第29話 すでに一緒に寝泊まりしてるくせに手を繋ぐのにためらう系男子と話題がなくてからかおうと思ったらリアクションがマジでテンパる系女子


 すみません、お昼頃に更新しそびれてました


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「照輝、本当に私の分まで奢ってくれて良かったの?」

「誘ったのはあたしさね。二人の分を奢るくらいはさせとくれよ」

「ごちそうさまでした。テル姉!」


 紅久衣たち三人が、満足げにお店を後にして、ホテルを出る。

 すると、ホテルの前にある花壇の縁に腰を掛けているリヒトがいた。


「あれ? リヒトくん?」

「あ! 紅久衣ちゃん!」


 パタパタとリヒトの元へと駆け寄って行く紅久衣の背中を見ながら、恵琉が笑う。


「テル姉。あれがグイ姉のイイ人でっせ」

「見れば分かるって。いやぁいい顔して駆け寄っていくじゃないか」


 リヒトの顔を見るなり表情を華やかせたのだ。

 あれがカレシだと分からないワケがない。


「リヒトくんどうしたの?」

「いやぁ、恵琉ちゃんと駅前に出かけたって聞いたから……会えればいいなぁ……って」


 待ち伏せしていたのことが、どことなくバツが悪くて、リヒトは頬を掻く。


「まだ早い時間だけど、バイトは?」

「もともと五時間勤務の仕事だからね。でも店長ひどいんだよ。はやく紅久衣ちゃんに会いたいのに、定時になるまで帰っちゃダメって言うんだ」

「それどこにも酷い要素はないからね」


 クスクスと紅久衣は笑う。

 それだけ会いたいと思ってもらえるのは嬉しいことだ。


「あ、そうだ。私の知り合い。紹介するわね」

「うん」


 紅久衣に紹介されたリヒトと照輝が、顔を合わせて挨拶を交わす。


 お互いに名乗り合ったあとで、照輝がすぐに告げた。


「せっかくカレシが迎えに来てくれたんだ。一緒に帰りなよ。

 あたしは恵琉とデートしながら帰るからさ。なぁ?」

「ですね! 帰りもよろしくね、テル姉!」


 そんなワケでさっさと二人が去っていくのを見送りながら、リヒトは困ったように自分の首を撫でる。


「あー……なんか悪いコトしちゃった?」

「二人とも気を遣ってくれてるだけだと思うわ。たぶん」


 あからさまに二人きりにしてくれる状況を作ろうとしてくれたのだろう――と紅久衣は思うものの、人付き合いがそこまで多くない彼女はそれが正しいかちょっと自信がない。


 二人で少しの間、困り顔をしていたが、先に気持ちを切り替えたリヒトが訊ねる。


「えーっと、紅久衣ちゃんは寄っていくところとかある?」

「特にはないかなー」


 同じようにちょっと困った顔で紅久衣がそう答えた。


 それを聞いて、リヒトは告げる。


「そっか。ともあれ、ボクらも帰ろうか」

「うん。のんびり歩いて帰りたいかな」


 そうして紅久衣と一緒に帰路を歩き出したものの、リヒトはとても困っていた。


(あ、あれ……なんか話題が出てこないぞ……)


 空から落ちてきたのを受け止めてからこっち、ずっと紅久衣と一緒にいたはずなのに、こうやって一緒に帰っていると、上手く言葉が出てこないのだ。


(紅久衣ちゃんと一緒に帰りたくて待ってたのに、どうしよう)


 紅久衣も紅久衣で、何も言わずにゆっくりと並んで歩いている。

 彼女の横顔からだと、何を考えているのかは読み取れなかった。


(気の利いた言葉とか話題選びとか出来る気がしないな……?!)


 離れていたのは少しだけ。

 だというのに、どうしてこんなに言葉が出てこなくなってしまったのか。

 昨日までは普通に会話が出来ていたはずなのに。


 そんな風に焦りつつも、リヒトはもう一つ悩みを抱えていた。


(せ、せっかく恋人なんだし……手とか繋ぎたいなー……なんて……)


 ちょっとした欲望というか願望というか。

 そんなことを思いつつ、でも紅久衣の手を取れなくて、何となく彼女側にある手がグーパーを繰り返す。


(でも、いきなり手を握ったらビックリさせちゃうかな……)


