第27話 改めまして――まさか野郎二人の裸の付き合いが前後編になるとはこの作者の目をしても見抜けなんだ。そんなワケで後編です。


「あー……これが整うというやつですか……悪くないですねぇ……。久慈福さんは入らないので?」


 水風呂に浸かりながら不思議そうに訊ねてくるトウヤに、リヒトは苦笑を返す。


「ボクは整うって感覚苦手なんですよ。水風呂が苦手ってのもあるんですが。なのでぬるめのシャワーですね」


 そう言って、洗面台が並ぶところへと向かう。


「なるほど。そういう人もいるのですね」


 そうして、お互いにそれぞれの方法で、サウナで火照った身体を落ち着けたあと、まだお客さんが入ってきてないのを確認して、通常の湯船に向かう。


「さて、先ほどの続きなのですが――」

「ええ」


 浴槽の端の方に二人で並んで座ってりながら、トウヤが話の再開を切り出した」


「我々のやる気が戻ってくるまでは、あなたや紅久衣さんとは休戦したいのです」

「戦わずに安全が得られるならそれに越したコトはないですけど……」


 どこまで信じて良いのやら――とも思うのだが、一方でこうやって一緒にお風呂を楽しんでしまっている時点で、絆されたようなモノだな……とも思う。


「休戦とはいえ、それは我々兄弟が勝手にやっているコト。

 組織からは当然、対綺村さん用の能力者は時々送られてきます。我々兄弟でコントロールできるのであれば、適当に仕事させて成果無しと報告書に書いて送り返しますが……たまに問題児とかが混ざってて、命令を聞いてくれない時もあります。

 そういう時は、久慈福さんに連絡させていただきます。表立っての手助けは無理ですが、可能な限りの排除のお手伝いもしますよ」


 リヒトとしてはありがたい限りだが、逆にそこまでしてくれるトウヤの身が心配になってくる。


「がっつり裏切り行為ですよね? 怒られないんですか?」

「裏切りの精査すら出来ない組織なら好き勝手やるだけです。どうせそのうち潰れるでしょうから、少し早めの自由を満喫させて頂いているだけにすぎません」


 キッパリと告げる口調からトウヤの本気がうかがえる。

 見切りを付けているというか、もう潰れるのは不可避であると考えているのだろう。


「さらにサービスとして、今回のサメ使いのような、あなたを狙う者も我々の監視の網に触れた時はお知らせしましょう。なんならあなたが出撃する前に、倒せる時は我々が倒しておくのもやぶさかではありません」

