第14話:嵐峡の真実

薄暗い応接間に緊張が漂っていた。重厚な木製の家具が並ぶ部屋の中央に、楊鳳来の小さな姿があった。彼の対面には、盧天佑と盧燕が座っている。その少し後ろにある窓際の脇に設けられた椅子には顧明智が座っていた。窓から差し込む夕暮れの光が、三人の影を長く伸ばし、部屋に独特の雰囲気を醸し出していた。


鳳来の澄んだ瞳が盧天佑と盧燕を見つめていた。その目には大人びた鋭さが宿っている。鳳来は静かに、しかし確固とした口調で語り始めた。


「昨夜、私は窓から興味深い光景を目にしました」


その言葉に、父娘の表情が一瞬こわばる。盧天佑の額に薄っすらと汗が浮かび、口元が引きつった。逆に盧燕にはあまり変化を感じられない。鳳来はその反応を注意深く観察しながら、心の中で次の一手を考えていた。


(やはり何かあるようだ。でも、どこまで踏み込むべきだろうか...)


鳳来は続ける。


「盧燕さん、あなたの夜の姿は昼間とはまるで別人のようでした。まるで...」言葉を選びながら、「まるで舞う蝶のように軽やかで、そして鷹のように鋭い動きでした」


盧燕は表情を崩し微笑みながら応えた。その笑顔には、わずかな緊張が隠されていた。


「何かの間違いでしょう。私は昨晩、この家でのんびり過ごしていましたよ」


鳳来は盧燕の目をじっと見つめ、静かに頷いた。


「いいえ、確かに盧燕さんでした」鳳来の声には自信が満ちていた。「盧燕さん、昨晩の活動はとても素晴らしかったです。この街の治安を守るだけでなく、強い意志が感じられました」


鳳来は一瞬言葉を区切り、盧天佑に視線を移した。


「盧天佑さんについても同じです。昨日の鄭剛さんとのやりとりはあまり強く出なかったものの、山賊たちを思いやる心が感じられました」


盧天佑と盧燕は顔を見合わせ、言葉を失ったようだった。部屋に重苦しい沈黙が流れる。鳳来はその沈黙を破るように、慎重に言葉を紡いだ。


「単なる推測かもしれません。しかし、もしそうだとしたら...私にも何か協力できることはないでしょうか?」


鳳来の言葉には、純粋な善意と決意が込められていた。その真摯な態度に、盧天佑と盧燕の表情が少しずつ和らいでいく。


盧天佑は眉をひそめ、ゆっくりと口を開いた。その声には警戒と共に、かすかな好奇心が混じっていた。


「坊や、何を言っているのかよくわからないが、君はまだ幼い。きっと何か別のものを見間違えたのだろう。盧燕は昨晩この家にいたし、私が山賊の討伐に及び腰なのも争い事が嫌いなだけだ」


鳳来は首を横に振る。その仕草には、年齢を超えた威厳が感じられた。


「年齢は関係ありません。それに私はこの嵐峡の未来を案じているのです」


盧天佑は溜息をつき、「強情な方だ。あなたは楊家の方、この街に責任はないでしょう」と諭すように言った。


しかし鳳来は引き下がらない。その目には強い決意の色が宿っていた。


「だからこそです。楊家の人間として、目の前の問題を放置したくないのです。何か事情があるのであればお話しいただきたい」


盧燕が口を挟む。彼女の声には、わずかな動揺が混じっていた。


「あなたの気持ちはわかります。でも、本当に何もないのです。あなたの思い込みです」


鳳来は真剣な眼差しで応じる。


「私は自分の目を信じていますし、何かお困りごとがあるならぜひお力になりたい」


ここまで言ったところで、後ろで話を聞いていた顧明智が鳳来の脇まで歩み寄り口を挟んだ。彼の声には、わずかな焦りが感じられた。


「鳳公子、彼らもこう言ってることですし、本日はもうよろしいのではないでしょうか」


鳳来の心はぐらついていた。彼の小さな胸の内で、様々な思いが交錯する。


(本当に自分の見間違いだったのか?見た目が子供だからこそ率直に聞いてみたが、逆に相手の態度を硬化させてしまったか。このままだとこの話し合いは完全に失敗だな...)


