クラスメイトのギャルにわからされる
「はぁ」
廊下を歩いていると、ついため息が漏れてしまう。
「……あんなやつだったなんてな」
人は自分の理想を誰かに押しつける生き物だ。
あの人はきっとああだ、あの人はあんなことしない等々、そんなつもりはなくても自分が抱く理想という色眼鏡で相手を見て、その価値観を押しつけてしまう。
それはどうやら俺も同じだったらしい。
裏切られる可能性を考えていながら、、心の何処かで信じてもいたんだ。
だからこそ、今の俺はこんなにも気分が重いのかもしれない。
「もう何度も学んだはずなのに、ホント俺は学習しないな……は、はは」
乾いた笑い声が漏れてしまう。
雛守さんはこれから自分の理想とする相手と付き合い、キスやエロいことをして、もしかしたら子供も作って幸せな家庭を築くのかもしれない。
「っ」
対して俺は、これからも裏切られることを想像しながら誰かと関わり続けないといけない。そんな俺にはもちろん愛するべき相手も大切な家族もおらず、誇れるものもない。
――こんな惨めな気持ちになるのなら初めから付き合わなければ良かった。
頭に浮かんだ言葉に俺は気持ちが悪くなる。
「……うっ」
胃の中からせり上がってくるものを感じて、俺は慌ててトイレに駆け込んだ。
◆◆◆
「はぁ、はぁ……やっと、落ち着いた」
まさか吐くなんて思いもしなかった。
それだけさっきのことに対してストレスを感じていたのだろうか?
それとも惨めな自分の人生に吐き気でも覚えた?
「考えても仕方ないか……今はバイトに行くことだけ考えよ」
頭を振るい、浮かんでくる不安を誤魔化しながら歩いて行く。
そうして下足箱まで目と鼻の先まできたところで――
「あれー、春っちじゃん」
後ろから聞こえてきた声に思わず足をとめた。
「(この声は)」
正直言えば今の精神状態で付き合いたくない相手だ。
さっきのことといい、嫌な予感がビンビンにしている。
とはいえ、あからさまに無視もできないだろう。
明らかに俺の名前呼んでるし。
「
振り向くと、予想通りのクラスメイトの顔があった。
くすんだ金髪に少し手を加えられた制服。両耳についたイヤリングとデコられた爪を見れば、彼女が普通の女子ではないことがわかる。
「え、用がないと声かけちゃいけないわけ?」
声は笑っているけど、表情は全く笑っていない。
そんな表情も様になっているのだから、顔立ちSSR女子は卑怯だ。
――彼女こそ、ウチのクラスで雛守さんと人気を二分するギャル女子、榎本
「ねぇ、春っち?」
クラス内カースト上位に睨まれているクラスカースト最下層の俺。まるでライオンに睨まれている哀れなウサギのような気分に襲われた。
「いや、そんなことはないけど」
逃げるわけにもいかず、視線を逸らしながら答える。
「ふーん?てかさウチあんたのこと探して……あ、ちょいまち」
「え」
突然スマホを取り出してどうしたんだ?
というか、めっちゃスマホデコられてる。
それ使いづらくないのか?
「はいちーず!」
そう言うと、俺の許可も取らずにレンズをこちらに向けて写真を撮ってきた。
「ちょ!なんで写真なんて!」
「あははは!ほら、みなってこの顔」
俺の言葉に返答せずにスマホをこちらに押しつけてくる。
俺は渋々差し出されたスマホの画面を眺めた。
「……」
スマホの画面には全く精気が感じられない、まさに死んだ目をしている俺自身の姿が写っている。
……今の俺、こんな表情してるのか。
「ただでさえ、陰キャな春っちが死にそうな表情するとか、ウチのこと笑い殺し気? あはは」
「……」
別に笑われるのはいい。
彼女に比べれば容姿が劣っているのは事実だし、カースト上位がカースト下位を笑いものにするのは想像に難しくないからだ。
でも、調子が悪そうな相手を馬鹿にするのは違うだろう。
そんなのはネタで笑っていいことじゃない。
「てかさぁ、どうしてそんな顔してんの? ほらほら、ウチと春っちの仲じゃん? 話しなって」
どんな仲だよ。
俺からしてみると、極力関わりたくない俺的ブラックリスト入りの要注意人物なんですけど。
「なんでも」
ないと続けようとした。
「はぁ?」
「ないと思ったけど、本当はありました」
でも、榎本さんの顔があまりにも怖くて、つい本当のことを言ってしまいました、はい。
「へぇ~、で、何があったん?」
「はぁ……実は」
話さないと解放されないと思えた俺は、渋々さっきの出来事を話し始めた。
……。
…………。
………………。
「へぇ、春っちあの女に振られたんだぁ……ふふ」
話しを聞いた榎本さんはというと、何故が満面の笑みを浮かべている。
「くくっ、ホント馬鹿だよねぇ」
「……」
誰かの不幸を嬉しそうに笑う姿は、かつての榎本さんとはまるで違う。
「(前まではこうじゃなかったのに)」
榎本さんと知り合った当初は、こんな、人を小馬鹿にするような人じゃなかった。
むしろ、高校デビューで必死にクラスに馴染もうと頑張ってる子で、優しいからこそ些細なことで密かに悩んでもいた。
そんな彼女を放っておけず、昔の自分から変わろうとする姿がまぶしくも思えて、彼女を手助けした。
結果的に二年に上がる頃には人気者になっていたが、気付いた時には彼女の俺に対する態度は今のようになっていた。
そのことにかつての俺は一抹の寂しさを覚えもした。
「ってかさ、ウチこの後用事があるんよ。だからさ、いつも通り春っちがウチの代わりに日直の仕事してよ」
今日もまるで下僕でも扱うように、自分の仕事を押しつけてくる。
さっきまで吐いてたし、今日はバイトもある。
時間的には余裕はあるが何かあったら大変だし、優先すべきはバイトだ。
元々日直の仕事は本来榎本さんがするべきことだし、断っても構わない。
「……わかった、いいよ」
しかし、俺の口から漏れた言葉は、考えていたものとは違った言葉――彼女の理不尽な要望を受け入れるものだった。
「おー!流石春っち!わかってるー!じゃあ、後はよろしくねー」
これは果たして亡くなった母の『人に優しくする』という言葉を律儀に守り人の頼み事を断れない俺が悪いのか、それとも断れないと知りながらもこんなことを言ってくる彼女が悪いのか。
遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、俺にはその答えは出せない。
ただ、一つ言えることはもう俺の中に彼女に対する情は一片も残ってはいないということだけだった。
――――――SIDE:榎本美音――――――
「えへへ、春っちの写真撮っちゃった」
ウチはスマホに写った春っちの写真に頬ずりしながら、ニヤつく表情を抑えられずにいた。
彼の顔を見ていると、勇気が出てきて心があたたかくなる。
もっと彼の近くにいたいと気持ちが溢れてくる。
これまではその気持ちをあの女のせいで抑えるしかなかった。
「で・も、ふふん」
春っちの恋人だったあの女は、何故か他に好きな男が出来たみたいで春っちを振ったらしい。
あんないい男を振るとか考えるだけで頭おかしいし、更には春っちを自分勝手に傷付けたことも許せない。
「ホント馬鹿な女」
まぁ、お陰で何の憂いもなく春っちにアタックできるからウチとしては万々歳だけどね。
「これからはどうやって春っちに絡もうかなぁ~」
ウチは今後待ち受けている春っちとの幸福な未来に思いを馳せながら、ウキウキ気分で帰路に着いた。
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