わからされた俺の元に舞い降りる天使

「はぁ、はぁ……くそぉ、ホント今日はついてないっ」


雛守さんから振られたのを皮切りに、俺と普段関わりのある女子達に絡まれ馬鹿にされた今日。

それももう終わりで、後は自宅に帰ってゆっくりできると思っていたのに。


「なんでアイスが売り切れなんだよ……っ!」


あの後アイスを買うためにコンビニに立ち寄った。

しかし、アイスは売り切れで……仕方なく他店舗にも寄ったのにまた売り切れ。


一体どういうことかと思えば、どうやら前日に目当てのアイスがテレビで紹介されていたらしく、一時的な品切れが起きているようだった。


「一応買えたけど……はぁぁあ、疲れた……」


気付けば自宅とは真逆のコンビニまで寄っていた。

小さなコンビニだったから運良く買えはしたが、もう気分は最悪。疲れているときに更なる重労働でいっぱいいっぱいになっている。


しかもさっきから頭痛はするし、吐き気も覚えてるしで『死んでしまうのでは?』なんて悪い予感さえ浮かんでくる。



「――あ、公園」



視界が段々ぼやけ始めた頃、ちょうど公園を見つけた。

見れば、いい感じのベンチもある。


「……背に腹はかえられないか」


今は夏場だし、外で少し寝ても蚊に刺されるくらいで死ぬことはないだろう。


「少し、少しだけ……休むだけだから」


水滴が浮かぶコンビニ袋をスクールバッグの中に突っ込む。

そのまま誰かに盗まれないようにスクールバッグを枕代わりにした俺はベンチで横になった。


「や、ば……ぅ」


すると、今までの疲れが一気に溢れてくる。

張り詰めていた緊張感がはぐれ、いつの間にか俺は瞼を閉じて眠っていた――




◆◆◆




熱い……身体が燃えるように熱い。


うわぁあ、痛い熱い苦しい!


「ぁあ、ぁ」


なんで、こんなことに、どうしてどうして!!


「だい、じょうぶ春人?」


痛みと熱さで気が狂いそうになる思考をせき止めたのは、母の声。


「っぁ、おかあ、さん?」

「ぁあ、春人よか、った」

「おかあさん……お母さん!」


閉じられていた瞼を開き、声がした方へと手を伸ばす。


「――え」


でも、そこには――


「ごめん、なさい……もう、あなたを、っう、抱きしめられないの、はぁ、はぁ」


――身体の一部が欠損し、金属やガラスが突き刺さって血だらけになりながらも、俺を守るように覆い被さる母の姿があった。




◆◆◆




「つぅ! はっ、はぁ、はぁ」


俺は母の姿を見て飛び起きた。


シャツは汗でびしょびしょに濡れ、呼吸はまるでマラソンを走った後のように乱れている。


「落ち着け落ち着け落ち着け……っ」


あれは、夢だ。夢なんだ。

もう過ぎ去ってしまった遠い過去だから、今更後悔しても意味はないんだ。


「っ」


そう言い聞かせながらも、浮かんでくる想いは誤魔化せない。


『ぁあ……愛しい、愛しいわた、しの……はる、とっ』


不意に亡き母の言葉を思い出す。


「かあ、さん」


『い、生きて……はぁ、っん、優しい人に、っぁ、なりなさい……特に、はぁ、はぁ、女の子には優しくしないと、ぁっ、だめ、よ?』


ずっと消えずに刻まれた母の言葉。

これまでは母の言葉を必死に守って歩いてきたけど、今はもう、前のように歩ける気がしない。


「俺は……優しい人にはなれないよ」


困っている人がいれば助けたし、自分のことよりも目の前で傷付いてる誰かを優先した。


その結果、俺が得られたものはなんだったのだろうか?


もちろん、誰かを助けることに見返りを求めたわけじゃない。

でも、だからって、行動した結果感謝ではなく蔑みや悪意に晒されるなんて……そんなの、あんまりじゃないか。


普通で在り来たりな人生を過ごしたいという願いさえ、俺には叶わないのか?


「……もう、限界だよ」


あの日、たった一人の家族だった母が死んでしまってから、何度も何度も死にたいと思っていた。

でも、ここで自殺なんてしたら俺のことを庇ってくれた母の想いと行動が無駄になるから、だから死は選べない。


死にたいと思いながらも生きなければならない、その矛盾が俺の精神をおかしくしていることは理解している。


現に日に日に心の機微が薄れているし、怒りも悲しみも喜びも強く出せなくなっていた。

特に最近は親しくしていた女子達からの心ない言葉や対応から、心はすり減り壊れているのがわかる。



――もう、俺には何も残ってない。



こんな空っぽな俺は果たして生きていると言えるのだろうか?

