新たな出会いと女難フラグ

「ぁ?……俺、寝てた?」


閉じられていた瞼が開き、ゆっくりと意識が覚醒していく。


「あれ?外、茜色?ってことは、もう夕方!?」


出窓から見える外の景色が、寝る前の青く澄んだものから赤みがかった茜色に変わっていることに気付いて慌てて飛び起きる。


「俺、いつの間に」


黎との一件の後、部屋に入って美玖さんと桜さんに連絡を入れたことは覚えてる。


で、少しやり取りをしていたら段々と気怠さを感じて……


「確か、ベッドに寝転がったんだ」


その後は……ダメだ。全く思い出せない。

もしかして、ベッドの上で意識を失ったのか?


俺、そこまで疲れてたつもりはなかったんだけど。



「あ、そういえばメッセージは」



慌ててアプリを確認する。


アプリにはメッセージの通知が届いていた。

一つ目は美玖さんからで『もちろん大丈夫だよ!ただ、私も仕事があるから、日程がわかったら教えてね♪』ときていた。

二つ目は桜さんで『春くんにとって大事な話なんだね。わかった。家に帰ったらゆっくり話そう』と書かれている。


返信された時間を見ると、俺が送ってから僅か一分程度の間に送り返してくれていた。

決して暇というわけではないはずなのに、僅かな時間でちゃんと対応してくれた二人には本当に頭が上がらない。


「俺も早いとこ返信しないと」



……。

…………。

………………。



「……と、もうこんな時間か」


会話の終わりどころを中々見つけられず、気付けば十八時過ぎまでメッセージのやり取りをしてしまっていた。


「あー、この後どうしよう」


いつもならそろそろ夕食を作る時間帯なんだけど……


「今日は夕飯作る気分にはなれないよな」


黎とあんなことがあった後に暢気に夕飯作って食べるとか、普通に考えて無理だ。


「……久々に外食に行くか」


デリバリーも考えたけど、やっぱり今日は家で食べるのは少し、な。


「そうと決まれば、さっさと準備するか」


もう少しで飲食店は混み始める時間帯だ。


俺は机に置いてある財布を手に取ると、足早に外出の準備を始めるのだった。




◆◆◆




「こんな時間にバイト以外で外いるの久々だけど、やっぱ人多いなぁ」


休日だということもあり、街中には人が溢れていた。

更に夕食時も重なってか、家族連れやカップル、学生といった、グループで行動している人々も見受けられる。


「俺もさっさと店を探すか」


気分的には軽めであっさりしたものがいい。


何かいいお店はないかと、街中を歩きながら視線をあっちこっちへ動かしていると……



「げっ」



出来ることなら見付けたくなかった人物の姿が目に入ってしまう。


クラスメイトの榎本さんだ。

しかも見ただけで陽キャだとわかるような、オシャレで可愛らしい女子二人と一緒にいる。


笑顔で話している様子をみるに、恐らく友達とかなのだろう。

あそこだけ明らかに花がある。


見れば道行く男達が視線をチラチラ向けているのがわかる。


気持ちはわかるが、俺からすればあそこは地雷だ。

特に榎本さんの友達とか、俺とは明らかに相性が悪いだろう。


できれば関わり合いになりたくないため無視だ無視。

他の場所を探そう。


榎本さん+αの姿は見なかったことにして、別の場所を探し始める。



「……うわぁ」



すると、今度は今度でさっきとは違った意味で嫌なものを見つけてしまう。


「あ、あのっ、私この後用事があるのでっ」

「いいじゃん!その用事に俺も付き合うからさぁ、まずは一緒に食事しようよ」


金髪にアクセフル装備といった出で立ちで、女子を誘うチャラ男。

対して女子の方は明らかに迷惑がっているのか、誰かに助けを求めるように周りを見ている。


最近は立ちんぼとかで女子の方から男に絡んでいる姿を見掛けることがあったが、どうやら目の前の光景に関しては違うらしい。

大方ヤリ目的のチャラ男が、自分好みの女子を見付けて無理矢理絡んでいるといったところだろう。


周りを見てみる。


近くを歩いている人は、一応視線は向けるものの助けようとはしない。

自分に危害がなければ我関せず、か。


正直言えば、ここで無視することは簡単だ。

このまま、通り過ぎればいいだけだからな。


だけど、無視した結果あの女子は好きでもないチャラ男に無理矢理付き合わされ、恐らく襲われる。それはきっと、一生癒えない傷になるだろう。

場合によってはそのことがキッカケで自殺をするかもしれない。


「はぁ……」


明らかに厄介事だとわかっているのに、進み始めた足が止まらない。


「ちっ、いいからこっちこいよっ!」

「やめっ!こないでっ!!」


全く靡かない女子にじれったくなったのか、チャラ男は女子の手を掴もうと腕を伸ばし――




「はい、ストップ」




その手が女子に届く前に、俺に掴まれた。


「え、だ、だれ?」


驚いた声を出す女子を無視して、俺は目の前のチャラ男を見る。


「な、なんだよお前っ!邪魔すんなよっ!!」


突然乱入してきた俺に対して焦った様子はありつつも、その眼はつり上がり怒りに燃えている。


「邪魔すんな、ねぇ」


俺はチャラ男の腕を握る力を強める。


「クソがっ!いいかっあががっ!!」


なんで面倒事――特に女子に関わるのを嫌う俺が、邪魔するような形で間に入ったかだって?


