第15話 あれもこれもやりたいから、誰ひとり邪魔させたりしない的な歌に乗せて(前)


 今日もやってきました唐竹台からたけだい駅。

 直通の歩道橋を渡って、ホームセンターbay2day2バイツー・デイツーへ。


「リヒトくん! わたしッ、今日はちゃんと掃除用具を買うのに集中するからッ!」

「う、うん」


 紅久衣も気合い十分である。



  ・

  ・

  ・


 十五分後――

 初志貫徹を真逆でいくカップルがここにいた。


「ウサギも毛皮ほわほわ~……」


 店員さんの巧みなワードに引き寄せられた紅久衣が、ペット売り場にあるベンチに座りながら、ウサギを抱っこして顔をトロかせている姿がそこにあった。


(紅久衣ちゃんカワイイかよ!)


 そしてその顔を堪能している彼氏もセットである。


 店員さんも蕩けた顔の紅久衣を微笑ましく見ている。そんな時だ。


(……どうしたの、S2U……?)


 オートモードで周囲に展開しているS2Uたちがにわかに騒ぎだしたのを感じて、リヒトは僅かに目をすがめる。


 幸せそうな紅久衣を邪魔するのはどうかな――と考えたリヒトは、一人で小さくうなずいた。


「紅久衣ちゃん。ボク、ちょっとお手洗い行って来るね?」

「はーい」


 幸せほんわか顔でうなずく紅久衣に小さく手を振って、リヒトはペット売り場から離れていった。


 嘘から出た誠ではないが、最寄りのトイレは外へと出てすぐのところにある離れのトイレだ。


(場所的にもちょうど良いかな?)


 リヒトがそのままトイレに入っていくと、追いかけるように男性がトイレに入ってきた。


「キミ、ちょっといいかな?」

「はい?」


 リヒトは振り向きながら、声を掛けてきた男をさりげなく観察する。


(S2Uが警戒していたのはこの人か――?)


 服装こそアロハシャツにジーンズという明るい感じのモノだが、明らかにカタギではなさそうな雰囲気を纏っている男だ。


「少し話があるんだけどさ」


 ただ、どことなく違和感がある。

 その違和感を確かめる為に、リヒトはわざとらしく嘆息した。


「はぁ……またですか」

「なにがだ?」


 リヒトの言葉が理解できなかったのだろう。アロハの人は首を傾げる。

 それを気にせずに、リヒトは続けた。


「ボクが昔受けた手術が、科学だか医学だかのすごい技術の集大成だったから、わざわざ誘拐して解剖しようとか、どうかしてると思うんですよね」

「え?」


 アロハの人が明らかに困ったような顔をする。


 ちなみに、リヒトが口にしているのはでまかせでもなく事実だ。

 リヒトを狙うストーカーの大半は、この理由でリヒトを誘拐するべく様子を伺っているワケである。


 ただ、アロハの人のリアクションはこれまでリヒトを襲ってきた者たちと少々反応が違う。


(別件……かな? まぁS2Uの警戒に引っかかったんだから、無関係とはいえ、まともな人ではなさそうだけど)


 もらい事故の類かもしれないが、どちらにしろ降りかかる火の粉だ。


「違うんですか? そういう人たちと同じような空気を纏ってるから、てっきりそれかと」


 問うと、慌てたような困ったような様子でアロハの人は答える。


「い、いや……キミの言うような輩ではないな」

「そうですか。ならなんの用ですか?