「こちらばっかりメリットがありますけど、そちらのメリットは?」

「自由です」

「自由……ですか?」


 あまりピンとくる理由でななく、リヒトは首を傾げる。


「はい。我々は組織の中での生活しかしりません。一応、町に潜伏するのに一般人としての立ち居振る舞いは勉強してますが、本当に一般人になったコトはないのです」

「なるほど。ボクたちと休戦すれば多少はそれを満喫できる……と」

「はい。そして可能であれば、一般社会における常識などをあなたに教えて頂きたい」


 トウヤの言葉に、リヒトは思案する。

 そう悪くない条件だ。むしろ破格と言ってもいい。


「常識を教えて頂けるのであれば、休戦とは別の代価として……あまり深入りできないと思いますが、あなたを狙う組織について調べてもいい」

「わかりました。では休戦を受け入れましょう……というか受け入れない理由もなさそうですし」


 リヒトがうなずくと、トウヤは大きく息を吐いた。


「ありがとうございます。この町の中では、貴方はかなり強い能力者とお見受けしますので、敵対はしたくなかったのですよ」

「そうなんですか? あんまり自分では分からないんですけど……。

 あ、そうだ。ボクを狙ってる人を調べるってやつ――そちらは本当に深入りしない範囲で構いませんからね? ケガしたりしない範囲でいいです」


 恐らくはトウヤもまた、自分や紅久衣と同じで、仲間や身内と呼べる人を無意識に欲しているのだろうと、リヒトは考えた。


 そう思うと、あまり無理はして欲しくない。

 ふつうの生活を求める彼に、変なところに深入りされるのは、むしろ心苦しいくらいだ。


「重ね重ねありがとうございます。そうさせてもらいます」


 そうして、二人は大きく大きく息を吐いた。


「トウヤさん。密談はこのくらいでいいですか?」

「はい。この契約が成立するのであれば」

「じゃあ追加で」

「なんです?」

「このコトは可能な限り紅久衣ちゃんに気づかれないようにってコトで」


 リヒトの言葉に、トウヤは不思議そうに目をしばたいた。


「どうしてですか?」

「話を聞く限り、紅久衣ちゃんだって同じなんでしょう?」

「……と、いいますと?」

「紅久衣ちゃんも組織から離れた自由を満喫しているんじゃないかってコトです。だとしたらボクはそれを邪魔するようなモノは全部事前に排除したい。紅久衣ちゃんの為にも」

「彼女がとても羨ましい。私もこの休暇中に、貴方のような知人を作れれば良いのですが」


 心の底から羨むようにそう漏らしてから、トウヤはうなずく。


「ともあれ、わかりました。約束しましょう」

「それともう一つ」

「なんですか?」


 リヒトは、サウナの時の最後の顔と全く同じ表情で告げる。


「……そろそろシンドくなってきたんですけど、お風呂から出ません?」

「ええ。実は同じコトを思っていました。提案、感謝します」


 いくら途中でクールダウンしたとはいえ、サウナから続けての入浴だ。

 だいぶ身体が火照ってしまっている。


 若干、のぼせかけているのを自覚しながら、リヒトはトウヤと共に、お風呂から出るのだった。




布茶子フサコばあちゃん、お風呂ありがとう。コーヒー牛乳一つもらうね。はい百五十円」

「確かに。もっていきな」


 リヒトは番頭の布茶子にお金を渡すと、カウンター横の備え付け冷蔵庫から、コーヒー牛乳の瓶を取り出した。


「いいお湯でした。ありがとうございます。私はフルーツ牛乳を頂いても」

「さっぱりしていい男になったゃじゃないか。百五十円あるかい? はい、確かに」


 二人で瓶を一気にあおって一息つく。


「だいぶ、『ふつう』ができてません?」

「そうですか? あまりよく分かりませんが」


 冷蔵庫脇の瓶ケースに、空き瓶を返し、布茶子へと挨拶をした。


「ばあちゃん、ありがとね。今度は密談目的じゃなくてちゃんと入りにくるよ」

「そういうのは気にせんと好きにくればいいよ」


 リヒトの言葉に、布茶子は笑いながらうなずく。


「私も気に入りましたので、一般のお客として利用させて頂いても?」

「もちろん。それがふつうの使い方だからね。来たいときに来て入っておくれ」

「ええ。是非」


 銭湯から出てくれば、そのまま別れる予定だ。

 その前に、リヒトは一つ確認したいことがあった。


「あ、そうだ。トウヤさん。最後に一つ聞いても?」

「なんです?」

「今って紅久衣ちゃんがどこにいるか知ってます?」

「ええ。恐らく、砥束トツカコンチネンタルホテルの二階にあるビュッフェ・レストラン『ハウテメント・キャロリフィッヒ』に女子会をしに行ってるはずです」

「なるほど?」


 その情報に感謝しつつ、リヒトは改めて栗摩センター駅へと向かうのだった。


 そんなリヒトを見送りながら、トウヤは独りごちる。


「少し話をして――KM-991がキミにこだわっている理由……なんとなく分かった気がしますよ。なんとも得がたい人のようだ」


 休戦と約束を守ること。

 それを続けられるなら、きっと自分にとっても彼は得がたい存在になりそうだ。


 そんなことを思いながら、トウヤはリヒトとは逆方面へと足を向けて歩き出す。


 やがて、例の廃ビルの二階を最低限整えて住居に変えた自宅へと戻る。


「……ただいま」


 玄関を開けてそう口にした。

 別に意識したワケではなく、なんとなく口から出たのだ。


 それに対して――


「ああ。アニキ、おかえりー」


 ――中にいた弟から、明るく返事が返ってくる。


 そのことが妙に嬉しくて、トウヤは笑みを浮かべながら玄関の扉を閉めるのだった。


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