第2話 親方、空から女の子が!嘘じゃないって!本当に女の子が!!嘘じゃねぇって言ってんだろッ!!!信じろよッッッ!!!!


 空から、女の子が落ちてくる。


「お、親方! 空から女の子が!」


 思わずそう口にしたものの、直後に……助けなきゃ――という本能的な直感が働いた。

 やったこともないのに、脳裏に過ぎった動きは問題なく可能だという確信があり……。


「ぅ、ぅぉおおぉぉぉぉぉぉ――……ッ!!」


 理人は気合いを入れながら地面を蹴った。

 壁に向かって大きく跳び上がり、続いてビルの壁面を蹴って、より高く飛び上がる。


 壁を蹴った時に常人ではありえないような跡がついたけれど彼は気にすることなく手を伸ばす。


 そうして、落ちてくる女の子を受け止めた。


 空中で受け止めた時、意図せず横抱き――つまりはお姫様だっこの形となる。

 だから、着地までの僅かな時間、じっくりと彼女のことを見れた。


 色白で華奢で――だけど不健康とは無縁そうな体つき。

 よく見ると細身ながらも筋肉はしっかりついている感じなのでアスリートの可能性もある。


(女の子は軽いってマンガとかにあるけど、本当なんだ……)


 驚きで見開かれている彼女の目は、やや切れ長で猫のよう。

 明るい色の瞳でこちらを見上げている。


 そして、着地の瞬間がくる。

 出来る限り勢いを殺すように、両膝を深く曲げて勢いを逃がしていく。


「な、なんとか……なった……かな?」


 思わず声が漏れる。

 足は、痛いは痛いが――そう問題のある痛みでもない。


「大丈夫ですか?」

「え? えーっと、うん。大丈夫」

「良かった」


 抱き上げたまま訊ね、彼女は戸惑いながらもしっかりとうなずいた。

 問題なさそうなことに心の底から安堵して、理人は息を吐いた。


 その時、ふと脳裏にピンポイント占いのことが過ぎる。


「……この人が、未来の……お嫁さん、だったり……する?」


 囁くよりも小さな声で独りごちた。

 常人ならば聞き取れないだろう声だ。口もほとんど動いていなかったので読唇も難しかったことだろう。


 ともあれ、いつまでも抱いたままなのはまずので、理人は彼女を足下から優しく降ろした。


「えーっと、その……ケガとか、ないよね?」

「キミのおかげで。ありがとう」


 微笑む彼女は可愛らしい。

 正直、あまり――どころか接した女性といえば入院したりリハビリしたりしてた頃の医療関係者のみなさんくらいしかない理人には眩しすぎる笑顔だ。


「え、あ……はい。どう、いたしまして……」


 笑顔で告げられる礼に何とか言葉は返すものの――


(やばい……仕事以外の場面で女の子とどう接していいか分からない……!)


 表面はわりと紳士的な顔をしながら、この男――だいぶテンパっている。


(あと、こうやって人を助けた時ってどうやってこの場を後にすればいいんだろう?)


 女の子とどう接すればいいのか分からない上に、そんなことまで考えないといけないのは難易度が高い。


「ところで……」

「はい」


 女の子は少し意地悪そうな笑みを浮かべて訊ねてくる。


「お嫁さんってどういうコト?」

(聞かれてたぁぁぁぁぁぁ――……ッ!?)


 反射的に出てきた独り言をバッチリ聞かれていたらしい。


「いや、えっと、その……出かけに見た、占いで……」


 こうなると変に隠さず素直に話した方がいいだろう。

 そう判断した理人が、しどろもどろに答える。


「今日は未来の奥さんが空から降ってくるでしょう……って」

「…………」


 告げると、女の子は空を見た。

 釣られて理人も空を見上げる。


 狭い路地の真ん中で、そびえるビルの壁面に囲まれた隙間から、突き抜けるような青空が見える。


「なるほど。私が落ちてきたワケだ」

「はい。落ちてきました」


 女の子が何を考えているのか分からない。


「なるほどなるほど」


 だけど、空を見上げるその横顔はとても綺麗で可愛くて。


(もしかしたら、これが一目惚れって奴かもしれない……)


 そんなことを思うくらいには、理人はこの女の子に惹かれていた。

 占いがどうこう関係なく、もしかしたら自分はこの子と出会えば、シチュエーション関係なく、一目惚れしてしまうのではないか……と。


「よし、決めた」


 しばらく空を見上げて物思いに耽るような顔をしていた女の子は、小さく気合いを入れてこちらを見た。


 そして、理人を一発でノックアウトするような素敵な笑顔を浮かべる。


「キミの見たっていう占い、ちょっと信じてみない?」


 笑顔にやられている理人の脳では、その言葉の意味がうまく理解できず、聞き返す。


「それって、どういう……」

「ふふ。そのまんまの意味だよ。

 せっかくだから、付き合いましょうよ。結婚を前提に、ね?」


 可愛らしい笑顔から、あざとく小悪魔的な笑顔に表情を変えながら告げられた言葉。


(叫び声をあげたいけど、それはなんか失礼そうだから……。

 それに、ボクもこの子と仲良くなりたいし……)

 

 たっぷり数秒の時間を有して、言葉を理解した上で、理人はうなずいた。


「ええっと、それなら。うん。よろしくお願いします?」

「なんで疑問系?」


 クスクスと笑いながら、彼女は手を差し出してきた。


「でも、こちらこそよろしくね……ってコトで握手しない?」


 右手を差し出しながら、左手は垂れてきた髪を耳にかけてる。

 その仕草だけでドキドキとしてしまう。


 そのドキドキのせいで――

 彼女がどうして空から落ちてきたのだろう――とか。

 彼女は一体何者なんだろう――とか。


 そういうのがどうでも良くなっていく。


 理人が女慣れしていないというのはある。それはそれとして、彼女が可愛い。それは間違いない。


「あ、はい」


 言われるがまま、理人は彼女の手を握り返す。


(や、やわらかいし……あったかい……女の子の手……すごいな……)


 そうして――理人はドキドキしながら新たなる知見を得るのだった。


「ところで、僕これから朝ご飯なんだけど君は?」

「んー……じゃあ、一緒していい?」

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