第4話 誰かが連絡していようがしてまいが、結局のところ家が燃えてしまっているなら家主は呆然とするしかない


 ぴーんぽーん ぱーんぽーん

 ご覧の番組は『愛が空から落ちてきて』で間違いありません。

 なんだか雰囲気が違う気がしても気にせず読み進めてください。

 ぱーんぽーん ぴーんぽーん



     ※



「ようやく捕まえたぞッ!」


 昼頃の住宅街。


 無精ひげを生やした厳つい男が、若い男を地面へと押さえつけながらそう告げる。

 普段はもっと身なりを整えている厳つい男なのだが、取り押さえているこの男を捕まえる為にほぼ徹夜のような生活を四日ほど続けていたのだ。


「うっぜぇんだよッ!」


 押さえ込まれている青年は毒づきながら身体から炎を発する。

 ふつうの人間には不可能なその現象に、けれども厳つい男は顔をしかめるだけに留めた。


「熱いは熱いが……あいにくと、俺には効かないねぇなぁ!」

「クソがッ!」


 続けて毒づく青年に、厳つい男は拳を振り下ろして意識を刈った。


 これで決着。

 厳つい男とその部下達とが、四日も徹夜しながら追いかけていた発火能力者パイロキネシストはこれにて御用となったのだった。


「隊長。そろそろ人除けの効果が切れます」

「ギリギリだったか。だがホシは確保した。全員撤収だ」


 小さく息を吐きながら、厳つい男が号令を掛ける。


 彼らは警視庁の特殊チーム異能取締課の面々だ。

 TG機関という組織から後援を受けていることもあって、通称TGフォースなどと呼ばれたりもする。あるいは、縮めてTGF。


 日常を平穏に生きる人々の影で、彼らは超能力犯罪を日夜取り締まっている。

 それはそれは優秀で頼りになる人たちだ。


 だが、悲しいかな。今日は四徹した状態である。

 そのせいで、少しだけ頼りない状態になっていたりもするのだった。


「た、隊長! あちらのアパートに火が」

「さっきの悪あがきか! すぐに消化が出来る能力者を……」

「ダメです。人除けの結界が消えます!」


 すぐに人が戻ってくる状態では超能力による消火は厳しいか――そう判断した厳つい男は、小さく頭を振ってから声を上げた。


「撤退ついでに消防へ通報だ。通行人を装え! 余計なコトは口にするなよ!」

「みんな聞いたな! 一般回線で消防へ通報しつつ撤退するぞ!」


 そうして、まるでその場で超能力を使ったバトルなんて起きていなかったかのように、彼らの姿が消えていった。


 迅速で徹底した姿隠し。さすがは優秀な超能力犯罪取り締まり集団である。

 しかし、今日は隊長以下この捕り物に参加している部下全員が四徹していた状態だ。


 散開して、それぞれに撤退している中、隊員たちは眠い頭で首を傾げる。


(あれ? そういや誰が通報するんだ? 隊長か?)

(速攻で現場から離れて来ちゃったけど、誰か通報したのかな? まぁしてるか)


 おわかりだろうか。


(さすがに現場の火事を放置するバカはいないよな……距離が離れてたから見えてないボクが通報するのも不自然だろうし)

(あの放火野郎ってば最後に余計なコトしてくれちゃって! あ、隊長の言ってた通報って誰かしたかな? さすがに結界担当のアタシはそんなコトする余裕なかったんだけど)


