第漆怪 目的

「さて早速だが思乃、お茶は何が好きだ?」


「え?あ、はい。抹茶が好きです」


「そうか。尼音あまね、緑茶3杯」


 好きなお茶の問答は一体何の意味があったのだろうか?まあ、緑茶も好きだからいいが....


 そんなことを考えていると、緑茶を持ってきた尼音と呼ばれた人物が全員の前に緑茶を差し出す。彼女は黒髪単発の美人さんで、キリッとした目が少し怖い。さすがは秘書。出来る女とはこういう人を言うんだろう。

 そして、出されたのは思乃、八重、そして自分用だった。....あれ?


「あれ?尼音さん、私の分は....」


 出された緑茶に対して、鬼童が尼音に問う。


「ご自分で用意してください」


 ばっさり切り捨てられた鬼童。仕方なく隣の部屋の台所に向かって鬼童は歩いて行った。


「あの....鬼童さんってもしかして嫌われてます?」


「あいつは敵を作るのが上手いからな。それを抜きにしても、単純に尼音とは相性が悪いんだよな」


「ワタシ、アイツ、キライ」


 “できる秘書”という感じなのにイーッと歯をむき出しにして鬼童を威嚇する尼音。相当嫌われているようだ。こういう顔する尼音さんは結構可愛い人なのかもしれない。

 鬼童が戻ってきたタイミングで八重が話を進める。


「さて、今回聞きたいのはお前らの“契約”のことだ。“半魂の契約”は前例が少ない。どうしてそんなことになったのか説明してもらおうか」


 八重が鬼童を見ながら言った。


「では、まずは思乃さんが八妖郷に訪れたところから話しましょう」


 そう言って鬼童による説明が入った。

 思乃が祖母の手紙を頼りにこの場所に来たこと、思乃の同級生が変異無形になってしまったこと、思乃と個人的な契約で無形を倒したことなど全てを話した。

 そして鬼童にへのお代として思乃と契約を交わしたことも話した。


「ふむ....色々腑に落ちない点はあるが、思乃の魂の半分は今どこにある?」


「私の中にあります。私の欠けた魂の隙間を埋めている感じですね」


 知らなかった。今思乃の魂の半分は鬼童の中にあるらしい。だから鬼童のことを拒絶しきれないし、近しい存在として感じてしまうのだと理解した。

 というか、それって普通に考えたらだいぶヤバくない?と思乃は思う。


「そうなるのか....契約が続く限りは思乃と鬼童は離れられないから、思乃のここでの扱いは鬼童のお付きってことにしておくか....次に無形についてだが」


「おかしいですよね」

「おかしいですね」


 鬼童と尼音の声が重なった。

 雷に打たれたように固まる両者。微笑みながらも口をひくひくとさせている尼音に対し、微笑みながらも笑っていない鬼童。両者のバチバチの間柄に挟まれた思乃は気まずい思いをしていた。


 また、この中で八重1人が「だよな~....おかしいよなやっぱり....」と今回の資料を眺めては唸っていた。

 そしてバチバチの2人とその間に座って縮こまっている思乃に気づくと、


「はいはい止め止め。思乃が怖がっているだろ」


 と2人を制止した。


「尼音、悪いけど思乃の仕事服見繕ってやって。その間に鬼童と話しておくから」


 鬼童と尼音を一緒にしていてはだめだと判断した八重がそう言う。尼音も八重のその考えは理解していたので、特に不満やらを言うことなくむしろ笑顔で思乃を案内した。どうやら倉庫に直通できる道があるらしく、隣の部屋へと引っ込んで行った。


「....ありがとうございます。思乃さんや他の人がいては話ができませんでしたから」


 扉の奥へと消えていった思乃と尼音を見送って、鬼童は自分で入れた緑茶を啜る。


「だろうな。普段冷静なお前が“半魂の契約”なんて妖怪にとってデメリットのある契約をするわけがない。思乃を引き入れたのには何か理由があるんだろ?」


「....流石です。私のことをよくわかってらっしゃる」


「まあな。私とお前の付き合いの長さは尼音以上だ。何百年も隣にいた奴の性格ぐらい理解してる。それで、一体思乃に何を感じたんだ?」


 緑茶を啜りながら鬼童に問う。

 八重とて鬼童が何を考えているのかまではわからない。だが、普段の鬼童は思い付きでこんなことするような妖怪ではない。“半魂の契約”は八妖郷における禁忌だ。鬼童がそうまでして手に入れた“思乃”という人間に、どれほどの価値があるのかを八重は理解していない。

