第19話 天使は可愛い女の子でなくとも、焦らずにちょっとは羽休めはしてもいいんじゃない?的なところある。というか天使だけでなく人類hはもっと休むコトを覚えるべき


 ぴーんぽーん ぱーんぽーん

 ご覧の番組は『愛が空から落ちてきて』で間違いありません。

 なんだか雰囲気が違う気がしても気にせず読み進めてください。

 ぱーんぽーん ぴーんぽーん



     ※



 怪しい者。影に生きる者。裏社会の人間……。

 呼び方は色々あれど、その手の人間は日陰で生活をしている。


 あくまでもそれは例えであり、言葉遊びの類いだ。

 だが、その言葉のイメージのせいもあってか、夜にうごめく――それこそ夜行性の生き物のように思われていることがある。


 あるいは、人々は無意識にそう認識しているところがある――というべきか。


 とまれ。

 そういう存在は実在し、社会に溶け込んでいるのは間違いない。


 加えて――別に彼らとてふつうの人間だ。

 道徳的であったり、倫理的であったり、まぁそういうところは多方面に問題があるが、生物学的には普通の人間だ。


 法律やら、社会倫理やらを無視することはあれど、別に社会的生活に理解がないワケではない。というか、理解が無ければ、そもそも裏社会と言えども、現代社会に根ざした日陰で生きてはいけない。


 何が言いたいのかというと、ようするに彼らは普通に朝も動く。昼に働く。夜には寝てる。そういうふつうの人間の生活サイクルを持っていることに、なんの不思議もない。


 お天道様に顔向けできない仕事をしているが、別にお天道様に顔を向けなければ生活はできるとも言える。


 昼間に堂々と住宅街を歩いていたところで不思議ではないし、風景に埋没するような普通の格好をしていて、その場で何の悪さもるしていないのであれば、別に咎められたり、声を掛けられたりすることもない。


