義妹にわからされる
あの後手早く日直の仕事を終わらせた俺は、何とかバイトに遅刻しないで済む時間帯に家へと帰ることができた。
何度も日直の仕事を引き受けていたからか、思いのほか時間が掛からず助かった。けど、どうしてだろう。全く嬉しくないのは。
「……ただいま」
望まない方向のスキルが向上していることに気持ちがより下がることを自覚しながら、玄関のドアを開く。
「遅いっ!」
ドアを開くと、仁王立ちの義妹――
長く伸びた黒髪を揺らしながら本来は愛らしい両目を吊り上げてこちらを睨んでいる様子は、明らかに不機嫌そうだ。
出来れば今すぐこの場から立ち去りたい。
そもそも黎はなんでこんなに機嫌が悪いのか、俺には見当もついていなかった。
「黎?えっと、一体どうしたんだ」
そのため、理由を尋ねてみることにした。
「どうしたか?……もしかして買ってきてないの?」
「は?」
「私、連絡したんだけどっ」
告げられた言葉はまるで身に覚えのない内容だった。
流石にどういうことかわからず戸惑う。
「え、ちょっと待ってくれ!」
黎の言葉に慌ててスマホを確認する。
『ねぇ、帰りにいつものコンビニでアイス買ってきて。アイスはいつものだから』
スマホのメッセージアプリには、確かに黎の言うとおりメッセージが届いていた。
メッセージが届いた時間帯はちょうど日直の仕事をしていたタイミング。ここから導き出せる答えは『作業を終わらせるのに夢中で気付かなかった』です、はい。
――ちなみに何故か雛守さんからもメッセージが来ていたが、もう関わるつもりはないので内容は見ずにブロックしておいた。
「ご、ごめん!気付かなかったっ」
これは流石に俺にも非はあると思えたため、素直に謝る。
「はぁ?なにそれ。あんたみたいなよそ者が私のお願い断るの?」
「っ」
その言葉は胸に突き刺さる。
ズキッとした痛みが身体を襲った。
普通であれば兄として『そんなこと言っちゃいけない』って、考えを正すために強く出ていいかもしれない。
だが、俺と黎の関係は複雑で彼女の言葉を受け止める責任が俺にはあった。
何故なら黎の言う通り、俺は水無月家に引き取ってもらったよそ者で、迷惑を掛けて家に置いて貰ってる身だからだ。
特に俺が家に引き取られてからは、桜さんは今まで以上に働いている。
その結果、家族の時間は明らかに減っていることを桜さんも気にしていたし、俺の存在が黎から桜さんを奪ったと思われてしまうのも理解できた。
俺もその通りだとも思ってるし、そんな俺が二人に迷惑を掛けては本末転倒だ。
可能な範囲で黎と桜さんが快適に過ごせるように行動することが、引き取ってもらった恩を返せるせめてもの行いである。出来うる限り二人のために尽くそう――そう引き取られたあの日に自分自身で決めたんだ。
家事はもちろん、買い物も積極的にこなしているし、こういった理不尽な要求も黎の寂しさの裏返しだと思って応え続けた。
その結果は……まぁ、見ての通りだ。
「その、この後夕飯の用意をしないといけないしバイトもあるから、帰りに買ってくることで許してくれないか?」
「帰りに?はぁ……ホント役立たずなんだけど」
呆れたような声で俺を見る黎の眼差しには、軽蔑が込められているように感じられる。
「……なんであんたみたいのが私の兄なのよ」
黎の言わんとすることはわかる。
上級生にも声が届くほど、黎は一年の中でも抜群に人気が高い。
艶のある黒髪に、ルビーのような朱い瞳。しかも俺とは違って人付き合いも良く、同級生相手には凛として、年上には妹属性を発揮させて甘える今時の『自分の魅力をわかったうえで、上手くみせている』女子だ。
そんな黎からしてみると、陰キャで何の取り柄もない俺のような存在は目の上のたんこぶだろう。
昔、まだ引き取られる前に遊んでいた頃は『お兄ちゃん!』と慕ってくれていたのに、今では『あんた』が俺の固有名詞になっている。
いつから黎は変わってしまったのか……高校に上がる前、引き取られた当初はもう少しマシだったような気もするけど。
やっぱり思春期の女の子にとって余所の男が急に兄になるっていうのは、受け入れられないものなのかもしれない。
「はぁ……もういい。今日のところは帰りに買ってくるってことで許してあげる」
呆れたようにため息を漏らしながら俺の提案を了承する黎。
一応は納得してくれたことに安堵する。
「アイスの件は解決したし、いいからさっさとご飯用意しておいてよね」
「あ、ああ。わかった……アイス、ごめんな」
俺は逃げるようにして黎の傍を通り抜けてリビングへ行こうとした。
「――ちょっと待って」
「……なに?」
「あんたさ、いつもよりも帰りが遅かったけど何してたの」
もしかして、心配してくれてるのか?
