第14話 朝起きると料理の音や香りがしてくるシチュエーションって良いよね


 セットしてあったスマホのアラームが鳴る前に、トントンというリズミカルな音が聞こえてリヒトは目を開ける。


 台所の方から聞こえてくるそれは、誰かが包丁を使っている音のようだ。


 強い眠気でスッキリとしない頭を抱えながら、リヒトは身体を起こす。


「あ? リヒトくん起きた? おはよー」


 そして、台所にいる女の子から声を掛けられて一気に意識が覚醒した。


「お、おはよー。紅久衣ちゃん」


 なんだか目が覚めると女の子がいるというのはとてもドキドキする。


「先に起きちゃったから、キッチン借りてるよ。一緒にリヒトくんの分も作るね」

「あ、うん」


 しかも、朝食を作ってくれているらしい。


「リヒトくんって起きてすぐ食べれる方?」

「食べられるんだけど、その前にシャワー浴びたいかな」

「シャワー? 朝シャン派?」

「……というより、なんて言うか寝起きのルーティーン、みたいな? どんな時でもちゃんと目を覚ます為にやってきた日課というか」

「なるほど。一日を始めるための決められた準備運動ってやつだね。りょーかい」


 日常におけるいわゆるプリティッシュルーティーンの一種だと、理解してくれたようだ。

 こういう時に、いちいちシャワー浴びなくていいでしょ――みたいな否定をしてくるような人じゃないと知れて、安心する。


 リヒトは布団から出て立ち上がる。


「布団はシャワってから片付けるから、このままにしておいて。冷蔵庫の中のモノとか外に出てる野菜とかは好きに使っていいから」

「はーい。昨晩もそれを聞いてたから使わせて貰っちゃってるよ」

「うん。なら気にしないで使ってー」


 そんなやりとりをしながら、着替えの準備をする。

 それから着替えを手にして脱衣所に入った時、ふと思うことがあって、リヒトは脱衣所から紅久衣に声を掛けた。


「そういえば紅久衣ちゃんは、髪の毛とかのセットはもうしたの?」

「したした。ドライヤーとか借りちゃったけど」

「全然問題ないよ。むしろ、ちゃんと使ってくれて良かった」


 変に気にされて使われずセットとかしてないと言われたら、逆にリヒトが気にしてしまうところだった。


「出てくる頃には食べれるようにしておくね」

「ありがとう。朝のルーティンは、わりとカラスの行水レベルだと思うから」

「はーい」


 起きると家に女の子がいて、朝ご飯を作ってくれている。

 そのシチュエーションにドキドキしっぱなしなのを悟られぬように、努めて冷静に対応しながら、リヒトは服を脱いで浴室へと入っていく。


(もうなんかドキドキしっぱなしだ……女の子と、カノジョと付き合うっていうのは、こんなにドキドキするんだな……)


 そんなドキドキを落ち着かせるように、いつもより長めにシャワーを浴びるリヒトだった。



 朝食は、いつもリヒトが食べているモノと比べるとちょっと贅沢だった。あるいはオシャレと言った方が正しいか。

 