「…………」

「…………」


 そんな裏社会に生きる者が二人、それを見ながら呆然としている。

 時間はお昼頃。大通りから見れば裏道に当たるような場所にある住宅街。


「ここが、KM-991の潜伏先……」

「そのはずっス……」


 見た目は完全に一般人だ。

 いかにもヤクザですとかマフィアですみたいな姿ではない。


 どこにでもいるような、うだつのあがらない少しよれたスーツのサラリーマンと、どこにでもいるようなウェーイな感じの若者のコンビ。


「我々に調査依頼が来る前に誰かが火をつけたのか?」

「そんな報告あったスか? おれ、聞いてないっスよ」

「それはそうなんだが……」


 二人の前には燃え尽きて崩れ落ちたアパートがある。

 立ち入り禁止の札やテープなどの先で、片付けをしているだろう男達の姿はあるが、あれは依頼されて仕事をしているだけの一般人だろう。


「KM-991はどこに行ったんだ?」

「先日、追っ手が全員やられたあと、消息が不明になってますね」

「……消息不明はこれのせいか?」

「これのせいじゃないっスかねぇ……」

「他の脱走者なんかに匿われていると厄介だな」


 そんなやりとりをしている途中、若い男の方のポケットの中で、スマホが鳴った。


「ちょいと失礼っス」


 彼はその画面に表示される、奇妙な文字の羅列をしばらく見てから、届いたメッセージを削除してスマホをポケットにねじ込む。


 ちょうどそのタイミングで、何やらこちらを見ている女性がいるのに気づき、サラリーマンの方が、メガネのブリッジを押し上げながら、少し歩こうと促す。


 それにうなずき、歩き始めながら、若い方が小声でスマホに届いた内容を告げる。


「KM-991が、隣駅のホームセンターで目撃されたようっスね。早速、手勢の一人が向けられたみたいっス」

ねぐらがこれだからな――新しい塒の為に家具でも揃えにいったのか?」

「なんかペットコーナーで動物たちと戯れてたそうっス」

「……なんで?」


 一時期に比べればかなり頻度は減ったものの、定期的に自分たちのような刺客が差し向けられているのに、その自覚があるのだろうか。


「いや、それで――KM-991はどうなった?」

「彼女に近づく前の段階で、刺客が別件の能力者戦闘に巻き込まれ倒れたので無事っス」

「なんで?」


 別件の能力者戦闘って何なのだろうか。


「状況は不明なんスが、KM-991へ手を出す前に用でも足したかったのか、トイレに入ったところで、刺客が消息不明になったようっス」

「本当に何が起きたんだ?」

「詳細は不明っス。刺客が入ったあとに、トイレから出てきた男性がいたらしく――どうにもそいつは、別件でおれらのようなのに狙われてるようなヤツだったみたいっスね」

「つまりなんだ……その男が、自分が狙われていると勘違いした結果、刺客を倒したと」

「状況的にはその可能性が高いそうっス」


 運が悪すぎるだろう、その刺客。


「あ、喉渇いたんでちょいと飲み物でも買って、そこの公園の東屋とかで休まないっスか」

「そうだな。今日は暑いしな」


 あてもなく歩いていた二人は公園の前の自販機で飲み物を購入すると、目的の東屋へと向かって、公園へと入っていく。


「ふー……んで、話の続きなんスけど」

「ああ」


 冷たい飲み物で喉を湿してから、若い方は続きを切り出す。


「KM-991はそのあと、所属不明の能力者とやりあってたそうっス」

「なんで?」


 流れがまったく分からない。


「どうにも、その男の方を狙ってる能力者だったようなんスけどね。それをKM-991が返り討ちにしてたらしいス」

「ああ……」


 人のことは言えないが、それは同情するとサラリーマン風の男は自嘲する。

 恐らくは、能力者も装備も、自分たちのターゲットに合わせて整えただろうに、想定外の能力者とやりあってしまっては、たまらないだろう。


 それは、こちらの刺客も同じだろうが――


「どこの組織の連中かは知らんが、向こうにも似たような報告が飛んでるのだろうか」

「飛んでるんじゃないんスかね」

「頭を抱えてたりするのかね」

「頭を抱えてたりするんじゃないスかね。今の先輩みたいに」

「…………」


 ちなみに、向こうの組織は、自分たちとは異なるアプローチで人造の超能力者を造り上げた組織があると知ってむしろハイテンションになっている。


 そんなこと、この二人の知る由もないことだが。


「まぁいい。確認するが、遠見をしてたのはフリッカーか?」

「はいっス」

「そこまで見ていたなら、KM-991を追跡して新しい塒を確認しているんだろう? あいつならそれも造作も無いだろう?」

「あー……」


 ジュースを軽くあおってから天を仰ぐ若者に、サラリーマン風の男はとてつもなく嫌な予感を覚えた。


「それが……っスねぇ……」


 何とも言いづらそうな様子だ。


「しばらくKM-991が買い物の為にお店に留まりそうだと判断したフリッカーは、帰って来ない刺客を助けるべく、こっそりとトイレに近づいたそうなんスが……」

「あー……オチが見えたぞ……」

「はい。能力によるトラップが仕掛けられていたようで、両足のアキレス腱を負傷したようっス」


 男の能力は分からないが、トラップの仕掛け方にだいぶ馴れた動きモノを感じる。刺客を助けに来る存在を想定していなければ、こんなものは仕掛けまい。


 報告を聞く限り――その男はKM-991と同等の使い手と見て間違いないだろう。


 この町にそのような男がいる――という情報が得れたのは大きいかもしれない。

 ヘタに動いて男を巻き込もうものなら、強敵を無駄に戦場へ引き込むことになりかねない。


「んで、フリッカーが動きが取れなくなっていたので助けを呼ぼうとしたところに、TGFがやってきたようっス」

「TGF? なんでそう都合良く……いや、男か」

「そう思われるスね。んで、フリッカーからの報告はここで途切れてるようっスよ」

「…………よりによってフリッカーが捕まったのか…………」

「捕まっちゃったスね……」

「彼女は戦闘力こそ皆無だったが、能力はもちろんそれ以外も多方面に優秀で便利だったんだがなぁ……」


 なんでよりにもよって、KM-991と無関係なところで捕まったりしているのだろうか。


「先輩、おれ……思うんスけど」

「なんだ?」

「組織の本部が、脱走から戻ってきたプロトKD-1によってハデにやられちゃったじゃないスか」

「そうだな」


 ちなみに本部で大暴れして、幹部数人を再起不能にした上に、本部をぶっ壊すだけぶっ壊したあと、プロトKD-1は何事もなかったかのように行方を眩ませた。


 組織そのものは、それ以降、立て直しがうまくいっていない。

 商品製作のペースも大幅におちているので、収入もかなり厳しい。


「オレらがKM-991を追いかけるのって、本部がやられる前の命令じゃないっスか」

「そうだな」


 本部が半壊――いや四分の三壊しているせいで、派遣されてくる能力者の質も落ちてる。

 

