第12話 運が味方する




 数週間後。


 シェナが率いるF級ギルド【蒼き炎】はレナート帝国の辺境にある森に向かっていた。

 オークの上位種、ハイオークの討伐クエストをレイドするためだ。


 大きな馬車が一台と、その馬車を数人の【蒼き炎】に所属する冒険者たちが守るように歩みを進めている。



「んぅー!! 移動に五日もかかっちゃったね!!」


「こら、シェナ。ギルドマスターが急に叫んだり変なことしないの」


「だってさぁ、ノエル。この街道、さっきから誰ともすれ違わないんだもん。それにこの馬車、腰が痛くてぇ」


「元々は商人が使う荷運び用の馬車だから仕方ないでしょ。私たちみたいな木っ端ギルドは贅沢言ってられないの」



 帝都で育ったシェナの幼馴染みでもあり、親友でもあるサブマスター、ノエルが幼い子を叱るように言った。


 その様子を見ながら同じく【蒼き炎】の面子はからからも笑う。



「しかし、移動に時間を使ってしまったのはともかく、準備が大変だったな」


「どこの誰か知らないけど、私たち低ランク冒険者の味方である下級ポーションを買い占めるとかいい度胸だわ」


「街道に賊が出たとかで供給が少ないし、お陰で値上がりした下級ポーションを買う羽目になっちまった」



 そう。


 シェナたち【蒼き炎】が帝都を出発したのは、本来の予定よりも数日遅れてからだった。


 ハイオークと戦うのが初めてなシェナたちにとって準備はいくらしても足りない。

 しかし、帝都で何者かが下級ポーションを軒並み買ってしまったのだ。


 その結果、シェナたち【蒼き炎】は本来の予定よりも三日ほど遅れての出発となった。


 実は目的地であるレナート帝国の辺境にある森まで五日で移動するというのは中々の無茶で、馬車が必要以上に揺れたのもそのためである。



「というか今さらだけどさ、俺たちだけでハイオーク討伐できるかな? やっぱり高ランク冒険者、ククルカさんとかに手伝ってもらった方が良かったんじゃ……」


「ちょっと男子!! 何を弱気なこと言ってるの!! そんなんじゃ万年F級止まりよ!!」


「そ、そうは言ってもよぉ」



 弱気な男子たちを叱咤するノエル。


 怯える仲間を激励するのは、本来ギルドマスターであるシェナの仕事だ。


 しかし、幼い頃から冒険者になることが夢だったシェナは怖がりたちを勇気づける言葉をは持ち合わせていない。


 だからこそ、凛々しく振る舞っていても本当は怖がりなノエルが精一杯の虚勢で激励するのだ。



「じゃあ今日は森の入り口に拠点を作って明日から森に入ってハイオークを探すよ!! 皆、頑張ろうね!!」


「「「「「「「「おおー!!」」」」」」」」



 シェナの掛け声に対し、【蒼き炎】のメンバーたちが返事をする。


 ビビりも少しいるが、気合いは十分だった。


 しかし、そこでシェナは言葉で言い表せない奇妙な感覚に陥ってしまう。



「シェナ? どうしたの?」


「えっと、ごめん。ノエル、なんか変な感じがする。ぞわぞわする。何かが――来る!!」



 シェナがそう呟いた、次の瞬間。



「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!」


「な、ハイオーク!?」



 全長2メートル以上の二足歩行する生物が森の奥から凄まじい勢いで飛び出してきたのだ。


 あまりにも突然すぎて、誰も反応できない。


 その証拠にメンバーの一人がハイオークの豪腕をまともに横腹へ食らったしまった。



「――ッ」



 悲鳴を上げることすら叶わず、そのメンバーは木に激突し、ビクンと跳ねたあと動かなくなってしまった。


 誰が見ても絶命したと分かる。



「っ、前衛!! 盾を構えて!!」



 最初にハッとして指示を出したのは、ギルドマスターのシェナだった。


 シェナの指示に従い、前衛を担うメンバーが前に飛び出す。

 身体をすっぽりと覆うような盾でハイオークの豪腕を受け止め、しっかり弾いた。


 シェナは続いて指示を飛ばす。



「前衛はハイオークを抑えて!! 魔法使いは魔法詠唱開始!! 槍は盾の後ろからハイオークを牽制!! 弓は可能なら目を狙って!!」


「「「「了解!!」」」」



 前衛が必死にハイオークを抑えて、後衛に近づこうとするのを防ぐ。


 そうこうすること十数秒。


 シェナを含めた後衛の魔法使いたちが魔法の詠唱を完了した。


 シェナたちはハイオークに向かって魔法を躊躇なく放ち、辺りに土埃が舞って視界が一時的に悪くなる。



「まだ油断しちゃダメ!! 二射目の詠唱に入って!!」


