第伍怪 不知火

 スラリとその刀を抜き取った瞬間に、無形の形が変わる。泥で形成されたその形は手押し車の様な造形をし、正面には大きな目がぎょろりと1つ。最早飲み込まれた坂本の姿はどこにも見えない、ただの怪物となり果てていた。


「オオオォォオオオォォオオオ!!」


 雄叫びを上げ、真っすぐこちらに突進してくる。

 逃げなければ....!と動こうとしたとき、鬼童がそれを手で静止した。無形の眼を見ると、その狙いは思乃....ではなく確実に鬼童を狙っていた。

 だが鬼童は動じない。鞘を炎に戻して吸収し刀を構えると、スー....と細く気を吸った。その瞬間に、鬼童から感じる雰囲気が変わる。


 迫る無形。だが....


「ふっ!」


 刹那の御業。一瞬のうちに無形の体の一部を斬り裂く。

 無形は何をされたか理解していなかったが、自身の右側の車輪部分を大幅に斬られたことに気づき、絶叫した。


「オオオォォォオオオ!!?」


「ふむ、形が朧車に似てるのはお守りに入っていた”文車”の破片の影響でしょうか」


 止まった無形だが、切断面からは血も何も流れていない。表面同様にドロドロとした何かがその体を作っていた。

 他の部分の泥が切られた部分を補うように移動し、車輪を再び形創る。そして再び雄たけびを上げた瞬間、体から泥が分離して空中に棘付きの車輪を形成した。それも1個や2個ではない。数えるだけで10個はある。

 無形が動いた瞬間、その車輪が鬼童に向けて射出された。


 鬼童はそれを手に持った刀で斬り裂いていく。2個、3個....と斬っていくにつれ鬼童と無業の距離は縮まっていった。そして鬼童が6個目を斬り裂いた瞬間....


 ドカァン!!!と強烈な爆発音が響く。舞い上がった土煙が晴れると、泥が付着して動きの鈍くなっている鬼童がいた。


「....なるほど、粘着性の泥によるトラップですか。なかなかどうして頭が回るようですね」


「鬼童さん!」


 思乃が叫ぶが、鬼童は「大丈夫です。私に任せてください」とそう言って不知火を持つ手を横に伸ばした。


不知火流しらぬいりゅう妖刀術ようとうじゅつ “橙色とうしょく”の刀とう “流衣無縫るいむほう”」


 そう唱えた瞬間に、鬼童の持っていた不知火の炎の色が鮮やかな橙色に変わる。そして、そのまま不知火で粘着性の泥事自分を斬る。

 何を血迷ったのかと考える思乃だったが、その泥は不知火にのみ付着しており、鬼童には傷一つない。そして、鬼童に付着していた泥はすべて不知火に移された。

 そしてその絡めとった泥をボシュウゥゥゥ....という音と共に紫色に戻った不知火が燃やし切ったのだ。

 さすがの無形ですら困惑の色が読み取れた。


「“流衣無縫るいむほう”は、この刀の“橙色の炎が触れた能力の特性を《不知火以外から打ち消す》”能力。つまり、この泥の粘着という能力は不知火以外には作用しません。そして、この程度の妖術ならば簡単に燃やせます。私を足止めしてトドメを刺すつもりだったのでしょうが....残念でしたね」


 そう言って刀を構え、1歩1歩歩み寄る鬼童。

 その瞳や体から発せられるオーラに、無形が下がるのが見えた。思乃ですら冷汗が止まらない。呼吸が変になっているのもわかった。


「さて、だらだらと時間をかけていては八妖郷うちから対策チームが来てしまいますからね。さっさと終わらせましょうか」


 笑顔が消え、その瞳に写るのは明確な敵意のみ。無形はそれでも負けじと残りの車輪に追加して泥で更に棘付き車輪を生成した。それを再び射出してくる。それも先ほどとは違い増えた分の質量で圧してきた。


 だが鬼童は冷静にその車輪による攻撃を回避する。常に不知火を”橙色とうしょく”の状態にしておき、斬り裂いた瞬間爆発するものは泥を刀一点で巻き取って燃やし尽くす。私は鬼童の避けた車輪が当たらないよう叫びながら木の根元で蹲っていた。


 鬼童が車輪を全て抜け終えた瞬間、すれ違い様に無形の体を斬り裂く。だが、やはり言うべきか斬った側から別の泥がその部分を埋めた。


「ふむ、やはり再生してきますか....ならば、不知火流妖刀術 ”蒼色そうしょく”の刀」


 鬼童が唱えた瞬間、刀の炎が再び色を変える。今度は蒼色だった。

 鬼童はそのまま地面を蹴って無形の体を斬る。そのまま鋭角に折り返して今度は右側の車輪、そして次は左側の車輪を斬って飛び上がり、無形から離れた位置に着地する。


蒼炎乱牙そうえんらんが


 鬼童の言葉に反応するように、無形が斬られた部分が発火する。不知火同様、蒼の炎で無形の体が包まれた。


「オオオォォオオオオ!!??!?!」


 無形が暴れて炎を消そうとするも、残念ながら炎は消えず燃えたまま。そしてその内、無形の体の中から黒い球のような何かが分離した。それは黒い球体に1つの大きな目、小さな手が2つついた奇妙な生物。それは無形から切り離された瞬間、一目散に逃げだした。


