クラスメイトのギャルをわからせる

「は?え、ちょ、なに?春っち何言ってんの?」


俺の言葉に、榎本さんは酷く動揺した様子を見せる。


「ウチのことが嫌いって、な、なにそれ?冗談でも笑えないんだけどっ!!」


動揺したかと思えば、今度怒りの籠もった眼差しで鋭く睨み付けてきた。



前までならここで謝ることもあっただろう。

もしかしたら、冗談だったと言って誤魔化すことをしたかもしれない。



だけど、今はもう彼女に対して恐れや罪悪感といった気持ちはない。

胸の内にある気持ちを伝えた結果俺がどんな扱いを受けたとしても、今はただこの迷惑な相手にちゃんと現実を知らせることが一番だと思えた。




「――冗談でこんなこと言うわけないだろ?」




「は、はぁ!?え、春っちがウチのこと、嫌い?いやいやいや、は?嘘、そんなのあるはずないあるはずないっ……(ぶつぶつ)」


うわっ、こわっ!


下を向いて何かをぶつぶつと呟く様子には何か狂気じみたものを感じる。

榎本さんの傍にいた久遠と茉莉も戸惑った様子で彼女の周りであたふたしており、時折俺の方へ助けを求める視線や批難を帯びた眼差しを向けてきた。


彼女達は悪くないし、ある意味では俺達の事情に巻き込んでしまったともいえるだろう。

そのことについては申し訳なく思う。

だけど、俺はここで退く気はない。




「なぁ、なんで自分が嫌われてないって思えるんだ」




「……え?」


顔を上げて俺の方を見詰める榎本さんの表情にはありありと困惑が浮かんでいた。


その様子に俺は淡々と言葉を続ける。


「例えば今日。こっちの事情もまともに聞かず、無理矢理連れて行った」

「で、でも!春っちは、了承してくれたじゃん!」

「……最初、拒否したよね?」

「そ、れは」


そんなことも忘れていたのか。


「確かに最終的には了承したけど、それは君と一緒に食事をしたかったからじゃない。借りを作りたくないって気持ちを尊重しただけであって、だからまた誘おうとした今はこうして拒否してる」

「っ」


そもそも一緒にいたいと思っていたら、拒否もしないし、こうして言い合いにもなっていないだろう。

普通に考えてわかりそうなものだが、なんでこんなにも彼女の中の俺は、彼女に対して好感度が高いと勘違いしているのやら。


「これまでだってそうだ。直近だと金曜日の放課後。日直の仕事は本来榎本さんがするべきことだったはずなのに、用事があるって、帰ろうとした俺に押しつけてきたよね?」

「それは……だけど、それだって春っちがいいって!」

「カースト上位の君と、カースト最下層の俺。そんな立場で素直に断れると思う?」


普通に考えて無理だ。

例え虐めという意図がなく、本当に困っていての発言だったとしても、明らかに自分とはクラス――もしくは学校での立場が違う相手にお願いされて断れる陰キャなんてほぼいない。

何故なら、もしも拒否してそれがクラスや学校内に広まったら、翌日からの扱いが酷いものになると容易く想像できるからだ。

実際、俺は中学の頃似たようなことがあり非常に苦労した。


「それはまぁ……無理かな」

「だね……アタシも同じ立場なら、受けるかも」


俺の言葉に榎本さんではなく隣の二人が頷く。


「なっ、二人とも!私の邪魔すんの!?」


その様子を榎本さんは裏切りとでも思ったのか、金切り声をあげながら酷く戸惑った様子で二人に噛みつく。


「い、いや、だってさぁ……これは美音が悪いよ」

「……う、うん。正直彼の気持ち考えたら、美音に対して好きじゃないって言うのもわかるかなぁって」


恐らく二人は俺の援護をしているわけじゃない。

ただ、当たり前に思ったことを言って、友人である榎本さんを正そうとしているだけだ。


「(俺、この二人のことを少し勘違いしてたみたいだな)」


俺の中でギャル二人の評価が密かに上がっていると――




「好きじゃないって何度も何度もっ!!!」




何が癇に障ったのか、突然大きな声を上げる榎本さん。


流石の声の大きさに、周りにいた人が何事かとチラチラこちらへ視線を向けてくる。


「ちょ、美音!声、声っ」

「美音少し落ち着きなって!」


こんな状態で注目されていることに焦ったのか、慌てて榎本さんを宥める二人。

しかし、榎本さんはそんな二人が見えていないのか、まるで縋るように俺に近寄ってくる。




「――ねぇ、春っち。春っちはのこと助けてくれたよね?」




榎本さんの私という一人称を久々に聞いた。

まるで昔の彼女が戻ってきたような錯覚さえ覚える。


榎本さんが言う『助けてくれた』っていうのは、恐らく一年の頃の話しだろう。


当時の彼女は今みたいに自然な明るさはなく、どこか歪な、無理をしている表情を常に浮かべていた。

そのくせ周りのことを人一倍気にしていたから……まるでどこかの誰かを見ているようで気になったんだ。

……それに自分の行動が上手くいかないながらも必死に目の前の現実を変えようと頑張っている姿を見て、応援したいと思ったのも理由の一つだろう。


――気付けば、彼女が人気者になる手助けをしていた。


「そう、だね」


今にして思えば、俺は羨ましかったのだろう。


当時の俺はあんな風に自分を変えることも、何かに対して頑張ることも出来なかった。ただただ、優しい人であるために誰かを助けるという安直な考えに逃げて実行してきただけ。

そこには当時の彼女がみせていた必死さはなく、あるのはそうするべきだという執念だけだった。


「っ!ならさ、私のこと嫌いなわけないじゃん?好きだから、好意があるから助けてくれたんでしょ?」


俺が榎本さんに好意を抱いていた?

