第3話

「Hourglass、ほんとやばいですよね!」


 打ち上げ会場で他のバンドの子達に聞かれるのは、やっぱりプラチナディスクを獲ったHourglassやこれまで私が手がけた海外アーティストの話題だった。


「Hourglassのヴォーカル歌うますぎません!? ピッチシフター使ってるって噂もあるんですけど、あきらさん実際のところどうか知ってます?」

「僕Marquerマキュアの大ファンで、実はあきらさんが企画したあの来日公演見てバンド始めたんです」

「あれ俺も行きました。今Marquerバカ売れしてて勢いやばくないっすか!?」

「Marquerのヴォーカルのホロウ、異常にかっこいいですよね。俺この間のヨーロッパフェスのメインステージ配信見て泣きました」

「ね、私も彼らは原石と思ったけど。まさかここまで売れるとは……凄いよね。でも確かに、ホロウはまだお客さんが3人しかいない時のチェコのショーを見た時から、別格のかっこよさだったよ」

「マジっすか、彼ほんと俺の憧れなんすよ!」

「ていうかその時期のMarquerを見つけていち早く引っ張ってくるの、先見の明っていうか凄くないっすか」


 目をキラキラさせて話を聞きにくる若手のバンドマンは、無意識に彼らを遠い憧れのような存在として語る。

 方向性と活動ペースを少し変化させれば、彼らのようになれる素質は持っているというのに。世界は狭いようで広すぎて、彼らにとっては遠い存在らしい。

「こうしたらいいよ」というアドバイスは「いやいや、それあきらさんだから言えるんすよ。俺らとはレベルが違いますもん」と返される。


「違うよ、やろうとするかしないかだって。まずは」


 私の言葉に、皆の視線が集まる。

 本当は打ち上げでバンドマン同士で仲良くしてもらえるのが理想なのだが、「姉貴の話は皆聞きたがるんで、一緒に来てくださいって」と毎度言われてこの場にいる。


「同じ人間なんよ。彼らもスタートの時点では高校のサークルだったんだって、だからやりよう、特筆した才能は一気に伸びるかどうかのエッセンスの一つ。皆にも可能性はいっぱいあるんだよ」


 プラチナディスク、グラミーノミネート、スタジアムツアーソールドアウト、特大フェスのヘッドライナー、私の仕事相手にはそういった多くの著名なアーティストがいる。その彼らと比較して、足りないものがあればアドバイスはできる、けれど……。


「いやっ、やっぱ見てる世界がデカすぎて。俺らとは全然」

「おい、リッキィ。それよくないって」


 酔っ払うと自分を卑下しまくるメンバーの1人がぐだり出すタイムに入った。ヴォーカルのヨダが心底嫌そうな顔をして止めに入る。

 なんだなんだ、と顔見知りの他のバンドメンバーも状況を見守りはじめた。


「あきらさんは、できる人なんすよ。世界が違うんすよ、俺らなんてそんな……なんもないし」

「いつも言ってるでしょリッキィ、自分を下げるなって」

「自分下げるっていうか。俺はほら、皆の足も引っ張ってるし」

「引っ張ってるっていうなら、そのマイナス思考がだよ。自分の価値を自分から下げるなって。曲が作れてライブができる、それだけで十分価値があるじゃない」

「でもそれは、アイくんの作曲のおかげっていうか」

「いい加減にしなさい!」


 お酒が入っているのもあって、少し語気が荒くなってしまった。


「HourglassもMarquerも、あのバンドもこのバンドも、私が見つけた後どうなった? 私が「絶対今ヨーロッパ行ったら売れる」って断言した自分に、自信持ってよ」

「確かに。あきらさんがこれだけ目にかけてるのに、なんでそんなマイナス思考なん」


 関東の若手の中で勢いのある、グレイアスというバンドのベースがのほほんとその空気を中和した。


「俺とかさー、今日めっちゃトチっちゃったよ。三曲目の入り、メンバー皆俺の方バッて向くんだもん、やっちゃったな〜って思って。でも反省したらさ、あとは自分じゃん、次やんねーようにしようってさぁ、残りの自己嫌悪とか人に言う事なくない?」

「そうじゃなくって。ルイはそれでいいかもしれないけど俺は……」


 結局、その日はリッキィのぐだりがなかなか止まらず。最後潰れてタクシーに乗せることになった、「よろしくね」と彼と仲の良い近所に住む別のバンドのヴォーカルにあとを託す。


「まじ申し訳ないっす、あきらさんこんな良くしてくれるのにアイツは……」

「まぁ、しゃーないよ。あの子の性格だからね、3-4年かけてしっかり教えていくしかないよ」


 ふぅー、と隣でダルそうにヨダが煙草の煙を一筋、夜空に吐く。


「俺ら、どうなるんすかね。夢物語みたいな話が、あきらさん来てから割としっかり近づいてきてて。逆に実感なくてふわふわするっていうか」


 いつもは悪そうなツラでSNSやMVに出ているが、ヨダは話せばちゃんと考えているタイプの子だ。誰かが言わなきゃいけない、を口にするせいで王様キャラにされてはいるが、結局はこの子がフロントで歌わないとバンドは形にならない。


「ほんとに俺ら、いけると思います? あきらさん」

「もちろん。あとは実際動けるかどうかだけどね」

「うっす、そこっすよね」


 あーあ、私もバンドしたかったな。そんな言葉がつい口を出た。

 これでも昔はバンドでベースを弾いていた身でもあった、才能ある人達を見ては、自分にはこの世界で戦えないと諦めたけど。


「今もしバンドしてたらさ、自分のバンドでHourglassと一緒に全米ツアーできたかなとか。Marquerとヨーロッパ周れたよなとかは思っちゃうよね。そこに入り込むだけの実績と仕事はしたし、仲もいいからさ。だから、バンドって存在してるだけでチャンスがあるんだよ。私みたいに裏方の人間とは絶対に一線が引かれる、バンドは、バンド同士で仲良くなれるものであって、出演者って立場だけで私達よりかなり優遇されるんだ。そのバンドにしか降ってこないチャンスはさ、やっぱ掴んでほしいと思うよ」


「あきらさんは、バンドもうしないんすか?」


 そう、振り返ったヨダが唐突に口を開く。


「あきらさん、そんなに音楽好きなのに、楽器はもうやらないんですか?」


 ヨダの、真っ直ぐした目に浮かぶ感情は、素直な疑問の気持ちだった。

 悪そうに見えるからと普段しているサングラスを外すと、ヨダの目はとても綺麗で多くの人に「可愛い」と言われてしまう。その目からは嫌味や「じゃあお前やってみろよ」という感情は一切出ていない。ただ彼は純粋に聞きたかったんだろう。


「いやー私はほら、諦めちゃった人間だから。もう遅いよ」

「そんな事ないっす。それはいつも俺らあきらさんに教わってる事っす」

「ヨダ……」


 その真っ直ぐな目が、今日は逆に居心地が悪い。


「んじゃータンバリンとかリコーダーくらいしかできないけどいい? あとシンセくらいかな? ってかポジションないじゃん?」


 そう話題を避けるようにふざけて笑うと、ヨダは少し首を傾げながらも「タンバリン、やりましょうよ。俺らステージ開けとくっす」と笑った。

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