣き顔が浮かぶ。
――本当にいい兄であったなら、あんなことにはならない。
そう言いたかった。
俺はいい兄でもなければ、もう兄であることも放棄した赤の他人だと。
「黎ちゃん、いつも言ってたんです!お兄ちゃんが自分のことを構ってくれて嬉しいって!また昔みたいな関係になれたらいいなぁって」
「っ」
――それは初めて聞いた黎の本音。
俺には一切話さなかった内容を、こんな今日会ったばかりの子から教えられるなんて……ほんと嫌になる。
捨てたはずなのに未だ燻る黎への罪悪感と、それならどうしてあんなことをという怒りが込み上げてくる。
「……俺はいいお兄ちゃんじゃないよ」
「え、でも。黎ちゃんはいつも」
「違うんだ……っ!」
もう聞きたくないという想いも込めて強めに否定する。
「お、お兄さん?」
「その、ごめん。黎と俺、今喧嘩してるから」
「あっ!そ、そうだったんですね……そうとは気付かず申し訳ありませんっ!」
「い、いや!大丈夫だから……それよりも、そういう訳で、その、あまり黎の話しは」
「そう、ですね……噂のお兄さんと話せて嬉しくてついっ!」
噂のって、俺はそんなにも黎の周りでは噂されてるのか?
「……ちなみに噂って?」
「えっと……あ、ははは」
新田さんは笑って誤魔化した。
どうやらいい噂ばかりではないらしい。
「そ、そんなことより!」
あ、話しを逸らした。
「お兄さんは何故ここへ?ちなみに私はこの後黎ちゃん達と待ち合わせがあって、今はその場所へ向かう途中です!」
黎が出掛けてたのは、新田達と会うためだったのか。
それなら、ここに留めておくのも悪いな。
「途中なら急いだ方がいいんじゃないか?」
「い、いえ!待ち合わせといっても、友人の家に行くだけなので、多少遅くなっても問題ありません」
「そう……」
新田がそう言うなら、俺は構わないけど。
「あー、俺がここにきた理由だっけ?」
「はいっ!お兄さんは基本休日は家に引きこもってるって黎ちゃんは言ってたので」
俺のプライベートが筒抜けなんだが……いや、ほんと。黎は俺のことを友達になんて説明してるんだ?
「実はこの後、待ち合わせ?があって」
「?なんで疑問形なんですか?」
「それは――」
俺が答えようとしたところで、視界の端に黒光したリムジンが映る。
「どうしたんですかお兄さ――って、うわぁ!あれ、リムジンじゃないですか!!私、生で見るの初めてですっ!」
俺も初めてだ。
というか、この国の狭い道路だとリムジンとか乗り辛くないんだろうか?
「あれ?」
「どうしたんだ新田さん?」
「あのリムジン……なんだかこっちに近付いてきてませんか?」
「え――あ、ほんとだ」
新田が言う通り、リムジンは俺達の方へと段々近付い――って!
「ちょ、危なっ!」
「ふぇ!?」
勢いよく突っ込んでくるリムジンに、俺は慌てて新田さんを脇に抱えて飛び避けた。
リムジンは俺達の傍でキーっと音を立てながら停車する。
ミラーガラスなのか中に誰が乗っているのかはわからないが、一言言わないと気が済まない。
「ちょっと!」
俺はリムジンのドアを軽くノックする。
すると、運転席のドアが開き、スーツを着た初老の男性が降りてきた。
「――水無月春人様ですか?」
そして、何故か俺の名前を口にした。
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