第3話 君の名は?なんて思わずうっかり口にしちゃうと冷静になった時の羞恥がすごい


 そんなワケでリヒトは、空から落ちてきた女の子と駅前のコスモバーガーへとやってきた。

 二階の四人席を取ったあと――


「それじゃあ注文に……」

「ああ、ここから頼むから大丈夫」

「出来るのか?」

「モバイルオーダーって知らない?」

「知ってるけど、あんまり使わないなー」


 席を立って一階へ行こうとする女の子に待ったを掛けて、リヒトはスマホのアプリを起動した。


「朝コスモの時間だけど、何食べる?」

「そういえば朝はメニュー違うんだっけ」


 リヒトの向かいの椅子に座り直した女の子に訊ねると、困ったような顔で手招きをする。


「スマホでメニュー見れる? 朝ってあまり来ないから何があるかよく分からないんだ」

「あ、うん。どぞ」


 スマホをテーブルに置いて中央の辺りまで差し出すと、女の子は身を乗り出してきた。


(うわ顔近っ!? やっぱ美人! そして可愛い!)


 馴れないことにドキドキしているリヒトのよそに、スマホを覗き込んでいた女の子は、あることに気づいて声を上げた。


「ほとんど見知らぬメニューなのにフィッシュフライバーガーだけ普通にあるんだ。朝に強いハンバーガーとか朝に弱い系女子からすると羨ましいぞフィッシュフライバーガー」

「ハンバーガーに朝型夜型があるとは思わなかった」

「ビーフパティ倍々メニューとか夜型でしょ?」

「ギャラクシィサイズアップサービスは確かに夜限定だけれども」


 思わず笑ってしまいながら、リヒトはふと真顔になった。


「しかしそれだと――朝限定のコスモグリドルのパンズに、ギャラクシィサイズアップでソーセージと卵をダブルにするという夢……実は不可能なのでは?」

「大真面目な顔して言うコトそれ?」


 そのまま二人で小さく吹き出す。

 初対面だけれど、こういう与太話の波長は合いそうだ。


「キミ、グリドルバーガーっていうの好きなの?」

「うん。蜂蜜が練り込んである甘いパンズなんだけど、ソーセージやベーコンの塩気と合わさった時の、甘塩っぱい感じ結構好きなんだ」

「へー、甘いんだ」

「好みは分かれるっぽくて不味いって感想も聞くけど」


 初めて食べた時に感動したのにネットで不評ばっかりを見てショックだったと、リヒトは苦笑する。


「マフィンバーガーの方はなんとなく想像できるから……キミが頼むグリドルバーガーセットと同じやつにようかな」

「はーい。ドリンクは?」

「ホットコーヒー。ブラックでいいよー」

「りょーかい。じゃあグリドルバーガーのソーセージエッグのセットを二つっと。サイドは朝限定のハッシュドポテトでいい?」

「そういうのもあるんだ。じゃあそれで」

「はいはーい。よし、注文完了」

「あ、おいくら?」

「このくらいならいいよ。変則的だけどお付き合い始めた最初のデートみたいなものだし」

「そもそも助けて貰ったのはわたしの方がではあるんだけど」

「空から落ちてきた女の子を抱き止めるという貴重な経験できたからOK」

「判定ガバガバじゃない」

「そう?」


 まさか占い通りに空から落ちてくるとは思わなかったし、実際に空から美少女が落ちてくるのを抱き止めるというフィクションじみた経験が出来たのだ。

 

 リヒト的にはかなりポイントが高い。

 自分でもなんのポイントなのかはよく分かっていないが。


 そのまま雑談しているうちに、一階からスタッフさんが上がってきて、二人のテーブルに注文したセットの乗ったトレイを置いていく。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。キミのおごりってコトで頂くわ」

「うん。どうぞ」


 包み紙を半分剥がして、女の子はグリドルバーガーを見る。


「なるほど、これがグリドル」


 そのまま一口食べて、不思議そうな顔をしながら目を瞬かせた。


「確かにパンが甘い。でもソーセージがしょっぱくて、卵の黄身が良い感じに双方の仲立ちになってて……うん。わたし、これ結構好きかも」

「良かったー! 賛否あるからちょっとドキドキしちゃったよ」

「朝だけしか食べれないの勿体ないな~」

「わかるー」


 言いながら、リヒトも自分のグリドルバーガーの包み紙を外してかぶりつく。

 そうしてお互いに半分くらいバーガーを食べた辺りで、ふと女の子が口にする。


「あ。すごい今更なんだけど、名前って……」

「ああ。グリドルっていうのはね、料理用の鉄板のコトなんだよ。海外だとホットケーキのコトをグリドルケーキと呼んだりするコトもあるみたいでさ、要するにこれってホットケーキバーガーみたいな意味なんだ」

「ほほう! それはまたナイスな豆知識……ッ! でも、わたしが聞いたのはそういう意味じゃあなくて」

「え?」

「キミの名は? 的な?」


 次の瞬間、リヒトは食べてたバーガーをトレイに置き、両手で顔を覆いながら言った。


「コミュ症でゴメンなさい」

「いやいやいやいやわたしも流れ的にちゃんと主語を入れて聞くべきだったからお互い様お互い様。わたしもあまり人のコトは言えないと思うし」


 女の子の方もやらかした――という様子でパタパタと手を振って早口で謝罪する。

 そうしてお互いにすまねぇなぁと言い合ってから、改めてリヒトは女の子の顔を見た。


(やっぱり可愛くて美人さんだなぁ……)


 見た目だけなら高校生後半ないし大学生の前半という感じだ。つまりはリヒトと同じくらい歳に見える。


 綺麗な栗色の髪。猫を思わせる切れ長の目に明るい色の瞳。

 色白の肌が印象的ではあるけれど、よく見れば彼女自身が纏う色は、全体的に色味が薄い。

 彼女自身の明るい雰囲気や快活な空気感がなければ、いつか消えてしまいそうな儚さを感じる色素だ。


 さっき抱き止めた時、体重は軽くはあったものの、アスリートっぽく鍛えているのを感じ取れたからこそ健康な人だと思ったのだが――

 そういう情報を持たない人が、図書館の片隅で本でも読んでる彼女を見たら、病弱の儚げ美人に見えたかもしれない。


(……っと、いけないいけない。自己紹介自己紹介。名乗らないと!)


 ふぅ――と、リヒトは小さく息を吐く。


「ボクは久慈福クジフク 理人リヒト。よろしく」

「うん。リヒトだね。覚えた」


 そして、彼女も自分を示して名乗りを上げる。


「わたしは綺村キムラ 紅久依クグイ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくね。えーっと、紅久依ちゃん……でいいかな?」

「ちょっと新鮮な呼ばれ方だ! うん。でもいいね! それで!」


 名乗り合ったあと、お互いにちょっとだけ気恥ずかしくなってしまったので、無言で朝食を口に運び出す二人。


 紅久依がバーガーを食べ終えて、ハッシュポテトを口にした時、目を見開いた。


「なにこれウマッ!? なんで常設じゃないの!?」

「わかるー!」

「ちなみに裏技としてコスモグリドルにこのハッシュポテトを挟むというモノがあります」

「やってみる! ……ウマー!」


 そのやりとりで、なんだか上手く付き合っていけそうな人だな――などと、お互いに思うのだった。

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