心の奥底にあるもの
「あ、ご、ごめんね!ズケズケ踏み込んで」
「い、いえ」
正直言えば驚いた。
初対面の女性が俺の内面に触れてくるとは思ってもみなかった――いや、誰も俺の内面なんて見ない、気にしないと思っていたから。
「突然こんなこと聞かれても困るよね普通!」
「それはその……はい」
「だ、だよねぇ……たはは」
美玖さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「このことは忘れてっ!本当にごめんね!!」
「あ、あの、何度も謝らなくてもっ」
大丈夫だと、伝えようとした。
「――でもっ」
美玖さんの強い想いがこもった剣幕に、俺は続けようとした言葉が止まる。
「春人くんがとっても生き辛そうに見えて放っておけなかったからっ」
「生き辛そう、ですか?」
予想外の言葉だ。
かわいそうとか不幸そうとかは何度も言われたけど……生き辛そうなんて初めて言われた。
「……うん。私への気遣いやお母さんへの返信とか見てるとさ、春人くんが自分のことをおざなり――大切に思っていないように感じるんだ」
思い当たる節はある。
確かに美玖さんの言う通り、俺は俺自身のことを勘定にいれていない。全部後回しにしがちだ。
――そうすることが俺自身の罪に対する償いだというように。
「それなのに、私のことも含めて周りに対して必要以上に気を回してる」
「そう、ですね」
普通に考えれば歪だ。
中には自己犠牲精神は誇らしいと褒める人もいるかもしれないが、自分を
何故なら、そう突き動かすだけの理由があったと言っているようなものだからだ。
「私はね、それが間違っているとは思わないんだ」
「え」
「あれ?もしかして間違ってるって指摘されると思ってた?」
「は、はい」
俺自身でさえ歪に感じているから、美玖さんからも間違いだって……でも違うのか?
「間違ってるとか間違ってないとかは、正直私にはわからないよ。だってさ、その決断は君自身がしたことでしょ?なら、他人が偉そうに『それは間違ってる』とか言う資格はないと思うんだ」
――ああ、そうだった。
今の俺の行動は母さんの言葉を守ってのものではあるけど、最終的には俺自身が決断したものだったはずだ。
理不尽なことが続いて、いつしかそんなことも忘れていた。
「でもね、一つ言いたいことはあるかな」
居住まいを正すようにして俺を正面から見据える美玖さん。
真剣な様子に俺も慌てて正座をして、美玖さんと視線をあわせる。
「春人くん」
「は、はい」
「君はもう少し自分を大切にしなさいっ!」
「はい!……はい?」
てっきりもっと重要なことを告げられると思ったのに、そんなこと?
「あー、今そんなことって思ったでしょー」
「い、いえっ!」
ば、バレてる!
「もうー」
呆れたように笑う姿に年上なのに可愛らしいと、場違いな感想を抱く。
「別にね、君の人生だからどう生きるのかは言い方は悪いけど、勝手。でもね、君のことを想ってる人はいるんだから、その人のためにも自分は傷付いてもいいなんて思っちゃダメ」
「そんな人」
「いるよ。ここに一人は」
美玖さんはニコっと笑う。
「私は君のことを想ってるし、もちろん心配もしてるよ」
「……美玖さんがですか?」
「当たり前だよ!こうやって関わったんだから、私にとって君は見ず知らずの男の子じゃない。不器用で傷付いてボロボロだけど、人のことをちゃんと思い遣れる優しくてちょっと鈍い大切な人だよ」
「――」
まるで俺の全てを受け止めてくれるような言葉に、思わず涙腺が緩み涙が出そうになる。
「……っ」
でも、寸前のところで止めた。
今の俺にはその優しさに縋る資格はないから。
「だから……って、あ、あれ?いい話してるつもりなのに、なんでそんなジト目してくるの!?」
……それはそうと、不器用とか鈍いとか思われていたことには一言物申したくはあるけど。
「……なんでもないです」
「それならいいけど……ごほんっ」
美玖さんが緩みかけた空気を払うように咳払いをする。
「そんな子が苦しそうな顔してるのなんて見たくないし、春人くんだって自分の身近な人が苦しんでるのなんて嫌でしょ?」
想像してみる。
美玖さんが苦労してたり、辛そうにしている姿を。
「っ、嫌です」
雛守さんに振られた後に感じたものとは比較にならないほどの胸の痛み。
想像だけでこれなら、実際に起こったら俺は……
「うん、そうだよね。春人くんならそう言うと思ってた」
「美玖さん」
「春人くんが今抱いてる痛みや気持ちってね、君が傷付く度に君を想って人も感じてるんだよ」
「――っ!」
この痛みを感じてる?俺のあの行動で?