なんでそんな話しになる。


……いや、端から見るとそう見えなくもないか。

もしかしたら、彼女が頻繁に関わってきたのもそういった誤解があったからなのかもしれない。

なら今その誤解を正すべきだろう。


「確かに俺は榎本さんに憧れていた」

「あ!じゃ、じゃあ!!」


俺の言葉に、さっきまでの沈んでいた表情が一瞬で変化し、花が咲いたような笑みを浮かべる。


「でもそれは君が好きだからじゃない」

「――ぇ」


しかし、続いて告げた俺の言葉に彼女の表情は絶望に染まったように暗く沈む。



「君が必死に、目の前にある困難な現実を乗り越えようとしていたから――その生き方に憧れたんだ」



俺には眩しく見えた。

きっと俺には出来ないことだと、変に決めつけていたから――彼女の前を進んでいく生き方に憧れた。

それが好意だというなら、その通りだろう。




「でも今の君は違う。今の君は、自分の都合だけを優先して、理不尽に相手を傷付けていく――そんな、迷惑なだけのただのクラスメイトだ」




残酷だとわかっていても続ける。


なにより、俺の心の中にはもう榎本美音という存在はただの思い出になっている。

今の彼女は黎と同じ、同じ名前をもつだけの別人という印象しか抱けない。


「た、だのクラスメイトってそんなっ!わ、私達友達でしょ?は、はは!ねぇ、春っち!!」


縋るように手を伸ばしてくる。


「えっ!」


……だが、俺はそれを振りほどく。


「な、なんで」


「榎本さんがいう友達がどういうものを指しているのかはわからないけど、もしも俺と君が友達だというなら」



――不意に浮かんでくるのは榎本さんとの記憶。



『私さぁ、これからはウチっていうことにするっ!やっぱり、こういう部分から変えていかないとって思ってさ!』

『えへへ、春っち。これデートじゃない?』

『春っち……いつもありがとね』


次々とまるで走馬灯のように榎本さんとの日々が流れては消え、流れては消えを繰り返す。

そして最後には――


『ってかさ、ウチこの後用事があるんよ。だからさ、いつも通り春っちがウチの代わりに日直の仕事してよ』


――全て色褪せてなくなった。


「……」


閉じていた瞼を開き、しっかりと榎本さんの目を見る。






「――もう俺には話し掛けてくるな。君の言う友達関係も今日で終わりだ」






これまで味わってきた苦しさが胸の中で渦巻きながらも、俺は本心からの言葉を吐露した。


「――っあ」


こんなことを言われるなんて思ってもみなかったのだろう。

俺の言葉に驚愕するように目を見開く榎本さん。


――終わった。これでもう、彼女とは関わり合うことはなくなる。


罪悪感が全くないわけじゃないけど、それ以上に安堵にも似た気持ちを抱く。


――後悔は一つもない。


ここまで言えばいくら榎本さんでも、俺がどう思っているのかわかってくれただろう。




「……ぅ……がう……違うっ!違うッ!!」




――しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


榎本さんは感情を爆発させるように腕を振るい、涙が浮かぶ両目を見開きながら俺に再び詰め寄ってきた。


「春っちはそんなこと言わないっ!いつも私のこと助けてくれたっ!私のお願いだってきいてくれたっ!!」

「だからそれはっ!」

「関係ない関係ないっ!春っちは私の友達でっ!私のことが大切なのっ!」


それはついさっき、否定したっ!


「昔は違ったかもしれないけど、今は有り得ないって言っただろ!」

「有り得なきゃおかしいっ!!だって、だって!!」


俺はいよいよ榎本さんの考えがわからなくなる。

こんな風にまるで子供が欲しいおもちゃを買ってもらえなくてイヤイヤしているようにもみえる行動をして、一体なにがしたいんだ。



「もう、俺の話は終わりだから帰るよっ」



これ以上は付き合いきれないと感じた俺は、急いでこの場から立ち去ろうとする。




「帰さないからっ!!」




だが、榎本さんが俺の服を掴んで離さない。


っ、この女っ!

本当にふざけんなよ!


流石の俺もあまりにも身勝手な態度にキレそうになる。


普通あれだけのことを言われたら、諦めるものじゃないのか?

最悪逆上するとか、もしくは黎みたいにショックを受けるかもとは考えていたけど、これはあまりにも予想外だ!


「いいから離せって!」

「いや!離さないからっ!この後も春っちは私と一緒に遊ぶんだからっ!!」

「ちょ、美音!」

「流石にちょっと落ち着きなって!」


榎本さんのあまりの変化に、久遠と茉莉も慌てて止めに入る。


「うるさいっ!私の邪魔をするなっ!!」


血走った目で二人を睨む、榎本さん。


そこには、普段学校内で見掛ける人気者の彼女の姿はない。

何が何でも離さないという狂気にも似た強い意志がその瞳には込められているように感じる。


「いい加減にっ!」


友人であるはずの二人への態度やいよいよ収集がつかなくなってきたことへの怒りから思わず服を掴む榎本さんを突き飛ばそうとした。






「――あれ、春人くん?」






しかし、その寸前、俺は聞こえてきた声に思わず手を止める。


声がした方を見ると――




「どうかしたの、こんなところで?それにこの状況……もしかして、お困りごとかな?」




両手いっぱいに荷物を持った天使――楠美玖さんが立っていた。






――――――――――

まさかの美玖登場!?

わからせたはずが、往生際が悪い美音。

次回、そんな美音に美玖が現実を教えますっ!

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