「見つけました」


 謎の生物を見つけた瞬間に鬼童の眼が変わる。真っすぐにその生物を捉え、刀を構えた。


「不知火流妖刀術 “赤色せきしょく”の刀....」


 鬼童が唱えた瞬間に炎の色が紫から赤に変わった。

 謎の生物は恐怖心によるものなのか、最早振り返らずに飛んで逃げていく。


「逃げるなよ」


 瞬間、思乃の目にも止まらぬ速さで鬼童は生物に迫った。

 そしてー


「ー 灼閃しゃくせん


 ズバッッッという音と共に真っ二つに斬り裂かれる謎の生物。また横斬りの斬られた切断面は真っ赤に発火し、謎の生物の体は焼けるように消失していった。

 無形の体は先ほどの黒い生物が分離したことで形を保てなくなり、泥が段々と霧散して消えていく。

 そして、その場所にドサッと倒れる人影。まだ胸元に泥のようなものが残ってはいるが、それ以外は元の坂本だった。


「坂本さん!」


 そう言って駆け寄る。だが、それを鬼童が手で阻んで止めた。


「鬼童さん....?」


「まだ終わってません。あの胸元にある液体の中に結晶があるでしょう?あれが無形の“核”です。あれを潰さないと何回も出てきますよ」


 鬼童は坂本に寄ってその体を見た。その後、不知火を坂本に向ける。


「不知火流妖刀術 “黒色こくしょく”の刀 “骸喰むくろぐい”」


 不知火の炎の色が今度は黒に変わる。そしてどうするのかと思っていると、なんとそのまま刀をのだった。


「あ....え....?ちょっと待ってください!何やってるんですか?!」


「見ての通り不知火が“核”を食べているんですよ。もうそろそろ終わります」


 そう言うと同時に泥が全て霧散し、核が燃え尽きた瞬間に不知火を抜いた鬼童。慌てて思乃が歩み寄って確認するが、そこには刀傷一つ存在しなかった。

 良かったと安堵したのも束の間、不知火を鞘に戻して炎に帰した鬼童が思乃に歩み寄って来る。


「さて思乃さん、今度こそお代の話をしましょうか。木魂守こだまもりと2人分の救出代ですね。さて、何を貰いましょうか....」


 ごくりと生唾を飲み込む思乃。何を取られるかわからない上に、何でもあげると言ってしまった以上は最早鬼童に従うほかない。

 そして、鬼童が口を開いた。


「では、魂を半分貰いましょうか」


 ほら、きっとそういう奴だと思った........半分?思乃の頭にはてなマークが浮かぶ。だが、鬼童が言葉をつづけた。


「木魂守の代金も含めて魂を半分貰います。に比べれば、これでも安い方ですよ?」


「半分....?」


「正確には。私と“半魂の契約”を結んでいただき、半妖半人となっていただきます。それで得た魂の半分は代金という形で徴収させていただきます」


「それって、生活とか体に支障は....」


「少し貧血気味になりやすいのと、日中の活動意欲が下がります。その程度なので、健康な生活を続けていれば問題はありません」


 スッ....と差し出される手のひら。思乃に拒否権は無いため、怯えながらもその手を取った。

 思乃が立ち上がった瞬間に鬼童は術式を唱え始める。


『我が名は鬼童、ここに半魂の契約を明言する者也。双方の魂を以てここに宣言する。汝の名を応えよ』


「....聡里思乃」


『鬼童と思乃、双方の意思・肉体・記憶を以てここに繋がりし。輪廻の輪より外れし者達よ、ここに我らが言葉を刻み給え』


 そう唱えた瞬間に思乃の左側の鎖骨の辺りに紋章が浮かび上がる。それは角の生えた魂のようなものが半分に切られた赤い紋章だった。

 よく見ると、鬼童の手の甲にも同じような紋章が現れていた。私と鬼童に現れた紋章はそれぞれ左右対称だ。


「これで契約は完了です。魂が半分減った影響で物凄く眠くなるとは思いますが、そのまま落ちてもらって結構ですよ。思乃さん、?」


 どう意味だろう?と思ったものの思乃がこの言葉を発するより先に猛烈な眠気に襲われる。

 ぐわんぐわんと頭を揺らし、もしかしたらとんでもないことをしでかしたのではないか?と思うがそれどころではない。


 そのまま倒れるように思乃は意識を失ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る