バイト先の後輩にわからされる

「おはようございま~す♪」


バックヤードから特徴的な可愛らしい高めの声が店内に響く。


気付けば十八時間近になっていたようで、鈴瀬が出勤してきたようだ。


出来る限り関わりたくないという俺の細やかな希望は脆くも崩れ去り、これから四時間もの間一緒に働くことになる。


有名な女子校の制服と可愛らしい帽子を被った鈴瀬は、バックヤードからキョロキョロと視線を動かしている。

そうして左右を見て、視線が一カ所に止まるとニヤッと笑った。






「せんぱーい♥おはようございまぁ~す!」






相変わらず周りを幸せにするような可愛らしい笑顔だ。

彼女の本性を知らなければコロッと堕ちていただろう。


「……おはよう、鈴瀬さん」


俺は仕事中ということもあって、一応挨拶を返す。


「梨香ちゃん、よく来てくれたね。水無月君と同じで遅刻せずに来てくれて助かるよ」

「もう~マスターったら!そんなに褒められると梨香頑張っちゃいますよぉ~!」

「あはは!若い子が頑張るなら、おじさんも負けてられないね」

「もう~、マスターはまだ若いですよぉー」


俺は一体何を見せられているのだろうか。


マスターと鈴瀬が楽しそうに会話しているのを尻目に、俺は淡々と料理を作っていく。


まるで親しい孫と叔父さんが話してるようにも見える光景。

その姿を見てわかるが、鈴瀬は決して悪い子というわけじゃない。


教えたことはちゃんと覚えるし、今までに遅刻は一切ない。今時は珍しい?真面目でしっかりとした子で、大人相手にもちゃんと対応してくれる。




――ただ、悪い子ではないからこそどうしてもわからない。




「ねぇねぇ、せんぱ~い。どうですか、梨香の制服姿♥かわいいでしょ~!」


鈴瀬はいつの間にか着替えた制服を見せつけるように、その場でクルッとまわると、ニヤニヤした可愛らしくも憎たらしい笑みで訪ねてくる。




――なんでこんなにも俺に絡んでくるのかが。




一見すると先輩を慕っている後輩のようにも見える。


「ぷーくすくす。せんぱいみたいな陰キャさんが近くに居るとぉ~、梨香の魅力がもっと際立ちますね♥」


だが、そんな相手にこんな言葉を吐くか普通?

だって、明らかに相手のことを馬鹿にしてるし、鈴瀬が何を思って絡んでくるのか、本当に意味がわからない。


「そうだな、相変わらず可愛らしいと思うよ」


でもまぁ、可愛いことは事実だ。


制服のモノトーンな色合いは彼女の特徴的な容姿を更に引き立てており、シックな服装と可愛らしい容姿のアンバランスさによってより魅力的に感じられる。


「っ、せんぱいにしてはちゃんとわかってますねぇ~!褒めてあげますっ!!」


鈴瀬は何故か頬を赤くしながらぷいっとそっぽを向いた。


もしかして照れてるのだろうか?

いやでも、言われ慣れてるだろうし、嫌ってる俺の発言に喜ぶとも思えない……後、一言余計だ。

俺のことを貶さないといけない病にでもかかっているのか?


「着替えたのならさっさと仕事しろ。ちょうど混んできたんだから」

「もうー、わかってますよぉーだ!」


鈴瀬は怒ったように頬を膨らませるとホールへ向かうのだった。




◆◆◆




「お疲れ様です」


いつもよりも長く感じたバイトを終えた俺はというと、素早く着替え、バックヤードから出ようとした。


「ちょちょ!せんぱーい!?なぁーに、勝手に帰ろうとしてるんですかぁ――!」


すると、何故か扉の前で通せんぼうをする鈴瀬。


というか、もう着替えてるのか。

出勤の時も思ったけど、着替えるの早いな、おい。


「鈴瀬さん?」

「そうです、せんぱいのぉ可愛い後輩である鈴瀬梨香ですよぉ~!」

「えっと、帰りたいんだけど、そこどいてくれないか」

「はいアウトぉー!ほんとぉ、せんぱいはせんぱいですねぇ~!」


バイトした後だっていうのに無駄にテンション高いな。

後、先輩は先輩ってどういう意味だよ?

