第26話 二話連続で野郎の裸トークというのもなんなので今回はビュッフェ女子会の中継をお送りします。こちらも想定以上に長くなったので前編です。


 栗摩センター駅前を歩いていくとある大きなホテル。

 その、砥束トツカコンチネンタルホテルの二階にあるビュッフェ・レストラン『ハウテメント・キャロリフィッヒ』が目的地である。


 近くに大きなコンサートホールや、有名マスコットのアミューズメントパークがあるのもあって、ややお高めのホテルだ。

 だからこそ、そういう場所に全く慣れていない中学生は、大人と一緒でも躊躇ってしまう。


「あ、あの……わ、わたしみたいなちんちくりん中学生が入っていいお店なんですか……?」

「ちんちくりんって今日日聞かない言葉だねぇ」


 ホテルの入り口で尻込みする恵琉に、照輝が苦笑する。


「やっぱり死に戻りして安いヌン活できる店にしません?」

「店変えるのに死に戻りする理由はないでしょ」


 テンパっているのか、変なことを口走る恵琉に、紅久衣も苦笑した。


「別にドレスコードがある店でもないし、あたしが奢るって言ってるんだ。恵琉は気にする必要ないさね」


 照輝はポンポンと、大きな手で恵琉の頭を優しく叩き、背中に手を当てる。


「うぅ……こ、心の準備が……」

「いつ終わるか分からない準備を待つ気はないよ。さぁ行こうか」

「ほ~ら。恵琉も諦めて受け入れなさい。大丈夫だって。怖いのは最初だけだから」

「グイ姉の勧誘セリフはむしろ安心できないやつではッ!?」


 わちゃわちゃとやりながらも、恵琉が二人に逆らえるワケもなく、そのままお店の中へと連行されるのだった。




「さて、説明にあった通り二時間制だからね。好きに盛ってきて食べようじゃないか」


 席に案内され、説明を受けた一行は、ビュッフェ台の方へと向かっていく。


 雰囲気に気圧されて、完全に二人の影に隠れるようにしていた恵琉も、キラキラ輝くようなビュッフェ台までやってくると目の色が変わる。


「ふ、ふぉぉぉぉぉ~~!!」


 大理石を思わせるテーブルの上に、オシャレながらも大きな鍋がいくつも並ぶ。その鍋一つ一つの近くにライトが設置されていて、料理を照らしている。


 サラダコーナーには、は細かく砕かれた氷にボウルを埋もれさせているように配置され、そこにある野菜は恵琉が見慣れたモノから、知らないモノまで、やっぱりオシャレに盛られていた。


 サラダ以外の冷菜コーナーも同様だ。

 小さな器に綺麗に盛られた料理が、花畑やそういう芸術作品のように並べられている。

 しかもそのすぐ近くでは、ローストビーフとローストポーク、それからなんか肉が中に入ったパイのようなモノを、シェフがカットしてくれるようなコーナーまであった。


 パンが置かれたコーナーは、簡易的なトースターが設置されていて、自分で温めることができるようだ。

 さらにその隣には、ドライフルーツやドライナッツと一緒に、自分で好みでカットできるチーズの塊が置いてある。


 そして何よりスイーツコーナー。

 春を思わせる装飾と共に、春を思わせる軽やかな色合いの様々なスイーツが並んでいた。

 緑色はピスタチオや抹茶だと思われる。桜色は、それこそ桜を使ったモノや、モモを使ったモノ、ルビーチョコを使ったモノだろうか。


 ケーキだけでなく、タルトやゼリー、ムースなどがあり、見ているだけで恵琉のテンションが上がっていく。


「わ、わたし……貴族のパーティに迷い込んだ? それともパーティ中の貴族に転生した?」

「別に迷い込んでないさ。現実さね。好きに食べなよ」

「転移も転生もせず日本にいる恵琉のままだから、ちゃんと正気に戻って皿に取りなさいよ」


 両手を祈るように合わせて戦慄わなないている恵琉にツッコミを入れつつ、二人は大皿を手にした。


 そして二人揃ってサラダコーナーに向かっていく。


「あれ? グイ姉もサラダ?」

「さすがにこれだけのモノを前にしてスイーツだけじゃ我慢できないからね。ちゃんと食べようかなって」

「なるほど」


 一理ある――と、恵琉は納得すると、自分も大皿を手にした。


「でもそれならサラダじゃなくてお肉とかドーンの方がよくないです?」

「あっはっは。それも間違っちゃいないけどね。ある程度、健康に気を遣うなら、まずはサラダさ。チートデイとはいえ、身体のコトは意識しないといけないしね」

「そーそー。葉っぱとか緑黄色野菜とかね。別に身体を鍛えるとかじゃなくても、最初に食べておくと、血糖値の上昇が緩やかになるからね。健康面にはわりと良いのよ。それこそドカ食いしても気絶しづらくなる程度にはね」