 明らかにカタギでない人が、ボクがトイレに入ったタイミングで狙い澄まして声を掛けてくるとか、怪しい以外の言葉がないんですけど」


 少なくともフレンドリーな相手ではないだろう――というニュアンスを滲ませて向き合えば、アロハの人は鼻白はなじろむ。


「まさか男の方もカンが良いとはな。何かと勘違いされてるようだが、隠せないなら仕方ない」


 諦めたように男が嘆息すると、右手の親指と人差し指を立てて銃に見立ててリヒトに向けた。


「オレはショットマンと呼ばれている。初めましてだ」


 名乗ると同時に、アロハの人の背中に金属板をツギハギして作ったような翼が現れる。

 続けて、指が本物の銃のような姿に変わり、同時にその銃から弾が発射される。


 弾はリヒトの顔の横を抜けてトイレの壁に穴を穿つ。


「何が起きているか分からないと思うが、オレは指先から本物の銃弾を撃てるんだ。

 超能力――っていうと安っぽいがそういうチカラだよ。こいつはSAIサイ能力ってやつでな? オレはこのチカラをショットマンと名付けた。コードネームの由来ってやつだ」

「…………」


 リヒトは声を声を出さずに、アロハの人――ショットマンをじっと見つめる。

 観察しながら、ペラペラと口が軽くて中身の薄っぺらいやつだぁ……と感想を思い浮かべるが、表には出さない。


「怖くて声が出ないようだが……安心しろ。殺したりはしねぇよ。あの女を痛めつけるのに重要な人質様だしな?」


 能力を見せたことで、こちらがビビっていると思ったのだろう。

 ショットマンは先ほどまでの見せかけのフレンドリーさもなくなり、明らかに害する気まんまんの態度を見せてくる。


「……あの女……紅久衣ちゃんのコト?」

「クグイ? ああ、今はそう名乗ってるのか? お前と一緒に仲良くやってる女のコトであればそうだよ」

「そっか。ボクの勘違いか。これはボクの案件じゃなくて、紅久衣ちゃんの案件の貰い事故ってところかな?」


 小さく息を吐いて、リヒトは態度を変えた。

 左手をズボンのポケットに突っ込み、右手で首を撫でながら気怠げな視線をショットマンに向ける。


「随分と肝が据わってるな?」

「そりゃあ、キミみたいな人……別に初めてじゃないし?」

「一、二発……弾丸ぶちこまないと分からねぇってか?」

「やれるものなら?」


 リヒトが露骨に肩を竦めて見せると、怒ったようにショットマンは指先の銃口をリヒトに向け――


「……え?」


 直後、ショットマンは目を見開いてうずくまった。


「いってぇぇぇぇぇ~~……?!」


 ショットマンの左足のアキレス腱あたりにえぐれた傷ができて、そこから出血をしている。


「な、なにが……?」

「言ったでしょ? キミみたいな能力者ヒトは初めてじゃないって」

「……お、お前は……ッ!」


 反撃しようとショットマンが指先の銃口をリヒトに向けようとするが――


「うおおおおおお~~……ッ!?!?」


 それが発射されるよりも先に、地面へとうずくまる。


「あ、足に……また……左のふくらはぎに、なんでえぐれたような、傷が……急に……?」

「なんで? それはキミが一番分かってるんじゃないかな?」

「……あ! お前も、能力者……」


 ショットマンの表情が、明確に恐怖に変わった。


「そうだよ」


 リヒトが肯定すると同時に、ショットマンの右のふくらはぎに、同じようなえぐれ傷が発生する。


「うおわあああ~~……ッ!?