盧天佑は顧明智の話を聞くと少し緊張を解いた表情で言った。その声には、わずかな安堵が混じっていた。


「そうですぞ、君の熱意はわかりました。だが、この問題は複雑すぎる。子供に理解できるものではない」


そこまでいって盧天佑とハッとした顔をする。盧燕はにこやかに笑いながらも口元が引き攣っていた。鳳来の後ろにいる顧明智は驚いた表情を浮かべている。


鳳来は自分の仮説が正しかったことの確証を得た。しかし、そこから先は鳳来が話しかけても二人とも黙ってしまい、会話が進まなくなってしまった。部屋に再び重苦しい沈黙が流れる。


そんな中、突如として部屋の扉が開いた。そこに立っていたのは、端正な顔立ちの中年女性だった。彼女は優雅な立ち姿で、しっとりとした青緑色の絹の着物を纏っていた。髪は簡素に、しかし品よくまとめられ、その眼差しには慈愛と知性が宿っていた。


「お待たせしました。お茶をお持ちしました」


女性は優雅に部屋に入ってくる。彼女の手には、繊細な模様が施された茶器のセットが乗った盆があった。その姿は、緊張した空気を一瞬で和らげるような威厳を放っていた。


盧天佑が驚いたように声を上げる。その声には、驚きと共に、かすかな動揺が感じられた。


「春蘭!なぜ君が...」


春蘭は優雅に頭を下げ、鳳来に向かって微笑んだ。


「私は盧春蘭ろしゅんらんと申します。盧天佑の妻です」


彼女の笑顔には温かみがあり、同時に芯の強さも感じられた。鳳来は思わず、その優雅な佇まいに見とれてしまう。


「あなたの言葉、全て聞いておりました」


春蘭はゆっくりと茶を注ぎながら続けた。その仕草には、長年の経験から来る優雅さがあった。


「楊家の若様、あなたの熱意に感銘を受けました」


彼女の声は柔らかいが、確固とした意志が感じられた。春蘭は夫と娘に向き直る。その目には、愛情と共に、少しの叱責の色が混じっていた。


「あなたたち、この子の真摯な態度が分からないの?」彼女の声には優しさの中に芯の強さが感じられた。「話してあげなさい。この子なら、きっと理解してくれるわ」


盧天佑と盧燕は顔を見合わせ、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。春蘭の言葉が、二人の心の壁を溶かしていくのが感じられた。部屋の空気が、少しずつ和らいでいく。


盧天佑は深いため息をつき、娘の盧燕を見つめながら語り始めた。その目には、複雑な感情が交錯していた。


「燕の話から始めましょう」


彼の声には、娘への愛情と誇りが滲んでいた。


「燕は幼い頃から聡明で、武芸の才にも恵まれていました。しかし、彼女の人生は決して平坦ではありませんでした」


盧燕は父の言葉を引き継ぐように、静かに口を開いた。その声には、過去の痛みが滲んでいた。


「私には二人の兄がいました。長兄は病に倒れ、次兄は戦で命を落としました」


彼女の目には深い悲しみが宿っていた。鳳来は思わず、彼女の悲しみに胸を痛める。


「父上は失意のどん底に沈み、私は何とかして父上を励ましたいと思ったのです」


盧天佑が頷きながら続けた。その表情には、過去を思い出す苦さと、娘への感謝の念が混ざっていた。


「燕は15歳の時、男装して科挙に挑戦すると言い出したのです。兄二人が存命だった頃、私は常々『我が家からだれか科挙に挑んでほしい』と話していました。ですが、燕が科挙に挑むと聞いた時には、最初強く反対しました。ですが、彼女の決意は固く、結局許可せざるを得ませんでした」