仮に死んだとしても誰も悲しまないし、何も変わらないのではないだろうか?


浮かんでくるのはマイナスの言葉ばかり。

どんなにせき止めようとしても、言葉の激流は止めどなく脳裏を埋め尽くす。


「……ああ」




――俺はどうすればこの地獄から抜け出せるんだ。




そんな声にもならない願い。

誰にも聞き入れられず、これからも生きてるのか死んでるのかわからない骸の日々を過ごしていく。


そう思っていたし、その覚悟さえ最近は出来はじめてもいた。


なのに――






「――ねぇ、君大丈夫?」






「……え」


突然聞こえた声に沈んでいた顔を上げる。


「とても辛そうな顔してるよ?」


見上げると、こちらを心配そうに見下ろすお姉さんが立っていた。


月明かりに照らされた神々しいその姿は、まるで俺を救ってくれる存在のようにも見えて、思わず――



「天使?」



なんて言葉が漏れてしまう。


「え、えっ?天使?」

「あ、す、すみません!」


俺は初対面の女性に何を言ってるんだ。

普通にキモすぎるだろ!


自分自身の発言に軽く死にたくなっていると、お姉さんは驚いたような表情で微笑んだ。


「ううん!むしろ驚いちゃったよー」

「え」

「私ね、看護師してるんだ。だから、天使っていうのもあながち間違いじゃないかなぁ~って。ほら、看護師のことを白衣の天使って呼ぶでしょ?」


子供のような無邪気な笑みを浮かべるお姉さん。


「だからさ、そんな天使様に君のこと少し看させてもらいたいなぁ~って……いいかな?」


これはきっと善意で言ってくれているのだろう。

だけど、どうしても今までのことがあるから裏を探ってしまう。


「(……いや、もういいか)」


目の前の女性に裏切られたら裏切られたでもういいじゃないか。もう傷付くことには慣れてるだろ?

それに今の俺には失うものなんてない。


「……はい、お願いします」

「了解ー!じゃあ、脈から測るね」


お姉さんはそういうと俺の腕を掴み、軽くシャツを捲り脈を測っていく。


「うーん、脈は明らかに早いね。それに顔色も凄く悪いし……目の焦点もあってない」


お姉さんは手早く俺の様子を確認していく。


「個人的には今すぐ救急車呼んで、病院で一,二日間はゆっくり休むのが一番だと思うけど」

「それは、その……できません」


そんなことをすれば絶対に桜さんに迷惑がかかる。


「うーん、何か訳あり?」

「……はい」

「そっか~、ならどうしようか」

「その、少し休めば良くなると思うのでもう放っておいてくれて」


大丈夫と続けようとした。


「だーめ!看護師っていうのもあるけど、人として明らかに体調を崩してる君のことを見捨てるなんてできないよ!」


真剣な表情で俺の両手を優しく握り、包み込んでくれるお姉さん。

どうしてだか、手に伝わってくる温もりが今は心地よく感じる。


「うーん、うーむ……」

お姉さんは手を握りながらうんうん唸って何かを考える仕草をする。

そうして数秒間その動作を繰り返したところで俺のことを至近距離で見つめながら笑った。




「決めた!君、ウチにおいでよ!!」




「……は?」


あまりにも突然の発言に思わず目が点になる。


「うんうん!これなら君の事情も汲みつつ、私の心配も解消できるね!さっすが私、天才かも!」


そんな俺の様子に気づいていないお姉さんはというと、スマホでタクシー業者に連絡をかけていた。


「よーし、後5分くらいでタクシーも来るからもう心配はいらないよ!ウチに来たら先ずはご飯食べて、大丈夫そうなら身体も洗わないとね!後々」

「え、え、え」


戸惑う俺を尻目に、お姉さんは指で何かを数えている。

そして、指で五を超えた辺りで何かに気付いたのかこちらに振り向いた。


「あ、そうだった!」


振り返ったお姉さんの顔には、月明かりさえも霞んでしまうほどの輝かしい笑みが浮かんでいる。


「君のお名前は?」

「……水無月春人ですけど」


俺の名前を聞いたお姉さんは何処か優しい笑みになり――。



「春人くんだね!私の名前は楠、くすのき美玖みくだよ!これからよろしくね!!」



――まるで凍り付いていた心さえも溶かすような温かみのある表情でそういった。






――――――――――

次回から数話に渡り春人の内面に触れていきます。

美玖との出会いによって春人はどう変わっていくのか……お楽しみに!

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