第13話 キミが気づいてなかった物語~それはデネブもアルタイルもベガも無関係な長い夜の寝物語。


 消灯からしばらく。


「ね、寝れない……」


 布団に潜りながら、リヒトは高鳴りっぱなしの心臓のせいで寝れないでいた。


(ボクのベッドに女の子が寝ている……)


 何となく身体を起こして、ベッドの方を見る。


 窓から差し込む月の灯りがまるでスポットライトのように紅久衣を照らしていた。

 偶然かもしれないけれど、その光景はまるで物語に出てくるお姫様のようで、とても綺麗だった。


 そして、そんなお姫様が自分のベッドで寝ているという光景がどうにも非現実的で――


(本当にこれ、現実なのかな……)


 そもそもからして、女の子が空から落ちてきて、その女の子と付き合うことになって、女の子の家に行ったら燃えてて、今後どうするかを一緒に考えて、ホームセンターに一緒に買い物いって、ご飯食べて、夜のお買い物を一緒にして、そして今は家で一緒に寝ている。


(なんかすっごい濃かったけど、まだ出会って一日目だもんな……)


 彼女の唐突な言葉に勢いで乗ってしまったけれど、冷静になってみると誘いに乗って良かったのだろうか――と思う自分がなくもない。


 けれどもそれ以上に――


(一緒にいて楽しかった)


 ――それは間違いなくて。


 あの時に、「結婚を前提にお付き合いしてみる?」と差し出された手を取ったことは、間違いなかったんだと確信は持てる。


(未来のお嫁さんが空から振ってくる……か)


 あのピンポイント占いは、案外正しかったのかもしれない。


(紅久衣ちゃんは、どう思ってくれてるんだろう……?)


 夜空からこぼれ落ちるスポットライトの灯りを浴びて、神秘的にミステリアスな雰囲気で、だけど安らかに寝息を立てている紅久衣の顔を見ながら、リヒトは思う。


(それはそれとして……空から落ちてきた理由――なんだかんだで聞きそびれちゃってるな)


 彼女が出来たこと。

 一緒にいて楽しくて、浮かれてしまって、しかも火事とかインパクト大きすぎる出来事もあって、だいぶその疑問は脇へと行ってしまっていたのだが。


 どうして空から落ちてきたのか。

 疑問には思うけれど――


(……聞かれたくないコトとかあるだろうな……)


 ――夜の公園での顔を思い出して、リヒトは何とも言えない顔をする。


「……S2Uエス・ツー・ユー……」


 リヒトが、何かに向かって小さな声で呼びかけた。

 すると、リヒトの周囲に二・五頭身ほどの小人のようなものがわらわらと集まってくる。足音を殺すように抜き足差し足で。


「まぁ、秘密にしているコトがあるのは、お互い様だもんね」


 それは白鳥を模したような鳥のかぶり物をした、半透明の何か。

 人の形をしているけれど、明らかに人ではない。

 かぶり物のくちばしの奥に、ロボットのようなツインアインを光らせたそれは、上半身は白いメッシュのノースリーブのような上着を、下半身は真っ白なタイツと白い編み上げブーツを履いたような姿をしている。