「科挙の準備は大変でした」


盧燕の目が遠くを見つめる。その瞳には、当時の苦労と決意が映し出されているようだった。


「昼は猛勉強、夜は体を作るため武芸の稽古。また睡眠時間を削って、男性の振る舞いも練習しました」


「そして驚いたことに」盧天佑が誇らしげに言う。「燕は見事、科挙に合格したのです。18歳での快挙でした」


盧燕は苦笑いを浮かべた。その表情には、誇りと共に、かすかな悔しさも見えた。


「その後、地方官僚として2年間勤めました。しかし、ある事件をきっかけに性別が発覚し、官位を剥奪されてしまったのです」


「燕が帰ってきたとき、私は複雑な思いでした」


盧天佑が語る。その声には、当時の心の葛藤が滲んでいた。


「娘の才能を誇りに思う一方で、彼女の将来を心配せずにはいられませんでした」


盧燕は静かに頷いた。彼女の目には、父への感謝と、自身の決意が映っていた。


「帰郷後、私は学んだ剣術を活かし、夜な夜な街の安全を守る活動を始めました。最初家族には秘密にしていたのですが、すぐに活動していることがバレてしまいました」


盧燕が苦笑する。その表情には、過去の冒険を懐かしむような色があった。

ここで盧天佑が話題を山賊の話に移した。彼の表情は一層真剣さを増していた。


「山賊団の形成は、約5年前に遡ります。当時、嵐峡には様々な事情で居場所を失った人々が集まっていました。冤罪で追われた者、借金で追い詰められた者、家族を失った者...」


「そんな中、李風という男が現れたのです」


盧天佑は一度深呼吸をし、さらに話を続けた。その表情には複雑な感情が交錯していた。鳳来は息を呑んで、その言葉に聞き入った。


「次は山賊の話についてさせていただきましょう。李風は鄭剛の元同僚です」


盧天佑は静かに語り始めた。その声には、過去の出来事を回想する重みが感じられた。


「二人は青墨の衛士として共に勤務していた戦友でした。若く、正義感に燃える二人は、理想の実現に邁進していたのです」


盧燕が補足する。彼女の声には、父から聞いた話を大切に記憶している様子が窺えた。


「父から聞いた話では、鄭剛と李風は青墨で最も優秀な衛士として知られていたそうです。二人で難事件を解決したり、腐敗した役人を摘発したりと、まさに正義の味方として活躍していました」


盧天佑は頷きながら続けた。その表情には、過去の出来事を語る重みが感じられた。


「しかし、約6年前のことです。二人は、ある高官の重大な不正を発見しました。贈収賄、横領、さらには人身売買にまで関与していたのです」


鳳来の小さな瞳が驚きで大きく開かれた。彼の幼い心には、世の中の闇の深さを知る衝撃が走った。


「李風は即座にこの事実を告発しようとしました」


盧燕が説明を加えた。彼女の声には、その時の緊迫感が蘇ってきたかのような響きがあった。


「しかし鄭剛は慎重な姿勢を取ったのです。証拠が不十分だと判断したのでしょう」


盧天佑の表情が暗くなる。彼の目には、過去の出来事を悔やむような色が浮かんでいた。


「李風は鄭剛の制止を振り切って単独で告発に踏み切りました。しかし、その高官の権力は想像以上に強大でした。李風の告発は揉み消され、逆に彼自身が濡れ衣を着せられることになったのです」


鳳来は息を呑んだ。その小さな胸の内で、正義の難しさと世の中の理不尽さを痛感していた。


「鄭剛は苦渋の選択を迫られました」


盧燕が静かに語る。その声には、友情と正義の間で引き裂かれた男の苦悩が滲んでいた。


「親友を守るか、それとも衛士としての立場を守るか...」


盧天佑が重々しく続けた。


「鄭剛は表向き李風を追う立場になりました。しかし、密かに李風の逃亡を助けたのです。鄭剛は李風が逃げられるように追っ手の目を別の方向に向けたそうです」


「李風が嵐峡に辿り着いたとき、彼は完全に打ちのめされていました」


盧燕の声には同情の色が滲んでいた。彼女の目には、その時の李風の姿が浮かんでいるかのようだった。


「正義を貫こうとして全てを失った男の姿に、私は胸を痛めました」


盧天佑は深いため息をついた。その表情には、過去の決断への複雑な思いが刻まれていた。


「私は李風を匿い、彼に新たな人生の可能性を示しました。それが山賊団『楽しき森の仲間』の始まりです。名前からも分かる通り、最初は山賊団ではありませんでした。単なる自給自足の共同体でした」