今までの自己犠牲を良しとしていた頃の姿が脳裏に浮かぶ。
「ぅぁ、俺っ」
その瞬間、大きな後悔が襲う。
これまでは誰かのために行動するだけで良かった。その結果、俺自身がどうなっても我慢できたし、俺が生きていることへの罰だとも思えたから。
――ああ、なんて身勝手で驕った考えなのだろう。
それがあまりにも自分本位な考えであったことに今更ながらに気付く。
周りを見ているようでその実、俺は俺自身しか見えていなかった……いや、もしかしたら俺自身さえも見えていなかったのかもしれない。
そもそもの話し、誰かのためにと思って行った行動が本当にその人のためになっていたのかは誰にもわからない。
結果だけをみれば救われていたのかもしれない。だが、俺の行動は果たして正解だったのか?もっと上手くできたんじゃないか?そもそも助ける必要はあったのか?等々、考えても答えはでない。
あまつさえ、命を救ってくれた母の『生きて』という最後の想いさえも、俺自身が軽んじていたことをまざまざと理解させられる。
「でも……どう、すれば」
今更この生き方を変えることなんて出来ない。
既にこの生き方は俺の奥底に根付いているからだ。
「そうだねぇ……ならさ、今よりも自分に正直になってみたらどうかな?」
「正直に、ですか?」
「うん。思ったことを、言いたいことをちゃんと相手に伝える。コミュニケーションの基本だけど、これが出来てる人って結構少ないと思うんだ」
耳が痛い話しだ。
かつての俺がそうであったからこそ、美玖さんの言葉は強く胸に突き刺さる。
「人はね、自分が思うほど万能じゃないの。特に相手の想いを察しろなんて言われてもわからないでしょ?」
「……ですね」
「それは自分の想いも同じ。何も言わずに相手へ自分の気持ちが伝わるわけないんだよ」
美玖さんは悲しそうに告げる。
もしかして美玖さんも似たような経験があるのだろうか?
「だからね、ちゃんと伝えてみよ?君の苦しみや悲しみ、怒りも……その結果、敵ができるかもしれないけど、お姉さんは春人くんの味方だから」
「美玖さん……」
ずっと一人だと思っていた。
だけど、こんな俺にも味方になってくれる人はいるんだ。
「それが出来れば、きっと今よりかは生きやすくなるはずだよ!」
美玖さんが再びニコっと笑う。
その笑みに、俺は同意するように大きく頷く。
「……はいっ」
そんな俺の様子に、美玖さんは少し驚いた様子をみせつつも、小さな声で「良かった」と言って微笑む。
「……と、春人くんまだ万全じゃないのに長く話し過ぎちゃったね」
「え、あ」
気付けば壁に立て掛けられた時計は十二時をまわっていた。
「それじゃあ、そろそろ寝よっか」
「はい」
互いに座っていた体勢から立ち上がる。
「あ、私はちゃんと寝室で寝るから安心してね!」
「そんな心配してませんよっ!」
「えー、ホントに?もしも春人くんが望むなら添い寝してもいいよ?」
「え」
美玖さんと添い寝?
それは何というか、凄く心が落ち着きそうな――って!
「必要ありませんから!」
「あはは、残念。じゃあ、お休み~」
「はい、お休みなさい」
リビングから出て行く美玖さんを見送った俺は、電気を消してソファーベッドに寝転がった。
「正直に、か」
美玖さんから告げられた言葉が頭の中で反響する。
俺は誰かのためって言葉を体の良い言い訳にして、本音で向き合うことから避けていた。
そうすれば助けること以外考えないでいいから楽だったし、今にして思えば助ける全能感に酔っていたのかもしれない。
改めて、無責任で自己満足の権化みたいな酷い対応だったと思う。
結果的に今の俺は言いたいことも言えず、ただ相手の為すがまま都合のいい存在に成り果てていた。
これもある意味では自業自得なのかもしれない。
「このままじゃいけないよな」
心の方はとっくに限界がきていた。
今のままじゃいけないことも理解している。
そして今日、自分の愚かさも知れた。
「……母さん、俺変わってみるよ」
だから、俺は変化を受け入れることにした。
「その結果、母さんの言う『優しい人』にはなれないかもしれないけど」
――どうか、見守っていてください。
「ふぁぁ……」
今まで悩んでいたことが嘘のように、頭の中がスッキリしている。
不思議と体に力が沸いてくる感覚がある。
「……お休み、美玖さん」
今日は本当にいろいろなことがあった。
その中でも美玖さんとの出会いは一番記憶に刻まれている。
あの人に出会えなければ俺は間違いを繰り返し、もっと酷い状態になっていただろう。
――ホントあの人は俺にとっての天使のようだ。
――――SIDE:楠美玖――――
「春人くん……」
寝室へ入った私は、さっきまで話していた彼のことを想う。
「結局彼が抱えてるものを教えてもらえなかったけど……少しは元気になってくれた、よね?」
正直私の言葉がどこまで彼の心に響いたのかはわからない。
でも、出来る限り心を込めて、想いを伝えたつもりだ。
「少しでも彼の重荷が軽くなってくれればいいけど」
公園での姿を思い出す。
――疲れ果てて、今にも消えてしまいそうな彼の姿を。
「――今度は私が君のことを助けるから」
例え何があろうとも、この想いだけは揺るがない。
「そのためにも先ずは」
彼の全部を知らないとね。
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