第拾壱怪 柚月の行方

 翌日、柚月はすぐに病院に走った。

 学校にも来ておらず、登校した思乃が彼女が休んだことを知るとすぐにその可能性に辿り着く。


 昨日彼女は二つ返事で妖商店街との取引を吞んだ。思乃と同じ、何を犠牲にしてでもいいから大切な人を救いたいという思いから、自分を売ったのだ。


(『自分を売った』っていうのは何か言い方が悪い気もするけど、事実私は自分(の魂の半分)を売ったわけだから何も言えない....)


 思乃とて自信を犠牲に願いを叶えてもらった身だ。人のことは言えない。まぁ、不可抗力ではあったのだが....

 放課後お見舞いにでも行こうかと考えていたが、母親の名前を聞いていなかったと気づき、明日柚月が来たら聞いてみようと思う。八妖郷のことは伏せるにしても、柚月と私はもう友達だ。友人ならば、悩みごとの1つや2つ聞いてあげることくらいならできるだろう。


 この時はそんなこと考えもしなかった。

 きっと大丈夫。思乃の場合はイレギュラーがあったが、今回ばかりは大丈夫だろうとたかをくくっていたのが間違いだった。


 次の日、柚月は




***




「....というわけなんです。鬼童さんは何か知りませんか?」


 八妖郷第四舎、とある1室の中で思乃と鬼童が話していた。

 突然思乃に呼び出された鬼童は困惑したが、思乃の慌てた様子に何かを感じ取った鬼童はその呼び出しに応じたのだった。


「つまり、例の丹川柚月さんが既に3日間も登校していないと。そして教師も連絡を取っているが、家に行っても誰かがいる気配がないですか....」


「そうなんです!商品を渡した日から連絡が一切つかなくて....」


「実は私たちもその状況は分かっていたんです。捜索はしていますが....」


「?なんで知ってるんですか?」


「彼女に渡した癒膏香ゆこうのかおりですが、使用したとの通知が入っています。八妖郷わたしたちの商品は皆、現世にて使用が確認されるとお代の徴収に行くよう通知が来るんです。場所もわかりますが、あくまでもその場所は使用した場所であって使んです」


 ということは、柚月は買った癒膏香を使用まではしたのだ。だが、そこからの行方が分からないと。

 彼女が消える理由はなんだ?母親が治るようになったから、八妖郷の妖怪に捕まらないように逃げた?

いや、彼女に限ってそんなことはしないだろう。彼女は誠実な性格だ。

 ならなんで....?


 疑問ばかりが募っていく。だが、どう足掻いても答えが出るわけではなかった。


「ともかく、今丹川さんに何が起きているのかを確かめる必要がありますね....」


「そうですね。では行ってみましょうか。夜ならば人もいないでしょうし」


 スッと立ち上がった鬼童。

 どこに行くのだろう?と思乃が顔で語ると、鬼童が答えてくれた。


「行くのは勿論、丹川家です」


 えっ....と思乃の表情が固まったのだった。




***




 住宅街を飛び回る影が2つ。夜に歩いていた人たちはそれが何なのかは分からなかったが、漠然と“何かがいた”という感覚は味わったのだと言う。

 そしてその影2つが降り立ったのはとあるアパートだった。


「着きました」


「魂だけだとこんなに軽く移動ができるんだ....すごい....」


「思乃さんは妖刀持ちレムレスホルダーですから身体強化の影響ですね。妖刀持ちで思い出しましたが、特殊能力の方は扱えるようになりましたか?」


 う゛っ....と思乃が短く唸って顔をそらす。その様子で今どうなっているのかを理解した鬼童がじーっと見つめてきた。

 逸らす。近づいてくる。1歩引く、近づいてくるということを続けていたが、とうとういたたまれなくなった思乃が諦めて白状した。


「....まだです」


「その反応を見ればわかります。....私からヒントを与えすぎるのもよくないですが....思乃さん、あなたの”願い”を思い出してください。きっとそれが、麗と対話をするヒントになるはずです」


