第25話 サウナでサービスタイムと見せかけて野郎二人がダベってるだけですまんな。しかも前後編の前編なんだこれ。すまんな。


 本名不明――とりあえずリヒトは『サメ使い』と呼称した――の能力者を拘束したあと、屋上の物陰に放置した上で、リヒトは知り合いに連絡した。


「サメの人を回収しに来る人と鉢合わせるのは面倒なので、場所を変えましょうか」

「分かった……」


 軽い調子のリヒトの言葉だったが、先ほどのリヒトの様子を見ていたサラリーマン風の男は、反論する気が起きずにうなずく。


「それで、どこに行く?」

「そうですねぇ……あ。そうだ。あそこがいいや」


 少しだけ考えて、リヒトは思いついた場所へと向かうべく、歩き出すのだった。




 喫茶アントワープの裏手の路地裏にある銭湯『湯・虞銅鑼汁ゆぐどらしる

 外から見ると、背の高いトタンの柵に囲まれたおんぼろな建物だ。

 トタンの柵を抜けて中に入ると、いかにもレトロな外見の大きな銭湯がある。


 コインランドリーも併設されたその銭湯は、見た目に反して、システムなどはかなり最新の設備が揃っている、知る人ぞ知る――という風情の銭湯だった。

 もちろん、併設されているコインランドリーの機器も、どれもが最新鋭のものである。


 そんな銭湯の、今はお客さんのいないサウナに、リヒトとサラリーマン風の男の二人がいた。


「ふぅ……たまに入るとサウナもいいですねぇ」

「……久慈福さん、どうして我々はサウナに?」

「番頭のおばあちゃんが、この時間密談するならサウナにしとけって」

「番頭のお婆さん、何者ですか?」

「ボクも正体は知らないんだけど、異能犯罪を追いかけてる刑事さんや探偵さんとかに連れてこられる銭湯ではあるかな」

「なるほど。密談に理解のある女性だと認識しておきます」

「ボクもわりとそんな感じなんで、それでいいと思います」


 サウナの熱に、二人揃って「ふぅ…」と息を吐いて仕切り直す。


「まずは今回、教えて頂いてありがとうございました」

「いえ……こちらとしても、綺村 紅久衣さんに手を出されるのは困るという面がありましたので」

「そこについて詳しく聞きたいところだけど」


 リヒトはそこで、言葉を切って、目に入りそうな汗を拭う。


「ん? なにか?」

「まず、貴方の名前を教えて貰っても?」

「ああ――これは失礼」


 そういえば名乗っていませんでしたね――とうなずき、彼は自分の名前を口にする。


勉野ベンノ 十夜トウヤと申します。以後、見知りおきを――久慈福さん」

「わかりました。勉野さん」

「あー……弟もいますので、出来たら名前でお呼び頂ければ」

「弟さんも関係者ですか?」

「ええ。そんな感じです」

「では、トウヤさんと」

「はい」


 そうして名前を教えてもらったところで、改めてリヒトは訊ねる。


「それで、トウヤさんの兄弟はどうして紅久衣ちゃんを?」

「ざっくりと言ってしまえば、我々はとある犯罪組織――あるいは秘密結社とも呼べるそういう組織――ぶっちゃけるとショッカーとか黒の組織とかそういうヤツですね」

「実際にそういうのってあるんですねぇ……」

「一番近いのはロンだと思いますが」

「……どの作品の裏組織ですか? っていうか紅久衣ちゃんといい、トウヤさんといい、そちらの組織ってサブカル知識必須なんですか?」

「ネット社会に溶け込むには必須だと思いますけど? ちなみにリリカルな魔法少女はご存じで?」

「そんな当たり前なコトみたいな顔されても……。その魔法少女知ってますけど、そんな組織ありました?」

「その前身となるゲームの方の組織ですね。アニメの方は、ゲームのスピンオフというかスターシステムなので」

「トウヤさん詳しすぎません?」

「社会に溶け込むのに必須だからとゲーム遊んで、アニメ見たらハマってしまいまして。

 娯楽なんて基本的に与えて貰えないまま育てられた我々にとって、アニメなどのサブカルチャーっていうのは、木星人にとっての劇画調ロボットアニメみたいなモノでして」

「その例えはよく分かりませんけど、言いたいコトは理解しました」


 なんであれ、あんまり良い組織ではないというのだけは分かった。


「それで、その――トウヤさんのところの組織がどうしたんです?」

「ええ、はい。それで綺村さんは、いわゆる脱走兵みたいな感じなんです。優秀な兵士だったので、上から連れ戻せっていう命令を私たち兄弟は受けていて、まぁその捜索隊の隊長と副隊長が我々です」