……いや、ないか。
どうせ遅くなったせいでアイスが食べられなかったとかの不満を言われるのがオチだ。
「えっと、そんなに遅くないと思うけど」
「はぁ?私が間違えるわけないでしょ?いいから答えて」
なんで俺の周りにいる女子は、全員こうも自分勝手で人の話を聞かないんだ。しかも何かあったことは確定してるし。
確かに何かあったのは事実だけど、それにしてもホント嫌になる。
「(何が悲しくて理不尽に振られたことをまた話さないといけないんだ)」
でも、ここで話さないと黎のことだ。絶対ずっと機嫌が悪いままになる。黎の機嫌を一度損なうと数日間続くことは、これまでの経験から学習済みだ。
そんな状態で休日を過ごすことになるとか、どんな地獄だよ。
「……わかった、話すよ」
俺は観念した。
というか、観念するしかないように思えた。
「俺さ、雛守さんに振られたんだよ」
「雛守さん?っていうか、は?振られた??」
「ああ。なんでも他に好きな人ができたんだと。だから別れてって言われたよ」
「ふーん」
自分から聞いておいてなんでそんな興味のない反応するかなぁ。
そこまで無関心だと、あの出来事が全く興味を惹かれないつまらない内容だと思えて違った意味で悲しい気分になるんだけど。
「まぁ、良かったんじゃない?だって明日香さんとあんたじゃ、釣り合い取れてなかったし。どちらにしろいずれは別れることになってたでしょ」
その通りではあるんだけど、こうもバッサリ事実を言われると俺の心がズタズタになるのを理解しているのかねこの義妹は。
……まぁ、変に慰められるよりはマシか。
「後は、日直の仕事を任せられて」
「あ、もう良いから」
「えぇ……」
お前から聞いてきたんじゃん。
聞いてきたんだからせめて最後まで聞けよ。
「でも、そっか……ふーん」
黎は何かを考えるような仕草をしている。
何かを抑えるように口元に手を当てているが……もしかして笑いを堪えてる?
「なんだよ、まだ何か言いたいことでもあるのか?」
「べっつにー。私部屋に居るから、ちゃんと夕飯の準備しといてよね!」
……気のせいか?
「わかってるよ」
「あ、後!ちゃんとアイス買ってこないと許さないから!」
黎は言いたいことだけ言うと、階段を駆け上がって二階にある自室へと向かった。
「はぁぁあ……黎のことは忘れて、さっさとご飯作ろ」
黎の後ろ姿が完全に視界から消えたのを確認した俺は、大きなため息を吐きながら靴を脱いでリビングへ向かった。
――――――SIDE:水無月黎――――――
「……えへへへ。お兄ちゃん、やっとあの女と別れたんだ」
私は机に置いてある写真立てを手に取る。
写真立てには最愛の人である春人お兄ちゃんと私が一緒に写った写真が飾られていて、私は写真に写るお兄ちゃんを優しく撫でた。
「あの泥棒猫と付き合い始めたって聞いた時は驚いたなぁ」
もういっそ処そうかとも思ったけど、どうやら二人は健全なお付き合いだったらしい(ソースは私の友人達と接点がある先輩方)。
お兄ちゃんがあの女と男女の関係になる前に別れてくれて助かった。
「……まぁ、お兄ちゃんがあの女との時間を割けないようにいろいろしたっていうのもあるんだけど」
心苦しくはあったけど、でも仕方ないよね?
あの女とお兄ちゃんが一緒にいる姿を見るだけで気が狂いそうになったし、自分を抑えるのに必死だったんだから……
「でも」
それももう気にする必要はない。
これからは私がやりたいようにお兄ちゃんと関わっていける。
ここ数年で開いてしまった距離をようやく縮められる。
「とはいえ、問題もあるんだよねぇ」
私とお兄ちゃんとの間にある絶対に変わることのない関係性。
――兄妹。
それは私にとっては絆であり、呪いでもある。
だって気付いてしまったから。
――あの日、自分の中にある身を焦がすような大きな想いに。
「なんで私達は兄妹になっちゃったんだろう」
心の底から漏れた言葉は、私がずっと打ち明けることが出来ずに押しとどめている本音の一部だった。
――――――――――
明日は投稿が2回ございます。
1回目の投稿は06:08、2回目の投稿は20:08です。
いつもとは時間帯が違いますのでご注意ください。
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