愛が空から落ちてきて~空から未来のお嫁さんが落ちてきたので一緒に生活を始めます。ワケアリっぽいけどお互い様だし可愛いし一緒にいて幸せなので問題なし~
第5話 すぐに新しい場所に住むフィクションは多いけど真面目に考えるとわりと無茶がある。でもこの作品はフィクションなので無茶を通す。
第5話 すぐに新しい場所に住むフィクションは多いけど真面目に考えるとわりと無茶がある。でもこの作品はフィクションなので無茶を通す。
駅前から少し歩いたところにある喫茶店『アントワープ』。
レトロな店構えの通り、店内もレトロな雰囲気だ。
元々はレトロなバーだったところを居抜きでやっているお店の為、どことなく店内には大人っぽいビターな雰囲気が漂っている。
「いらっしゃい……って、久慈福くんか」
お店に入ると、リヒトがよくお世話になっているマスターが声を掛けてきた。
マスターの名前は
やや小ぶりな丸メガネと髭の似合う、日本人にしては彫りの深い顔の男性だ。
元々はどこかで研究系の仕事をしていたらしいが、そこを退職してから趣味と実益を兼ねてこのお店をやっているらしい。
その経歴の通り、どことなく理系的な雰囲気のメガネ紳士で、このレトロな喫茶店のマスターらしい見た目の、物静かな空気を纏った人だ。
「お邪魔しまーす。今日は普通にお客さんとして来ました~」
手をひらひらさせながら返すと、マスターはリヒトの背後にいる人物へと視線を向ける。
「そちらさんは?」
マスターの問いに、リヒトは少し照れくさそうにしながら、告げる。
「えっと、カノジョさんの紅久衣ちゃん」
「綺村 紅久衣です。どうも」
「はい。こんにちわ。しかし久慈福くん、キミって彼女とかいたんだね」
「何気にマスター失礼」
「ふふ、すまないね。空いてる席に座っていいよ。見ての通り、今はお客さんいないし」
「それじゃあお言葉に甘えて」
リヒトに促されて入ってきた紅久衣は、マスターへとペコリと頭を下げる。
そんな彼女に、マスターは小さく微笑みながら手を上げた。
「あ、マスター。とりあえずブレンド二つで」
「あいよ」
歩きながら注文して、リヒトは一番奥の目立たない二人掛けの席に座った。その対面に、紅久衣も腰を掛ける。
「あの、リヒトくん……ここって?」
「ボクのバイト先」
「ああ、色々納得」
ちょっと入りづらそうなお店にためらわず入ったこととか、マスターと仲よさそうなこととか紅久衣が気になっていたことが一言で解決してしまった。
「ちなみにお店のオススメはね……」
「カレー?」
「……も、美味しいけど」
「ケーキ?」
「……も、美味しいよ」
「海鮮丼?」
「急にカフェメニューから遠くなってない?」
「海鮮丼の美味しい喫茶店ってあるから」
「あるんだ」
むしろ、そんなお店が存在しているという事実に、リヒトは驚く。
「カフェメニューだけだと売り上げが落ちて行っちゃったから、昔取った杵柄で海鮮丼始めたらバズちゃったらしいのよ。今じゃあ、お店の中で鮮魚も売ってるらしいわ」
「それはもう店内でコーヒーの飲める魚屋さんなのでは?」
「テレビで見た限りそんな感じだったよ」
「そんな感じだったかー」
世の中には色んなお店があるものである。
「はい。ブレンドお待ちどおさま」
マスターは持ってきたコーヒーを二人の前に置きながら、リヒトに訊ねる。
「うちも出す? 海鮮丼?」
「マスター、生の魚介類捌けるんですか? あと、コーヒーの香りが好きなマスターが、店に鮮魚の匂い漂うの耐えられます?」
「なるほど。やめておくか」
残念そうに肩を竦めて、カウンターの方へと戻っていく。
その途中で足を止めて振り返る。
「そうそう。お嬢さん。うちのオススメはアラビアータだよ。パスタの。
ペンネもスパゲティも両方あるから、ピリ辛が平気ならよろしく」
そうして今度こそカウンターへと戻ったマスターを見てから、紅久衣がぼそりと口にする。
「マスターって面白い人?」
「わりと。思いつきの提案をしてきてだいたいボクが却下するんだけど」
「今みたいな?」
「今みたいな」
