第21話 この場合、廃退と退廃ってどっちが正しいんだっけと思って調べてみたけど意外とどっちもそんな意味変わらなそうな感じで逆に困った


 午前中に片付けをして、お昼を食べたら、今度はホームセンターだ。

 bay2day2バイツー・デイツーの超大型店が隣駅にあるというのは大変便利である。


「とりあえず紅久衣ちゃんの布団を買おう」

「リヒトくんもあとからうちに住むんだから、リヒトくんのも一緒で良くない?」

「2セットも持って帰る大変じゃない?」

「なんで手で持って帰るコト前提なの? 配送サービスがあるでしょ?」

「それだと、紅久衣ちゃんが寝る場所作れないよ?」

「リヒトくんの家じゃダメ?」

「あれだけ散らかってると、二人で寝るのは厳しいんじゃないかなぁ……」

「なら、わたしの分だけ持って帰って、リヒトくんの分は配送ってコトで」


 そんなワケで二人は布団売り場へと向かう。


 コーナーが近づいてくると、これから暑くなる季節に向けて、冷感商品の特集が組まれていた。


「ねぇねぇ、リヒトくん。ひんやりクッションだって」

「あ、ほんとだ。触ってみるとひんやりしてる」


 しかも触り心地も良い。


「あっちには同じ素材で作った大型のクッションがあるわ」

「人をダメにするクッション冷感バージョンとか恐ろしい」


 これはどう考えてもダメになってしまうやつではないだろうか。


「靴を脱いで冷感絨毯の上にあるあれに乗れるんだ……」


 大型クッションの誘惑に抗えなかった紅久衣は、フラフラとそこへと向かう。


「あ。靴下の上からでもひんやり感じるかも。ちょっといいなこれ」

「へー」


 急に正気に戻って足下を見る紅久衣。

 リヒトも気になって絨毯に触れた。


「確かにちょっとひんやり感あるかも」


 これからのことを考えると買うのもありかもしれない。

 ただ、冬にいちいち片付けることを考えると、面倒とも感じる。


 買うべきか買わざるべきか――なんてことをリヒトが考えているうちに、紅久衣がクッションにダメにされていた。


「ああ~……リヒトくん、これ、ほんとダメになりそう……」


 くたりと溶けかかってる紅久衣に、リヒトは困ったように手を伸ばす。


「紅久衣ちゃん。なんか人をダメにする色気発しだしてるから正気に戻ろう」

「えー……リヒトくんも一緒にダメになろ?」


 クッションに負けて堕落した姿を見せる紅久衣は、退廃的な艶っぽさを放っている。

 その姿で向けてくる笑顔は、それだけでリヒトをダメにするチカラを持っていそうだった。


(くぅぅぅぅ……保てッ、ボクの理性ッッ!!)


 それになんとか抗ったリヒトは、とりあえず紅久衣の手を取って立ち上がらせる。


「はッ!? わたしは正気に戻った!」

「それあとニ・三回正気に戻る必要があるやつ」

「とりあえず危険なクッションだったわ……」

「そうみたいだね。買う?」

「欲しい……けど、結構良い値段するみたいだし、諦める」

「そう?」


 だいぶ名残惜しそうな紅久衣を横目に、リヒトはクッションがパッケージングされた箱を手にした。


「なら、ボクから紅久衣ちゃんへの引っ越し祝いってコトで」

「え? でも、ほら、なんか悪いし……」

「ボクが贈りたいから贈るんだから、遠慮しないで」


 その言葉に、嬉しそうな困ったような顔をする紅久衣。

 少しだけもじもじするような素振りを見せてから、顔を上げる。


「あのね、リヒトくん、わたしね」

「ん?」

「こういうのされるとすぐ嬉しくなっちゃうチョロい女なの」

「それはなんていうか……プレゼントを贈り甲斐がありそうだね」


 喜んでくれるのはとてもありがたいことだよ――とリヒトが笑顔を向ければ、紅久衣は口元を押さえながら後ろを向いた。


(くッ、プレゼントも嬉しいけど、リヒトくんの笑顔が反則的にイイ……ッ!)


 なんて罪な男だこいつ――などと思いながらも、色々嬉しいが重なって変なテンションになってきている紅久衣である。


 それから少しだけ深呼吸をして息を整えると、リヒトに向き直る。


「ふぅ……落ち着いたわ。ホントにプレゼントされちゃっていいのね」

「うん。気にせず受け取って欲しいな。火事でお気に入りのモノとかなくなっちゃってるんだから、新しいお気に入りを作って欲しいしさ」

「や、優しさが眩しい……ッ!」


 そんなワケで、紅久衣は素直にクッションをプレゼントして貰うことにするのだった。


「~~っ♪」


 嬉しそうにクッションの箱を抱きしめている紅久衣と一緒に、今度こそ布団のコーナーへ行く。


「紅久衣ちゃん。とりあえず敷き布団を和室に敷く感じでいい?」

「そうね。ベッドを運び入れるより、そっちの方がいいかなぁ……。

 押し入れはあったし、エアコンもマスターが良い奴を設置してたから、どの季節でも使えそうなのにしとくといいかも?」

「なら、敷き布団と掛け布団のセット……それから夏用のタオルケットでいいかな?

 毛布とかは寒くなってきてから買い足す方向で」

「そしたら、あの敷き布団と掛け布団のセットとかどう? ちょうど、水色と桜色の二種類があるし。色違いで一セットづつ」

「そうだね。それに枕を買えばいいかな」

「タオルケットはさっきの冷感商品売り場に、ひんやりケットっていうのがあったわ」

「じゃあそれにしようか」


 さすがに全部を手で運ぶのは難しいので、ショッピングカートを借りてきて、そこに乗せていく。


 一通りを乗せたらレジへ。


「すみません、お布団セットの水色の方は配送したいんですけど」

「かしこましりました。こちらのクッションはいかがなさいますか?」

「それも配送で――」


 ――と言おうとするリヒトにかぶせて、紅久衣が待ったをかけた。


「すみません。それも持ち帰りで」

「大変じゃ無い?」

「んー……でも持って帰ってすぐ使いたくて」

「そっか。じゃあ、配送は水色のお布団セットだけでお願いします」

「かしこまりました」


 そうして会計を済ませると、リヒトが布団セットを抱え、紅久衣はクッションを抱えて、お店を出る。


 クッションは箱の中にあり、箱そのものには人をダメにするチカラのない普通のもののはずなのに、それを抱きしめている紅久衣は、嬉しそうなだらけたような顔をしている。


 そんな彼女を見て、機嫌が良いならそれでいいか――とリヒトは小さく笑った。


「……どうしよう。クッション抱えてるせいで、パスケース取り出すの大変だし、改札も通れそうにない……」

「紅久衣ちゃん。それ貸して。改札通ったら、端にある柵の方へ移動してそこで受け渡ししよう」


 ただ、二人とも電車に乗ることは何一つ考慮してない持ち帰りだったので、色々苦労はしたようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る