第捌怪 白漆麗
薄暗い地下道を1歩1歩降りていく。
入ってからおよそ3分ほど、びくびくしながら階段を下りている為全くと言ってもいいほど進んでいない。
それもそのはずで、雰囲気はまさに廃病院だのお化け屋敷だのといったがちがちのホラー。思乃はその手のものに対してそこそこの耐性はあるのだが、これほどまでにガチに雰囲気に耐えられるほど高くはない。
(怖い....足元見えにくい....ヒッ!!なんか通った!?)
申し訳程度の明かりに照らされた階段を下っていく。こんな場所で何かが通るなどということはありえないと理解してはいるのだが、雰囲気に気圧された思乃にまともな思考ができるわけない。
そして一段一段慎重に降りていき、とうとう最初の部屋に辿り着いた。
「ここが....最初の部屋....」
最早ここに辿り着くだけで精神がすり減りそうだったが、何とか耐えて辿り着いた。
そこはかなりの広さがあり、大量の刀が並べられた場所だった。思乃には妖力というものがわからなかったが、何となく変な感覚はする。
鬼童の話によればここにあるのは“地刀”と呼ばれる最下層の刀だ。数が多く、思乃が視認できるだけでも軽く数百本はある。
先ほどから感じる"ノイズ"のようなものが気になるが、恐怖のあまり頭痛でも起こしたのだろうと抑え込んだ。
きょろきょろと周囲を見回して確認する。まだ鬼童の言っていた“呼ばれる”という感覚は味わっていない。
何となくだが、この場所ではないような気がすると思乃は次の階への階段を探した。
***
~一方その頃の鬼童達
「鬼童よ....あの嬢ちゃん大丈夫か?びくびくしながら降りてったぞ?」
疋狼が心配そうに言う。
初めてだと恐怖のあまり怯えてしまうというのはよくある話だが、思ったよりも思乃は普通に降りていった。確かに恐怖している節はあったのだが、それはあくまでも雰囲気の話。妖怪だからこそ感じることのできるこの濃すぎるほどの妖気には気づいていないようだった。
今までこの職場で働いていた疋狼、もっと言えば鬼童ですら冷汗をかくほどの妖気。普通の妖怪ならば、この妖気の中階段を下りていくことなど出来ないだろう。
「大丈夫ですよ。彼女は強い人です。この程度で怯えて動けなくなるような人ではありません」
現に、鬼童はこの目で無形戦の思乃を見ている。思乃は怯ええてこそいたものの意思の強さは消えていなかった。
あの状況で、妖怪という未知の相手に対して真っすぐに助けを求めたのだ。あの状況に置いて、それだけの行動ができる人物がどれほどいるだろう?
「鬼童がそう言うなら大丈夫なのか....それにしても、どんな刀を持ってくると思う?」
「....想像もつきませんね」
誰がどんな妖刀に選ばれるかなどわからない。その人の性質にあった物が選ぶ場合もあれば、水と油のように正反対のものが選ぶこともある。ひとえに思乃にあった妖刀が選ばれる可能性があるとは限らないのだ。
「ですが、思乃さんならきっとどんな妖刀に選ばれても大丈夫ですよ。私が保証します」
謎の自信に満ち溢れている鬼童を不思議に思った疋狼だったが、鬼童の実力はこの第4舎の全員が知っている。
その鬼童が大丈夫だというのだ。なら大丈夫なのだろう。
だが....
(このざわざわとする感じ....一体何なんだ....)
疋狼が感じたその胸のもやもやが晴れることは無かった。
***
武器庫地下2階:“上刀”保管庫
ここは先ほどの地刀のフロアの一つ下、上刀が格納されているフロアだ。
先ほどよりもぱっと見で狭いことから、下に行くほどに狭くなって行っているようだ。それでもなおこの部屋は横幅で実に思乃の部屋が6つは余裕で入るほどの広さをしている。
(鬼童さんの話によれば地刀・上刀は一般の妖怪でも持っているとかなんとか....ということは、いわゆる量産品とかの扱いになるのかな?)