あまりのテンションの高さと意味わからなさに俺は頭が痛くなってきたよ。


「ふふふ!せんぱいにはぁ~、可愛い後輩を途中まで送る権利を差し上げましょうっ!!」


うわぁ、いらねぇ。


「えっと、クーリングオフって」

「ノークーリングオフ!」


ですよねぇ。


「……はぁ、わかったよ。駅まで鈴瀬さんのこと送るよ」


流石にこんな時間に鈴瀬みたいな美少女を一人で歩かせるのは忍びないし、鈴瀬とシフトが重なる日は何だかんだで一緒に帰っていることもあって、俺は素直に頷いた。


「可愛い後輩を送る名誉に対してせんぱいの渋々受け入れたみたいな態度は若干ムカッときますが、まぁいいです。では、一緒に帰りましょう!」


何故か相変わらずテンションの高い鈴瀬と一緒に【ミラノワール】を後にした。




◆◆◆




駅までの道をしばらく歩いていると。


「そういえば、せんぱ~い」


前を歩く鈴瀬が何かを思い出したようにこちらへ振り向いた。


「せんぱいって、今日なにかありました~?」

「え、どうしてそう思うんだ?」


なんで俺の周りの女子達はこんなに察しがいいんだよ。

女難続きの俺にもその察しの良さを少しでいいからわけてくれ。


「だってぇ、見るからに調子悪そうじゃないですかぁ~。バイト中だってミスはしてなかったですけどぉ、結構危ない場面ありましたよね?」

「うっ、確かに」


幸い怪我やミスはなかったけど、鈴瀬の言うとおり火を扱ってる最中にちょくちょくぼーとしていた。

まさか見られてるとは思わなかったけど、そんな姿を見てたらそりゃあ変にも思われるか。


「で、何があったんですかぁ?ほらほら、可愛い後輩が聞いてあげるって言ってるんですからぁ、素直にゲロッちゃったらどうですかぁー」


別に聞いて欲しいとは欠片も思っていないけど、ここで駄々をこねても鈴瀬は退かないだろうしなぁ。

二度あることは三度あるとはよく言うが、まさか三度目の説明をすることになるとは……もう、説明しすぎて何も感じなくなったよ。


「あー、彼女に振られたんだよ」

「えぇ、彼女ってせんぱいの妄想の中の?」

「違うっ!れっきとした現実の彼女だよっ!!」


そこからの説明なのかよ!



……。

…………。

………………。



「えっと、つまりぃ、彼女に好きな人ができて振られたと」


ようやくイマジナリー彼女ではないと理解してくれた鈴瀬は、今日俺に何があったのかを把握したようだ。


「ああ」

「う~ん、その彼女普通にクソですねぇー」


あ、やっぱり?


俺以外もそう思うってことは、少なくとも俺の感性は間違っていないらしい。


「でもぉ、彼女に振られてそんなにダメージ受けるなんて、せんぱいはぁ~、ほーんとダメダメですねぇ。ぷぷぷ、ざぁ~こ♥」


憎たらしい笑みに反論したいけど言い返せないっ。

事実あの後から調子は悪いからな。


「……けどぉ、これはちょっと想定外です。少し注意しないといけないですねぇ(ぼそ)」

「え、今なにか言ったか?」


ちょうど近くを車が通ったせいで良く聞こえなかった。


「いえいえぇ!せんぱいはぁ、相変わらずお馬鹿さんだなぁっ――と、駅前に着きましたね」


鈴瀬の言う通り、見覚えがある建物が見えてきた。

駅が見えたことで、鈴瀬は俺の傍から駆け出す。


「では、ざこざこせんぱいぃ~!お疲れ様でしたぁ-」

「あ、ああ!お疲れ様っ」


鈴瀬は言いたいことだけ言って駅の改札口をくぐっていった。


それを見届けた俺は、ゆっくりと駅から背を向ける。


「なんかドッと疲れた……俺も帰ろ」


そのまま帰路に着こうとした。


「――あ、アイス買わないと」


どうやら俺はまだ帰ることができないらしい。






――――SIDE:鈴瀬梨香――――


電車に乗った私はパパにメッセージを送りながら、さっきと話していたことを思い出していた。


「まさか、先輩に本当に彼女さんがいたなんて……むー」


完全に予想外だ。


もちろん先輩が本当は格好良くて、いい人であることは知っていたけど、普段の姿はぱっと見陰キャさんだから付き合うなんて考える人はいないと高を括っていた。


先輩の初めては全部梨香が貰う予定だったのに、まさか梨香が先手を打たれるなんて……


「……でも、別れたみたいだし、こっちに関しては心配する必要はないかなぁ?」


理由は女の梨香が聞いても最低だと思えるものだったけど、先輩がそんな女に騙され続けずフリーになったことは素直に喜ばしい。


それに、思いのほか先輩の方も元カノへの執着や未練はないように思えた。

……体調は普通に悪そうで心配だったけど。


「まぁ、優しい梨香は、先輩の過ちをちゃんと許してあげますよ♥」



――流石に肉体関係まであったなら、梨香も何をしてたかわからないけどね。



「んー?」


梨香が声にならない気持ちを抱いていると、スマホにパパからのメッセージが届いた。

どうやら、いつものように迎えを呼んでくれているみたいだ。


相変わらず過保護だなぁ~と思いながら、視線をスマホから窓に移す。


「ぷぷぷ、これから楽しみですねぇ。せ~んぱい♥」


窓に映る梨香の顔には、普段学校やバイト先でみせるものとも先輩に絡む時の姿とも違う、底の見えない暗い笑みが浮かんでいた。






――――――――――

次回、周りの女子達にわからされた春人はの出会いを果たします。

この出会いは偶然かそれとも……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る