 それは、鬼童本人の口から聞きださなければならない。


「....彼女の姓、知ってますか?」


「いや、知らん。聞かされてないしな」


「“聡里”ですよ」


「....!?本当か?」


「こんなこと冗談で言いませんよ。私もまさか見つかるとは思っていませんでしたけどね。既に滅んだとされる“純正の妖怪”の末裔、思乃さんはそれに該当する」


 その衝撃は八重の思考を鈍らせた。純正の末裔、本部すら知らなかったその生き残りを鬼童が見つけてきたのだ。

 八重にとっても大きすぎるその情報。鬼童が思乃を欲したのにも頷ける。


「なるほどな....だからのか....そのまま平和に暮らしていてもいつかはバレる。野良の妖怪に襲われるか、そのまま短すぎる寿命で死ぬかの2択しか思乃にはなかったわけか....」


「可哀そうだと思ったのは事実です。ですが、それ以上に思乃さんなら”私の願い”を叶えてくれる。漠然とですが、そう思ったのも事実です」


「....お前が他人の命の心配をするなんてな。数百年前に。死ぬこともできず、永遠にこの監獄に捕らわれた悲しみの獣。そんなお前がそんなことを言うとはな」


「........ええ。でも、それは昔の話ですよ。今の私はしがない社畜ですから」




 しばらくして戻ってきた思乃と尼音。思乃は新しめのスーツに身を包み、長い髪は結ってハーフアップとポニーテールで纏めた。

 高校生ということもあってまだ顔に幼さが残るため、若干背伸びをしているようにも見えなくはないがそこは些細な問題だろう。


「似合っていますよ、思乃さん」


「あ、ありがとうございます」


「さて思乃さん、それじゃ次の場所に行きましょう」


 戻ってきてすぐに移動を聞かされた思乃。今日は説明だのなんだのと聞かされていたので、恐らく第4舎の案内でもされるのだろう。

 どこに行くのかと尋ねると、意外な返答が返ってきた。


「これから向かうのは武器庫です。思乃さんには、私のように“妖刀”の扱いを学んでいただかなければならないですから」


 「失礼します」と言って部屋から出ていく鬼童。思乃も慌てて八重と尼音に頭を下げて部屋を後にした。


「思乃ちゃん、いい子でしたね。鬼童の阿呆の下に付かせて大丈夫でしょうか?」


 と、心配そうに尼音が言う。

 だが八重は心配ないというように尼音に言った。


「鬼童も鬼童で丸くなってるよアイツは。それよりも、尼音は鬼童といるときにもう少し嫌悪感を隠すことは出来んのか」


「いや、無理です。自分の気持ちに嘘はつきたくありません」


 はっきりキッパリと、尼音はそう宣言するのだった。




***




 歩き始めて数分、八重の部屋のあった最上階とは逆に、今度は下へ下へとどんどん降りていく。エレベーターのボタンだけでかなりの数があったのだが、目的地はその最下層にある地下5階だった。

 地下5階はかなり薄暗く、異様な寒さが特徴の場所だった。出入り口にカードキーをかざして解錠して中に入る。すると、先ほどまでの寒さとは裏腹に謎の熱気がその場所にあった。