そんな認識をしているがその実態は妖刀だ。微力でも妖気を纏っているのには変わりないので、量産品というと語弊があるかもしれないが。
1本でも現世の人間に渡ってしまえば殺戮兵器になりかねない。だからこそこうして八妖郷の人間が管理しているのだ。
「呼ばれる....呼ばれる....呼ばれる....?」
まだそんな感覚を感じてはいない。呼ばれればわかるとは思うのだが、誰も呼び掛けてなど来ない。
「おーい....誰かいますかー....」
誰からも返事がないのは分かっているのだが、“呼ばれる”という表現上どこからか声が聞こえるとかその手のものだろう。ホラー展開はごめんである。
怯えながらも呼ぶことはやめなかった。すると、不意に何か白いものが目の端に映る。恐怖のあまりバッとその方向を確認するが、そこには何もいなかった。
きっと気のせいだと胸をなでおろす。冷汗を拭って顔を上げるとー--
フヨフヨと浮かぶ白いオーブが目の前にいた。
「◎△$♪×¥●&%#(音読不能)~!!?!!?!」
言葉にならない声を上げて思乃は尻もちをつく。すると、白いオーブがふよふよと寄って来た。
怖い怖いと後ろに下がるが、ここは密閉された部屋の中なうえに刀が並べられた通路だ。逃げ道などあるはずもない。
刀の置いてある棚に背中を預け、目の前まで迫ってきたそのオーブを見ないようにと必死に目をつぶった。
(お願い!来ないで....来ないで....来ないでよ....!!)
すると、額にふわんと何かが当たった。
あまりにも柔らかく、雲に触れたような実体のなさに驚きつつも目を開ける。自身の額に触れていたのは先ほどのオーブだった。
『何してるのー?』
「うわっ!喋った?!」
いや、発声器官は付いていないように見える。気のせいかとも思ったが、自身に対して投げかけられた問いと目の前で思乃に何かを訴えようとしているオーブの行動から、やはり目の前のオーブから発せられたものだと理解した。
「あなた....喋れるの?」
『ううん、これ喋ってなーい。頭の中に直接思念を送ってるだけー』
ふよふよとオーブが嬉しそうに飛び回る。最初は驚きのあまり怖かったが、よくよく見るととてもかわいい。手を出すとその上に乗ってくるとことか超キュートだった。
思乃は完全に心を撃たれてしまった。
『で?で?なにをしてるのー?』
オーブが再び聞いてくる。そうか、それを答えないとかと思乃はそのオーブに聞いた。
「ねぇ、この中で私を求めてる妖刀ってある?」
聞いてわかるかどうかなど知らないが、聞くだけならタダだろうと質問してみる。
あまり期待はしていなかったが、思ってたのとは違う答えが返ってきた。
『いるよー!でも、なんでか声が届いてないみたいー?下の方の妖気が濃いから聞こえないだけじゃないかなー?』
オーブの話によれば、思乃を呼ぶ声というのは先ほどからずっとしていたらしい。というのも原因は2つほどあるようで、1つは今日に限って武器庫地下4階以下の層から発せられる妖気の濃度が濃いからだそうだ。
妖気が溜まった空間というのは携帯で言うところの“電波が通じにくい”と同義だそうだ。つまりは声は届いているのだが、思乃が妖気を扱えていないのと妖気だまりによって聞こえにくいのが重なっているということらしい。
....それって、半分は自分のせいなのでは?と思うが、それ以上に次の理由が迷惑すぎた。
2つ目の理由は単純に”声の多さ”だ。
思乃を
(嬉しいけどこのノイズ頭痛くなるから迷惑なんだけどなぁ....)
そう考えた瞬間、
ゾクリ
妖気に関して疎い思乃ですら寒気を感じるほどの“嫌な感覚”を感じる。
その感覚は思乃の全てを飲み込みそうなほど強烈に心に恐怖心を植え付け、何もしていないのに腰が抜けてペタン....と座り込んでしまう。
はっ....はっ....と荒くなる息を数分かけて落ち着かせた。その時には既に、ノイズのような声も恐怖心もなくなっていた。
(何....今の....)
