第玖怪 妖刀訓練

 訓練場に砂埃が舞う。


 目にも止まらぬ速さで舞う砂の中、激しい剣戟が響く。そして両者が距離を取った瞬間に砂埃が一気に晴れた。

 打ち合っていたのは私と鬼童の2人。私は先ほどまでの訓練で息も絶え絶えになるほど上がっているのに対し、鬼童は平然とした顔で微笑む余裕すらあるようだ。


「はぁ....はぁ....」


「だいぶ良くなりましたね。思乃さん」


 鬼童が微笑みながらそう言った。


 あの日から3日ほど経った今、思乃は鬼童の指導の下妖刀の訓練を行っている。最初こそ刀の扱いに慣れておらず上手く動けなかったが、日数を重ねるごとに自分に刀が馴染んでくるような感覚があった。

 更に半人半妖となったおかげで身体能力も上がっている。

 今では先ほどの様に鬼童と打ち合うレベルには扱えるようになった。




 ~3日前


 あの日、獄刀:白漆麗を持ち帰った私を見て目を丸くした鬼童と疋狼。私自身も、この妖刀が相当上位のものであるということは何となく感じていた。

 疋狼は最早声が出ないようで口をパクパクさせている。


「あの....これでいいでしょうか?」


 私がおずおずと聞くと、


「えぇ、素晴らしいですよ。選んだのは“白漆麗”ですか」


「素晴らしいじゃないだろ!?鬼童、この娘は一体何者なんだ?!今まで数多の妖怪を拒み続けてきた“妲己シリーズ”の妖刀だぞ!!」


「妲己シリーズ....?」


 聞きなれない単語に首をかしげる。すぐに鬼童がそれに対して答えてくれた。


「“妲己シリーズ”というのは、かつて存在した伝説の妖怪“妲己”の妖力が込められた妖刀のことを指す言葉です。日本では“玉藻の前”として有名ですね。九尾の狐の妖怪:妲己の死後に、その尾がばらばらに妖刀となったものを通称で“妖刀:妲己シリーズ”と呼びます。白漆麗はその第漆尾に当たる妖刀です」


「ということはつまり....私のうらら以外にもあと8本の妖刀があるっていうことですか?」


「はい。妲己シリーズはそのすべてが“獄刀”です。それほどまでに妲己という存在は我々妖怪にとっても凄まじいものとなっているのです。現在、思乃さんを含めて4人の妖怪が妲己シリーズを所持しています。1本は武器庫に保管し、残りの4本に関しては現在行方知れずです。保管しているのは第伍尾にあたる“白伍惑しらごのまどわし”ですね。麗の横に置いてあったはずです」


 そう言われてみればあったような気がするが、そこまで確認している余裕がなかったので覚えていない。

 だが、あそこにあった5本もの刀の内、思乃に対して呼びかけていたのは麗だけであった。ということは、少なからず思乃に対して声によるノイズという不快感を与えていた極刀達よりも獄刀達は常識人であり、かつ麗が選んだのに対して他が干渉しなかったというのは、はっきりとしたということ。

 もう少しいてみてもよかったなぁ....と考えた。


「そう言えば、この武器庫って管理の妖怪とかがいるんですか?」


「いえ、この武器庫の管理は疋狼さんとそれに準ずるこの階の妖怪が行っていますが」


 となると、思乃が出会ったあの白いオーブは一体何だったのだろう?

 この階の鍛冶場で見た他の従業員の中には明らかにオーブのような存在はいなかった。いびつな存在はいたが、それでも全員が少なからず人型であったのだ。四足歩行の獣も、空中に浮かぶ光もこの場所にはいなかった。


 だが確かに思乃はあのオーブと話をしたし、あのオーブは思乃と意思疎通ができた。一体何なのだろう、あれは....


「そうですか....ちょっと気になることがあっただけなので大丈夫です」


「わかりました。では、早速次に行きましょう」


「次はどこですか?」


「訓練場です。対策防衛課から使用の許可は下りていますので、これから思乃さんには妖刀での戦い方を覚えてもらいます」


 にやりと笑った鬼童。その含みのある微笑みにゾクリと嫌な予感を感じた。

 そして、その予感は当たることなる。




 ~現在に戻る


「刀の扱いはそれなりに慣れましたね。意思を持った妖刀は使い方を簡単にですが脳内に入れてくれますから、動き方は何となくわかるでしょう?」


「はぁ....はぁ....は、い....何となくですが、わかります....」


 最早満身創痍。思乃は息を切らしながら鬼童の問いに答えた。その目の焦点はあっているようであっていなかった。

 だが、不思議と汗は出ていない。息を切らしてはいるが、心臓のバクバクと言った鼓動も聞こえない。それもそのはず、今の思乃は魂のみが実体化した状態だ。心臓も無ければ発汗器官もない。それでも疲れというものは溜まっていくので、疑似的に行っている呼吸という行動にその疲れが現れているのだ。


「さて、この3日間で身体強化に基礎的な刀の使い方、立ち回りと様々なことを教えてきましたが、そろそろ次の段階に行ってもいいころですかね」


「次の....段階....?」


「はい。妖刀に込められた妖気の解放....いわゆる“特殊能力”という奴ですね。私でいうところの“炎”に値するものです」


 特殊能力!!と一気に元気になる。

 自身の妖刀を手に入れたのだから、使うのを楽しみにしていました!!とばかりに思乃の顔が元気になった。

 だが、鬼童はそんな思乃を見て申し訳なさそうに、


「う~ん....言っておきますが、すぐに扱えるような代物ではないですからね?特に妲己シリーズともなればその能力の仕様には恐ろしいほどの鍛錬が必要になります。麗が思乃さんを『能力を使用するに値する使い手』だと認識しない限りは当分扱えるようにはなりませんよ?」


 ガーン....とショックを受けた。思乃のメンタルに500ダメージである。

 だが、そんなことでへこたれているようでは認められるものも認められないだろう。思乃は自分を鼓舞して立ち上がった。


「わかりました!なら、扱えるように認めさせます!鬼童さん、ご教授の程よろしくお願いします!