 誰も、通報していないのである。


「ようやく終わったな」


 撤退用の車の中で、助手席に座った厳つい男が小さく息を吐く。


「これで寝れますね。その前に、本部に連絡しないと」


 ハンドルを握る副隊長が、車に搭載された通信機を起動して本部へと声を掛ける。


《はい。本部、オペレーターの鴨倉カモクラです》

黒鳥コクチョウたい夜谷ヤタニです。キャンプファイアーを確保。本部に連行しつつ帰還中です」

《お疲れ様でした。問題はありませんでしたか?》

「確保の直前に近くにあったアパートへキャンプファイアーの炎が引火。ボヤが発生しました。結界も消える直前だったので、一般の消防への通報しました」

《どなたが通報されたのでしょうか?》


 オペレーターから問われて副隊長が、助手席を見る。

 それに、厳つい男がうなずいた。


「隊長の烏間カラスマだ。隠蔽の方を優先しちまって部下に通報を任せちまってな。

 誰が通報したのか確認してない。本部に帰ったら確認する」

《わかりました》


 ちなみにこのオペレーター。

 本来、今日の予定は休みだった。だが、数日前に予定外に、昼勤務へと変更になっていたのだ。

 昨日はそれを失念していた。その為、休日のつもりで、前日の勤務後は友人達とカラオケで騒ぎ、夜は彼氏と明け方までベッドでナイトスポーツをしていたのだ。


 朝日が登り、そろそろ寝るかとシャワーを浴びた時に、今日が休日ではないと気づいて慌てて出勤してきた為、ロクに寝ていない。


 その為、本来の彼女であれば、念のためにと自分でも消防に通報するくらいの気遣いはしたのだが、今回は完全にその気遣いがすっぽ抜けていた。


 結局、関係者は誰も消防への通報はしなかったのである。


《では皆さん、気をつけてのご帰還を》

「ああ。帰るまでが任務だからな。気は抜かないさ」


 すでに抜けまくりなのだが、彼らは気づくこと無くそのまま帰還をするのだった。


 教訓:徹夜は冷静な判断力を失うので、気をつけましょう。


  ・

  ・

  ・


 日常の裏側でそんなことが起こっている中、お昼近くまでコスモバーガーでお喋りをしていたリヒトと紅久依クグイが、現場の住宅街近くを歩いていた。


 歩きながら、リヒトはふと思う。


(浮かれててすっかり忘れちゃってたけど、どうして紅久衣ちゃんは空から落ちてきたんだろう?)


 なんとなく深くツッコミづらく、どうしたものかと思いつつ、別のことを訊ねる。


「紅久依ちゃんの家ってこの変なんだ」

「うん。まぁボロい安アパートなんだけど。意外と悪くないんだ」


 住宅街を歩きながら、二人はふと気づく。


「消防車のサイレンが聞こえるね」

「結構近くっぽいね」

「もしかして紅久依ちゃんの家だったり?」

「あはははは。まっさかー!」


 リヒトと紅久依がそんなやりとりをしながら、曲がり角を曲がる。

 そうして、視界が開けた瞬間――


「うちのアパートが燃えて尽きて散っていらっしゃるぅぅぅ――……ッ!?」

「ええええええええッ!?」


 ――紅久依が叫び、リヒトは驚きながら周囲を見回す。


 野次馬や消防車などが集まっている場所の中心。

 恐らくは人の住めるアパートであっただろう建物の消火活動が、今まさに終焉を迎えていた。


 これはもう、紅久衣が空から落ちてきたことを訊ねる場合ではない。


「黒だよッ、真っ黒ッ!!」

「うん。落ち着いて紅久依ちゃん。見れば分かるから」


 残った部分は彼女が指差しながら言う通り、真っ黒な炭となっているのだ。

 リヒトが涙目の紅久依を落ち着かせていると、こちらに気づいた年配の女性が駆け寄ってくる。


「綺村さん!」

「大家さん!」

「良かった無事だったのね」

「大家さんも!」


 何でも大家さんはアパート一階の角部屋に住んでいたらしい。


「綺村さん、電話しているのに出てくれないからてっきり逃げ遅れたのかもって」

「ゴメンなさい。今、スマホ壊れちゃってて」


 その言葉に、リヒトはそう言えば――と合点がいく。

 出会ってからこっち、紅久依は自分のスマホをいじってなかった。


「大家さん、これからどうするんですか?」

「印鑑や通帳は回収できたからね。今日はビジネスホテルとか、友達のところに泊まって考えるわ。綺村さんは?」

「うーん……」


 悩む紅久依に、リヒトが訊ねる。


「友達とかは?」

「こういう時に泊めてもらえるかっていうと……」


 困ったような顔をする紅久衣に、リヒトが続けて言った。


「最悪、うちに泊まる?」

「え? いいの?」

「あら、そちらは?」

「えーっと、カレシのリヒトくんです」

「あ、ども」


 カレシと紹介されて照れながら、リヒトは頭を下げる。


「まぁまぁまぁ!」


 大家さんは嬉しそうに声を上げてから、申し訳なさそうな顔をした。


「でもゴメンなさいねぇ……せっかくカレシをお家に呼んだっていうのにこんなコトになっちゃって」

「あの……原因とかは分かってるんですか?」

「それが分からないのよ。ただ最近はこの辺りで放火未遂が連続してたから、もしかしたら……って」

「そうですか」


 嘆息する大家さんに、リヒトは小さくうなずいて、燃え尽きたアパートを見る。


「紅久依ちゃん。回収できそうなものあるかな?」

「あれじゃあ無理でしょう……大したモノは家に置いてなかったから、最悪はないと思うけど」

「そっか」


 リヒトは相づちを打ち、少し思案してから告げた。


「それじゃあ紅久依ちゃん、一度駅前に戻ろうか」

「え?」

「今日、うちに泊めるのは問題ないんだけど、その先どうするか考えないとでしょ?

 せっかく一緒にいるんだし、今後へ向けての作戦会議をしよう。一人で考えるよりも、建設的考えられるはずだし」


 顔を上げてキョトンとする紅久依の代わりに、大家さんが大きくうなずく。


「行っておいで綺村さん。これからどう動くかを考えるのは大切だしさ」


 大家さんに背中を叩かれた、紅久依は、分かったとうなずいた。


「それじゃあ、よろしくね、えーっと、リヒトくん?」

「はい。大家さん、失礼しますね」

「ああ、待っておくれよ。カレシさんの連絡先教えてもらっていいかい?

 綺村さんのスマホが壊れているなら、直るまでの連絡先としてさ」

「あ、そうですね。それは大事です」


 そうして、大家さんと連絡先を交換したあと、リヒトは紅久依を連れて駅前へと戻るのだった。


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