盧燕が熱心に言った。彼女の声には、「楽しき森の仲間」への深い理解と共感が込められていた。


「彼らは悪人ではありません。むしろ、社会の歪みによって追いつめられた被害者たちです。彼らには、ただ生きるための場所が必要だったのです」


盧天佑の表情が一層厳しくなる。彼の声には、過去の出来事を回想する苦さが滲んでいた。


「しかし、彼らを別の山賊が現れ襲撃したのです。多くのものが犠牲になりました。命からがら逃げた李風たちは私に提案したのです。彼らを野放しにしていればいずれ嵐峡にも被害が出る。自分たちが山賊を懲らしめる山賊になるのだと」


盧天佑は重々しく頷いた。その目には、決断の重さと責任が宿っていた。


「我々は彼らを密かに支援してきました。時には物資の提供、時には情報の共有...そして時には、盧燕の活動を通じて、この街に居場所がないが有望な人材は彼らに紹介してきました」


盧天佑は話の流れを少し戻し、現在の状況について説明を加えた。彼の表情には、新たな懸念の色が浮かんでいた。


「そして、事態をより複雑にしているのが、鄭剛の最近の赴任です」


盧天佑は眉間にしわを寄せながら語った。その声には、状況の難しさへの苛立ちが混じっていた。


「鄭剛が嵐峡の守備隊長として着任したのは、わずか5ヶ月前のことです」


盧燕が補足する。彼女の声には、父をからかう調子が混じっていた。


「父上、正確には4ヶ月と3週間ですね」


盧天佑は苦笑して続ける。


「鄭剛の赴任は、我々にとって予期せぬ事態でした。彼の名声は我々の耳にも届いていましたし、李風からも聞き及んでいましたから、彼が着任すると聞いたときは、正直震撼しました」


「鄭剛は着任早々、山賊対策を最重要課題として掲げました」


盧燕が説明を加えた。彼女の声には、状況の深刻さを伝えようとする意図が感じられた。


「彼の徹底した捜査と厳しい取り締まりは、瞬く間に嵐峡の治安を改善させていきました」


盧天佑はため息をつきながら続けた。その表情には、複雑な思いが交錯していた。


「一方で、これは李風たちにとっては大きな脅威となりました。今まで我々が築いてきた微妙な均衡が、一気に崩れ始めたのです。鄭剛の目が厳しくなり、物資の提供を隠れて行うことができなくなりました。そのため、彼らが困れば私たちの商隊を襲うように段取りをしていたのです」