 立ってられずに膝と両手を床に突きながら、ショットマンはリヒトを見上げた。


「指先を銃に変える能力――確かに暗殺とか隠密のミッションには有用そうだけど……使い手が、正しい使い方を理解してないんじゃあね?」


「お、オレに何を……!」

「教えるワケないでしょ? そもそもボクを人質に紅久衣ちゃんを傷つける気満々の人に、何か教える気もないし」


 膝をつくショットマンの横を通って、入り口の方へと向かうリヒト。

 それを見ながら、ショットマンは意地で立ち上がる。


「クソがぁッ!」


 指先の銃口をリヒトに向け――


「遅いよ」


 リヒトの腕の中から、マッチョな腕が浮き上がる。

 昨晩、紅久衣が投げた布団を受け止めたものと同じ腕だ。


 その腕が拳を握り、ショットマンのボディを強打して吹き飛ばす。


「ごほッ!?」


 トイレの一番奥の壁に背中からぶつかって、ズルリと床へ尻餅をつくショットマンに、リヒトは冷たい眼差しを向ける。


「ボクはこれから紅久衣ちゃんともっと仲良くしたいんだ。ふつうの人たちのお付き合いみたいにさ」

「ごふっ……は! 無理だな。お前やあの女は、オレらみたいな厄種の、いい獲物だ……」


 小馬鹿にするように笑うショットマン。


「……ッ!」


 リヒトは奥歯をギシリと鳴らしながら、無言でS2Uの腕を振う。

 そのまま男を、個室の便器の方へと吹き飛ばした。


 偶然ながら、お尻から便器に突っ込んで綺麗にハマったのを見て、リヒトは小さく息を吐いた。


「たった一日。一晩一緒に過ごしただけかもしれないけどさ……だけど、それでも――」


 その姿勢でも反撃使用と指先の銃口を向けてくるショットマンに――


「――少なくともボクは本気なんだ……本気で嬉しくて楽しくてッ、もっと一緒にいたいてッ! そう思ったんだッ! だからッ、つまんないやつがッ、つまんない邪魔をッ、するなッ!!」


 ――その指先にS2Uの拳をたたき付けてへし折りながら、そのままボディへとぶちこむ。

「ぐぅ、え……っ……」


 ショットマンが呻いて、意識を失う。

 指ごと、腕ごと、S2Uの拳をぶつけてしまったので、どちらも変な方向に曲がってしまっているが、まぁ仕方のないことだ。


 この手の家業をしているのであれば、覚悟していることであろう。


 彼が意識を失うと同時に、彼の背中に展開していた金属板をツギハギしたような羽も消えていく。


「はぁ……紅久衣ちゃんも、なんか大変そうだな」


 とはいえ、本人が教えてくれるまでは、こちらから余り聞き出すようなことはしたくない。


「排除できる範囲で、ボク狙いの人たちを追い返すついでに、こいつらも追い返しておくか」


 独りごちると、リヒトは便器に尻をハメて意識を失っているショットマンへと背を向ける。

「S2U。個室の戸締まりお願い」


 そういってリヒトが個室の扉を閉めると、リヒトに従う白鳥のかぶり物をした小人たちが、個室へと入り込み内側から鍵を掛けて戻ってくる。


「……ボクの案件としては別物だけど、一応連絡しておくかー」


 リヒトをストーキングしてくる人たちを返り討ちした時、連絡するように言われているLinkerのIDへとメッセージを送るべく、情報を打ち込み――


唐竹台からたけだい。駅前のホームセンター。駅側の離れにあるトイレ。一番奥個室。

 自称ショットマン。能力名もショットマン。

 指先を銃へと変化させて射撃。発動時背中に羽が生える模様。

 メッセージ送信時、気絶》


 ――そこまでやってから、リヒトはショットマンのいる個室を見る。


「……あー……そのままってのも良くないかな?」


 トイレの用具置き場にあった長いホースをS2Uたちに持たせると、ショットマンとトイレのタンクをぐるぐる巻きにした。


「よし」


 改めてメッセージを入力し、送信をする。

 そこで一息入れると、リヒトはスマホをポケットに戻す。


「あ、S2Uの何人かは、ここで見張りしてて。明らかにこの人の仲間っぽい人が来たら、攻撃しちゃっていいから」


 ともあれ、S2Uが警戒していた男は倒した。

 あとは何事もなかったかのように、紅久衣の元へと戻ればいい。


「さて、戻るか」


 リヒトは手を洗ってからトイレを出ると、ペット売り場へと向かう。


 ところが――


「あれ?」


 ――ペット売り場に、紅久衣の姿はなかった。



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