そんなの決まってる。


「俺はお前みたいな、自分の欲を満たすために人を傷付けようとするクズが死ぬほど嫌いなんだ」


だから、断じて後ろにいる女子のためなんかじゃない。


「はぁ!?意味わかんねぇんだよっ!」


ですよねぇ。


……まぁ、ここで見捨てたら俺は俺でなくなる気がしたし、後ろの子に何かあったと知れば俺はきっとこの日のことを忘れられなくなる。


だから、これは俺のエゴだ。

これから先『あの時、ああしていれば』なんて後悔を抱かなくてすむように、ただそれだけのために――



「この!」



チャラ男は俺の態度に腹を立てたのか、掴まれていない左手を大ぶりに振り下ろしてくる。


俺はその姿を冷静に観察し、ギリギリまで引きつけ――



「――ふっ!」



相手のパンチが当たる瞬間、チャラ男の腹部目掛けて裏拳を放つ。


「ごっ!?」


チャラ男がよろけたのを見計らい、続けざまの足払い。


「うぁ!?ぐへっ!!」


あっけなく倒れるチャラ男、それを見下ろす俺。


「言っておくけど、あんたが先に手を出したんだから、これは正当防衛だ。それに女の子を無理矢理連れて行こうとしてたし、あんたにはいろいろな罪名が加算されるだろうな」

「ごほっごほっ、っう、お、前っ」


……端から見るとどっちが悪人だかわからないな。


今までだったらここで警察呼んだり、周りに助けを求めたりしてさようならでよかったけど、変わると決めたからな。


助けた責任は取らないと。




「――おい、クソ野郎」




俺はチャラ男の胸ぐらを掴み、顔を近づける。


「なん――ひッ!」


眼光を細め、出来る限りの力を指先に込める。


「次この子に限らず、嫌がってる子に手を出そうとしたらお前を潰す」

「――」


……あ?返事がないな。

もう少し脅しておくか。


「生まれてきたことを後悔したくないなら――わかったなっ!」


普段の俺からは想像できないほど怒気を強め、睨みつける。


「あっ、は、はひっ!も、もうしませんからっ!!」

「え、うぉ!」


火事場の馬鹿力で俺のことを押しのけたチャラ男は「ごめんなさいっごめんなさいっ」と言いながら、脇目も振らず走って逃げていった。


「え、えー。なに、あれ」


俺、そこまでのことしたかなぁ。


改めて自分の行動を思い返す。


相手が腕を動かせないほどの力で手首を握り締める→パンチを避けて裏拳&足払い→ドスの利いた声で脅し……うん、いろいろアウトだった。


「ま、まぁ、あの様子なら滅多なことはしないだろ」


とはいえ、体が動いてくれてよかった。

鍛錬なんてしていなかったから体が思い通りに動いてくれるか不安だったけど、自分を守るために必死に学んだ技術はそう簡単には廃れないか。


「と、大丈夫でした?」


急展開で放っておいたが、そういえば助けた女子は無事だろうか。

俺は思い出したように後ろを向いて話しかける。


「は、はい……その、大丈夫です」


後ろにいた子は帽子の鍔をもって恥ずかしそうに目元を隠していた。


「なら、よかった」


ぱっと見目立った傷もなさそうだし、もう心配はいらないな。

要件も終わったことだし、そろそろ行くか。


「じゃあ、俺はこれで」


そう言って、俺はこの場を離れようとした。


「え、あ!ま、待ってくだひぁい!」


ひゃい?


「えっと、まだ何か?」

「あう、そ、その……うぅ」


なんだかハッキリしない子だなぁ。

でもあんなことがあった後なら、それも仕方ないか。


「大丈夫なので、落ち着いてください」


急かすのも悪いと思った俺は、できるだけ穏やかな声色で伝える。


目の前の子はそんな俺の様子に一度大きく頭を下げて深呼吸すると、こちらを真っ直ぐに見た。


「あ、ありがとうございました!!」

「――」


まさかお礼を言うためにあんなに必死だったとは。

……でもまぁ、悪い気分じゃないな。


「いえ、気にしないでください。じゃあ、今度こそ俺はこれで」

「は、はい!この度はありがとうございました!!」


未だに頭を下げて感謝の気持ちを伝えてくる彼女の姿に、俺は照れくさくなりながら足早にその場を去っていく――いくのだが、道行く人達は何故か俺へと視線をチラチラ向けてくる。


恐らくさっきの光景を見た人達だろうけど、正直こうも注目を集めると店を探しづらい。

というか、元々は食事をしにここまで来たのに何故こんなことに。


「……いっそもう少し遠くに行ってみるか」


俺は直ぐさま方向転換し、近くにあった脇道を通ろうとした。


「えいっ!」

「うぉ!?」


ところが、突然腕を掴まれて引っ張られる!


何事だと思い引っ張ってきた相手へ視線を向けた。




「――にしし、春っち見てたよぉ」




見て、後悔する。



「春っちって、あんな強かったんだぁー」



発見ガン無視したはずの榎本さんが立っていた。



「――ウチ、知らなかったなぁ」



それも怖い笑みを浮かべながら。






――――――――――

次回は春人が助けた女の子視点のエピソードです。

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