「まさかおねぇたち二人ともドカ食い気絶部に入部してたりする?」

「そんな物騒な部活なんてやってないよ。むしろドカ食いして気絶するくらい血糖コントロールが出来てないのにドカ食いなんて危険すぎるっての」

「照輝の言う通りよ。私のもモノの例えだからね? 恵琉は大人になってからもそんな物騒なところ入部しちゃダメよ?」


 割と真顔に二人で言われて、「お、おう」と恵琉は素直にうなずいた。

 ともあれ、恵琉も二人に倣ってお皿に野菜を盛り付けてサラダを作っていく。


「野菜選び一つとっても個性って出るわよねぇ」

「誰かと行くビュッフェってのはそこが楽しいってもんだ」


 それこそオシャレなお店で提供されるサラダを思わせるかのように綺麗に盛っていく照輝。

 リーフレタスなどを下に敷いて、千切りキャベツを乗せて……と、ある程度まとまり良く乗せていく紅久衣。

 そして、目についたモノを盛っていくし、気になったドレッシングを全部少しずつ掛けていく恵琉。


 確かに、個性がハッキリでるようだ。


「……わたしのサラダ……汚い……?」

「気にする必要はないよ。美味しく食べられりゃそれでいいのさ」

「綺麗に盛るも欲望のままに盛るもその人のやり方ってだけでしょ?」


 席に戻ってサラダをテーブルに置いてから、三人はドリンクバーで飲み物を取りに行く。


 ドリンクバーと聞いてファミレスのイメージのあった恵琉がまたも驚く。

 もちろん、イメージ通りのドリンクサーバーもあるのだが、それとは別に、オレンジジュースなどの一部のドリンクはオシャレなボトルに入って、バーカウンターのようなテーブルの上で氷の詰まった綺麗なバケツのようなモノの中に置かれている。


 恵琉が、自分の知るドリンクバーとは違う光景に戸惑っていると、その横で紅久衣がカウンターにいるスタッフに声を掛けていた。


「すみません、こちらの黒いのはコーヒーですか?」


 彼女が指を差すのは、先のオレンジジュース同様のボトルに入った状態で、氷の入ったバケツに入れられているものだ。それも複数。


 紅久衣が示すものには、ほかのと違ってラベルがついていなかったので、確認をしたかったのだろう。


「はい。コーヒーで間違い在りません。手違いで本日はコーヒーのラベルがなく、分かりづらくて申し訳ありません。こちらはブラジル豆の水出しコーヒーになります」

「それじゃあこっちのケトルのホットコーヒーはなんだい?」

「そちら本日のコーヒーはモカブレンドの深入りとなっております」


 祖父の喫茶店を手伝っている恵琉だ。

 豆と煎り方や、淹れ方で味が変わるのは分かってはいるものの、レストランでこういう会話をするイメージが全くなかったので、二人の姿が現実よりも大きく見えていた。


(お、大人だ……! おねぇたちはやっぱり大人だったんだ……ッ!?)


 今日は驚きっぱなしの恵琉である。

 ともあれ、自分の分のオレンジジュースを手に――子供っぽいかもと思いつつも、敢えてボトルで冷やしているというオレンジジュースへの興味が勝った――、二人と一緒に席へと戻った。


「い、色々知らない光景ばっかりで圧倒されるんですが」

「慣れだよ慣れ。それに今のうちに慣れておくと、不慣れな女をこういうところに連れてきて、優しく教えるフリしながらマウント取ってくるタイプの男をあしらえるよ」

「後半はともなく、何事も経験っていうのは同意するわね。気後れしちゃってるかもだけど、慣れてきたらちょっとワクワクしてくるでしょう?」

「それはあります!」


 最初は知らないことばかりで圧倒されたものの、二人と一緒になって動いていると、何となく分かってきた。

 これなら、次は一人でおかわりしにいけるというものだ。

 まだサラダに手を付けてないというのに、次はどうしようか考えると楽しくなってくる。


「ともあれ、食べるとしようか」

「ええ」

「いただきまーす」


 そんなワケで、女三人のビュッフェ女子会。本格的にスタートと相成ったのである。



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