「……必要ないわ、シェナ。もう死んでる」


「え?」



 ノエルの言葉にシェナは目を瞬かせて、動かなくなったハイオークに近づく。

 ハイオークはノエルの言う通り、たしかに絶命していた。



「お、俺たち、勝ったのか!?」


「まじかよ。ハイオークって危険な魔物って聞いてたんだけど……」


「もしかして俺たち、強くなったんじゃね!?」


「言ってる場合かよ!! 仲間が一人死んだんだぞ!!」


「……取り敢えず、あいつを埋葬してやろう」



 予期せぬ魔物の襲撃、予期せぬ仲間の死、予期せぬ討伐……。


 シェナの嫌な予感はまだ続いていた。


 その予感の正体を探ろうと、シェナはハイオークの亡骸を確かめる。



「これって……」



 身体には無数の傷痕があった。


 シェナたち【蒼き炎】がさっきの戦闘で与えた傷ではない。



「っ、魔法攻撃の痕じゃない!? ノエル、気を付けて!! もしかしたら誰かが――」



 ハイオークをけしかけてきたかも知れない。


 シェナは何者かの悪意に気付いたが、それは今少し遅かった。


 ヒュン!!



「え? あっ――」


「ノエル!!」



 まるで風を切り裂くような音と共にノエルの脳天に一本の矢が刺さった。


 誰が見ても分かる、ノエルの絶命。


 サブマスターとしてギルドを支えていたノエルの突然の死に、誰もが言葉を失って硬直してしまった。


 唯一動くことができたのは、シェナのみだった。



「っ、プロテクション!!」



 必要な詠唱を破棄したことで耐久値は下がってしまったが、攻撃から身を守る防御魔法を展開するシェナ。


 同時に無数の矢が飛来した。


 シェナが防御魔法を展開しなかったら、半分以上が全滅していただろう。

 しかし、所詮は結果を少し先延ばしにしたにすぎない。



「ぐへへへ、お頭ぁ!! あの依頼主の情報通りですぜ!!」


「ほほう、見た目のいい女が何人かいるな。適当に痛めつけて闇商人ギルドの奴隷商に売りつけてやるか」



 森の奥から数十人の男たちがニヤニヤと笑いながら出てきた。


 シェナたちは察する。


 彼らは山賊であり、ハイオークをけしかけてきた犯人だと。


 仲間が二人も死んだのは、こいつらのせいだと。



「殺す!!」



 シェナは親友を殺された憎悪を滾らせながら、魔法の詠唱を開始した。


 しかし、その隙を敵は見逃さない。



「おらぁ!!」


「っ、くぅ」


「ぐへへ、魔法使いに詠唱する時間なんざやるかよぉ!!」



 シェナは詠唱を中断し、迫ってきた山賊が振るう剣を杖で受け止めた。

 そのタイミングでようやく硬直してきた【蒼き炎】の面々がハッとして動き始める。



「前衛!! 円陣組んで盾構えろ!! 魔法使いは詠唱だ!!」


「ほう、動きがいいじゃねーか。でもなあ」



 山賊たちの頭目と思わしき大男が前に出てきた。


 そして、反撃を試みる【蒼き炎】のメンバーたちを嘲笑うように言う。


 それはシェナたちにとっての死の宣告だった。



「――オレたちゃあ、とっくに魔法攻撃の準備を整えてんだよ」



 しかし、そこで諦めるならシェナは冒険者になどなっていない。

 脳がオーバーヒートして鼻から血が出るほど、正確に素早く防御魔法を三重で展開するシェナ。


 その直後に弧を描くような軌道で飛来する無数の魔法攻撃。


 三重の防御魔法は一瞬で破られてしまうが、その僅かな時間が他のメンバーの防御魔法の展開を間に合わせた。


 攻撃を防ぎきって息も絶え絶えになる【蒼き炎】のメンバーたち。



「おうおう、今のを防ぎきるか。悪いなあ、オレたちゃ慎重でよぉ。今のをもう何発か撃てるようにしてんだわ」



 朦朧とする意識の中、シェナが見たのは下卑た笑みを浮かべる山賊たちだった。


 明確な死。



(……死にたくないなあ……)



 シェナが死に際に思ったのは、親友の死を悼む感情でも、仲間たちへの想いではなかった。


 純粋な死への拒否。


 ただ生物として当たり前のことを願った彼女に、運は味方したのかも知れない。



「やあ、ギリギリ間に合って――ないか。何人か死んでるじゃん」



 それはシェナが尊敬するククルカが絶対に関わるなと言っていた人物。


 ティオであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「運……?」


テ「ノーコメント」



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