「鄭剛の存在は、李風にとっても大きな圧力になっているはずです」


盧燕が言葉を継いだ。彼女の声には、李風への同情と、状況の複雑さへの苦悩が混じっていた。


「かつての親友であり、今は最大の脅威。その葛藤は想像を絶するものでしょう」


盧天佑は深刻な表情で語り続けた。その目には、状況の難しさへの懸念が映っていた。


「さらに厄介なことに、鄭剛の赴任は単なる人事異動ではないようなのです。青墨の総督府が、嵐峡の治安改善に本腰を入れ始めた証拠だと見ています」


「それはつまり...」


鳳来が小さな声で言葉を挟んだ。その瞳には、状況の深刻さを理解しようとする真剣な眼差しが宿っていた。


「そう、我々の活動の余地が急速に狭まっているということです」


盧天佑が答えた。その声には、切迫感が滲んでいた。


「今まで表だった被害がなければある程度容認してくれていた青墨の行政官も、高官からの圧力に屈せざるを得なくなってきていると思われます」


盧燕が付け加えた。彼女の声には、疲労と緊張が混じっていた。


「この4ヶ月余り、我々は綱渡りのような日々を送ってきました。李風たちの存在を隠しつつ、鄭剛の捜査の目をかわし、そして表向きは協力的な態度を示す...」


「それだけでなく鄭剛は李風が山賊の頭目になったことを知りません」


盧燕が付け加えた。彼女の目には、友人たちの複雑な関係への同情が浮かんでいた。


「彼は今でも、親友を裏切ったという罪悪感に苛まれているはずです。そして、その償いとして、山賊の取り締まりに全力を尽くしているのでしょう」


盧天佑は悲しげに目を閉じた。その表情には、状況の複雑さと、解決の難しさへの深い苦悩が刻まれていた。


「二人の友情も、社会の歪みによって引き裂かれてしまったのです。今や、かつての親友同士が、知らずして敵対関係にある。これほど悲しいことはありません」


鳳来は黙って聞いていた。その小さな瞳には、嵐峡の事情を理解しようとする真剣な眼差しが宿っていた。そして彼の幼い頭の中では、解決策を見出そうと必死に思考していた。


その時、突如として激しいノックの音が響いた。扉が勢いよく開き、息を切らした侍女が飛び込んできた。彼女の顔は真っ青で、全身から動揺が伝わってきた。


「大変です!」


侍女は震える声で叫んだ。


「鄭剛様が守備隊を率いて山賊の討伐に向かわれました!」


その言葉が、部屋の空気を一変させた。盧天佑の顔から血の気が引き、盧燕は椅子から飛び上がらんばかりの勢いで身を乗り出した。鳳来は息を呑み、事態の急変に戸惑いを隠せなかった。


部屋中が凍りついたような静寂に包まれた。その沈黙を破ったのは、盧天佑の低く震える声だった。


「どういうことだ?詳しく話せ」


侍女は慌てて説明を続けた。その声には、緊迫感と恐怖が混じっていた。


「先日捕らえられた山賊の一人が、拷問に耐えきれず山賊の隠れ家を白状したそうです。それを聞いた鄭剛様が、すぐさま討伐隊を編成して出発されたとのことです」


盧燕の顔から血の気が引いた。彼女の目には、友人たちへの深い懸念が浮かんでいた。


「まさか...」


彼女の声は震えていた。


盧天佑が立ち上がり、「確かな情報か?」と侍女に詰め寄った。その声には、事態の重大さへの危機感が滲んでいた。


「はい」

侍女は頷いた。


「守備隊の兵士から直接聞いたのです。鄭剛様は『今こそ山賊どもを完全に壊滅させる時だ』とおっしゃっていたそうです」


この言葉を聞いた瞬間、盧燕の目に決意の色が宿った。彼女は椅子から跳ね起き、「行かなきゃ」と呟くと、あっという間に部屋を飛び出した。その声には迷いのかけらもなかった。


「燕!」


盧天佑が制止しようとしたが、盧燕はすでに部屋を飛び出していた。彼女の足音が廊下を走り去っていく。


残された人々は、呆然と立ち尽くしていた。鳳来は盧燕が消えた扉を見つめ、その小さな胸の内で激しい思考が渦巻いていた。彼の幼い顔には、大人顔負けの真剣さが浮かんでいた。


(このまま放っておけば、取り返しのつかないことになる。でも、私に何ができるだろうか...)