「着きました。疋狼ひつろうさん、いますか!!」


「うるせぇぞ!誰だ全く!」


 そう言って一際大きい熱波を発していた場所から出てきたのは獣耳が付いた少年だった。見た目だけなら思乃より3つほど下に見えるが、妖怪なので年齢なんて関係ないだろう。

 その疋狼と呼ばれた少年は付けていたゴーグルを頭に上げ、来客を確認した。


「なんだ、鬼童じゃねぇか。あ~そう言えば今日だったな....そいつが新人か」


「はい、思乃さんです。思乃さん、こちらは第4舎鍛冶場棟梁の疋狼ひつろうさんです。千疋狼せんびきおおかみという妖怪です」


「よ、よろしくお願いします!」


「おう、よろしくな。いきなり鬼童の下とか嬢ちゃんも大変だな」


 ガッハッハと笑う疋狼。ひとしきり笑うとすぐに役目を思い出したようで、


「ついてきな。目的の場所まで案内してやるよ」


 と先に歩いて行ってしまった。思乃もその後について歩いていく。


 向かう途中に見た地下5階は全面が鍛冶場であった。疋狼の弟子たちなのだろう妖怪たちが必死に鎚を振って刀を作る。その光景を、熱波に少し押されながらも興味深そうに思乃は見ていた。


 しばらく歩いて奥の階段を下りた先に目的の場所はあった。

 そこは薄暗い地下道。気休め程度に存在する明かりが照らす階段の踊り場に3人はいた。その場所から更に地下へと続く階段の出入り口には鳥居が立っており、注連縄しめなわで入れないようになっていた。

 だが、その注連縄を疋狼が外し、思乃に中に入るように促す。


「あの....1人で行くんですか?」


「勿論です。今から行ってもらうのは“妖刀の選定”です。思乃さんにあった波長の妖刀を、この武器庫の中から選定してもらいます」


「おい鬼童、その前に妖刀の説明はしたのか?」


「あぁ....忘れてましたね。妖刀とは、この前の戦闘でもお見せした刀のことです。私の場合は“不知火”、変化する炎を纏う妖刀です」


 不知火....この前の無形戦で鬼童が使っていたものだろう。あれと同じものを、思乃が使うというのか?

 いや、無理無理無理!!ただでさえ戦いなんてものと無縁な生活を送っていたのだ。いきなり「刀を使え」だの「戦闘をしろ」だのは無理だ。


「いえ、これから徐々に慣れていってもらえれば結構です。いきなり線上に放り出したりはしませんよ....多分」


「そこは自信をもってください!....刀がないとダメなんですか....?」


「はい。私たちの部署は無形のような意思のない妖怪の討伐も仕事ですから。諦めてください」


 そう言われてしまっては諦めるほかなさそうだ。思乃は大きくため息をついた。


「さて、この場所の説明をしますね。この場所は地下5階構成の武器庫です。妖刀は全部で5段階あります」


 妖刀の段階は全部で5つ。完結に説明するとこうだ。


 地刀:地刀は全ての妖刀の最底辺に位置する刀だ。ただの刀に妖力を少し流しただけのお手軽な妖刀。戦闘要員ではない一般の妖怪は基本これを使う。


 上刀:地刀よりも流せる妖力の量が多く、簡単な教化なら使える妖刀。地刀に慣れた妖怪が使うことが多く、護身用に持つ妖怪が多い。


 業刀:鍛冶屋が打てる妖刀の中で一番強い妖刀だ。身体強化のみが使え、上刀よりも強い。主な戦闘要員がこれを使う。


 極刀:極刀以上は伝承から現れた形無き妖怪が宿る妖刀。その為、特殊能力などが使えるようになる。鍛冶師が打つことはできず、自然と生成されるために刀ごとに意思がある。


 獄刀:全ての妖刀の内、最上級の刀。伝説レベルの妖怪が宿っていることが多く、数が少ないために入手することすら困難な代物。


 以上の5段階である。


「私の“不知火”は獄刀に分類されます。まぁ、初見で獄刀に認められるものは少ないですが」


「え?じゃあもしかして鬼童さんって....結構凄いんですか?」


「今更気づきました?そうですよ。私はエリートですから。出世街道まっしぐらです」


 舎内の部をまとめる役職でありながら最上級の妖刀を持つ人物。凄くないわけがない。

 思乃は初めて鬼童のことを尊敬した。


「さて、長々と話しても始まりませんし早速行ってください。1階層毎に妖刀のレベルが上がっていきますので、十分注意してくださいね。は下へ下へと降りて行ってください。そして、自分を呼んだ妖刀を見つけたら持って帰ってきてください。それだけです」


 ごくりとつばを飲み込んだ。

 思乃は暗闇の先を見据えながら、恐る恐る足を踏み入れたのだった。

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