第30話 愛のままにワガママにボクはキミだけを……的な良い感じの空気をぶちこわすコトに定評がありそうな謎の少女


「こうやって、日が落ちた頃にこの公園を通るのも二度目ね」

「そうだね。今日もこの公園は夜空が綺麗に見えるよ」


 この間、足を止めた場所で、二人は再び足を止めて空を見上げる。


 まだ完全に夜の帳は落ちきってはいない。

 けれども、一番星がとっくに瞬き、星々が続々と自己主張を始めている。


 先日と違って、今日は雲がまばらにでているけれど、それがかえって星空の美しさを引き立てているように見えた。


 一緒に空を見上げている途中で、リヒトは横へと視線を向ける。

 その横顔を見ていると――


「この間も思ったけど、月が綺麗ですねって訳が生まれた理由、分かる気がするなぁ……」

「リ、リヒトくん?」

「え?」

「そのぉ……いやうん。言いたいことは分かるんだけど、さすがにちょっと、恥ずかしいと、いうか……」


 どうやら今日は胸の裡をうっかり零してしまったらしい。


「あー……えーと。ご、ごめん! 紅久衣ちゃんの横顔が綺麗でカッコよかったから、つい……」

「きょ、今日のリヒトくんは……私を褒め殺しにする気ねッ!」

「あー! 待って待って! なんか紅久衣ちゃんが可愛いからついそういうコトを思っちゃうというかー!」

「~~~~~~~~~~!」


 言い訳というか誤魔化そうとしているというか。


 ともあれ、リヒトは自分で口走っておいて恥ずかしいので色々と言い訳とか重ねようとしているのだが、重なっていくのは紅久衣を褒める言葉ばかり。


(あ、あれ~~!? なんか言おうとすると、ついつい紅久衣ちゃん可愛い美人! みたいに思ってる言葉が漏れちゃう感じする~~!?)


 さすがにこれだけ言われると恥ずかしいのか、積み上がったスタックを一つ一つ脳が処理していくたびに、紅久衣の顔はどんどんと朱を濃くしていく。


「わ、私ばっかり赤くされるのも納得いかないわッ!」


 そして、積み上がったスタックの全てを脳が完全に処理しきる前に、紅久衣は脳内のテーブルをひっくり返してリヒトに向き直った。

 キッと目をつり上げ、犬歯を剝きだし威嚇するような調子で紅久衣が告げる。


「リヒトくんってば良い人すぎる!」

「え?」

「空から落ちてきた怪しい女にホイホイ引っかかって!」

「いやあの、それは……」

「そんな怪しい女の家が火事になったからって親身になってくれて! 嬉しかった! ありがとう!」

「えっと、うん。どういたしまして」

「でも私以外の女だったらいろいろ盗られてとんずらされてたかもしれないから気をつけてね!」

「それはまぁ、うん。そうかもしれない」

「それはそれとして助けて貰って与えてもらってばっかりで何も返せてなくてわりと心苦しいんだけどリヒトくんは欲しいものないの!?」

「急に言われても困るかな」

「……って、ちょっと待って。タンマ。ストップ。ウェイト。なんか言う気の無かったコトを口から滑らかせたかもしれない……」


 蛇が威嚇するかのごとくシャーっとまくし立てていた紅久衣が、制すように掌をリヒトに向け、もう片方の手を眉間に当てた。


「あれ? 紅久衣ちゃんも? なんか、ちょっとボクも上手く言葉を押さえられなくて……あ、別に嘘を言ったワケじゃなくて、むしろ本心というか……」

「嘘じゃ無いっていうのは、それはまぁ私もなんだけど……」


 そのまま、何ともなしに気まずくなって、お互いに顔を赤くしたまま俯いた。


「よ、余計なコト言っちゃって、気を悪くさせちゃったら、ごめんね?」

「ううん。大丈夫、嬉しかったし。ボクの方こそ、なんか気を悪くさせちゃったらゴメンね?」

「むしろ、嬉しかったから、大丈夫」

「そっか」

「…………」

「…………」


 気まずい。

 地の文的にも気まずいんだけど、なんだこれ!?

 二人ともお互いに顔背けあって赤くなってるのは可愛いんだけど、どうするのこれ?


「それにしてもお互いうっかり口を滑らせるなんて偶然にしては……もしかして、何かの攻撃?」

「え? リヒトくん、攻撃って……?」

「あー……えーっと、ほら、なんていうか、黙ってて申し訳なかったんだけど、ボクやたらと人から狙われやすいというか……」


 しまった――と口を押さえたところで後の祭り。

 うっかり口を滑らせてしまった以上は、降参するように手を上げて素直に答える。


「変な超能力を使ってくるような人が多いから、なんかそういうヤツがまた来てるのかなって……」

「なるほど……確かにそうね。私も良く狙われるし」

「うん。知ってる」

「……知ってるの?」

「え、あ! しまった。いやえっと……」


 半眼を向けてくる紅久衣に、どうしたものかとリヒトは悩む。

 頭では誤魔化しや嘘を考えているのに、それが形になる前に、口が勝手に余計な情報をすべらかせていく。


「紅久衣ちゃんを捜索している部隊の隊長トウヤさんと偶然知り合って、そのまま停戦協定を結んだというのもあって……えーっと……あれ、いや待った。ウェイト。ストップ。タンマ。これは口にする気まったくなかったんだけど……」

「ほう?」

「うあー! 紅久衣ちゃんの顔が見たコトないくらいのお怒りフェイスになっていらっしゃるー!」

「そんなに怒って見える? がんばって笑顔を浮かべてるつもりなんだけど?」

「青筋浮かべたアングリースマイルこわいいー!」

「リヒトくん? 隠し事はお互い様だけど、必要な隠し事はともかく、余計な隠し事はナシにしたいわ。なんたって一緒に住むワケだし?」

「えーっと、はい。申し訳ありません……」

「……っと反省はして欲しいけど、こうやってお互いの滑らせた言葉にイチイチ怒ったり反応してたりしたら、相手の思うツボかも」

「確かに」


 お互いに息を吐き合って気を取り直し――


「まぁ停戦協定うんぬんはあとでちゃんと聞かせてもらうけど♪」

「……はい」


 ――気を取り直し、周囲を見回す。


 とはいえ、何らかの能力の影響下にあるのは間違いない。

 だから、周囲を警戒しながらも、リヒトは口から言葉が滑り出す。


「いやでも向こうの隊長さん――トウヤさんの話を聞いてたら、紅久衣ちゃんも自由でいたいんだろうな……って思って、それなら、そういうのを邪魔する人は、こっそりボクがどうにかしとけばいいかなって思ってたから……」

「気持ちは嬉しいわ。でも、私のせいなのに、私の知らないところでリヒトくんがケガとかしてたらイヤだよ? リヒトくんが逆の立場だったらどう?」

「……そうだね。うん。イヤだ。ごめんね。勝手に先走って」

「謝らなくていいかな……」


 そう言ってから、紅久衣も我慢できないとばかりに口を開く。


「もう勢いで私も口を滑らせるけど、実は似たようなコト考えてたのは間違いないし」

「そうなの?」

「うん……リヒトくんが何らかの能力者で、変なのに狙われてるっていうのは、実は知ってた」

「そっか。もしかして巻き込まれちゃったりとか?」

「リヒトくんを狙ってる人がいたのを見つけたから、やっつけて知り合いに預けちゃった」

「それでいくならボクも紅久衣ちゃんを狙ってた人をやっつけて知り合いに預けちゃったコトあるし」

「じゃあ結局お互い様か」

「うん。そうかもしれない」


 そう言って笑い合うと、さっきまでの変な空気が薄れていく。


「紅久衣ちゃんはボクを優しいって言うけど、紅久衣ちゃんだって充分優しいと思うよ」

「そうかな? 自分ではよく分からないかな」

「それはボクだってそうだよ」


 言いながらお互いの目を見合って、どちらともなく笑うと恥ずかしくなって視線を逸らす。


 そうこうしているうちに、見た目としては恵琉よりも歳が下だと思われる少女が近寄ってくる。


「どうだどうだ? 気まずかろう? そうして仲違いしてチームとして破局していくがよいー! 別れ話するなら成田空港がオススメなのであるッ!」


 彼女の背中には、ちょっとバグった感じのデジタル画面を思わせる翼が生えていた。


「その翼――SAIサイ能力者! こいつが原因か!」

「その通りッ! ワガハイはコードーネーム・マインドリップ! 能力名もマインドリップ! 自称仲違いの悪魔にして、人呼んでにぎやかしの暴露屋であるッ!」


 恐らくは本人が考え得る限りで、カッコいいと思うポーズなのだろう。

 名乗りながらポーズを取り、キメ顔を浮かべ、こちらを見る。


「人呼んでの部分必要だった?」

「にぎやかしの暴露屋って……組織の中での立場大丈夫?」

「むろん問題などアリエナイ! なにせ天才なので! 頭脳は硝子ッ、メンタルクソガキにして有能と太鼓判を押され四方八方からの高評価高評判具合なのであるッ! 今だって上司の指示を仰がず、言われる前に動く指示待ち人間では絶対に持ち得ないこの八方美人っぷりッ、惚れてしまってもええんやで? なのであるッ!」

「うーん、問題のナイ部分探す方が大変そうな子ね……」


 紅久衣が頭を抱えている横で、リヒトは彼女――マインドリップを見ていると、どうしても確認したいこと湧いてきてしまっていた。

 マインドリップの能力の影響なのか、リヒトはその言葉を抑えきれず、口から漏らす。


「マインドリップちゃん……それ組織の制服なの?」


 スポーツブラを思わせる形状で、けれど本来のスポブラと比べると肌を覆う面積の少ない、さらしのような上着。ローライズのホットパンツに、サスペンダーを思わせる細いゴム。そこにエナメルっぽいブーツを履いているような姿をしているのがマインドリップだ。


 場所が場所なら彼女の年齢が確認され、合法ロリであると証明できなければ、しょっぴかれてしまいそうな姿である。

 合法だった場合は、ムチを持ってても不思議ではないロリ体型サディスト嬢というやばい女ということになるが。


「リヒトくん。あんなシャドルーの制服より恥ずかしそうな格好が組織の制服なワケないでしょう?」

「よかった。過去に紅久衣ちゃんもあんな格好してたらどうしようかなって思っちゃった」

「さすが組織にいた頃の私でもあの格好は拒否してたと思うわ。ナイナイ」

「だよね。さすがにないかー」

「リヒトくん、なんで残念そうなのかなー?」

「えーっとそれはその、あ、やば。口動く……」

「だ~め。いいなさい?」


 リヒトは慌てて自分の口に手を当てようとするが、それを紅久衣はさっと押さえて、いじわるなお姉さんスマイルを浮かべた。

 その顔にドギマギしてしまった時点でリヒトの負けである。


 隠しておきたかった言葉が口から滑るのが止められない。


「……見たいか見たくないかで言えば、ああいう格好の紅久衣ちゃんを見たいです。ボクも一応健全な男の子なので」

「素直でよろしい。ちょっと考えておいてあげる。まぁ人目のないところでね……」


 どうやら紅久衣としても、着るのは少し恥ずかしいようである。


「うん。紅久衣ちゃんが無理しないコトを願いながら期待して待ってるね」

「……うわぁ、なんて純粋な笑顔……!」


 最終的にはリヒトの笑顔に紅久衣もやられてしまう。


「ちょっとちょっとちょっとッ! 良い雰囲気のところ申し訳ないのであるがなーッ! ワガハイお気にの私服を痴女みたいに言ってないかーッ!?」


 少しばかり口を尖らせてツッコミを入れてくるマインドリップに、紅久衣が容赦なく告げる。


「四捨五入すると全裸みたいな格好してるクセに自分は痴女じゃないとか思ってるワケ?」

「辛辣ッ!? ワガハイ的にはもうちょっとオブラートに包んだ言葉を要求するッ!」

「あんたの能力で言葉がすべらかになってるだけよ。自業自得じゃない」

「さすがワガハイの革新的超能力ッ! 自分にも大ダメージソースになりうるとはッ!?」


 マインドリップはわりと本気でショックを受けているようだ。

 だが、彼女のショックなど知ったことかという勢いで、紅久衣が訊ねる。

 

「それで、結局なんの用なの?」


 その問いで立ち直ったマインドリップは、両手を腰に当て胸を張って高笑いを始めた。


「あーっはっはっはっは! そうだったッ、あまりにも辛辣なるダメージにワガハイ、メンタルがメルトダウンで熱暴走寸前ッ! あやうく脳みそブリンバンバンするところであった!」

「言ってる意味は分からないけど意外と打たれ弱いのは分かったわ」

「紅久衣ちゃんシ~ッ! 黙っておかないと話進まなそうだよ」

「……確かに」


 そんなこんなで二人が気を利かせて黙っていると、調子を取り戻したマインドリップが無駄にふんぞり返る。


「だがッ! 今ココに想い出すはッ、想い出の片隅にひっそりたたずむ崇高なる使命ッ、その中身をガッツリ開帳ッ! 挨拶しようと上司を探すもやっぱり見つからないものだからッ、指示を待たず自主的に己の活躍を促す謙虚さでこっそり活躍中のワガハイがするべき指示の推測ッ! 出来るメスガキと評判のワガハイが、敢えてザコという言葉を封印してうっそり挑む大仕事ッ! すなわちッ、KM-991ッ、おまえの捕獲であるッ!」


 謎の大見得を最後まで聞き終えたリヒトと紅久衣は、お互いの顔を見合わせたあと、マインドリップへと視線を戻し、盛大に嘆息するのだった。



=====================



ストックに追いついてしまったので毎日更新はここまでです。

ここからはマイペースに更新したいと思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る