第20話 最近古本屋や中古ゲームショップが減りすぎて、家にある捨てたくないけど処分したいゲームソフトや本をどうしようか悩んでるのは作者だけではあるまい


「紅久衣ちゃん。そろそろそのマンガをダンボールに移して欲しいんだけど」

「分かってる、分かってるんだけど……待って! 今、ホムラさんが命を燃やして戦ってるところだからッ!」

「紅久衣ちゃんはそれのアニメ見てないの?」

「見たわよ。劇場版は四回くらい足を運んだしッ! 燃えちゃったけど円盤ブルーレイだって買ったものッ、劇場版とTV版の両方をッ!」


 そう口にした後で、紅久衣は本を丁寧に閉じ、うなだれるように転がった。


「そうだ……燃えちゃったんだ……全部、灰に……なんか急に今、実感が湧いてきた」

「あー」


 わりと本気で涙目になってる紅久衣に、リヒトは何も言えなくなってしまう。

 これまでは、ドタバタとめまぐるしく状況が変化していたので、それを気にする余力がなかったのかもしれない。


 けれど、新しく住むところも決まり、リヒトの家で引っ越しの為の片付けとかしていると、気持ちが落ち着いてきて冷静になってきたのだろう。


「……ゲームもマンガも、円盤も……グッバイ、わたしのオタクグッズ……」

「これまで手放したコトとかはなかったの?」

「引っ越しが多いから、仕方なく手放すコトは多かったけどさぁ……そこはほら、別れの挨拶をしてから手放すのと、急に燃え尽きるのとだと、違うじゃない?」

「まぁ言わんとしてるコトは分かるけど」


 うーむ、どうしたものか……とリヒトは悩む。

 元気を出して――と口にするのは容易いが、自分が紅久衣の立場だったら……と考えると、何も言えなくなってしまう。


(実際、この部屋が灰になっちゃったらボクだってダメージ大きいだろうしなぁ……)


 デジタルデータのバックアップとか、大事な情報などはクラウドに保存したりなどしてはいる。ただ物理で揃えていた本やゲームが無くなってしまうのは、想像だけでも確かにキツい。


 まぁでも、それはそれ。これはこれである。

 片付けないことには引っ越しもままならない。


「オタクグッズってさぁ、癒やしなのよ。

 地獄を見て乾いた心に利くというかなんというか――そんなワケで傷心の紅久衣ちゃんのコトはそっとしておいてくれ」

「そうは言っても、はやく片付けないと終わらないよ。明日に繋がる今日くらいはがんばって」

「むぅ」

「可愛く口を尖らせてもダ~メ」

「仕方ない」


 身体を起こして周囲を見回す。


「この部屋のマンガやゲームを全部向こうに持って行ってくれるというならがんばろう」

「え? 全部? 半分くらいは処分しようと思ってたんだけど……」

「…………ッ!」


 リヒトの言葉に、紅久衣は目を見開いて潤ませる。

 これは本気で泣きそうな人の目だ。そこまでショックを受けられてしまうと、リヒトも反応に困る。


「リ、リヒトくん……」

「なに?」

「最近は、古本屋さんも、ゲームショップも減ってると思うの。買取額もかなり落ちているのよ?」

「あー……うん。そうだね」

「わざわざ苦労して遠くの本屋さんにもってくのも大変だよ?」

「そこはホラ。いまは出張買い取りサービスとか……」

「いやでもその、そうだけど…………」


 捨てられた仔犬のような目をした紅久衣が、リヒトを見上げてくる。


「う、く……」


 可愛すぎる。

 しかも、あざとさや、わざとらしさが一切無い。本気で訴えてくるうるうるお目々である。


「はぁ、わかった。分かったよ……全部持ってこうか」

「やったー!」


 涙目から一転して弾けた笑顔も可愛い。

 まぁようするに、リヒトに勝ち目なんてなかった。


「全部持ってくから、ちゃんと片付け手伝って」

「りょーかい!」

 

 やれやれ――と嘆息しながら、まんざらでもない気分のままリヒトは片付けをするのだった。




 お昼頃になると、片付けはいったん終了だ。


「紅久衣ちゃん。アントワープにお昼食べにいかない?」

「ええ。そうしよっか」


 二人で仲良くアントワープへと向かっていると途中、紅久衣がふと指を差した。


「そういえばリヒトくん、あの建物ってずっとあのままなの?」

「ん?」


 彼女が示すのは、アントワープから見て道路を挟んだ向かいにある古びた二階建ての建物だ。

 正面から見るとそうでもないのだが、中は比較的広々としている建物である。


「以前は一階が古本と中古ゲームのお店だったんだけどね」

「う、売っちゃダメだからね……?」

「もうあそこも閉店しちゃってるから。っていうか一階にテナントないでしょ?」

「あ、そうか」


 本当に安堵したような様子を見せる紅久衣。

 その様子が可愛くて、リヒトは思わず笑みを浮かべる。


(本当にゲームやマンガが好きなんだろうなぁ……)


 そんなことを考えながら、リヒトは建物の説明を続けた。


「二階には色々入ってたんだけど、小さなスポーツジムと、会計事務所と、不動産屋さんだったかな……?」

「どういう組み合わせ? でもまぁ、あのカンジだと二階も全部無くなってる?」

「うん。下の古本屋さんが閉まった時に、上の事務所たちも閉まっちゃったみたい」

「そっか。建物自体が古本屋さんのモノだったのかもねぇ」


 外見は立派なままだ。

 少し意匠は古くさいが、それでもまだ充分に使えそうに見える。


「あれ? リヒトくん。人が出てくるわ」

「ほんとだ」


 紅久衣が示す通り、くたびれたサラリーマン風の男性と、ちゃらそうな男性。そんな二人に丁寧に接している男性が出てくる。


「アニキ、マジでここでいいんスか?」

「個人的にはかなり優良物件だと思うが?」

「はははは。ゆっくりご検討して頂いて構いませんよ」


 何となく聞こえてくるやりとりを思うに、アニキと呼ばれたくたびれたサラリーマン風の男は、あの建物を借りるつもりのようだ。


「………………」

「紅久衣ちゃん?」


 紅久衣の目がすがめられている。

 くたびれたサラリーマン風の男と紅久衣の目が合うと、向こうは小さく会釈をしてきた。


「知り合い?」

「んー……どうだろう。知ってるような、知らないような……」

「会釈をしてきから知ってる人なんじゃないかな」

「じゃあわたしが忘れちゃってるだけかも」


 気にしすぎか――と小さく息を吐いて、紅久衣はリヒトへと向き直る。


「さて、そろそろハラペコってきたわ」

「だね。今日は何食べる?」

「そうねぇ、カレーがいいかなー」


 そうして二人はアントワープの入り口のドアを開けるのだった。



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 KD-991捜索隊の隊長&副隊長コンビ。

 仕事をサボる用の物件を漁ってたら、何気に監視特等席をゲットしていた模様。

 サラリーマン風の方は、目があった時に内心でめっちゃ驚いてるけど、冷静に会釈した。その会釈が正解だったかどうかは分からない。


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