 うーむ――と内心で悩んでいると、紅久衣がリヒトを見ていたずらっぽく笑った。


「リヒトくん。あなたのカノジョは別に手を繋ぐコトを許可制にはしてませんよー?」

「うぇ!?」


 内心を完全にバレていたリヒトは思わず変な声を上げる。

 その様子がおかしくてクスクス笑いながら、紅久衣は続けた。


「手、繋ぎたいんでしょ?」


 差し出された手と、紅久衣の顔とで視線を行き来させたあと、リヒトは小さくうなずいた。


「うん」


 恐る恐る自分の手を伸ばし、紅久衣の手を取った。


(うわー、やわらかいな……)


 握手した時のことを思い出しながら、改めてそう思う。


(しかし、こういう時はボクより紅久衣ちゃんの方が冷静なんだよなぁ……)


 一緒に歩く横顔を見ていると、いつも通りの顔に見える。

 ただ、そう見えているのは横顔だけとも言えた。


 リヒトは知る由もないのだが、紅久衣も内心はかなりテンパっている。


(勢いで手を繋いじゃった……! いや別におかしいコトはないと思うんだけど、手を繋いで歩くのって結構恥ずかしくないッ!?)


 澄まし顔でからかった手前、ここで焦った姿を見せるのは違うよなぁ――と、戦闘訓練などで鍛えた冷静さを総動員しているだけである。


 そんな内心を読み取れないリヒトではあったが、道ですれ違う、いかにも世話焼きおばちゃんやら、いかにも初々しいカップル大好物そうな女子大生とかの目でみれば、バレバレだ。


 すれ違うたびにその手の人たちから、「あらあら可愛いカップルね。うふふふ」なんて視線で見守られていたのだが、二人は気づくことはない。


 そのまま二人は、何となく気恥ずかしいんだけど、さりとて繋いだ手はあまり離したくなくて――照れくさげに視線を外し合ったまま、のんびりと帰路を歩くのだった。


 視線をズラしつつも、お互いがお互いのことを意識しすぎてて、遠目から敵意とは別の視点で様子を見ている少女に、二人とも気づかなかったのだけれど――



 ・

 ・

 ・



「……ただいま」


 玄関を開けてそう口にした。

 別に意識したワケではなく、なんとなく口から出たのだ。


 そう口にしてみると、案外悪くないなとトウヤは小さく笑う。


「ああ。アニキ、おかえりー」


 それに対して同じような顔で弟――磯狼イソロウが声を掛けてくれる。

 これも悪くない。


「アニキ~……今日、マインドリップが来てたんスけど、会った?」

「いや」


 リビングでスーツの上着を脱ぎ、ハンガーに掛けたものを、ドアの縁に引っかけながらトウヤは首を横に振る。


「マジで? アニキに会うってやかましく騒いで出かけてったんスけど」

「全く会わなかったな。何しに来てたんだ彼女は?」

「もちろんKMー991捜査の手伝いっス」

「…………」


 ソファに腰を下ろそうとしていたトウヤが、目を見開き口を半開きにするような顔をして動きを止めた。


「アニキ?」


 メガネを軽く下にずらして眉間を揉みながら、トウヤはソファに腰を預ける。


「久慈福氏と停戦協定をしてきたばかりなんだ。

 これには、KM-991――綺村 紅久衣へちょっかいをかけないというのも当然、含まれる」

「アニキは、マインドリップが綺村に手を出すと思ってるんスか?」

「あいつならするだろう。戦闘や捕獲には使えない能力のわりに、自分は何でもできる有能だと思い込んでいるからな……」

「あー……指示される前に動ける自分は指示待ちの使えない奴らとは違う! とか思ってそうスもんね」

「そういうコトだ。どういう手の出し方をするかまでは分からんが……一応、久慈福氏へメッセージを飛ばしておくか。LinkerのIDを交換しておいて良かった」

「でも一番の問題はマインドリップの運っスね」

「ああ――とにもかくにも、あいつが能力を使う時は、どういうワケか幸運や悪運がついて回るからな……」

「運に補正が掛かる能力でしたっけ?」

「対象の心理の一部を言語として口から零れドリップさせるだけのはずなのだがなぁ……」


 盛大に息を吐いて、トウヤはソファから立ち上がる。


「もう一度出てくる」

「あ、おれも一緒に行くっス」

「そうか。あのやかましいのを一人で相手にするのは疲れるからな、来てくれるのは助かる」


 掛けたばかりのスーツの上着を改めて羽織ると、トウヤはイソロウと共に、急いで家から出るのだった。


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