第2話
マネージャーと言っても、ひと口にこれと決まっている仕事があるわけではない。
なんせアーティストは千差万別、役者にアイドルに歌手、バンド、今や顔を出さないアーティストや動画サイト発信のアーティストだっている時代。
売り出し方や場所も異なるため、現場やジャンルごとに必要となるスキルは変わってくる。
その担当アーティストのスケジューリング、マーケティング、ショーのセッティング、そして物販の手配に提案、販売も請け負う。ここに連日のメンバーや機材の運搬移動も自身で運転して担当しているマネージャーもいるのだから、その忙しさは言い表せないほど。
今の私は、来日したアーティストの国内ツアースケジューリングやカスタマー対応の業務もこなしつつ、毎週末には自身の担当している国内若手バンドのマネージャーとして毎週どこかの会場に顔を出している。
売れる——という道筋が遠く、そこまでの道のりが見えていない彼らに、どうしたらいいのかアドバイスをする。アルバイトや会社員をしながらバンドをしている子も少なくはない中で、成長するにつれて「このままでいいか」「私生活とどう折り合いをつけるか」は大きな壁となって彼らの前に立ちはだかることが多い。
「今週の出演料、あと今日の物販の売上から粗利分がこっちね」
薄い封筒に入った現金をリーダーのアイに渡す。音楽センスは抜群にある子だが、才能一辺倒すぎて言葉があまり上手ではない子だ。
この子達の持つ才能は、必ず今の音楽シーンに一石を投じられる、そう私の直感がサイレンを鳴らした。地元が同じだった彼らからすれば、私は「地元から海外シーンに行った凄い人」だったらしい。一緒に頑張ろうと声をかけて数ヶ月、少しずつ今後どうしたいのかがメンバーの中では見えてきたようだ。
「交通費差し引くと完全ゼロになるね、物販売上で交通費賄えるようになるのがまず目標か」
「そうっすね」
「アイくん、そしたらアベレージ何人毎回自分らで集客して、どれくらい物販売れたらまずは経費と売り上げがトントンになると思う?」
「え……っと」
「今日の全体売り上げはこれね、そして原価差し引くとこの金額。ってことは最低この四倍は物販が売れないと厳しいところでしょ」
なんとなく活動している皆に「見える化」を促すために作成したエクセル表に、今日の売れた数を打ち込んでどれくらい物販が売れているか把握させる。
レコーディングしたい、新作のグッズを作りたい、それに直結するバンド費をこれまでなぁなぁにしていた彼ら。アイくんが一番手差しをしていたとはいえ、不透明なままお金を共有していたらどこかしらで綻びがでてしまう。グループであれば、あるほどだ。
「いいかい、アイくん。キミが一番努力して、このバンドのために頑張っている事は誰よりもわかる。でも自分が一番苦労して、自分がいざって時にお金負担して頑張ればいいって考えは、他の子も同じ意識で頑張ってくれる指標にはならないよ」
「……」
「だからなんでも相談しな。相談するのも下手って言うんなら、こうやって何回でも詰めるから」
「あきらさんには敵わんっすねー。俺より断然仕事量多いじゃないっすか」
「アホぬかせ、私は好きでやってるし曲は書けんからね。役割分担よ」
自分が一番努力するという孤高の存在がヒーローになれたのは、もう昔の話だ。特筆した輝きのある人材があらゆるコンテンツを使って誰よりも高みへ疾っていってしまう今の時代、共有するチーム力と計画性がその他大勢の埋もれがちな非凡や小さな天才をオーバーグラウンドへ押し上げる鍵になる。
根性論では立ち上がれない子達も多い、映像コンテンツやネットの発達により、成功例を間近で見るような体験で覗けてしまうから。
そう、時代は非凡にすらもう優しくないのだ。
神がかったほどの天才と、圧倒的な後ろ盾がないとこの界隈では生き残れない。
それをバンドへ理解しろと告げるのは残酷で。
非日常に憧れがちなフラストレーションの溜まった若い子たちの自己表現の一種でもある音楽。その音楽にさえ、成功するのには大人の力が必須であるという現実は、あらゆるアーティストの心を蝕みがちだ。
その"大人"が入るタイミングで盾となれる存在であればいい、私はそんな気持ちで今彼らと一緒にいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます