ギャル包囲網からは逃げられない

「……榎本さん」


俺は握られた腕を振り解く。


「やっほー、今の時間だとこんばんはかな?」


手で自分を扇ぎながら、その瞳は俺を捉えて放さない。


「……どっちでもいいよ。俺、この後用事があるから」


出来るだけ早めにこの場から離れようとする。

しかし、榎本さんは俺の行動を読んでか、俺の行き先を通せんぼうするように立ち塞がった。


「春っち?ねぇ、なんで今逃げようとしたの」


「(それはお前のことが苦手だからだよっ!)」


と、声を大にして言いたかった……いや、言おうとした。

だけど、後ろから聞こえてきた声と足音に、出掛けた言葉を呑み込む。


榎本さんの後ろを確認すると、息を切らせながらこちらへ近付いてくる人影が見えた。


「はぁ、はぁ、もうー!美音ったら急に走り出してさぁー。私の靴走りづらいの知ってるっしょー!」

「ほんとほんと!突然アタシ達をおいて走るとか何って感じなんだけど!」


人影の正体は、さっきチラッと見えた榎本さんと一緒にいた女子二人だ。


二人は榎本さんの傍まで寄ると、肩で息をしながら不満げな表情を浮かべている。

少し赤らみ微かに汗が滲む肌。夏場ということで肌色がよく見える薄着。そんな状態で胸を上下に揺らす姿は、不覚にも官能的に見えた。


だがそれも一瞬のこと、俺は如何に今の状況が自分にとって分が悪いのかを理解する。


「(どうする?榎本さんだけでも対処が難しいのに、それに加えて二人なんて)」


知っている相手であればある程度予測は立てられるけど、この二人のことは何も知らない。

ギャルなんて逆上すると何をしでかすかわからないし(←偏見)、今は様子を伺った方がいいか。


「ごめんごめん!知り合いの顔が見えてさぁー」

「知り合いって……え、もしかしてこの陰キャ?」

「え、うそー!アタシら美音にこんな陰キャな知り合いがいたなんて知らなかったんだけど!」


最初に俺を陰キャだと言った色白ギャルをギャルA、次に発言をした褐色ギャルをギャルBと呼ぶことにしよう。

うん、そうしようっ!(ビキビキッ)


人のことを馬鹿にするギャル二人に対して怒りで頬を引きつらせていると、何故か榎本さんが俺とギャル二人の間に入ってきた。


「はぁ?何言ってんの二人とも?」


しかもその表情は全く笑っておらず、俺以上に機嫌が悪そうだった。

というか、凄いガンを飛ばしてる。


「あ、やばっ!ほらっ」

「あ、うん!そのご、ごめん!私らのタイプじゃなかったからっ!」

「そうそう!アタシらはもっとガッチリした……んー?」


ギャルBは何を思ったのか、俺のことをジッと見ると疑惑の眼差しを向けてくる。


「ちょ、ちょっとっ!美音のこと怒らせるの不味いって!早く」

「わ、わかってるけど!ね、ねぇ、あんたさぁ」


更には突然話し掛けてきた!

……一体何が目的だ?