「私の....”願い”....?」


 ますます意味が分からない。私の願いは”永輝と両思いになること”だが、あくまでもそれは八妖郷に訪れる際に使用した”願い”である。今の私の願いって....?そう考えるとますます混乱してきた。

 ともかく、今は柚月の行方を追うのが先決だ。私の願いのことなど後回しでいい。

 そう考えていると、ガチャンと音がして丹川家の扉が開いた。


「何をしたんです?」


「鍵を開けただけですよ。八妖郷お手製のマスターキーで」


 鬼童曰くどんな扉でも鍵穴さえあれば開けられるとのこと。先端のでっぱりがうねうねと動いて形を変形させる。まるで触手の様に動くそれは私の感性からするとNGものだ。

 気持ち悪い....と私は若干引き気味。そんな私を置いて、さっさと鬼童は部屋の中に入っていく。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか....早速不法侵入と家宅捜索に行きましょう」


「待てよ....?もしかして私の家に勝手に入ったのもそれを使って?!」


「勿論です。さ、早く来ないとおいていきますよ」


 そう言って笑いながら部屋に入っていく鬼童の後を、思乃はぷんすかと怒りながら追いかけた。


 丹川家の間取りは2LDKの部屋だった。リビング共有に親用と柚月用で1部屋ずつ。柚月曰く、『生活は大変だが貧乏ではない』らしい。父親の遺産がそこそこあったのもあって、最低限の生活はちゃんとできるくらいには家具やそのほかも揃っていた。


 ぱっと見普通の部屋だ。特におかしなことは何にもない。

 だが、しいて言うならばやはり"人間がいた形跡がない"ことだろう。どれもこれもが整っている。誰かがこの部屋に上がった形跡がなかった。

 生活みが欠けている部屋は物寂しく感じ、部屋の空気も若干冷たく感じる。


「一体どこに行っちゃったんでしょうか....」


「この部屋にヒントがあると思ったんですが....あ、白パンツですね」


 かぁぁぁ....///と赤面した思乃が鬼童の手に持っていた真っ白な布を奪い取った。

 ふしゃー!!と威嚇して何をしているこの変態!!と目で語っていた。


「何してるんですか!!女の子の下着を何のためらいもなく拾うなんて!!」


「いえ、それも十分な証拠品ですよ?そこに積まれた洗濯物の山。あれ恐らくですが乾いてから数日経ってます。ですが、なぜあの山からこの下着を含めて数枚の服のみが乱雑に置かれているのでしょう?」


 言われてみればそうだ。同じ洗濯ものなら山として纏めておけばいいのに、下着が数枚と上下セットの服....特にジャージなどが乱雑に置かれているのがわかった。

 思乃は学校で見た丹川の机他が乱雑になっているのを見たことがない。ノートの取り方や鞄の配置なども綺麗に並べられていた。そんな彼女がこうも慌てたように服のみを漁る理由はなんだ....?


「つまり、彼女は私たちと分かれた後に一度この家に戻っている。ですが、何らかの理由で出ていったきり戻っていないんです。....いや、この様子だと分かれた日の翌々日の深夜ですね。なぜならここには癒膏香がない」


 鬼童に言われて気づいた。確かにこの場所には癒膏香がない。だが、治したい相手が病院にいる上に使用形跡があるのならここにないのも当たり前では?と思ったが、その言葉でなぜ鬼童が日付を予測できたのかを理解する。


「そうか....!分かれた日は夕方から夜に変わりつつある時間帯だったから面会ができなかったんだ。だから翌日の昼間を狙って癒膏香を使用し、そこで何らかのトラブルが起きた....何があったのかは分かりませんが、昼間であれば人目があって移動できなかったから夜に移動した....?」


「その通りです。そしてそのトラブルが恐らく柚月さんの部屋にあります」


「どういうことですか?」


「先ほどから感じるこの妖気....本体ではないですが、思乃さんも感じたことがあるはずです」


 そう言われて意識を集中する。すると、確かに知っている妖気を感じた。この感じは恐らく....