 どれも似たような姿でギリシャ彫刻のようなマッシヴなシルエットをしていながらも、一体一体に小さな個性があった。

 剣を背負っていたり、胸当てをしていたり、グローブやネックレスをしていたり。


 そのうちの一体――装飾が一番多い個体へと、リヒトが手を差し出す。

 装飾の一番多い個体――リーダーが、リヒトの手の上へと軽やかに飛び乗る。


 リヒトはその手を顔の前へと持ってくると、手の上の小人は、手を後ろで組み、何かを報告するような仕草を見せた。


「……またストーカーが出てるのか」


 良く不審な人につきまとわれることの多いリヒトだが、今は一人ではなく紅久衣が一緒にいる。

 変に巻き込んでしまうのも良くないだろう。

 いつものように、その手の相手の対処法に詳しいというマスターに相談するだけで解決する程度であればいいのだが――


「今日は様子見……かな?」


 リヒトを狙う不審者は、時々直接的な手段を取ってくることもある。

 ただ今はこちらの様子を見ているだけのようだ。


「しばらくは、S2Uをオートガードモードにしとくかなぁ……」


 燃費は悪くなるが、背は腹に変えられない。


「みんな、今夜は警戒よろしく」


 そう声を掛けると、S2Uと呼ばれた小人の群れは、軍隊のように敬礼をして、バラバラに散っていって姿を消した。


 ふぅ――と息を吐いて、手の上にいる小人も下ろす。


 ちょうどその時だ――


「ううん……」


 紅久衣がうめきながら寝返りを打った。

 ついでに勢いよく、布団を蹴っ飛ばす。


 自分の方へと飛んでくる布団を見ながら、手を掲げる。

 同時に、さっき下ろしたばかりのリーダー小人がリヒトの腕に飛びついた。


 リヒトの腕の中から――まるで水の中から顔をだすかのように――複数の小人たちが姿を現すと、リーダー小人と融合していき、一本の腕を形つくる。


 その腕はリヒトの腕から剥がれて独立すると、リヒトの意志に合わせて動きだす。


 リヒトの腕の中から生えたもう一つの腕は、飛んでくる布団を空中でキャッチする。

 小さく息を吐きながらリヒトは立ち上がった。それからもう一つの腕が手にしているその布団を受け取ると、その不思議な腕を自分の腕の中へと戻した。


「意外と寝相が悪いのかな?」


 微笑ましいものを見るように笑いながら、布団をかけ直す。


「……ボクも寝るか」


 色々と考えごとをしているうちに、緊張と興奮による胸の鼓動はすっかり落ち着いている。 

 改めて自分の布団に潜った時、また布団が飛んできて、リヒトの上に落ちてくる。


「…………」


 もう一度戻してあげようと、布団を掴んで立ち上がった。

 すると、ベッドの上の紅久衣のトレーナーがめくれて、お腹が丸出しになっている。


「…………」


 おへそが見えているだけでなく、スウェットも少し下がっており、下着が「やぁ」とチラ見えしている。


(し、自然体のえろす……そういうモノもあるのか……ッ!!)


 落ち着いたはずの胸の高鳴りが再燃した。

 とりあえず服を戻すのは些かためらいがあるので、布団だけかけ直してあげることにする。


 それから、音を立てないように大きく嘆息し、リヒトは布団に戻った。


 再び眠れなくなったリヒトだったが、なんとか寝ようと目を瞑る。

 ややして、ごそごそとベッドから音がした。


 また布団が飛んでくるのかと思ったものの、どうやら紅久衣が起きたようだ。

 ベッドから降りて、フラフラとキッチンへと向かっていく。


「……れいぞーこ……しつれいしまーす……」


 完全に寝ぼけている声で冷蔵庫を開けると、麦茶の入ったボトルを取り出し、コップに注ぐ。

 どうやら喉が渇いていただけのようだ。


「……おいし……」


 ふーっと息を吐いてグラスを流しに置き、麦茶をしまう音がする。

 それからまたフラフラとベッドの方へと戻ってくるが……ベッドに戻りきれずに、ベッドの縁へともたれかかるように眠ってしまった。


(ええーっ!?)


 どうしよう――と、リヒトが思っているうちに、紅久衣は少し寒いのかベッドの上の布団を引っ張る。

 そのまま寝ぼけるようにリヒトの方へと倒れてきて、布団をかぶると、すよすよと眠り始めた。


 リヒトの背中に――布団越しながら、紅久衣の背中を感じる。


(え? あの、紅久衣ちゃん……?)


 なんとか紅久衣をベッドに戻そうか……などと思うも、お姫様抱っこするには勇気が足りない。

 自分自身のパワーが足りているのは、朝の時点で証明されているのだが……。


(考えてみたら、抱き止めるためとはいえ、ボクもだいぶ大胆なコトしたな……!)


 今になって急に恥ずかしくなってくる。

 だが、今はそれを恥ずかしがっている場合ではない。


 何か手はないだろうか――と悩んで、ふと思いつく。


(はッ!? こういう時の超能力S2Uでは?)


 見た目は小人ながらパワーのあるS2Uたちに頼めば――


 周囲にいる小人たちが「そりゃムリだ-!」と手をバッテンにして首を横に振っている。


(え? 半数がオートガードモードで周囲警戒に当たってるから、パワーが足りない?

 合体しても片腕くらいにしかなれないし、小人モードだと持ち上げるのが精々でベッドの上への移動は無理……?)


 ――どうやら、そう上手くいかないらしい。


(さすがに、オートガードを解くのはちょっと危険な気がするし……)


 散々悩んだリヒトは、諦めることにした。

 甘んじてこの状況を受け入れよう。


 背中に紅久衣の熱を感じ、ドキドキしながらもリヒトは目をきつく瞑る。

 だが、リヒトのそんな覚悟をあざ笑うかのように、紅久衣は寝返りを打ってきた。


 紅久衣の腕が、リヒトの上に乗る。


「え?」


 どうやら紅久衣は寝返りでこちらに向き直ったらしい。

 真後ろから、穏やかな寝息が聞こえてくる。


(うわーうわーうわー!)


 もう、リヒトはどうして良いのか分からなくなっていた。


 とりあえず、それでも分かったことはある。


(マスターからのあのスタンプの意味ッ、今ッ、ボクはッ、魂で理解した……ッ!!)


 これは――がんばって寝なければ、寝付けない。


 そうしてリヒトは、明け方近くにようやく入眠に成功する。

 だけど、寝不足になるのは確実なようだった。


  ・

  ・

  ・


「んむ……にゃ?」


 紅久衣が目を覚ます。

 自分がベッドに寝ていないことに不思議に思いながら、身体を起こす。


「……?」


 何故かリヒトの横で眠っている。

 布団も自分の分は掛かっている。


「……あれー?」


 どうして自分はベッドの下で寝ているんだろうか?

 夜に一体、何があったのだろうか?


 寝ぼけまなこで周囲を見回し、寝起きで働かない頭を回転させながら、紅久衣は不思議そうに首を傾げるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る