第4話 一方その頃、S級ギルドでは……
ギルドマスターの仕事は多岐にわたる。
それはギルドに所属する冒険者やパーティーの資金的な支援から始まり、クエストの割り振りや移動手段の提供等々。
しかし、その中でも一際大事なものがある。
冒険者組合からクエストを他ギルドに取られないよう斡旋してもらうことだ。
現在の帝都には100以上のギルドが存在する。
三大トップギルドの一つ、【闇夜の星】は帝都に存在するギルドの中でも100以上のパーティー、300人以上が在籍している超大手ギルドだ。
そのため確保せねばならないクエストの数は馬鹿みたいに多く、必要な手続きも多い。
「まさか十日で千件近くの書類を捌く必要があるとは……」
カレン・スカーレットは【闇夜の星】のギルドマスターに就任した。
前任のセクハラパワハラギルドマスターを辞職に追いやった英雄であり、根が真面目で信頼できる人物だったため、満場一致の推薦だった。
しかし、ギルドマスターになってから分かる仕事量の多さに三日で限界を迎えてしまったのだ。
見かねたカレンの所属パーティー『紅玉の剣』のメンバーが手伝いを申し出て、どうにか回り始めたところである。
「よし、ようやく終わ――」
「あ、追加の書類でーす」
「……う、うむ、ありがとう」
山のような書類を捌き終わっても、次々と届く書類の山。
しかし、投げ出すわけにはいかない。
「……ティオ・カスティンはどうやってこの量を処理していたんだ……」
「前にちらっと見た時はもっと書類が少なかったと思うんですけどね……」
「む、そうなのか?」
カレンはパーティーメンバーの言い分に思わず首を傾げる。
書類を捌きながら、考えを巡らせるカレン。
(……自分が直接確認する必要がある書類と、そうでないものを分けていたのか? だとしたらその基準は……)
カレンは試しに山のような書類の中から見る価値のあるものとないものを確認する。
しかし、それは気が遠くなるような作業だ。
「まさか最初から書類を大して確認していなかったとか……いや、それはないか」
ふと口に出して、すぐに否定する。
ティオ・カスティンはセクハラやパワハラばかりのロクデナシだが、ギルド運営のセンスはピカイチだった。
そう適当な真似をするとは思えない。
「む。部屋の外が騒がしいな」
何やらトラブルの予感がして、カレンは書類を仲間たちに任せ、ギルドマスター室を出た。
帝都最大の規模を誇る【闇夜の星】のギルドホームのラウンジは広く、昼時でもそれなりに冒険者が集まっている。
「おい、何を騒いでいる?」
「あ、カレン!! ちょうどいいところに来たのです!! こいつらがクエストを横取りしやがったのです!!」
「ふん。お前ら獣人ごときじゃ失敗するだろうから代わりに引き受けてやったんだ」
どうやら二つのパーティーが揉めていたらしい。
一人は実力に乏しいながら、真面目で確実にクエストをこなす『
そして、もう一人の男。
実力はあるが、前任のギルドマスターが評価の低いクエストを割り振っていたせいでくすぶっていたパーティー『
「ま、待て待て。事情を詳しく話してくれ」
事のあらましを聞く限りでは、『明星』に問題のある話だった。
まず、三日かかるであろうクエストを『明星』はわずか半日で終わらせてしまった。
時間が余ったため、ちょうど近場で仕事をしていた『月狐』のクエストを横取りする形で終わらせたのだ。
「お前ら獣人は魔法もロクに使えない劣等種だからな。オレたちが親切に魔物を退治してやったんだろうが」
「うちは罠を張って時間をかけて魔物を倒しているのです!! 怪我人を出さないために慎重にクエストをしているのです!!」
「はっ、んなチンタラやってるから獲物を取られるんだよ」
「っ、黙れなのです!!」
激昂したナギがドルンに襲いかかった。
咄嗟にカレンがナギの振り下ろした爪を止め、喧嘩を仲裁する。
ナギは暴れて拘束を解こうとするが、カレンとて生半可な鍛え方をしていない。
「お、落ち着け、ナギ!! 暴力はやめろ!!」
「ガルルル!! お前もなのです!? お前もナギたちを魔法を使えない劣等種だと馬鹿にしているのです!?」
ナギは牙を剥き出しにしてカレンを威嚇する。