「まさか....無形化....!?」


「正解です。これは残滓ですが、無形化の形跡ですね」


 鬼童が襖をあけて中の部屋を見た。

 その部屋は一見普通の部屋だったが、部屋の中央が黒く変色しまた壁には無数の切り傷のようなものができていた。


「何....これ....?!」


「恐らく、無形化した柚月さんが自身を抑えられなくなったんでしょう。だからこそ彼女は周囲に迷惑をかけまいと深夜に姿を消した。彼女の行方が分からないのも、無形はその名の通り“形の無いもの”ですから索敵に引っかからないんですよね」


「じゃ、じゃあ!今丹川さんは無形になってどこかで暴れてるってことですか?!」


 無形となった坂本のことを思い出す。今丹川があの状態なら急いで止めなくてはと考えた。

 だが、鬼童は冷静に「大丈夫です」と言った。


「彼女が暴れているのならすぐに分かります。無形は索敵にこそ引っかかりませんが、暴れれば周辺被害から場所が割り出せます。被害がないということは、柚月さんは少なくとも今の所は無形を抑えられているということです」


「....そもそも無形っていうのは一体何なんですか....?」


「無形は人の願いによって形を作った“願いの集合体”です。妖怪となるまでいかなかった伝承やらが核となり、周囲の人間の願いを取り込んで無形になります。ですが、はあんな化物ではありません。個体差こそあれど、あれはそんなレベルのものじゃない」


「本当の無形....?」


 深刻そうな顔になった鬼童が思乃の方を向く。

 なんだろうとも思ったが、鬼童の目が「これから真剣な話をします」と物語っていたために自然と身が引き締まった。


「本当の無形はその名の通り”形無き妖怪”。固定の形を取ることなく、ただその場に存在するだけの無害な妖怪です。ですが、ここ最近の無形は"何かの干渉"によって”特異個体”へと変化しているんです。思乃さんを襲った翔子さんが変貌した無形。あれも変異個体の1体です」


「えっ....つまり、今回の件も前回の件も....」


「はい。何者かによる我々八妖郷への干渉が原因です。思乃さんにはお伝えしていなかったのですが、ここ最近本来の無形が変異するケースが多発しています。原因こそわからなかったですが、今回の件も踏まえて確信しました。我々八妖郷の製品は使用者の奥底に眠る妖気を利用して発動します。ですが、その“異なる何か”はことが分かったのです」


「それってつまり....」


「今回の件も、私が渡した商品に何かしらの干渉をされていたのでしょう。今回の件が終われば全品調査を行う予定ですが....柚月さんをこのようなことに巻き込んでしまったこと、八妖郷の妖怪として恥ずかしい限りです」


 その鬼童の言葉を聞いて、とある可能性に思いつく。外部からの干渉、突然変異した無業という妖怪....それらすべてが、パズルのピースをはめるように思乃の頭の中で組みあがっていく。


「....鬼童さん、先ほど無形は『伝承を核に願いが形となったもの』だと言いましたよね?でも、その“異なる何か”は『妖気に反応する』と言いました。つまり、新しい無形はということですよね?」


「....流石は思乃さんです。聡いのか頭がいいのかはさておいて、そういうことです。“異なる何か”が無形であるのは間違いない。ですが、それは自然発生ではなくということです」


「なら、八妖郷の商品をすべて調べ上げれば....!」


「ええ。その”異なる何か”が見つかる可能性は大いにありますね」


「後はその干渉を行っているのが”誰か”ですか....」


 残念ながら私に妖怪の知り合いは数えるほどしかいない。情報どころかスタートラインにすら立てていない私では犯人になりえそうな妖怪なんて見当もつかない。

 そんな時、鬼童は何かを思い出したように言った。


「まだ確定では無いですが、可能性のありそうな妖怪がいます」


 その妖怪は柚月から聞いた噂の妖怪。謎の多い妖怪の名だった。


「その妖怪の名は“華狐はなきつね”。我々も全容は掴めていませんが、この無形化多発事件に関与していることは明らかだと思います。狐の面を被った、和装の少女です」


 新たな謎が今、思乃に襲い掛かるのだった。

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