第9話 マイホーム(に来た)マイヒロイン
マスターにはホームセンターを見るのが楽しくなっちゃって、買い物を忘れてしまった――と、素直に返信した。
今日はそのまま紅久衣と帰ることにする――と、メッセージを送ったところ、マスターからは、なんかのゲームの可愛いキノコ型モンスターが「そうか、がんばれ」と言っているスタンプで
(……このスタンプ、どういう意味だろう?)
良くは分からないけど、話は通じたと思うので、リヒトは紅久衣と一緒に自分の家へと帰るのだった。
掃除道具はまた明日改めて買いに来ることにしよう。
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リヒトの家は、比較的最近建てられた二階建てアパートだ。
二階の角部屋。綺麗で広めの1LDKという悪くない部屋だ。
風呂、トイレが別な上に、脱衣所に独立洗面台があるのがポイントが高い。わりとリヒトは気に入っている部屋である。
自分の家の玄関の鍵を開け、靴を脱ぎ、振り向く。
「散らかってるけど、どうぞ紅久衣ちゃん」
「うんお邪魔します」
そうして彼女が靴を脱いで玄関を上がった時に、リヒトは気づいた。
(あれ? ボクの部屋に女の子がいる……ッ!?)
連れてきたのだから当たり前である。
ともあれ――いるのだから、もてなす必要がある。
玄関から伸びる廊下兼キッチンを通って、リビングを示す。
「そこ座ってて」
「うん」
「手とか洗いたかったらこっち――お風呂のところに洗面台あるから。タオルも横にあるの使っていいよ」
「じゃあ、先そっち借りようかな」
ドキドキしながらそう口にして、リヒトは冷蔵庫に向かう。
紅久衣が脱衣所の洗面台で手を洗う音が聞こえてくる。
(じ、自分以外が居なかった空間に誰かいるって不思議だ……)
そんなことを考えながら、麦茶の入ったボトルを取り出す。
毎日ペットボトル買うと高く付くので、水出しできるティーパックで作ってるモノだ。
「こっち座ってるね」
「うん。あ、麦茶でへいき?」
「大丈夫だよー」
食器棚からグラスを二つ取り出して、自分の分と紅久衣の分を注ぐ。
それを手に持って、振り返ると
フローリングに安物の絨毯を引き、安物の折りたたみテーブルを置いただけの部屋だけれど、そこに女の子が座っている。
(うわなんだろう? すっごいドキドキする……!)
それだけのことなのに、なんとも落ち着かない心地だ。
「はい。麦茶」
「ありがと……って、どうしたの? なんかぎこちない?」
「いや、その……うちに、自分以外の人がいるっていうのが新鮮で」
「あ。それちょっと分かるかも。火事がなかったらわたしがそうなってたかもねー」
「確かにそうかも」
そう言って笑い合ってから、リヒトは考える。
(それはそれですっごいドキドキして縮こまってそうだけど)
女の子の部屋に上がるなんて経験は過去にしていないのだ。結局ドキドキするしかないのではないだろうか。
「それにしても綺麗にしてあるんだね」
「単にモノが少ないってだけかも」
一応、部屋の隅に小さいテーブルがあって、そこにはパソコンがある。
ゲームとかしたいから、ちょっと部屋の雰囲気とは不釣り合いの、大きめゲーミングパソコンと大きめモニターだ。
「本とかは読まないの?」
部屋を見回しながら紅久衣が訊ねてくる。
それに答えながら、リヒトはテーブルを挟んで対面に腰を下ろす。
「読むよ。現物が欲しいのはやまやまだけど部屋が小さいからね。可能な限り電子で済ませちゃってるんだ」
パソコンの近くには、タブレットが二つ充電されている。
ゲーム用と読書用だ。
「そうはいってもどうしても手元に欲しい本とかあるんじゃないの?」
「……何を期待しているのか分からないけど……」
目を輝かせている紅久衣に苦笑しながら、リヒトは立ち上がると押し入れを開ける。
「一応、なくはないよ」
上下に分かれているその場所の下には、カラーボックスがいくつもあり、そこにはマンガやライトノベルなどが詰まっている。
「!」
それを見た紅久衣の目の輝きがさらに増した。
(マンガとかゲームとかすごい好きなんだろうなー……)
リヒトの手持ちのゲームやマンガの蔵品を見てテンションをあげている紅久衣の姿を見るのは、それはそれで楽しい。
「そしてあっちがあんまり使ってないテレビ?」
「うん」
「ゲーム機とかいっぱいあるみたいだけど」
「ここ最近はあんまり使ってないんだよね。ゲームもパソコンの――
「実はよく知らないんだけど、最近は家庭用版と一緒にそういうの出てるのは知ってる」
「ざっくり言っちゃうとパソコン用の、アプリストアみたいな感じ? 単なるショップってワケじゃなくて、対応しているゲームに対しては、通信機能を使った対戦や協力プレイなんかのマッチングシステムの補助みたいなコトもしてくれるんだけど」
「なんとなく分かったかも。ようはスペックを満たしているパソコンをStormっていうゲーム機のように扱えるアプリみたいな、そういう認識でいい?」
「うん。だいたいは」
「なるほど」
ふむふむ――と、うなずきながら、紅久衣は部屋を見回した。
「今朝の占いの話」
「ん?」
嬉しそうにニヤニヤしながら紅久衣が切り出す。
「あれが本当だとしたら、ここにあるマンガもゲームも全部わたしの財産の一部になるんだよね」
「え?」
「だって未来のお嫁さんなんでしょ? 夫婦は財産を一とするワケだし?」
「…………!」
ニィと歯を見せて笑う彼女の言葉に、リヒトは目を見開いて固まった。
「く、紅久衣ちゃんは……嫌じゃ、ないの……?」
「嫌って何が?」
「いやその、ボクの……お嫁さんに、なる……コト……」
「…………」
リヒトに言われて、紅久衣は自分が何を言っていたのか自覚して、ゆっくりと顔が赤くなっていく。
「い、嫌だったら……お試しでも、お付き合いしよう……とか、言わないから……」
「そ、そっか……」
そのまま二人は耳まで真っ赤にしながら、うつむいた。
しばらくそのまま、自分たちでもよく分からないモノを誤魔化すように、麦茶だけを呷っていく時間が続く。
ただその照れと羞恥が入り交じった沈黙の時間に、先に耐えられなくなったのはリヒトだ。
「ええっと、夕飯! 夕飯作ってくるね! 紅久衣ちゃんは食べれないモノとかある?」
ちょっと上ずった声でそう言いながら立ち上がった。
「アレルギーとかはないから大丈夫。気にしてくれてありがとね」
「うん。じゃあちょっとパスタか何か作ってくる。ゲームとかしたいなら、していいよ」
「ほんと!?」
「うん。テレビの横の棚にパッケージソフトあるし、DL版のゲームも結構インストールしてあるから」
嬉しそうに目を輝かせた紅久衣にそう告げて、リヒトはキッチンに立つ。
「さーって、何を作ろうかな」
照れくささが消えて、むしろ紅久衣に美味しいと言って貰えるものを作りたいな――と気合いを入れる。
だが、リヒトは気づいていない。
夕飯のあとにこそ、真の照れと羞恥がやってくることを。
だって、宿無しの紅久衣を連れてきてるんだよ?
女の子が自分の家にお泊まりするんだってこと、失念してるのだから。
あと、
「……なんだろう、自我に芽生えた地の文にツッコミを貰った気がする……。
いや、何を言ってるんだボクは。料理料理っと」
地の文だって自我を出したい時もあるのだ。
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