カレンにとって、ナギは人懐っこくて可愛らしい妹のような存在だった。
癒しと言ってもいいだろう。
そのナギが敵意を隠そうともせず、カレンを睨みつけてきたのだ。
思わず狼狽するカレン。
「っ、ち、違う、ナギ。私はただ暴力はよくないと――」
「ティオなら『暴力で黙らせろ』って言うのです!! 怒られもしなかった!! むしろ『馬鹿にしてきた奴らは殺してもいい』って言ったのです!!」
「っ」
カレンが聞きたくない名前が出てきた。
ナギが率いる獣人のみで構成された『月狐』は【闇夜の星】に加入した当初、他パーティーとのトラブルが多かった。
しかし、それは数ヵ月としないうちに落ち着いて生来の人懐っこさで周囲と溶け込んだ。
カレンは知らなかった。
それはナギに関わるパーティーが獣人に対して偏見や差別のない者たちだったからということを。
「ナ、ナギ、私は――」
「もういいのです。こんなギルド、やめてやるのです」
「はっ!! おいおい、逃げる気か? その汚い尻尾を巻いてくのを忘れるなよ」
「っ」
「ドルン!! お前もナギを挑発するな!! ナギ、一度落ち着いて話を――」
「うるさいのです!! もう話しかけるななのです!! ……やっぱり人族なんてクソなのです」
そう言ってナギは『月狐』のメンバー共々ギルドホームを出て行った。
ナギの去り際の言葉にカレンは胸をキュッと締め付けられたような錯覚に陥ってしまう。
ドルンがそれを見て鼻で笑った。
「ふん。ちょうどいい、他の獣モドキどもも【闇夜の星】をやめたらどうだ? ラウンジの獣臭さがマシになるからな」
その発言に眉を寄せるのは獣人や獣人が所属するパーティーの者たちだった。
空気があまりにも悪い。
カレンはすぐにでもナギを追いかけたかったが、このまま放置しては更に問題が起こるのは目に見えていた。
ひとまず問題を起こした『明星』には謹慎処分を言い渡し、その場を諌めるカレン。
ようやく落ち着いたところでカレンは溜め息を零してしまった。
「まさかドルンが獣人差別主義者だったとは……」
ドルンは優秀で実力のある冒険者だった。
しかし、実力相応のクエストを割り振ってから傲慢さが目立ち始めていた。
実績を得て増長してしまい、今回のようなトラブルに至ったのだろう。
(まさか、ティオ・カスティンは問題のある者に発言力を与えないようにしていた? しかも相性の悪いパーティーを極力関わらせないようにしていたのか?)
カレンは違和感を覚える。
セクハラパワハラばかりのギルドマスターがいなくなってから、何かが狂い始めている。
否、きっととうに狂ってしまっていたのだろう。
その日から100以上ものパーティーがトラブルを起こし、ギルド内でのいざこざが増えてクエストどころではなくなってしまった。
更にはノルマ達成率が優秀だったパーティーが早々に【闇夜の星】を抜ける事態にまで発展。
その中にはカレンのような幹部が率いるパーティーもいくつかあった。
たった一ヶ月。
それだけの短い時間で【闇夜の星】はその規模を半分以下にまで縮小し、著しい質の低下を起こしていた。
これはカレンが無能だからではない。
むしろ彼女は生じる問題に真摯に対応し、解決する能力を持っている。
リーダーの素質は十分だった。
しかし、冒険者とは元々自由でわがままで御すのが難しい連中がなるもの。
そういう奴らが集まったパーティーを100以上もの数を統率していた男がおかしいのだ。
(私は、判断を間違えた。ティオ・カスティン以外に【闇夜の星】を治められる人物はいなかった)
自らの過ちを認めるカレン。
そして、すっかり参ってしまったカレンは、ある決意をするのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「土・下・座!! 土・下・座!!」
テ「さあ、皆さんご一緒に!!」
「狐っ娘は最高」「取り敢えずドルンは殴ろう」「土・下・座!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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