「ああ、だから紅久衣ちゃんを知らない人に傷つけられたくない、と」

「そうなります。あなたにやられてしまったショットマンもうちの手の者です」

「…………」


 リヒトの目つきが鋭くなる。

 同時に、唐突にくるぶしにひやりとしたモノを感じたトウヤは慌てて足下を見た。


 そこに何かあったワケではないのだが、間違いなくリヒトが能力を使ったのだというのだけは直感した。


「待ってください。彼を使ったコトは謝罪します。あの時点と今とで状況が変わってしまったんです。貴方からしてみれば、だからどうした――と思うかも知れませんが、話を最後まで聞いて頂きたい」

「わかりました」


 ショットマンも、フリッカーも足をやられたという情報がある。

 そして、先ほど屋上で相対したサメ使いも同様だ。


 一瞬だが小さな影が見えた気がした。

 その影を用いて、相手の機動力を削いだあと、本命の拳の巨大化による打撃を加える。

 能力の詳細は不明ながら、能力を使った戦術としてはシンプルかつ強力だ。


 加えて、足を狙う影はトラップとして使っている形跡がある。

 このサウナの中にもそれが設置されている可能性がある以上、トウヤはリヒトに対して迂闊なことは出来ない。


(私の能力は――狭い場所で使うのに向かない……。

 この状況において、彼に対して余りにも不利。何より、この場で争うつもりがない以上、変なコトはすまい……)


 トウヤは暑さによる汗の中に混じる冷や汗を感じる。

 それを悟られぬように、告げる。


「それでまぁ――一番重要な話としまして……実は、うちの組織、倒産寸前でして」

「……え? いやあの、ボクが言うのもなんですけど、この流れでする話ですか?」

「気持ちは分かりますが大事な話なんですよ」


 とりあえず、リヒトの殺気が収まったことに安堵しながら、トウヤは続けた。


「正直、綺村さんが復隊したところで、そこは変わりません。

 うちの組織は、世間一般的には実用化出来てないとされるクローニング技術の実用版が、非合法とはいえ使えますので、綺村さんをクローニングして、戦力を増やしたがってるんです」

「……紅久衣ちゃんがいっぱいいるところを想像するとちょっと嬉しくなっちゃうところがありますけど――それはそれとして、意味あるんですかそれ?」

「ないです」

「…………ないんだ」


 即答するトウヤに、リヒトは何ともいえない表情を浮かべた。


 あと、リヒトはそろそろサウナの暑さが辛くなってきたので、ちょっと重苦しい息を漏らす。ただ大事な話をしているのは間違いないので、言い出せないまま先を促した。


「彼女の優秀さ、天才性は、彼女だけのもの。

 肉体や能力はクローニングできても、それを使いこなせるかどうかの問題があります。

 組織は彼女のクローンを商品として売りさばくことで、倒産を免れようとしていますが、恐らく売れるのは最初だけ。途中から売れなくなりジリ貧になるのは目に見えています。

 上層部は、優秀な天使――ああ、綺村さんや私の商品名ですね――が作れたコトが嬉しくて、そこにこだわってるんですよ。

 まだ組織がちゃんと運営できている頃であればまた違ったんでしょうけど、今やってもたぶんダメです」

「……ボクが言うのもなんですけど、自分の組織のことをボロクソに言うんですね」

「一般人でもうちの会社ダメすぎるとか、ブラックすぎるとか言うでしょう?」

「…………言われてみればそうですね。それと同じか」


 犯罪組織と言っても、なんのかんの普通の会社と変わらないのかもしれなかった。

 あと、サウナの熱にやられて、ちょっと反応が遅くなってしまっているのは申し訳ないかもしれない。


「そんなワケで、なんかがんばる理由がなくなっちゃったんですよ」

「……惰性で仕事してるのに、惰性で働く理由すらなくなった感じですか?」

「まさにそんな感じでして……なので、綺村さんを探すふりをしながら、しばらくふつうの人間として生活しようかな、と」

「…………完全にやる気ゼロなんですね?」

「はい。でも一応、綺村さんを探したり監視したりっていうポーズはします。働いている風に見せれば、少ないながら予算は貰えるので」

「それ……犯罪組織じゃなかったら犯罪行為じゃないですか」


 ツッコミを入れつつも、リヒトは自分でも何言っているのかイマイチ分からないな――なんてことを思う。


 それはそれとして――


「ですので――」

「あ、ちょっと待ってください」

「はい?」


 ――続きを口にしようとするトウヤを、リヒトが制した。


「話は、もうちょっと続きそうです?」

「ええっと、はい。そうですね」


 なぜリヒトが急に止めてきたのか分からず、トウヤは首を傾げる。

 そんなトウヤに、リヒトが人差し指をピッと立て、真面目な顔をした。


「ここで提案なのですが」

「なんでしょう?」

「……そろそろサウナ出ません?」


 そこまでサウナ耐性の無いリヒトは限界が近い。


 密談にはうってつけかも知れないが、長時間お喋りするには、サウナはちょっと向かない場所だった。



 

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