「……なんですか」


警戒心を当社比百二十%高める。


「ねぇ?あんたの体さぁ、触ってもいい?」

「h」

「はぁぁあ!?」


榎本さんは俺が驚くよりも先に大きな声を上げた。


「ちょ!茉莉っ!!あんた何考えてんのっ!!」

「えー、だってさ。こいつの体一見ガリガリに見えるけど、よくよく見ると体幹は出来てるし、シルエットも無駄がないからさぁ……気になっちった♪」

「だからって!!」


当の本人を放って、ギャルB――茉莉?と榎本さんは言い合っている。


え、ええ。なにこれ。

言い合うなら俺から離れたところでして欲しいんですけど。


「あー、私さぁ、久遠って言うんだけど……なんか急にごめんね」


ギャルA――久遠が申し訳なさそうに話し掛けてきた。


「い、いえ。いいですけど……なんですか、あれ?」

「あー、茉莉ね。あいつ筋肉フェチでさぁ、しかもゴリゴリについた筋肉じゃなくて引き締まった無駄のない筋肉が好きっていうちょっと特殊な子でね」


それは、なんというか随分ピンポイントなことで。


「茉莉がああなると満足するまでとまんないんだよねぇー」


あ、ヤバい。この後の展開が読めてきた。


「だからさ、あんたさえ良ければ茉莉に筋肉触らせてあげてくんない?」


「(普通に嫌なんですけど)」


とは思ったけど、ここで拒絶したらしたで面倒そうではある。

実害はあるが、早くここから離れることを考えると、受け入れるのが吉か。


「はぁ……わかりました」

「おっ、話しがわかんねぇ!じゃあ――おーい、茉莉と美音!」

「「なに!?」」

「彼が筋肉触らせてくれるってさぁー」

「え、いいの!?」


いや、なんで榎本さんがいの一番に反応するんだよ。

君に許可した覚えはないんだけど。


「ほらほら、彼の気が変わる前に茉莉も美音も触りなって!」

「おおっ!じゃあ、アタシは二の腕をっと」

「じゃ、じゃあ、ウチは春っちのお腹を」

「なら私はぁー、背中にしよっかなぁ」


おいっ、あんたまで触るのかよっ!



