プラチナとコンパクトディスクたち
すきま讚魚
第1話
「あきらさん! やべぇっす、アイツらやりましたよ!!」
「凄いですね彼ら!」
そんな通知が、絶賛自宅介護中の私のスマホの画面を埋め尽くした。
通知音がうるさい。どれもこれもが連絡アプリツールの通知アイコン。言葉遣いに多少の差はあれど、内容はひとつだった。
それは『Hourglassがプラチナディスクを獲った』というもの。
Hourglassはアメリカのシアトル発のロックバンド。ギタリストが昔からの友人という縁だけで、リリースはまだデビューアルバムたったの一枚という、知名度も実績もまったくない彼らを日本単独公演に引き抜いた事がある。
メンバーのそこそこ整った容姿と、若干20歳にして才能を開花させたヴォーカルの音楽センスとその声は、当初は大御所ロックバンドの丸パクリではないかと一部からバッシングを受けつつも、またたく間に認められロックスターの道を駆け上がっていった。
彼らをいち早く見つけた人間として、なんだかんだ私は今でも多方面からお仕事をいただいている。
おお〜彼らとうとうやりましたね、とかなんとか無難な返事を返し、私は寝たきりの祖母に呼ばれて脚の位置を変えに行った。
「よかったじゃん。音楽で飯食えてるって感じー」
そう独り呟きながら冷え切ったお粥を捨てた。今日も食べてはくれなかった。
アメリカのプラチナディスクってことは、200万枚CDが売れたかダウンロードされたって事だ。もはや偉業と言ってもいい。それだけでなく、ストリーミングサービスでの再生回数の収入でも十分メンバーは食べていけるだけの金額になるだろう。
華々しい世界に注目される友人達。業界が長く、その中でも異色と言われる経歴の中で闘ってきた私には、大手のマネージャーにはない強みがある。
自身でアポを取って海外のローカルショーへ行き、そこでスカウトをしてくる。そうやってこれまでに関わってきたアーティストの何組もが、やがてフェスティバルのトップを飾るような存在になっていた。
でも。一万回再生されようが、百万回だろうが。
今の私には一銭だって入ってこない。それが大手契約へと送り出して、そこに人生を賭けて突き進んだ彼らと私の居場所の違い。それに対して悔しいとかそんな事は思わないけれど、「すごいですね」と何度言われようともそれは巣立っていった彼らの実績であって、ちっとも私自身の凄さなんかじゃないのだ。
食器を洗う間、ワイヤレスイヤフォンでプラチナを獲った今回のシングルを改めて聴く。あのヴォーカルは今年で28歳になったはず。
ネットストーカーや会場での過剰な付き纏いに嫌気がさした彼は、全てのSNSのアカウントを削除してしまった。まだデビューしたての頃、Tシャツを着替える時間すら惜しんではライブ終わりの彼らにタオルを渡しながら「今フロアに行ってお客さんに挨拶! サインにも応えて。売り込むチャンスだよ、1人でもファンを作っていこう!」と鼓舞していたものだ。
あの頃から、様子は随分と変わってしまった。休暇でアメリカツアーに顔を出しても、簡単にフロアや機材車横で会えていた彼らは今や厳重なセキュリティーの向こうにいる。Vo.はメンタルのケアが必須とネットニュースで騒がれる事もしばしばで、マーチャンダイズ(バンドのグッズ)は販売して3分と待たずに完売してしまう事でも有名だ。
あれが果たして真の意味で喜ばしい成功かどうかは、きっと本人達にしかわからない。
けれどプライベートを投げうって、多忙なツアー生活を送って、それだけの収入で今彼らは家を買い飯が食えている。
対して、マネージャーとは聞こえがいいものの。大手事務所のお抱えではなくフリーランス業務の私は、若手の面倒を見ている今はアルバイトをしないと食べていけないのが現実だ。
その代わり、アーティストとは常に四面楚歌の状況だ。
特に昨今のネット社会の中、たった一つのファンの発言で根底が覆される事もある。プライベートの買い物姿すら、誰に見られて撮られているか、どう評価されるのかわからない。
逆にその時代の強みを活かして、今や動画コンテンツを上手く取り入れてバズったアーティストほど道が拓かれるというのも事実だ。良くも悪くも、印象と情報戦の時代になった。昔のように毎週毎週ライブをして、フロアでファンサービスをしてビラを配る子達は減ったように思う。
いつもニコニコしてスタッフにも気を遣ってくれるアーティストもいる。そんな彼らは、果たしてどこで本心を曝け出して、安らげているんだろうか。
「あきらさんは、もう楽器やらないんですか?」
ふと、自分が今担当している若手アーティストのヴォーカルに投げかけられた疑問が頭の中で反芻する。
あきら、と呼ぶ祖母の声。現実に一気に意識が引き戻される。
そうだ、夢を見るのはもうやめたのだ。裏方に徹すると、何があっても笑顔で頭を下げ続けると決めたじゃないか。
「はいはーい、どうしたの?」
ところてんなら食べられるかもしれない、そう言われて祖母の身体を起こし、冷蔵庫にところてんを取りに行く。
いつまで続くんだろうな……。
悔しいわけじゃない。羨ましいわけじゃない。
そう言い聞かせている自分がいる事には薄々気づいている。
華々しいプラチナディスクの事なんて、海の向こうの距離と同様に、私にとってはもうどこか遠い世界の話の事のように思えた。
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