「そんでオレらがKM-991に近づく度に、貴重な能力者がやられて、KM-991には逃げられるじゃないスか」

「そうだな」


 見つけて追いかけて返り討ちにあう――これが最近の一連の流れだ。

 そのスパンも、日に日にインターバルが長くなってしまっている。


 KM-991の隠れん坊が上手くなっているのもあるが、こちらの追跡能力が落ちているというのもある。こちらが使える優秀な手勢が減っているというのも大きいだろう。


「仮にKM-991を捕まえたとして、本部に連れ帰ってどうにかなるんスかね」

「そうだな……」


 本部は、優秀な天使であるKM-991や、天使計画最初の成功体と呼ばれるプロトKD-1を取り戻せれば、彼女らの能力のコピーや、クローンを作ることで、優秀な天使を量産できると思っているようだ。


 だが、サラリーマン風の男からすれば、それは短慮だ。

 KM-991たちが優秀な天使なのは、本人が優秀でだからあり、能力の使い方が巧いだけだ。同じ超能力、同じ身体能力を持つ者を量産したところで、彼女らほどの性能を発揮することはないだろう。


 自分たち量産型天使は、人工授精や、クローニング、肉体改造などで作り出された人造人間だ。

 それでも、優秀な天使ほど人格や性格というモノが顕著になっていく。

 とはいえ組織の中で表に出すと何をされるか分からないので、可能な限り表に出さないようにしている者が多いのだが。


 そして、その人格や性格こそが、最強と呼ばれる天使たちの強さの一端を担っているのだが、本部の連中はそれを理解することはないだろう。


「本部はKM-991やKD-1を捕らえてクローニングなどをすれば、組織を立て直すだけの資金源になると考えているのだろうな」

「なるんスか?」


 その質問への解答が、自分の立ち位置の分水嶺になる気がして、少しだけ思案してから応える。 


「……ならんだろうな」

「……っスよね」


 恐らく、後輩は背信を提案してくるだろう。

 その予想通りの言葉を、彼は口にする。


「しばらく、KM-991を狙うのやめないスか? いや正確には、狙うフリだけはするっスけど」

「……ふむ」

「仕事の予算はある程度あるスから、それを元手に、適当に戸籍偽造して、しばらくここらで、のんびりしませんスか?」


 後輩の提案はとてつもなく魅力的だ。

 そして、サラリーマン風の男も、別に組織に忠誠を誓っているワケでもない。


 後輩が提案してこなければ、自分がしていた可能性がある。


「そうだな……俺とお前を兄弟というコトにして、家でも借りてしばらくのんびりとやってみるか」

「うっス!」


 嬉しそうな後輩の顔を見ながら、サラリーマン風の男は告げる。


「俺もお前も日本人ベースで製造されている。適当にそれっぽい日本人名を考えておけ」

「っスっス!」


 指示を出しながら、男はこれからの振る舞いについて考える。


(予算があるからといって、全てを生活費に回すのは怪しまれる……か。

 ならば、仕事を何かしなければなるまい。幸いにして溶け込むのは我々にとっては些事だからな)


 しばらくは後輩――いや今後は弟と呼ぶべきか?――と、のんびりやるというのも悪くない。


 なんてことのない日常というのには、憧れがあったのだ。


「ああ――そうか」


 そこまで考えて、ふと気づく。


「プロトKD-1も、KM-991も……これを求め、見つけたのか」

「先輩?」


 小さく独りごちた言葉は、弟には聞こえていなかったようだ。


 それならば、わざわざ聞かせる必要はない。

 だが――


「いや、なんてことのない日常……それが良いモノであったならば、俺たちはKM-991を追えなくなるな、とな」

「そん時はそん時で、組織の裏切り方をプロトKD-1やKM-991から教えて貰えばいいんスよ」

「そうか……ああ、そうだな。それは悪くないかもしれない」


 方針は決まった。

 それならば、あとは行動するだけだ。


 作戦が定まったならば迅速に。組織から教えてもらったことである。


「飲み終わったら動くぞ。まずは戸籍を得る」

「うっス!」


 こうしてKM-991こと綺村 紅久衣の知らぬところで、彼女に迫る脅威が勝手去って行くのだった。


 ……でもさぁ、別の騒動の火種になりそうだなぁとか思うんだけどね?

 まぁそれでもあれだよね。二人の恋路の邪魔にならない楽しい騒動なら、それでも良くね? みたいなことは、地の文は思うワケ。


 ともあれ、しばらく様子見してあげようぜー!



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