すべてが飲み込まれる感覚。圧倒的強者による恐怖心。心の奥底に植え付けられた深い闇のようなその感覚を、思乃は忘れることが出来ないだろう。
落ち着いた今でも心臓がバクバクと脈打っている。このまま先に進みたくないと思うが、それは出来ないと再び立ち上がった。
「ノイズが聞こえない....さっきの奴のせい?....あれ?オーブちゃんは?」
いつの間にか消えていた白いオーブ。少し寂しかったが、こんな場所でも友好的に話してくれる存在がいたおかげでだいぶ楽になった。
ここでもないとわかった思乃は、少し先に見える階段から階下へと下って行った。
~武器庫地下3階:“業刀”保管庫
地下3階まで来た。この場所から、思乃も何となく感じていた“嫌な感覚”が濃くなっていることに気づく。
先ほどのオーブの話が本当なら目的は地下4階以下にある。どの妖刀が呼んでいるのかは分からないが、恐らくこの場所でもないのだろう。
そう思った矢先ー--
『ー----』
「....?」
確かに感じた。呼ばれるという感覚がわからなかったのだが、オーブと同じく脳内に語り掛けてくるこの感覚。これが恐らく“呼ばれる”ということなのだろう。はっきりと言葉まで聞こえたわけじゃない。だが、確かに自分は”呼ばれた"のだと理解していた。
自然と足が進む。歩いた先には何もなかったが、その場所は地下3階の中心だった。一応両サイドの通路にある刀を取ってみるがこれではないと体が理解している。
つまり、思乃を呼んだ妖刀はこの武器庫の中央にあるということだ。
(先に....進むしかないか....)
と思乃は3階の刀をほぼ見ることなく階段に向かう。するとー--
「うっ!!?!」
そのとんでもない妖気の濃さに一瞬意識が飛びかける。だが、思乃とて今までの経験で妖気にはそこそこ慣れた方だった。これほど濃いのは想定外だが、耐えられないほどではない。
「....行かないと」
最早使命感やそういったもので動いていない。思乃ですら不思議に思わぬほど自然に、まるで何かに引き寄せられる様に階段を下って行った。
~武器庫地下4階:“極刀”保管庫
ここからは刀1本1本に妖怪が宿って生まれる本物の妖刀が保管されているエリアだ。刀1本1本に意思があり、下手に触れようとすれば意識ごと持っていかれるというのがすぐに分かった。
鬼童からも「危険です」と言われていたため、気を抜くと危険だというのは分かっている。わかってはいるのだが....
「何これ....どういうこと....?」
思乃が驚愕した理由は、全ての極刀が“とある1か所”から発せられた妖気に怯えるように大人しかったのだ。そしてその妖気は、先ほど思乃に恐怖心を植え付けたそれと同じ。
恐怖心に再び足が震える。だがそれを思乃は必死に抑えつけて、ゆっくりだが前に進み始めた。
1歩歩いて止まり、また歩く。それを繰り返して部屋の中央に辿り着いた瞬間に聞こえた。
『ー----』
先ほどと同じ呼ばれる感覚。それも、確実に近い位置で感じた。
再び周囲の刀を手に取ろうとするが、指先が触れるより先に“違う”というのがわかる。それはつまり、思乃は既に“呼んでいる刀”と“それ以外”を区別できるということだ。
無い....無い....と探しながら1歩進んだ瞬間ー--
ぶわっと周囲が塗り替わる感覚があった。一瞬だったが見えた現実離れしたその景色に思乃は絶句した。
真っ白な雪景色。どこかの雪山をバックに、凍った湖の上で誰かが見えた。不思議と手を伸ばすが届かない。何故かはわからないが、そこに向かって進むのが正解だとわかった。
だが、1歩進んだ瞬間にその景色から元の地下室に思乃は戻った。
「.....!!何....今の....」
一瞬だったが確実に思乃はここではないどこかにいた。
そしてもう一つわかったことがある。思乃がいる位置は地下4階の中央。そして、自分を呼んだその刀はさらに下にあるということも同時に理解した。
***
~武器庫最下層地下5階:“獄刀”保管庫
降りてきた一番最後の場所。最上位刀である獄刀を管理している階層だ。部屋は思乃の部屋より一回り大きい程度しかなく、おかれている妖刀はわずか5本のみであった。
だが、思乃は迷わずとある1本の刀の前に歩みでる。最早妖気に怖がることもなく、ただ真っすぐその刀の目の前に歩いていく。
その刀は白い鞘に金と紫の刺繍の入ったデザイン。柄も同様の配色であり、美しさと強さを兼ね合わせたような妖気を発していた。
その刀を封印するように張られていた注連縄と、その上に貼られていた“封”の札を眺める。そして、封印された刀の上にあった名札に書いてあったその名はー--
「獄刀....
その名を呼んだ瞬間に、注連縄が一気に弾け飛ぶ。
思乃はそこから発せられる眩い光に包まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます