第参怪 妖の売買

「おや、お知り合いですか?」


 鬼童の問いに頷いて答える。


「坂本翔子さん....私のクラスメイトです」


 坂本翔子はクラスメイトの女子で、一言で言うとギャルだ。放課後は毎日カラオケかファストフード店に通い、鞄やスマホにジャラジャラとアクセサリーを付ける。髪型や制服までも自由にしており、校内で生徒指導の先生と揉めているのを何回見たことか。

 そしてそんな陽キャグループの中心にいるのが彼女。有名な話で、彼女は夜刀神永輝に恋をしているらしい。きっかけなんぞ知らん。だが、放課後の誘いに永輝を頻繁に誘っているらしい(本人から毎回断っていることも聞いている)し、永輝の部活動の試合がある日は必ず観戦に行くほどのようだ。


「でも、なんで彼女がここに....?」


「願い事はそうですね....本当は顧客情報は社外秘なのですが、知りたければ教えますよ。あ、ただし私が漏らしたことは言わないでくださいね」


「わかりました」


「彼女の願いはあなたと同じですよ。『夜刀神永輝と恋人になりたい』」


「やっぱりか....」


 彼女がここにいる時点で何となく察しは付いていた。話を聞く限り、この場所は現実でどうにもならないことやどうしても叶えたい願いが叶えられる場所。永輝の隣にはいつも私がいて、他の女子がいくら寄っても私のポジションは変わらない。

 幼馴染という立ち位置は、彼にとってはかなり大きい存在なのだろう。だが、私を排除しようとすれば永輝が怒る。そういったスパイラルがあるのだ。


『....です。酷いと思いませんか?!永輝君の隣にはいつもあの女がいて....!だから、あの女を忘れるくらい強烈なのをお願いします!永輝君を、アタシに振り向かせれるようなやつ!』


『お客様の要望は分かりました。でしたら、今から物を用意させますので少しお待ちいただいても?』


 鬼童が少し弄ると、部屋の中の音声がこちらにも流れてくる。中ではスーツを着た女性の鬼に対し、坂本が早口でまくし立てる構図が出来上がっていた。

 しばらくして、戻ってきた女性鬼が手に持っていたのはとあるお守りだった。


『こちらです』


『何よこれ....縁結びのお守りだとでも言うの?!叶うかもなんて迷信に頼りに来たわけじゃないわ!』


『お客様、どうぞ落ち着いてください。このお守りの中には文車ふぐるまと呼ばれる妖怪の破片が入っています。文車とは概念妖怪、つまり人々の願いや思いが妖怪という形をとった妖怪です。そして文車の司る思いは“恋”。古い恋文が変化し、また恋文に積もった思いが文車という妖怪を形成したのです』


『つまり、その“恋”を司る妖怪の破片が入っているから、これを使えば恋愛成就する....ってこと?』


『はい、そうなります』


 画面の向こうでは、目をキラキラに輝かせた坂本がそのお守りを受け取り、鬼の女性にハグをしていた。


「へぇ~、こういう物を売るんですね」


「はい。八妖郷では妖怪から頂いた素材や採取したものを元に商品を作成しています。あらゆる願いに対応できるよう、日々商品開発にも取り組んでいますね」


「ということは、私にもあのお守りくれるんですか?」


「お望みとあれば。ですが、思乃さんがこの場所に来たのは別の理由がありそうですね」


 鬼童の言葉が的確に私を貫く。やはりバレていたようだ。

 私が鬼童の方を向くとウィンドウが閉じられ、鬼童も私の方を向いた。


「さて、ではなぜこの場所に来たのかご説明をお願いします」


「実は....」


 私は祖母が亡くなったこと、祖母からの手紙のこと、そしてその内容が“この場所に行くこと”だったことを伝えた。

 鬼童はしばらく考え込んだ後、「ふむ....」と言って私を見た。


「思乃さん、正直私個人の見解では何とも言えません。思乃さんのお婆様がどのような方なのかわかりませんし、八妖郷と関係があったとも思えません」


 とんだ無駄足だったようだ。ここに来れば、何故祖母が私をこの場所に差し向けたのかがわかると思ったのに....

 だが、くよくよしてもしょうがない。死人に口なしというように、今更祖母に聞くことも出来ないのだ。分からないものは分からない。


「そうですか....」


「はい。ですが、八妖郷は思乃さんを歓迎します。思乃さんも立派なお客様ですから。そうですね....手ぶらで帰すのも何なので、せっかくなら何か買っていかれますか?」


「えっ....でも、私今手持ちないし....」


「大丈夫です。我々の商品は後払いと決められています。商品を手渡し、使用されたことをこちらが確認したら後日徴収に参りますので」


 なるほど。実際に使って効果を確かめてから払ってもらうと言うのだ。商売において後払いなんてクレジットなどでない限り持ち逃げされる可能性が高い。だが彼らは妖怪だ。人間に逃げることなど出来ないだろう。


「それと、未使用品のみ返品が可能です。その際はお代も発生しませんので」


「わかりました。それで、お代というのは....?」


 人間と妖怪の取引だ。必ずしもお金で払えるとは限らない。

 相手はこの世のものではない存在。仮に手足や体の一部など持っていかれてはたまったものじゃない。


「お代は人によって変わりますね。そのお話は徴収する際にお伝えします」


 ニッコリと笑う鬼童。顔が引きつる私。

 それはつまり、“払うべきお代は使うまで分からない”ということ。ただでさえ何が取られるか分からないのに、そんな不安要素の爆弾を抱えさせられては困る。


「えっとそれは....」


「さて、とりあえず思乃さんにお渡しする商品を持ってきますね。しばしお待ちください」


「え、あ、ちょっと....!」


 私が言い終わるより先に鬼童が出て行ってしまう。一体何を持たせられるんだ....何を取られるんだと胃がキリキリし始めた頃、鬼童が戻ってきた。

 私の前に座り、持ってきた商品を見せるようにテーブルに置く。


「これは木魂守こだまもりというお守りです。木霊という妖怪から木の破片をいただき、霊力を込めておいたお守りです。どんな災害、どんな攻撃も1度だけ必ず防いでくれる優れものですよ」


「お守りですか」


 先ほど坂本に渡していたのもお守りだった。ここの商品はお守りしかないのか?


「安心してください。お守り以外にも商品はありますよ」


「今心を読みました?!」


「気のせいですね」


 そうさらっと否定しつつ、鬼童はお守りを私に手渡してきた。私が不安のあまり受け取りを拒否しようとすると、鬼童は私の腕を掴んで無理やり握らせた。


「ちょ、ちょっと!私はそんな怪しい物受け取りません!」


「大丈夫です。必ず、このお守りが思乃さんを守ります」


「どうしてわかるんですか?」


「根拠はありません。ですが必ず、このお守りが思乃さんを守るんです。私を信じて、受け取ってください」


 鬼童の眼はまっすぐだった。必ず渡したお守りが私を守ると信じている顔。その表情が、彼が嘘を言っていないことは何となくわかった。

 その顔を見ては、私もずっと拒否するわけにいかない。まだ概要の分からない“お代”が不安要素ではあったが、私はしぶしぶそれを受け取った。


「わかり....ました」


「はい、是非お持ち帰り下さい。あ、お代は後程徴収しますので」


「やっぱりか!!そんなことだろうと思った!!」


 そんなツッコミも虚しく、私はこのお守りを購入したことになってしまった。

 その後鬼童に案内されるがまま部屋を出て進み、1階のエントランスを通り抜け反対の通路を歩いて廊下の突き当りへと向かう。

 そこにあった暗闇が渦を巻いている開けっぱなしの扉の前で鬼童は振り返った。手で「こちらから戻れますよ」と案内していることから、ここに入れば元の世界に戻れるのだろう。

 その間、坂本とはすれ違いもしなかったので既に帰ったのだろう。


「では、こちらの扉をお通り下さい」


「ありがとうございました。結局祖母が何故この場所に私を向かわせたのかはさっぱりでしたけど....」


「大丈夫です。きっとその。それまで待って、考えてみてください」


 鬼童のセリフには少し含みがあるように感じたが、私は笑って「そうします」とだけ答えた。

 振り返ることなく扉に入り....




***




 目を覚ますと、そこは例の神社の御神木の前だった。倒れた鞄もそのまま、小さなお社の扉も閉まっている。

 不可思議すぎる体験に夢でも見たのかと思ったが、手に持っていた“木魂守”が夢ではなかったと語っている。まだ陽は落ちていなかった。


 私は山を下りようと鳥居の場所まで歩き....


「そうだった....」


 目の前の長すぎる階段を見て絶望したのだった。


 月曜日、いつもと何ら変わらぬ日常の中私は学校へと向かう。麗華も永輝も変わらないし、授業も何もかもがいつもと同じ。唯一違うのは鞄に取り付けたお守りだけだった。

 いつものように授業を受け、いつものように2人とお昼ご飯を食べる。だが私がお手洗いに向かった際、誰かに呼び止められた。


「ねぇ、聡里~ちょっと面貸してくんない?」


 水道を止めて声のした方を見ると、件の女子こと坂本とその取り巻き2人がこちらを見ていた。私が彼女たちと目を合わせると、3人はゆっくりと寄ってくる。


「なぜ?私はあなた達に用はないんだけど」


「いいじゃ~ん。ちょーっと”お話し”したいだけなんだからさ」


 笑ってはいるが目は笑っていない。明らかに瞳の奥に『逃げるんじゃねぇよ』という闇がある。人を呼び出すならそれ相応の態度ってものがあるでしょうに....

 ゆっくりと近づいてきた坂本は勝手に私の肩を組む。そして耳元で囁いた。


「ここじゃ何だからさ、放課後にゴミ捨て場の前まで来いよ。校舎裏のな。逃げたらお前許さねぇからな?」


 そう言い残すと3人は笑いながら出ていった。去り際に「遅れんなよ」だの「フケるなよ~」だのと言い残して曲がり角へと消える。

 私はしばらく彼女たちのいた場所を睨んでいたが、ふと今回の呼び出しの原因を考えてみた。


(多分、永輝の関係。一昨日坂本さんが八妖郷で買っていた商品のことも関係してるだろう)


 向こうさんは私が八妖郷に出入りしたことを知らない。つまり、大方予想がつくのは私に『永輝と近づくな』と脅したうえで商品を使用、そのまま告白して永輝を落とそうという作戦なのだろう。

 随分と浅はかな....とも思ったが、私は八妖郷の商品がどの程度効力を持っているかなんて知らない。もし本当に成功してしまったら....


「嫌、だな....」


 そこまで考えてしまってはもう引き下がれない。幸い、恋敵が直接及びなのだ。ならば対面した時にさっさと言ってしまえばいいだろう。

 そこまで決まれば、私の行動は早かった。


 そしてあっという間に時間は過ぎて放課後、約束通り私は校舎裏にあるごみ捨て場まで来た。ゴミ捨て場と言っても焼却炉と複数のゴミ収容用のBOXがある程度、校舎内からはに目入りにくい場所だし、呼び出しにはうってつけと言える。

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