 メインディッシュは、エッグベネディクトだ。

 リヒトが朝食用に買ってあったマフィンを使ったようである。


 トーストされたマフィンの上に、カリカリベーコンが二枚。ベーコンの上にぷるぷと揺れる半熟のポーチドエッグが乗せられ、その上からオランデーズソースが掛かっている。


 大きめのプレート皿には、エッグベネディクトの他に、レタスサラダも一緒だ。

 さらにはマグカップにコーンスープまで用意されている。こちらは、リヒトが普段から飲んでいるインスタントのようである。


 ただ、こういうオシャレに盛られたプレート料理と一緒に、普段使ってるカップとは別のカップで出てくると、なんだか別物のように感じられて不思議だ。


「すっごいよ、紅久衣ちゃん! オシャレなお店のご飯みたい!」

「ありがと。そんなに喜んで貰えるなら、作った甲斐もあったものね」


 ついついはしゃいだ声を上げながら、リヒトは席についた。


「紅久衣ちゃんはいつもこんな朝食なの?」

「まさか。昨日からいっぱい良くしてもらったお礼も兼ねてね。普段はトースト焼いて目玉焼き一枚とかそんな感じ」

「じゃあ僕と同じか」

「リヒトくんは朝、パン派?」

「パンが好きだし、ご飯も好き。どっちでもOKかな」

「そっか。作ったのがパンだからご飯の方がいいって言われたらどうしようかと思っちゃった」

「せっかく作ってくれたのに、それに文句言うようなコトはしないよ~」


 そう言って、リヒトは手を合わせて「いただきます」と口にする。


 普段なら、健康の為も考慮して野菜から食べるリヒトだが、今日はそんなことを言っている場合では無い。


 ナイフとフォークを手にして、いざエッグベネディクト……というわけだ。


 手にしたナイフでポーチドエッグを割ると、オランデーズソースの下で黄身が溢れ、ソースの隙間からとろりとした黄身が顔を出した。


 ソースと黄身が混ざり、マーブル模様を描くのを見ながら、リヒトはマフィンとベーコンを切り、それに絡めて口に運ぶ。


 まろやかなコクのオランデーズソースに、黄身の深みが加わったソース。ベーコンの塩気と食感。トーストされたマフィンの香ばしさ。

 それらが渾然一体の美味しさとなって口の中に広がっていく。


「美味しい!」

「そんな目を輝かせるほど?」

「輝かせるほど!」


 リヒトからすると、こんな風に誰かに作ってもらった料理を食べるということそのものが、随分と久しぶりな気がする。


 バイト先のまかない料理などもあるけれど、それらとは違う。明確に、リヒトと一緒に食べる為に作られた料理だ。


 それだけで、何倍も美味しくなった気がする。

 リヒトのリアクションを見ながら、紅久衣も自分の分を口に運ぶ。


「うん。美味く出来て良かった。ポーチドエッグ、意外と失敗しやすいのよね」

「お酢を入れたお湯で泳がせるんだよね? うまく纏めて固めるの難しそうだなぁとは思ってた」

「そうそう。白身がバラバラになっちゃったり、途中で黄身が割れちゃったりね~」

「ソースも自家製?」

「もちろん。バターとレモンと塩と胡椒。自炊してるだけあって全部揃ってたから、ありがたく使わせてもらっちゃった」

「僕が使うより有意義な使い方されてるかも」


 自分の家で、誰かに作ってもらった朝食を、誰かとお喋りしながら食べる。

 当たり前のことながら、本当に久々に味わう体験に、それだけでリヒトは自分の顔がほころんでいくのを感じる。


 そのまま気分良く完食した時、スマホにお知らせ通知が表示されているのに気がついた。


「ん? マスターからLinker?」


 ロックを解除してLinkerの画面を呼び出し、トーク画面を確認する。


《今日はお店を休んでくれてOKだよ。

 彼女さんの買い物に付き合ってあげるといい。

 あと、昨日買った掃除用具で二階も掃除するんだろう?》


 メッセージを確認して、リヒトは小さく……だけど力強くうなずいた。


「紅久衣ちゃん。今日の予定が決まりました」


 リヒトがLinkerを確認している間に、食べ終わった食器の片付けを始めていた紅久衣に声を掛ける。


「そうなんだ。どんな予定?」

「改めて掃除用具を買いに行きます」

「あー……」


 カレシはLinkerに届いたメッセージを見て、カノジョはカレシに言われて。

 二人は、昨日ホームセンターに行くだけ行って、全然買い物をせずに帰ってきたことを思い出したのだった。



===


お読み頂きありがとうございます!


もしよろしければ、作品フォローや、☆レビュー、いいね♡などをして応援して頂けると嬉しいです٩( 'ω' )و

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る