――こうして何故か路地裏で始まった俺へのお触りタイム。



「うっわぁ、ちょ、すごっ!アタシにとって理想的な筋肉なんですけどっ」


茉莉は俺の二の腕を撫でたり、揉んだりしている。


「っう」


体のことを理解する絶妙な触り方に茉莉が浮かべる艶めかしい表情も相俟って、どぎまぎしてしまう。


「チッ!なら、ウチもっ……っぉお、これが春っちのお腹」


おい、今一瞬舌打ちが聞こえた気がしたんだが。


不機嫌そうな表情をみせていた榎本さんであったが、俺の腹を触りだしてからはそっちに意識がいったのかご満悦の表情をしている。


「へぇ、陰キャな見た目に反して、君の背中広くて凄い硬いんだぁ~」


久遠は何故か俺の背中をさすりながら、囁きかけるような声で感想を伝えてくる。


「っぁ、ちょ、っん、そろそろっ離れ!」


三人の筋肉を触る動きが段々大胆になってきた……というか、俺の反応によって力加減を変えているように感じられた。

しかも至近距離であるため、それぞれの匂いや指先の感触、薄手の服装から見える肌色などが、思春期の理性を刺激していく。



「――あれ?」



しかし、背中から不意に聞こえてきた久遠の声に、俺は持っていかれそうになった理性を取り戻す。


「もうおしまいっ!!」


そして、慌てて三人を引き剥がした。


「ちょ!ちぇー、もう少しだったのに」

「……春っちの腹筋触るの癖になりそう」

「今の……」


茉莉は不満げな態度をみせ、榎本さんは恍惚とした表情で指をにぎにぎし、久遠は何かを考える仕草をしている。


三者三様の反応を浮かべているが、俺はこれ以上付き合いきれない気分になっていた。


「じゃあ、要件も終わったみたいだし俺はもう行くから」


これ以上ここにいたら変な墓穴を掘りそうな気もするし、こういうときはさっさと離れるに限る。


「ちょ、待ってよ春っち!なんでそんな急いでんの?」


そう思ったのに、やっぱり簡単には離してくれないか。


「用というか、元々一人で夕飯食べるために外出したから」


遠回しに放っておいてくれと伝える。




「ならさ、ウチらと一緒にご飯食べない?」




だというのに、何故こうも空気を読んでくれないのか。


「というかさ、さっきは体に触らせてもらったし、ここで春っちを返すのは申し訳ないって思うんだよね」

「別にそんなこと気にしないけど」


どちらかと言えば、ここで素直に返してくれる方が有り難いまである。


「いいじゃん!ご飯ぐらい奢らせてよ!……それとも、ウチから奢られるのは嫌って言うの?」


上目遣いでこちらを見てくる姿は可愛らしいが、告げている内容は全く可愛くない。


こんなのこっちに選択肢を与えているようでその実、答えは『受け入れる(受け入れろ)』一択じゃないか。


「……わかった。ご馳走になるよ」


ここで駄々をこねても離してくれないと思えた俺は、渋々ながら榎本さんの提案を受け入れた。


「じゃあ、決まり!ねぇ、二人はどこか希望するお店とかある?」

「私はどこでもいいよー」

「アタシも極端な味付けの料理じゃなければいいかなぁ」

「それが一番面倒なんだけど……まぁ、いっか。じゃあ、そうだなぁ~」


榎本さんは俺の事情など露程も考えず、三人がよく利用しているらしいお店へ向けて歩みを進めるのだった。




◆◆◆




「ふい~、満腹満腹っ」

「相変わらずあのお店はリーズナブルで美味しいわねぇ」

「だねぇ、春っちはどうだった?」

「凄く美味しかったよ」


正直驚いた。

学生でも手が届く価格帯であんなにも美味しい料理を味わえるなんて、俺も普段から通いたいと思えるレベルだった。


……そのことを素直に喜べないのは、あのお店を教えてくれたのが榎本さんだからだろう。


「――じゃあ、俺はもう行くよ」


お店を出て少し歩いたところで、俺は三人へ声をかけた。


「ちょ、まだいいじゃん!」


だが、やはり榎本さんはいの一番に反応し、俺の行動を否定する。


「どうせ、この後家に帰るだけなんでしょ?」

「それはそうだけど」

「ならさっ、別にまだいいじゃん!春っちもこの後一緒にカラオケ行こうよ!ちょうど割引券もあるし、お得に歌おうよっ!ちなみにウチは」


聞いてもないのに自分の得意な曲を勝手に教えてくれる。


「……悪いけど、俺は帰るよ」


だけど、そんな彼女の自分勝手な行動にはいい加減うんざりしていた。

体を触ったお詫びならさっきのご飯で相殺できたし、これ以上は付き合いきれない。


「……はぁ?」


俺が意見を変えないことに気付いたのか、榎本さんは瞬きもせずにじっとこちらを見てくる。


「ねぇ春っち、今日会った時から思ってたんだけど……付き合い悪くない?私が一緒に遊ぼうって誘ってるのにさぁ」


さっきまでの楽しそうな表情とウキウキした声色が嘘のように、圧を感じさせる低い声と薄暗い瞳で俺に迫ってくる。


「ちょ、あれヤバくない?」

「うっわぁ、アタシは知らないぞ」


ギャル仲間二人は榎本さんの変化に焦ったような声を出す。


その姿を横目に、俺は黎をわからせた時と同じように『榎本美音をわからせる』必要があると考え始めていた。




「ねぇ、春っち。答えてよ?なんで今みたいな態度とったの?」




黙りこくる俺に対して、榎本さんは苛立ったように答えを促す。


自分の考えや行動が上手くいかなければこうやって無理矢理にでも思い通りに従わせ、求めた答えを得ようとする――それが榎本美音という人間で、やはり俺は今の榎本さんを受け入れられないと再認識した。



かつては親しい友達だった。

一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に挑戦したこともある。

その時の彼女は今みたいな人気はなかったけど、人の気持ちがわかる優しくて気遣いのできる人で、一緒にいて楽しかった。



――だけど、俺が友達だと思っていた彼女はもういない。友達という繋がりを、いつしか彼女自身の手で壊したから。


今はもう友達でも何でもない――ただの自分勝手な赤の他人だ。




「――榎本さん」




だから――俺はもう、彼女に対して何一つ躊躇することはない。






「――俺が君のことを嫌いだからだよ」






ただ一言、そう伝えた。






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