「わかりました。では思乃さん、麗から技に関する発動トリガーの言葉は聞いていますか?」


 発動のトリガーとなる言葉ということは、恐らく鬼童の“不知火流妖刀術”のような単語ということだろう。

 だが、そんな言葉を思乃は麗から聞いていない。というかそもそも、手に入れたあの日以降思乃は麗の声を聞いていないのだ。戦闘訓練にばかり集中していたため気づかなかったが、思い返してみれば声をかけられた記憶がない。


「麗?聞いてる?おーい、麗?」


 声をかけてみるが反応は無し。さすがの鬼童もお手上げのようで、その関門を突破しなければ能力の仕様は出来ないようだ。


「仕方ありませんね....もうこれは思乃さんが麗を認めさせるにはあの方法しかないようです」


「あの方法?」


「はい。つまるところ、麗が思乃さんに反応しないのは『使い手としては認めたが、能力使わせるほどまでは認めていない』ということです。であるならば、思乃さんが『私、麗の能力が扱えるくらい強くなりました!』と麗に見せればいいのです。そして、その強さの指標を表すのに丁度いいのがいます」


 鬼童は口角を上げて答えた。


「つまり、そろそろ“実践”と行きましょう。ということです」


 えっ....と思乃が固まった。




***




 翌日、週明けの月曜日に思乃は学校を訪れていた。訪れていたと言っても、思乃は昼間は普通の学生である。通わない方がおかしい。


「おはよう、思乃ちゃん」


 後ろから声をかけてきたのは朝練終わりの永輝だった。

 最早私と永輝は生徒間の間で有名となっていた。幼馴染というポジションはやはり相当強いらしく悔しがる人や妬みなんかもあったが、どちらかというと永輝の方から絡んでいるのもあってそっとしておこうという雰囲気に落ち着いた。

 思乃としてはそうしてくれると非常に助かる。余計な厄介事は私としては面倒なので勘弁だ。


「思乃ちゃん、今日サボってどこか行かない?疲れちゃってさ」


「だーめ!というか、もう学校にいるんだから帰れないでしょ?」


 えー!と永輝は言うが、本心で「サボろう」と言っているわけではないのがわかる。要するにかまって欲しいのだ。

 だがそんな時間も束の間、同じ部活の先輩に永輝が呼ばれる。


「あ、そろそろ行かないと。じゃあね思乃ちゃん。またお昼に行くから」


 そう言い残して永輝は去って行った。永輝が隣のクラスなのは少し残念なのだが、人前でこうも堂々と爆弾を放り投げられると割と困る。別クラスでよかったと思うこともしばしばあるため、なんだかなぁ....と思いながら私は教室へと向かった。


 今回、思乃には"とある任務"が鬼童から下っている。それは思乃が白漆麗を扱えるようにするための訓練と、戦闘以外にも営業職としての訓練も合わせたものだそうだ。

 つまるところ鬼童の言う“実践”とは....


(要するに顧客探し。八妖郷に訪れる"願いを持った人物"を探すこと....)


 この3日間、特に思乃が白漆麗を手に入れて“妖気”というものを理解してから、思乃には不思議な力が目覚めた。

 思乃の目には、"他人の心や願いが映る"ようになったのだ。意識して目を凝らせば、思乃にはそう言ったものが視える。つまり、思乃の役割は営業において重要な“現世の顧客探し”をすることが可能というわけだ。

 ちなみに、なぜ思乃にそのような能力があったのかは不明である。他の妖怪に聞いても、そういった個々の能力を持つ妖怪は稀だと言われた。


(鬼童さんが言うには3日以内に見つけてこいってことだったから....早速探した方がいいよね)


 目を凝らしてクラスメイトを見た。すると、思乃の黒目の部分が黄色く染まっていく。思乃の目には様々な感情や心の内が見えていた。


『あー授業だりぃ....』

『放課後駅前のパンケーキ食べてこ~♪』

『なんかスキャンダル無いかな....』

『アイツマジうざいんだけど』


 関係のないものは即刻シャットアウトして次に移る。


『あの教師クビになんねぇかな~』

『眠い....早く学校終わればいいのに....』

『はぁ....お母さんの病気治らないかな....』

『朝からてぇてぇもん見たわぁ~!!思乃はやっぱり可愛いね!』


 誰だそんなことを思ってる奴はと思ったら、お手洗いから帰ってきた麗華だった。思乃を見つけると寄ってきたので、慌てて能力を解除する。


 だが、早速見つけた。八妖郷でも叶えられる願いを持った人物。


(出席番号25番....丹川柚月にかわゆづきさんだったけ。私の実戦練習の為に、どうにか八妖郷へ誘導しなければ....)


 その少女は大人しそうな黒髪に丸メガネの女子生徒だった。

 彼女は先ほど思乃が確認した心の内で、"母親の病気の治療"を望んでいた人物。治療用の商品であれば恐らく八妖郷にもあると思うし、スキャンダルだの一攫千金だのといったものより可能性は十分にある。


 バレないよう、静かに思乃は彼女をロックオンしたのだった。

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