突然、鳳来は身を起こした。その目には決意の色が宿っていた。彼は、この危機的状況で自分にできることを見出したようだった。


「王剛!」


鳳来の声が、静寂を破った。その声には、幼さを超えた威厳が感じられた。


扉の外で待機していた王剛が素早く部屋に入ってきた。彼の顔には、主人の呼びかけに即座に応じる忠誠心が表れていた。


「はい、鳳公子!」


鳳来は王剛をまっすぐ見つめ、落ち着いた声で言った。その小さな体からは、意外な威厳が感じられた。


「盧燕さんの後を追います。彼女の安全を確保し、必要があれば介入します」


王剛は一瞬驚いたような表情を見せた。彼の目には、幼い主人の決断力への驚きと敬意が浮かんでいた。


「鳳公子、危険です。私が燕様の後を追うのは構いませんが、公子はここで...」


「いいえ、私も行きます」


鳳来は毅然とした態度で答えた。その声には、揺るぎない決意が込められていた。


「この問題の解決には、第三者の立場のものが必要になります」


盧天佑が心配そうに口を開いた。彼の声には、鳳来の安全を案じる気持ちが滲んでいた。


「楊家の若様、あなたを危険に晒すわけには...」


鳳来は盧天佑に向き直り、静かに、しかし強い意志を込めて言った。その小さな瞳には、大人顔負けの決意が宿っていた。


「盧天佑さん、今回の件は楊家が山賊団のものを捕らえたことに端を発します。楊家の人間として、私にも責任があります。どうか、行かせてください」


盧天佑と春蘭は互いに顔を見合わせ、そして小さく頷いた。二人の目には、鳳来の決意を認める色が浮かんでいた。


「分かりました」


盧天佑は重々しく言った。その声には、状況の重大さと、鳳来への期待が込められていた。


「山賊団を設立させた私にも責任がありますし、みなさんだけでは行き先もわからないでしょう。私もお供させていただきます」


鳳来は感謝の意を込めて頭を下げた。そして王剛に向き直り、「行きましょう」と言った。その声には、小さな体からは想像もつかない威厳が感じられた。


王剛は深く頷き、「かしこまりました。鳳公子の護衛は、しっかりと務めさせていただきます」と答える。彼の声には、主人への忠誠と、状況の危険性への警戒が混ざっていた。


続けて王剛は外で待機していた陳と郭に指示を出す。その声には、緊迫した状況に対する冷静さが感じられた。


「陳は俺について来い、郭は顧先生を宿までお連れして蒼龍公に報告しろ!」


鳳来と王剛、盧天佑、顧明智、陳、郭は素早く部屋を出て行った。その後ろ姿には、決意と緊張が滲んでいた。廊下に響く足音が、事態の緊迫感を物語っていた。


春蘭は彼らの去っていく後ろ姿を見つめながら、小さく呟いた。その声には、希望と不安が入り混じっていた。


「あの子なら、きっと...あの子なら何かを変えられるかもしれない」


部屋の中は再び沈黙に包まれたが、今度はその空気に希望の光が差し込んでいるようだった。窓の外では、夕暮れの空が徐々に暗さを増していき、嵐峡の街に夜の帳が降りようとしていた。しかし、この夜に起こる出来事が、嵐峡の未来を大きく変えようとしていることを、誰もが感じ取っていた。


鳳来たちが部屋を出てわずか数分後、盧家の門前に一行が集まった。王剛の馬に乗った鳳来の小さな姿が、夕闇の中で浮かび上がる。鳳来は王剛の前に座り、王剛の腕に守られるようにして馬に乗っていた。その隣には盧天佑が自身の馬に乗り、その後ろに陳が続いていた。


鳳来は深く息を吸い、決意を新たにする。彼の幼い顔には、冷静さが宿っていた。


「みなさん、時間がありません。盧燕さんを追って、山賊の隠れ家に向かいましょう」


鳳来の声には、揺るぎない意志が込められていた。その言葉に、周囲の大人たちも身を引き締める。


盧天佑が前に進み出て言った。「私が先導します。皆さん、ついて来てください」彼の声には緊張と責任感が滲んでいた。


王剛は鳳来の小さな体を守るように、馬の手綱を強く握った。「鳳公子、しっかりとお掴まりください」


一行は馬を駆り、盧天佑の後に続いて嵐峡の街を抜け、山道へと向かった。夜の闇が深まる中、彼らの姿は次第に街の明かりから遠ざかっていく。


鳳来は王剛の腕に守られながら、前方の盧天佑の背中を見つめていた。彼の小さな体には、嵐峡の未来がかかっていた。心の中で、これから起こるであろう出来事への緊張と、何としても事態を収拾しようという決意が交錯していた。


(続く)

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