二人で小さく笑いあい、紅久衣は手元のコーヒーカップを手に取った。
「いただきます」
コーヒーを一口啜り、笑みを浮かべる。
「美味しい」
「そうなんだよ。マスターのコーヒーは美味しいんだ」
リヒトもコーヒーを口にして、お互いにひと心地ついたところで、切り出した。
「さて紅久衣ちゃん。これからの話をしよう」
その言葉に、マスターの耳がピクリと動く。
お客さんもいなくて暇なマスターとしては興味あるワードだったのだ。
「紅久衣ちゃんて保険入ってる?」
続く言葉に、マスターの表情が変わった。
何言ってんだコイツ……という内心を抑えて、耳を傾けることがやめられない。
「わたしはよく分かってないんだけど、姉――あ、血が繋がってるワケじゃないんだけど、姉貴分的な?――が、アパート借りる時になんか色々と用意してくれてた。保険もあったと思う」
「それって資料とかどこかにある?」
「なんかどっかの貸金庫?」
「どこの?」
「……どこだろ?」
「…………」
コテリと可愛く首を傾げる紅久衣に、ふむ――とリヒトは小さく息を吐く。
紅久衣からすると、忘れてしまったことを誤魔化すつもりの言葉と仕草だったのだが、リヒトは真剣な表情で思案している。
「その人と連絡は――って、あ」
「うん。スマホ、壊れてる……」
「修理まで時間掛かるだろうしなぁ……他に何か無いかな?」
「クラウドとかにも残して置いてくれたみたいなんだけど」
「でもそれって」
「うん。パソコンはアパートだし、スマホは壊れてるし……」
「だよね……」
「ご、ごめんね?」
「いや。紅久衣ちゃんが謝るコトじゃないって。家が火事になったのは不可抗力だし、スマホが壊れているのだってそう。むしろ、お姉さんすごいね」
「うん。結構自慢の人」
姉が褒められて嬉しいのだろう。紅久衣はふふっと笑う。
家が火事になって大変だろうに、悲観した様子も無く、可愛く笑う姿に、リヒトは不思議な気分になる。
こういう前向きなところいいな――ってそんな風に思ったのだ。
そこへ、マスターが声を掛けてきた。
「久慈福くん」
「はい?」
「彼女さん、家が火事になったの?」
「そうなんですよ。即座に入居可能で借りれる家もそうないですし、スマホも壊れてて友達とかにも連絡が取れないから、とりあえずはボクの家かなぁ……とかは思ってるんですけど」
「ふむ。ところで、綺村さんだったかな? 家はどこにあったのかな?」
「
紅久衣がアパートの名前を口にした時、リヒトの目にはマスターが一瞬だけ気まずそうな「あ、やべ」みたいな顔が映った気がした。一瞬、冷や汗も出ていた気がする。
「そうか、ふむ……あそこか。さきほどなにやら消防車が大通りを通っていたのは……」
「うちの消火だと思います」
少し悩んで、マスターがふと思いついたことを提案する。
「……うん、よし。この店の二階、ほとんど使ってないから掃除すれば使えるよ。
久慈福くんの家もワンルームだろう? 二人で寝泊まりするには手狭だろうから、片付けて使ってくれて構わない」
「いいんですか?」
「ああ。久慈福くんも言っていたが即時入居できる物件というのもそうそう無いだろうからね。スマホも壊れているんじゃあ、なおさらだ」
古巣のやらかしのお詫びの意味もあるけど――と、マスターは二人に聞こえない声で呟く。
「何なら、二人で暮らしてくれても問題ない」
面白いことを思いついたような顔でそう告げるマスターに、二人は思わず顔を見合わせた。
「えっと、ボクが一緒に暮らすかどうかは置いておいて、紅久衣ちゃんはどう?」
「むしろありがたいです。本当にいいんですか?」
「ああ。店の中の階段からしか上がれないのと、お風呂が小さいシャワールームだけなのと、キッチンがないのが不便だと思うけど」
「いえ。屋根のある寝床が確保できるだけでありがたいですから。よろしくお願いします」
そんなワケで紅久衣の引っ越し先が決まったのだった。
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